第8話 思い出

「シカバネって、どこで会うんだ?」

「墓地に決まっているーノ」


 ㅤ普通に考えたらそうか。というかそれってただのお墓まいりじゃないのか。もちろん、ただのお墓まいりで済むとは思っていないが。どうせシカバネっていっても、生きているんだろうし。


「失礼だーノ。ちゃんと死んでいるーノ」


 ㅤちゃんと死んでいるっていう表現もよくわからない。とりあえず暗い森を抜けた先に、墓地はあった。日が出ているときに来たこともあってか、おどろおどろしい雰囲気ではなく、むしろ神秘的な場所に思えた。木漏れ日が優しくお墓を照らしていた。


「誰もいないぞ」

「いるわけないーノ」

「えぇ?」

「でもいるーノ」


 ㅤちょっと意味がわからなかったが、何か空気を察したオレは、見えないシカバネに話しかけた。


「おい、いるのか」

「いるーノ」

「そうじゃなくて」

「いますよ」


 ㅤうわっ、いた。


「そりゃあ、いますよ」


 ㅤ当たり前のように、心の言葉を読み取るなよ。


「聞こえるんですから致し方ないでしょう」

「シカバネっち、こんちわーノ」

「ああ、ヅッチーノさん。その感じだと、徐々にヅッチーノってますかね」

「そうなーノ。それも仕方ないーノ」

「まあでも、やりがいはありますよね。こちとら、死んでいるだけですから」

「あはは。悲しいくらい順調なーノ」


 ㅤオレの耳元で、よくわからないやりとりで盛り上がるな。


「これは失礼しました。申し遅れました、あたくし、シカバネと言います」

「ご丁寧にどうも」

「元気だけが、取り柄でございます」


 ㅤあはは。って、笑っていいところなの?ㅤ本当に死者なのかって感じするけど。


「あい、すみません。こうなったからには開き直るしかないという所存でございます」


 ㅤちなみに、シカバネさんは墓地にいるけど、墓地以外に行くことはできるの?


「行くことはできますが、基本的にはこの辺にいることが多いですね。何かと便利なので」


 ㅤああ、そう。都会に行かない若者みたいな。ていうかシカバネって、死んだ人の体のことを指す言葉だと思うけど、体見えないよね。


「あ、もしかして見たいですか?ㅤそしたらぜひ、お墓をお掘りください」


 ㅤいえ、すみません、結構です……。


「そこには何もありませんから」


 ㅤはあ?


「死んだものにしか見えない姿でいるのですよ、あたくしは」


 ㅤわかった。わからないけど、わかった。とりあえずオレは生きているってことだな、シカバネさんの姿が見えないから。


「そういうことになります。今は妖精の一種だと思ってください」


 ㅤ遠慮しておきます。さあ、続いてどんどん行こうか、ヅッチーノ。あれ、ヅッチーノ?ㅤそういえば、お前って……。



 ㅤ救急車のサイレン。静かすぎる呼吸。渇いた水と空気。行きたくない永遠の未来。残酷な時計の音。巻き戻せない、夏の海。


「起きるーノ、起きるーノ」

 ㅤ眠らなくてもいい世界で、オレは少しだけ眠っていた。砂利よりも痛い、今にも消えそうな思い出の枕に頭を乗せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る