第5話 ひきこもりの平日 そのさんっ!

 「ただいまー」

 「おっかえりー」


 弟が自らの帰宅を告げると、ひきこもりは主人の帰りを三日間待ち続けた犬も顔負けのスピードで玄関に行き、弟を出迎える。ひきこもりにしっぽがあったならば、『ただいま』のの字あたりでしっぽはちぎれているだろう。原因はスイング過多だ。


 それはそうと、弟の服装が一般男子高校生のそれになっている。どの段階で直したのだろうか。


 ひきこもりは語る。


「家に帰ったら誰もいないって、すごくさびしいじゃない?中学になってからはあんまだったけど、小学生のときなんか泣いてたもん。でも、今はずっと家にいるからね。こうして、おかえりって言える。ひきこもりになって唯一良かった点はそこかな。」


 なんでも、弟は極度の寂しがりやで、ひきこもりの出迎えがないと半べそになってしまうとか。


「ご「ご飯も風呂もなにも用意できてないだろーが。まだ、四時過ぎだぞ」

「ちょっ、まだ最後まで言い切ってない。一文字しか発してない」

「当たり前だ、何十回と言われたからな。いまとなっては条件反射的に言葉をかぶせられるぞ。第一、姉から毎日新婚夫婦みたいなセリフを言われてみろ。正  直・・・・・・きもいぞ。」

「・・・・・・マジ?」

「大マジ」

「ためしに一回言ってみて」

「はい?俺が?」

「あんたが。ほら、ハリアップ」

「・・・・・・・・・・・・ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タお  いっ!まだ言い終わってないのにどこ行きやがる!?え、そっち洗面所なんだ  けど・・・・・・。」

「おうぇええええええええげえええええええ」

「うわーーーー!!姉さーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」


 およそ乙女とは思えない声を上げて、昼間のたまごチャーハンをぶちまけるひここもり。たまごのせいで黄色いのか、胃液のせいで黄色いのか、それが問題だ。いや問題じゃない、のーぷろぶれむ。・・・・・・意味、ちがうな。




 ご飯とお風呂を済ませ(もちろん、ワ・タ・シは済ませていない。済ませていない!)、ひきこもりは弟の部屋にて机にむかっている。机の上には弟の英語の教科書が開かれており、ひきこもりはノートに何やら必死に書き込んでいる。


 ひきこもりは絶賛勉強中なのだ。


 ひきこもりは語る。


「学校に行ってないからって、それが勉強をおろそかにしていい理由にはならないのよ。この先どうするか分かんないけど、準備だけはしっかりしとかきゃ。備えあれば患いなし、ってね」


 なるほど。ひきこもりはひきこもりなりに、しっかりと考えているようだ。


 どうでもいいが、その和訳まったく違うぞ。


「ほら、姉さん、そこの和訳違う。この前も言ったところじゃん。ここはこうして・・・・・・こうやるんだ。分かった?」


 弟は自分の部屋を占領されているにも関わらず、イヤな顔ひとつせず姉に勉強を教えている。姉の後ろに立ち、自分と姉のノートを交互に見ながら丁寧にゆっくりと解説していく。弟は成績がよく、定期テストの成績上位者ランキングの常連らしい。


 弟は語る。


「人に教えるのって、やっぱ自分が理解してないと難しいんだよ。だから姉さんに教えるのって自分の勉強でもあるわけ。姉さんに教えるために、これまで以上に授業もしっかり聞くようになったし。最近授業がよく分かるのも、ある意味姉さんのおかげかな」


 この弟もたいがいシスコンである。


「ねえ、ここ教えてほしいんだけど」

「ん。・・・・・・んん?『ボブはトムにナンシーをとられました。なぜなら彼はマイクだったからです』・・・何、この愛憎入り乱れた感じの和訳は」

「ボブって結局何者なの?なんで名前をいつわってたの?」

「教えてほしいってそこを!?ってゆうか、こんな文あるわけないだろ!」

「でもほら、ここ見て。あってるでしょ」

「うわ、ホントだ。製作者はなにを考えてるんだ・・・・・・」

「ハっ、もしかしてこの二人SNSで出会ったんじゃない?だからボブはイケメンのマイクを名乗ったのよ!」

「え、ちょっと待って。マイクはイケメン確定なの?ボブだって負けてないんじゃないかなー」

「アンタにボブの何がわかるのよ。子供の頃からなんでもマイクと比べられてき たボブの苦悩が、アンタにわかるわけないわ」

「ボブとマイクって幼なじみだったの??」

 

 妄想力たくましい会話が繰り広げられている。二人ともつばをまき散らしながら、ボブの今後の身の振り方について議論する。勉強なんてそっちのけで、だ。 


 まあ、こういうバカ話も悪くないだろう。ひきこもりの疲れた脳みそにかかったモヤが弟との会話で急速に晴れていく。勉強で疲れたひきこもりには、弟としゃべることが何よりの癒しなのだ。


 本人も気づいてはいないだろうが。


「やっぱり、ボブはトムからナンシーを奪い返すべきよ!略奪愛よ!!」

「いや、でも、最初にウソついたのはボブなわけだし。ここはおとなしくしてるほうが・・・・・・」


 まだやってる・・・・・・。

 みんな、息抜きもいいけど、勉強もちゃんとしようね!


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