第2話 ひきこもり、休む。

「で、結局今日は何の一か月記念日なんだよ?」

「私が一か月っていうことよ」

「いや、姉さんが学校行かなくなったのって確か・・・えーと、六月の中頃とじゃなかったっけ?」

 

 自分で作ったからあげをおいしそうに食べていた『彼女ねえさん』の顔が曇る。


 やっぱり、あまりふれてほしくない話だっただろうか。


 「これ、あんまおいしくないわね」


 それで顔曇らせてたんかい。俺もそれイマイチだなと思ってたけど。何なの、このドゥルっとしたやつ。

 あ、これか。姉さんのエプロンに引っ付いてたやつ。


「あー、何だっけ。・・・そうそう。確かに私がひきこっもたのはアンタの言う通りだけど・・・・・・てゆうか、よくおぼえてるわね。きっも」

「弟への暴言についてはあとで小一時間ほど問い詰めるとして、今から一か月前って言ったら、ゴリゴリに夏休みじゃん」 


 今日が九月五日だから、八月五日になるな。夏休みはまだまだあるぜと思い込んで、宿題を一番やらない時期がちょうどこのへんだ。


「違うわ。連続で休んで一か月よ。つまりね、今日で登校日に学校を休みつづけて三十日ってわけ」

「俺は、一か月は三十一日だと思うけどな~」

「それは人によりけりでしょ」


 その通りだ。人によって考え方は違う。だからといって、自分と違う価値観を持っている人を、否定していいわけではない。傷つけていいわけではない。


 俺の双子の姉は、こんな簡単で単純なことも分かってないやつらのせいで、学校に行けなくなってしまった。いや、行けなくさせられたと言った方がいいかもしれない。


 いじめ。


 よくある話。


 本当に、よくある話だ。


 何がきっかけだったのかは姉さんも分からないらしい。でも、いじめられた。認めたくないがいじめとは、そういうものなんだろう。同じ学校に通っていながら何もできなかった自分が恨めしい。


「ねえ、ちょっとどうしたの?いきなり険しい顔して黙り込んで。もしかして、やっぱこれマズかった?」


 姉さんに声をかけられ、ハッとする。どうやらこのドゥルっとしたやつの皿持ったまま固まっていたらしい。俺は眉間によってしまったシワをもみほぐす。


「ん?ああ、いや、これはマズいけど、そういうわけじゃないよ」

「どういうわけじゃないのよ?マズいってストレートに言ってんじゃないのよ」

 

 言いながら、姉さんも楽しそうだ。なんだか、イタズラに成功した子供みたいに。


 「いや~実は、というかなんというか、これ、大失敗作なのよ~」

 

 失敗、いや大失敗をした人とは思えないようなテンションの高さだ。ちっとも悪びれる様子がない。もうホントにすっごい笑顔。全世界笑顔コンテストで十二位に入れるね、うん。



「何でその大失敗作を食卓に出したんだよ。しかも、自分でも食ってんじゃん。」

「うん。時間がたったらなにかの間違いで美味しくなったりしてないかなって。」

「なるわけないだろ。・・・・・・。ちなみになんだけど、味見はしたの?」

「したわ!!」


 自信満々に言い切る姉さん。味見をしてマズかったなら、テーブルに並べたところでマズいだろうに。時間というものにどれだけ信頼を置いてるんだろう。時間が解決してくれる、って言葉は別にそういう意味じゃないからな。


 でも、こうやってアホみたいに楽しそうにしている姉さんを見ると、なんだか安心すると同時に、嬉しくなる。学校を休み始めたころの姉さんからは想像もできない。ほとんどの時間を自室で過ごし、食事もろくにとらなかった。しゃべる相手はもっぱら俺で、内容は自分をいじめたやつらへの罵詈雑言。

 聞いてるこっちも辛かった。何もしてやれない自分が情けなかった。


 思考が過去に飛びそうになるのを、現在めのまえの姉さんの笑顔が引き戻す。でもやっぱり、いじめられる前までの笑顔とは違う。そう簡単に戻るものでもないんだろう。一か月が過ぎても、姉さんのことは何も進展していない。


 そして、いつまでもこのままというわけにもいかない。


 そんなことは、今目の前でからあげをがっついてるこの人が、一番分かっているだろう。あえて口にする必要もあるまい。


 ていうかさっきからそれしか食ってないじゃん。野菜も食べなさい、野菜も。


「ぅごほっごほっ、ごほごほ、うぇ」

「ああもう、そんなにいっきに食べるから。はい、お茶」


 分かっている・・・・・・と思いたい。

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