ステープラー、深海、鬼(九題噺、根付、城、火消し、タイムマシン、シェルター、博士)
「知ってるよ、後輩」
「うん、そう、なんだよね。世間って、狭いね」
「そう、だな」
「この前、彼女が根付けをくれて、それで知ったの」
「あぁ、あの城のイベントの?」
「うん。和くんの火消し姿見て、驚いちゃった」
「あれは、忘れてほしい」
「努力は、してみるね?」
「…………」
「そ、それでね、その時に和くんのこと、話したんだ。その、同性愛者のこと、変な目で見てる、って」
「それは、ごめん」
「……謝るってことはわたしたちのこと、知ってるんだ……」
「うん。悠莉と写ってる写真、見たから」
「……そっか。今は、そう思ってないんだよね?」
「まぁ、色々あって」
「でも、わたしはそれを知らなかったから、そのまま話しちゃって、そしたら、本当に鬼のような形相になっちゃって……」
「それは仕方ないよ。表面上は笑ってるのに、心の中では気味悪く思われてた、そう思ったんだろうから」
「うん。でも、ごめんね」
「謝らなくて、いいよ。俺も、翔とのことがなかったら今もそう思ってただろうし」
「翔くんってあの?」
「そう。大学院の博士課程まで進んで、何か、シェルターみたいな研究室でよく分からない研究をしてる、あの」
「そうなんだ。翔くんってモテるのに彼女がいるって聞いたことなかったけど、そういうことだったんだ」
「そうみたい。悠莉が出ていって、翔に告白されて、お互い深海の底をさまようように生活していたから、だからこそ、俺らは何も変わらない、ってそう気付けた」
「ねぇ、だったら、もし、わたしが出ていかなかったらどうなってたと思う?」
「あの頃と何も変わらないよ。俺はいまだに同性愛者に偏見を持ってたと思う。悠莉が出ていったから、気付けた。仮に、タイムマシンで過去の俺に伝えたって無意味だと思う」
「そう、なんだ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「それで、話したいことって、これ?」
「うん。その、謝りたくて……。和くんに嫌われるのが怖くて、それで何も言わずに出ていっちゃったから……」
「……いいよ。そのお陰で俺は知ることができたし。それに、翔っていう親友を失わないで済んだんだから」
「…………ありがと」
まだ、少しぎこちなかったけれど、それでも彼女は笑ってくれた。
最後に見た彼女の泣いている姿がステープラーで俺の心に縫い止められていた。破かなければ剥がせない。けれど、破きたくないからいつまでもその姿が。でも、今の笑顔を見て自然とそれが剥がれ落ちた。
そして、彼女と過ごしたたくさんの日々。そのなかに溢れていた無数の笑顔。それらが俺の中を満たしていった。
そして、俺は改めて思った。彼女のことが今でも好きなのだと。
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