第4話 ひきこもりの平日 そのにっ!
午前十時になると、ひきこもりは自転車で十分足らずのところにあるスーパーに向かう。おつかいをするためだ。いや、おつかいと言ったら語弊があるかもしれない。米十キロやその他生活用品を色々買うのだから、おつかいなどというあまっちょっろいモノではない。ガチの買い物だ。
ひきこもりは語る。
「やっぱり、家の手伝いはしないとなって。ただの穀潰しにはなりたくないし。 弟は学校だし、両親は仕事だし、家のことできるのって私しかいないわけじゃん。」
母の偉大さを、あらためて思い知ったというひきこもり。
「忙しい仕事の合間に、ご飯作って洗濯やって掃除して、でしょ?ホントにすごいわよね。母の日をもっとつくるべきよね、そんでそれを祝日にすべきよね。学校休めるし。あ、私学校行ってないんだった。あっはっは」
学校に行ってない理由が理由なだけに、本人以外まったく笑えない。こういう明るいところがひきこもりの魅力でもあるわけだが。弟はこういう時どう対処しているのだろう。苦笑いするのか話をそらすのか、一緒になって大爆笑している、というのはさすがにないと思うが・・・・・・・・・・・・。あの弟ならやってそうだな。この姉にしてこの弟あり、という言葉がここまで似合う姉弟もなかなかいまい。
目当てのモノを買い、自転車で帰路に着くひきこもり。米がすごく重そうだ。自転車がフラッフラしており、まるでヤジロベーのよう。途中で何度も足を地面につけ、転ばないように転ばないようにしている。ここまでいっきに買い物しなくても、と思わなくもない。時間はかかるが何度かに分けたらいいのに。
ひきこもりは語る。
「今日は行きたいとこあるから、買い物に時間使ってる場合じゃないの」
体中に汗を貼り付け、息も絶え絶えなひきこもり。行きたいところ。どこだろう?
片道十分の道のりの倍の時間を使ってなんとか家まで転倒することなくたどり着き、買ったモノを冷蔵庫にしまっていく。これでやっとひと段落、と思ったのだが・・・・・・。
チリンチリン。
やって来たのは、先ほどのスーパーからほどなくの所にある大型書店だ。「行きたいとこ」とは、ここのことのようだ。
ひきこもりは語る。
「小説にハマったのは弟がきっかけね。といっても、アイツから勧められたとかじゃないんだけどね。漫画(弟の)はよく読んでたんだけど、小説って最初抵抗あったのよね、字ばっかだし。でも、読んでみたらこれが面白いのなんのって!」
小説の良さについて熱く語るひきこもり。初めて小説をしっかり読んだのはごく最近のことらしい。弟の部屋を掃除(という名のエロ本探し)している最中、偶然目に入ったのを読んだのが最初で、それからは母、父、弟と、家族から借りたのを、むさぼるように読んでいたのだが、そこはひきこもり。時間だけはあるので、家にある分はほとんど読んでしまった。
う~ん、どうしよう?
あっ、そうだ!
本がなければ、買いに行けばいいじゃない。
というマリー・アントワネットも真っ青なスローガンのもと、ひきこもりは今日も、文庫の裏表紙のあらすじを見る。
「ムフフフフフフフフフフフフフフフフ♪」
面白そうな本を買えて、ご満悦な様子のひきこもり。しかし、その笑い方はどうかと思う。今もすれ違ったレディから、奇異の視線を頂戴している。
これで三人目だ。
よっぽどお気に入りなのか、自転車をこいでいる最中も、袋を強く握り手放そうとしない。こらっ、片手運転は危険です!
チリンチリン。
帰宅。
思っていたよりも、本選びに時間がかかっていたらしい。家に着いたら、とうにお昼を過ぎていた。帰宅途中にお腹がグーグー文句をたれるわけだ。ひきこもりは昼食の準備にとりかかる。いつものエプロンを装備し、台所に立つ。今日の献立はたまごチャーハン。一人だから、必然的に簡単なものになってしまう。弟の一人でもいれば、気合も入るのだが。
アイツは味覚破綻者だから何を食べさせても、うまいうまいと言う(姉談)
若干失礼なことを考えながら、調理をしていく。
ねぎ切る、ハム切る。
ご飯と卵、フライパンにぶちまける。
ねぎ投入、ハム投入。
炒める。
炒める。
炒める。
仕上げに、中華風調味料投入。
味、なじませる。
完成。
「うまうま」
自画自賛しながら、チャーハンをほおばるひきこもり。しかし、そこにいつかのような笑顔はない。これでは全世界笑顔コンテストも予選敗退だ。
「アイツ、早く帰って来ないかな~」
ひきこもりの一日は、まだまだ続く。
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