停電は突然に

㼾-シカワラ-

1

 3月某日。弥生谷高校では学年末考査が終わり,3年生の卒業式も終わり,在校生たちは年度末のわずかな自由時間をのびのびと過ごしているようである。一方,職員室はといえば,年度末に押し寄せる諸々の雑用に追われる教員たちが,授業の合間を縫ってそれぞれの仕事をこなしている。

 音楽教諭の松岡はクラス担任こそ持ってはいないが,新年度の入学生向け説明会の担当になっており,その準備のためこのところ残業が続いている。今日も6限の授業を終えてから,すでに2時間ほど机に張り付きっぱなしで資料を作っていた。…そのとき。

 

 バツン!

 

 一瞬,稲妻のような奇妙な光が目に入ったと思ったが,すぐに視界全体の明度が落ちていることに気づいた。(えっ…?)自ら状況を把握する暇もなく,職員室にいた他の先生の声が響いた。

「おぉう,またかぁ」

「あぁ,この時期だからしょうがないですね」 

 "またか"?"この時期"?…今年度この学校に着任したばかりの松岡にはその意味がいまいちよく掴めずにいると。

「ハイ!松岡先生は西校舎4階の理科室の前まで行って戻ってきてください」

体育教諭の大島先生から懐中電灯を手渡される。

「…は?」

質問の意を込めての精一杯の発声だったが,答えは返って来ず。有無を言わさぬ空気だけは感じとれたのでとにかく今はそれに従うことにする。他の先生たちは…?と周りを見遣ると,どの先生も席を立ち職員室の扉へと向かっていた。

 校舎には西日が射し込んでおり,懐中電灯を使わずとも目的の場所には辿りつけそうである。松岡がスイッチを切ったままの懐中電灯を片手に西校舎に向かっていると,すぐ前を数学教諭の竹内先生が歩いていることに気づいた。竹内先生は既に定年を過ぎているのだが,嘱託教諭としてこの学校に再雇用されている。

「竹内先生」

と呼びかけたものの,その声が届く前に竹内先生は1歩前に進んでしまう。(あれ?竹内先生ってこんな歩き方だったっけ?)おじいちゃん先生らしくいつものんびりとした雰囲気を纏っている印象の竹内先生が,今日はなんだかせわしないような,いらついているような,そんな歩き方だ。

 松岡は少し歩幅を大きくし,改めて声をかける。

「あの,竹内先生はどこへ行かれるんですか」

「ん?ワシは美術室や」

ちらりと松岡の方を振り向くが,その歩みは変わらずだ。

「美術室?行って,何をなさるんですか?」

「何もせんよ」

「…???」

「行ってまた職員室に戻る」

「えぇと,あの。私も大島先生に理科室に行って戻って来いって言われたんですけど」

「うん。それが?」

「いやいや,訊きたいのは私の方です!全然意味が分からないんですけど」

竹内先生が初めて立ち止まり,改めて松岡の方に振り向く。

「そうか,松岡先生はこの学校に来てまだ1年経っとらんか」

言いながら再び歩を進める。

「何も聞いとらんのか?」

(聞く…って何を?)この約1年間に他の教職員と交わした報告,連絡,雑談,噂話…この一瞬で振り返れるものは振り返ってみたがピンとくるものは何もない。松岡が改めて尋ねようとしたところで,美術室方向と理科室方向の分岐点に来てしまった。

「あ,じゃあワシこっちやから。また後で」

竹内先生はさっさと美術室へと向かっていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る