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 わけの分からなさは増すばかりだが,松岡は指示通り理科室前まで行き職員室に戻ってきた。知らぬ間に職員室の照明は点いており,自席のディスプレイは虚しくログイン画面を表示している。溜息を洩らしつつ斜め後ろの席を振り返ると,竹内先生が一足先に戻ってきていた。

「竹内先生」

「ん?」

「さっきのお話の続きを…」

「あぁ」

竹内先生は湯呑を右手に持ったまま椅子をやや後ろに下げ,松岡の方に角度を変える。

「あれ?でもワシこの間,音楽室で授業やらせてくれって頼んだやろ?」

確かについ先日,松岡は竹内先生に音楽室で授業をしたいから空いている時間に使わせてくれと言われたところだ。数学教諭の竹内先生が音楽室で何を教えるというのか甚だ疑問ではあったが,きっと数学と音楽とを絡めたユニークな取り組みでもされるのだろうと快諾したのだった。

「それが何か?」

「音楽室で授業をやるとなるとそのクラスの生徒が移動するやろ?」

「…?」

「そうやなー,1年E組の生徒が音楽室まで行って帰ってくると,全校での消費電力で大体30分ぶんぐらいは充電できるかのう」

「?!?」

「だから,この学校は廊下で電気を自給自足しとるんや」

「えーーっ?!」

つまり,廊下を歩く人の足から床に加わる衝撃を電気エネルギーに変換して校内に供給しているということらしい。

「そんなんで大丈夫なんですか?…っていうか,さっきの停電って要は発電量が足らなかったってことですよね?」

「そうや」

「今,先生方があちこち行かれたのも廊下で発電するためってことですよね?」

「おぅ,さすが若い先生は理解が早いな」

「いやいやいや,これじゃまたすぐに停電するってことじゃないですか」

「まぁこの時間は職員室しか使ってないんやし,さっきので1時間ぐらいはもつやろ」

「1時間…って全然ダメじゃないですか!残業がちっとも終わりませんよ。さっきパソコンで作ってた書類も保存前だったんですよ!?」

「まぁ家でやるのが無難やな」

「…あ」

松岡の中で,先日竹内先生が音楽室を使いたいと言ってきたことと,今自分が理科室に行かされた事実とがリンクした。が,まだ疑問は残る。

「この間竹内先生が音楽室を使いたいって言われたのも,生徒を移動させて発電するためってことですよね?なんで今になってなんです?時間割は1年間同じなんだし,音楽室は音楽の授業がなければいつでもお貸しできましたよ?」

「そりゃあ生徒が面倒くさがるだろ。というかワシが面倒くさい」

「…え?あ,でも待ってください,私が赴任してきてからこんな風に停電したのって今日が初めてのような…?」

「うむ。ほとんどはちゃんと賄えとるってことや」

竹内先生は持っていた湯呑のお茶を口に含み,ふーっと大きく息を吐くと自分の机に向き直ってしまった。

「あっ,竹内先せ…」


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