第6話 ひきこもりの平日 そのよんっ!
いったん体内に取り込んだたまごチャーハンを体外に出したり、ボブとトムとマイクとナンシーのこれからについて、真剣に弟と議論した日の夜。
心地よい疲れとともに、ひきこもりはベッドに入る。
「・・・いや、何ナチュラルに人のベッド潜り込んでんの」
「ひまなんだよ~かまえよ~もっとしゃべろうぜ~」
弟の首に手をまわし、いつのまにか自分より大きくなってしまった背中に引っ付く。弟も口ではうっとうしそうに言っているが、決して無理にひきはがしたりしない。後が怖いからだ。
「もう夜も遅いし、寝たいんだけど」
「ままままま、そんなこと言わずに。明日は土曜じゃん、ゆっくり語らいましょうや」
「テンション高いな・・・。さっきさんざんボブについてしゃべったのに、これ以上何を語るっての」
「んー、恋バナとか?}
「誰の?」
「アンタの♪」
全世界笑顔コンテストトップテンに入ってしまいそうなスマイルを見せるひきこもり。弟の浮いた話を仕入れて、いじり倒す腹積もりだろう。
ちなみに弟は、彼女いない歴=年齢の立派な日本男児である。まあ、原因はひきこもりのブラコン度合にもあるわけだが。
ひきこもりが学校に行っていたころは毎日昼ごはんは弟と食べていたし、行きも帰り一緒だったので、あの姉弟ってちょっとアレなんじゃね?という本人たちが聞いたら卒倒しそうな噂も流れていたほどだ。
「残念ながら、人さまにお話しできるようなエピソードは持ち合わせてないな。それに今は、もっと大事なことがあるし」
「ふーん。そっかそっか」
嬉しそうに返事をするひきこもり。その『大事なこと』が、自分だというのが嬉しいのか、弟に彼女はいないというのが嬉しいのか。
どちらにせよ、弟離れはまだまだ先のようだ。
「じゃあさ、私のこと話そうよ。アンタは私のことどう思ってる?」
「急にどしたの?」
「いいから答えて」
「・・・・・・・・・・・・優しいお姉さん」
「すごく間があったのはなんでかな?」
「キノセイデス」
「・・・はあ、まあいいわ。私が聞きたいのはそういうことじゃなくて、ひきこもりの姉ってどう思うってこと。ダサい?かっこ悪い?恥ずかしい?そんな姉イヤ?正直に答えて、お願い」
さっきまでのような冗談めいた雰囲気はなく、真剣に問うひきこもり。その言葉は弟の背中を通り抜け、直接心臓に問いかけてくるようだ。
ここでの答しだいで、これからの二人の関係性が大きく変わってしまうしまうかもしれない。今日までみたいなブラコンシスコン姉弟でいられなくなるかもしれない。
普通なら、返答に窮してしまう質問だ。
だが、ひきこもりの弟は迷わない。
首にまわされた手をガラス細工を扱うかのようにゆっくり、丁寧にはずし、自分の姉と目を合わせるために、のっそりと体を回転させる。
自分と同じシャンプーの香りが鼻先をかすめ、不安や心配など、色々な感情がないまぜになった姉の瞳にいつもと何ら変わらない、ただの弟である自分が映る。
「どうも思ってない、って言ったらちょっと違うかな。何て言うんだろ。学校に行ってようが行ってなかろが、姉さんは姉さんだった」
弟の声のトーンは、いつもと変わらない。
「家事を手伝うところも、真面目に勉強するところも、集中力が長続きしないところも、くだらないことで熱くなるところも、俺のアイスプリンチョコその他諸々を勝手に食べるところも、全部全部、いつもの姉さんだった」
弟の瞳に映る姉は、いつもと変わらない。
「だから、ひきこもったぐらいで姉さんへの思いが変わるわけないんだよ。相変わらず、俺の自慢の姉さんだ」
弟の笑顔は、いつもと変わらない。
弟は、いつもと変わらない。
姉がどうなっても、どうあっても、弟は弟であり続けた。青空に漂う雲のように、春に咲く桜のように、冬に舞う雪のように。ちょっとやそっとのことじゃ変わらない、変えられない。ましてや、ひきこもったくらいじゃお話にもならない。
この姉弟はそういう姉弟なのだ。
強い絆で結ばれた、姉弟なのだ。
「・・・・・・うわ~~~ん。あびぎゃとー(ありがとーの意)」
「おおい!泣きすぎだろっ。何て言ったかわからん」
「だって~、だってアンタが~」
「お、俺?ごめん、変な事言った!?」
「言って、ぐす、ない。うれしいこと、ずび、言ってくれた」
泣き出してしまった姉をどうにかしようとする弟。ぐすぐすずびずび言っているせいで、何を言っているのかは分からない。が、自分の伝えたかったことがしっかり伝わっていると確信できる。
なぜなら姉は、こんなにも笑っているのだから。
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