第10話 ひきこもりの決意

 ドサドサドサッ。


 私たちは今日買った本が入った紙袋を本が傷つかないよう丁寧に床に置き、ソファにダイブするように座った。

 重かったー、といっても駅から家まではずっと弟に持ってもらってたんだけど。




 すーーーーーはーーーーー。


 私は緊張でバクバクなっている心臓を落ち着けようと、今となっては懐かしの深呼吸をしてみる。

 だめ、全然おさまんない。この役立たずめ。


 今日は弟に話すことがある。とっても大事なことだ。


 どういう風に話を切り出そうか迷っていると、いつもと違い黙りこくっている私を不審に思ったのか、声をかけてきた。


「姉さん、俺に話したい事あるんじゃないの?」

「!?なねにゃかった!」

「・・・ごめん、噛みすぎてて何言ってるか全く分かんない」


 なぜわかった、と言いたかった。いやそんな事よりも。


「どうしてそう思うの」

「今日買った本、あれって参考書だよね」

「・・・知ってたんだ」

「うん。選んでるとこ偶然見かけちゃってさ。声かけようかと思ったけど、姉さんすごく真剣だったから」


 弟に見られていたとは不覚だった。今日この場でサプライズしてやろうと思ってたのに。


 そう。今日私が購入したのは弟の言う通り、参考書だ。


 の。


「でも、何で受験のやつ買ったの。もう一回受験するわけでもないし」


 その言葉に、私は首を横に振る。


「するの。受験。・・・・・・過年度受験ってわかる?」

「・・・言葉の響きからなんとなく」


 過年度受験とは大まかに言うと、一度は入学したものの何らかの理由で退学せざるをえなくなった人のためにある制度だ。学校によっては受け入れてもらえない場合もあるらしい。そして読んで字のごとく、もとの学年からは一年遅れてしまう。


同級生たちとは一緒に、文化祭も修学旅行も卒業式もできない。


『何らかの理由』、私にとっての理由はいじめだ。


「・・・・・・そうなんだ。姉さん、決めたんだ」

「うん。決めたよ」


 ソファから立ち上がり、弟の正面に移動する。私と同じ色の瞳をじっと見据え、私の決意を伝える。


「うん。応援するよ!俺にできることなら何でもするからさ!って、このこともう母さんには話したの」

「話したよ。アンタが駅で待ってる間にね」

「あー、そのためだったのか。俺を追い出すように駅に行かせたのは」

「にっしっし」


 お母さんに話したところ、「ま、いいんじゃない?」とのことだった。もう少し何か言われるかと思ってたけど。いや、きっと私の事を信頼してくれてるんだ。応えないとね、ちゃんと。


「いやー。それにしても、こうするって道が決まったら心がスッと楽になったわ。いつまでもこのままじゃいけないってことは分かってたし」

「そうなんだ。それは良かった。・・・ホントに良かった」

「いろいろありがとね。いや、マジで。アンタがいなかったらどうなっていたことやら」


 もし弟がいなかったら、私はいまこうして前に進めていなかっただろう。


 いっぱい話を聞いてもらったし、恥ずかしい話八つ当たりもした。私が学校に行かなくなっても、今まで通り接してくれた。


 本当に、感謝してもしきれない。


 気づけば、部屋の中は窓からの夕暮れの色で満たされていた。窓の外に目をやると、今にも沈んでしまいそうな太陽がこちらを見ている。目をそらしたらなんだか負けな気がして、じっと赤の塊を見つめる。当たり前だけど、まぶしっ。


 太陽が沈み、一日の終わりが始まる。学校に通っていたころ私は、休日のこの時間があまり好きではなかった。いや、嫌いだった。ああー休みが終わるー、と憂鬱になってしまうからだ。私だけじゃなくて全国の高校生がそうだと思うが。


 でも、今はこの時間が少し好きになった。


 明日を、未来を、意識させてくれるから。


 明日が待ち遠しい。道が決まった今、私には一日が何時間あっても足りないくらいなのだ。


 明日は、どんな一日になるかな?



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