第3話 ひきこもりの平日 そのいちっ!

 ひきこもりの朝は早い。七時にアラームが鳴るようセットした目覚まし時計に仕事をさせるようなヘマはしない。だが、その設定自体の解除を忘れ、七時五分に鳴りだすアラームを止めに二階に走った回数は、この家ナンバーワンだろう。そのおかげなのかなんなのか、ひきこもりが運動不足だという報告書はいまだ上がっていない。

 窓から朝日をいっぱいに浴び、葉緑体など持っていないにも関わらず光合成をする。ひきこもりの正装であるスウェットに着替え、一日が始まる。


 ひきこもりは語る。


「学校に行ってないからって、寝坊はダメかなって。いや、ずっと家いるから寝坊もなにもないんだけど。ま、規則正しい生活はいいことだしね」


 言いながら、両手を泡だらけにし食器を洗うひきこもり。なんでも、親が朝早く仕事に行くことが多いので、こういう家事はひきこもりの仕事になったとか。その他、掃除洗濯も担当しているらしい。


「あ、アイツ起こすの忘れてた」


 といってもまだまだビギナー。うっかりミスはご愛嬌。


「うおおおおおお!!姉さん、何で起こしてくれなかったの?!昨日起こしてって頼んだのにー!」


 ねぐせと目やにをつけたまま、弟が階段を駆け下りてくる。ドタドタとうるさい。近所迷惑もいいところだ。しかも、制服のシャツのボタンを一段掛け違えており、襟の部分が失敗した紙飛行機の翼みたいになっている。ネクタイも襟にちゃんと通っていない。襟が襟だけに仕方ないのだが。結び方もなんだかおかしい。釣り人がよくやる結び方じゃないのか、それ。どこで習得した。ちなみに、靴下は左右で色が違う。・・・履いてるときに気づけよ。


「ごめ~ん、てへぺろ☆」

「謝る気ゼロどころかマイナスっ!めっちゃ腹立つ!!」

「はいはい。で、朝ごはんはどうする、って一応聞いてみたけどもう片付けてやったわ」


 ピカピカと擬音がでそうなテーブルを指すひきこもり。これが言いたくて、さっきあんなに必死に拭いてたのか。


「この悪魔め。学校から帰ってきたら炊飯ジャーの中に閉じ込めてやる」

「仕方ないわね。この消費期限が昨日の食パンを食べなさい」


 ラスト一枚になっている食パンの袋を弟に突きつける。


「言わなきゃ分かんない情報を、わざわざ開示してくれてどうも。はあ、もうこれでいいや。んじゃ、行ってきまーす」


 行ってらっしゃい、と少女マンガの主人公になってしまった弟を見送り、やっとひとここちつくひきこもり。電気ケトルでお湯を沸かし、ミルクティーをいれ、冷蔵庫にあったういろうと一緒にいただく。これぞ、和洋折衷。


「それにしても、アイツ変なかっこうだったわね。男子の間で流行ってんのかし ら、あのベルト」


 ベルトて。どんなだったっけ。他の部分が世紀末すぎてまったく記憶にない。さすがひきこもり、目のつけどころが違う。別にしびれも憧れもしないが。他にもっと注目するポイントがあるだろ、というツッコミは無視する方向で。


 ひきこもりの一日はまだ、始まったばかりである。

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