第9話 目

「ありがとうーノ。とうーノ」


 ㅤ目は閉じたまま、ヅッチーノの声が聴こえる。ふしぎだな。ヅッチーノの姿は目に見えるものじゃないのに、目を閉じていたら、その姿が浮かんでくるような気がするんだ。


 ㅤだけどそのシルエットは、人のようで、妖精のようで。とびきり小さくもなければ、そんなに大きくもない。


 ㅤオレは今、何かを思い出しそうで、その何かから必死に目を逸らしている。現実から、こんな世界にやってきたくらいだ。嫌なことでもあったのだろう。


 ㅤまだオレは、夢から醒められそうにない。だからきっと、目を開けたらそこにヅッチーノがいる。もう少し、あと少しだ。この世界に甘えていたい。理解不能な世界で、大切な何かを知る。


「とうーノ。起きるーノ」

「もう、起きてたよ」

「でも、声が聞こえなかったーノ」

「ちょっと、あっちの世界に行っていたみたいだ。オレからしたら、こっちがあっちなんだけど」

「心配したーノ」


 ㅤ目を開けたら、やっぱりヅッチーノはそこにいた。だけどやっぱり、その姿は見えなかった。きっと、シカバネさんの言葉からすると、今は見えない方がいいのかな。いつかは見えるようになるだろう。


「さて、じゃあ行こうか」

「もう大丈夫なーノ?」

「眠たくて寝たわけじゃないし。シカバネさんも、ありがとうな」

「あい、そういう名前なのですね」

「いやこれは本当のありがとう」

「失礼しました」

「ウフフーノ」


 ㅤどこへ行っても、チグハグなやりとりをするのは変わらないな。さて、次はどこへ行ったらいい?


「魔法使いに会おうーノ」


 ㅤそれはどこに行ったら会える?


「コロシアムに行くーノ」


 ㅤコロシアム?ㅤ何だか物騒なイメージがあるというか、少し怖いんだけど。


「その通りなーノ」


 ㅤえぇ。戦うのとか、オレ苦手だからね。巻き込まれるのはカンベンだよ。


「一緒に行くーノ。ついて来るーノ」


 ㅤ見えないヅッチーノに、手を繋がれたのか。腕を引っ張られるようにして、オレは空高く舞い上がる。森や観覧車が模型みたいに見える。まさかドラゴンよりオレが先に飛ぶことになるとはな。


 ㅤこんなことができるなら、電車とか乗る必要なかっただろ。


「つべこべ言うなら落とすーノ」


 ㅤ食べなくても眠らなくても恋をしなくてもいい世界だとしても、痛いのはイヤだ!ㅤ痛いの痛いの飛んでけ〜だ。


「ふふ。何言っているーノ」

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