武術、摩天楼、蹴(六題噺、新人、ボタン、山)

 昔と変わらない彼女。そんな彼女に連れられて行ったのは裏路地にある、古びたビルの一階。喫茶、摩天楼。

 席に案内され、座ると同時に彼女が話し始めた。


「ここ、静かでいいところでしょ。最近見つけたわたしのお気に入り。それで、この摩天楼ってお店の名前って、まだこの辺りにビルがそんなにないときに一番高い建物だからそう付けたんだって。どれくらい前の事かは分からないけど、趣があっていいよね」


 確かに、ビル自体も内装も年期が入っているけれど、それだからこその趣を感じた。

 けれど、こんなに饒舌な彼女に違和感を覚えた。こんなに話したっけ?そんな風に思っていると、


「どうか、した?」


 彼女が首をかしげながら聞いてきた。


「いや、何か、今日はよく話すな、って」


「え?あ、ごめん。あの……あ、注文って、決まった?」


 無理矢理に話題を変えようとしているのが分かったから、俺はメニューを開き、適当に決めた。

 彼女がボタンを押して店員を呼び、注文をすると、落ち着かない様子でそわそわし始めた。

 話したいことがある、そう言っていた。けれど、それは話しづらいことなのだろうか。

 話しやすくなるまで、適当な話題を振ってみることにした。


「最近、どうしてる?」


「え?うん、最近、古武術習い始めたんだ」


「護身用に?」


「ううん。護身用は和くんが教えてくれたから大丈夫」


「え?教えたっけ?」


「うん、股間を思いきり蹴り上げれば大丈夫、って」


 あぁ、そう言えばそんなこと言ったことがあるような……。


「それじゃ、何で?」


「うん、この前、お父さんが倒れちゃって、あ、大したことはなかったんだよ。それで、もしものときとか、介護に役立つって聞いて」


 それを聞いて、変わらないなぁ、って思った。いつだって家族を大事にしていた。

 だから、だろうか。俺は少し安心した。昔と変わらないであろう彼女に。


「それで、和くんはどう?」


「何もないよ。会社と家の往復だけ。まぁ、強いて言うなら……」


 新人のあの後輩のことを話そうと思ったけれど、付き合っているらしいことを思い出し、言葉に詰まってしまった。


「言うなら?」


「あぁ……山とか、自然に囲まれたところに行きたいなぁ、ってくらいかな」


「もしかして、ストレス溜まってる? 」


「かも、ね」


 そこで二人、会話が止まってしまった。

 けれど、彼女がスマホを取り出し、俺の方に見せてきた。


「ねぇ、この人、知ってる?」


 そこに映し出されていたのは、後輩のあいつだった。

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