第1幕 領主と幽霊
領主と幽霊 0
汽車での長旅を終え駅舎を出ると、からりとした秋らしい風が吹いていた。
都会と違って遮るものがないせいか、日の光も少し強く感じられて、彼は帽子を深くかぶりなおした。
あらかじめ手配しておいた馬車に乗り込み、目的の場所へ移動する。
「お客さん、ボルドウへはやはり、お酒目当てで?」
いかにも人のよさそうな御者は、彼が乗り込んで早々、そんな問いかけをしてきた。
「土産に美味い酒をと頼まれてはいるんだけどね、残念ながら仕事で、領主様にお会いしにいくんだ」
「ボルドウの領主様にですか? 珍しいこともあるもんだ」
御者の言葉が気になって、それはどういう意味なのかを尋ねる。
「ボルドウの領主様っていうと、最近はもっぱら姿を見せないってことで有名でね、病気じゃないかって噂だけど。会えるといいねえ」
それを聞いて、彼は苦笑いを浮かべる。
彼の名はアルフレッド・ルクルス。
首都ロンディヌスに屋敷を構える豪商の三男坊だ。
ルクルス家は3代前の当主が営んだ服飾店をもとに前当主が百貨店を起こし、現当主が財を成した。現在はアルフレッドの長兄が次期当主として経営に尽力している。
三男坊の彼はというと、経営手腕などは兄らに劣るが、顔と愛想がいいので上得意先の挨拶回りなどを主に担当させられている。
今回、ボルドウ領主のもとを訪れるのも、ルクルス百貨店の大きな催し物の中でボルドウの酒屋に多大な協力をしてもらった御礼と挨拶をしに行く……というのが表向きの理由なのだが。
実は裏の事情がある。
ルクルス家の現当主で、アルフレッドの父であるジョンソンはかなりの野心家で、ゆくゆくは政界入りを目論んでいるのか、政府関係者との繋がりが深い。
ある社交界で彼は、聞かなくてもいい耳より情報を手に入れてしまったそうなのだ。
「ボルドウを治めるクロワ家の現当主は年若い娘で、後見人もなく天涯孤独の身とのこと。適齢期と聞くが、あんな田舎で令嬢ひとりでは婿探しも出来んだろう。一度会って、よほどでなければお前が射止めて来い。さすればボルドウ領をも手に入れ、ルクルス家はさらに盤石よ」
辺境の領主とはいえ相手は貴族。
息子にそんな傲慢な命令をした父を、アルフレッドは心底嫌っている。
嫌ってはいるが、その命に逆らえないのも事実だ。
ただし、素直に従うつもりはない。
領主に会うだけ会って、「ひどい女だった。あんな女は死んでもごめんだ」と父に報告すればいい。
アルフレッドはそのつもりで、ボルドウ領主の館に向かった。
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