第9話 ひきこもりの休日 そのさんっ!
電車に揺られ二十分。そしてそこから徒歩七分。
やってきました、『MJ書店』。
全七階にもわたるその蔵書数の多さは、日本でも上から数えた方が早いだろう。
「「おっきいー」」
上を見上げ、ついついつぶやいてしまう。
あ、ツイッターにじゃないぞ。
ここを利用し始めてもう三年になろうかというのに、いまだにその大きさには圧倒される。俺も姉もここに来て「おっきいー」と言うのがもはやルーティーンになってしまっていた。
これがないと、来た気がしないんだよな。・・・・・・結構な重症。
「よし。んじゃ、どこから見る?やっぱ、マンガから?」
「それなんだけどね・・・」
すごく言いにくそうだ。もしかしてトイレか?
「今日は別々に回らない?」
「何っ!!」
俺は戦慄した。
今までで一度もこういう提案はなかった。
マンガコーナーでは二人で、これが面白かったあれは面白そうだ、などといつも盛り上がっていたし、文庫コーナーでは、姉さんは読まなかったながらも俺の話を楽しそうに聞いてくれていた。
俺の話が実は楽しくなかったのだろうか。
暑さのため吹き出た汗とは別の汗が、背中や顔からにじみに出る。すごくいやな汗だ。今すぐ浴槽いっぱいのお湯にダイブして洗い流してしまいたい。
「・・・・・・そうなんだ。姉さんにとって俺は、その程度の男だったってことなんだね」
「なにそれデジャヴ!!どうした大丈夫か?」
「う、うん。少し、というかかなりびっくりしたけど。今まで別々に見て回ったことなんてなかったから」
「・・・あ~、まあそうね。でも、たまにはいいんじゃない?これっきり一緒に見ないってことでもないし」
何も考えてないようで実は何かを企んでいると見せかけて晩ご飯のことを考えている姉さんだ。今回のことも、何か理由があるのだろう。今回のことだけじゃない、昨日から様子が少しおかしいことも関係している、と思う。完全に勘だが。
なら、俺が反対する理由はない。
「そうだな、たまにはいいか」
「そうよそうよ。んじゃ、レッツゴー!」
右手を高々と掲げ、店内に入っていく姉さん。なぜだかよく分からないけど姉さんの背中が大きくなったように見える。
いじめられている、と俺に話してくれた時とはまるで別人だ。背筋は丸まっておらず、重力に逆らうようにまっすぐで、顔も下を向いているのではなく、まっすぐ前だけを見ている。
朝待ち合わせた時からだけど、姉さんの瞳に、俺は映ってなかった。おそらく、店内にこれでもかというくらいある本も、今日の姉さんの見たいものではないだろう。
姉さんは今日ここに、何を見に来たのだろう。
それは、俺にも見えるものかな?
できることなら姉さんとは同じものを見ていたい。一緒に喜んで、一緒に笑って、一緒に怒って、一緒に悲しんで、一緒に泣いて。
姉さん一人で悲しむことも、泣くことも、もうたくさんだ。
・・・はあ。俺はいつから、こんなにシスコンになってしまったのだろう。
話相手もなく本屋をまわるのはつまらないんじゃないか、などという過去の俺の疑問はさっき寄ったトイレにトイレットペーパーと一緒に流され、いまは一人で文庫コーナーを楽しくぶーらぶら。
意外や意外。案外一人でも楽しくまわれるものである。好き勝手に動けるし、何より隣からの「ねえ早くマンガのとこ行こうよ~」という
俺が本屋の新しい楽しみ方の発見におおいに喜び気を取られていると、どうやら文庫コーナーの一番端に来ていたようだ。この先に行くと参考書コーナーになる。そこに用はないとばかりに引き返そうとすると、奥の方に何やら見知った顔が見えた。
何のことはない、姉さんだ。
参考書コーナーに何の用だ?・・・もしかして、俺の説明だけじゃ分かりづらかったか?
だが姉さん、その参考書はちと違うんじゃないのかい。高校生のはその隣の棚の・・・・・・・・・・・・。
「ああ、そういうことか」
姉さんが今日見たかったもの、俺にも見えた気がするよ。
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