第5話 燃えてくれドラゴン
ㅤ電車を乗り継いで、港近くの小高い駅に降りた。下っていく先に、ほのかな潮の匂いと、大きな観覧車が見える。
「あそこにドラゴンがいるのか?」
「あそこにドラゴンがいるーノ」
ㅤこの世界のドラゴンは何しているんだろうな。遊園地にいるってことは、パフォーマンスでもしているのかな。海の空を自由に飛んだり口から火を吐いたりするショーがあったら楽しいじゃん。戦ってみたい人からしたらガッカリかもしれないけど。
「どうも、いらっしゃいませ。あ、ヅッチーノ様」
「やあ。二名よろしくーノ」
ㅤそこにいたのは、おそらくドラゴン。体の多くは緑色で二足歩行。イメージよりは大きくないが、オレの身長の二、三倍はある。
「でかい人形かと思ったら」
「人形でなければ、
ㅤあまり、当たり前のように言葉を発するんじゃないよ。丁寧な言葉遣いをするんじゃないよ。イメージが崩れてしまうじゃないか。何だか、今更な話だけど。
「それは申し訳ありません。しかし、
ㅤやっぱり、心の声は聞かれてしまうのね。ところでドラゴンよ。こんなところで何をしている。
「チケットはお持ちですか」
ㅤ持っていないよ。オレはヅッチーノにドラゴンに会えると連れて来られただけだからね。
「それでしたら、あちらのチケットセンターでご購入ください。タダですので」
ㅤタダなのに買うのか。まぁいいか。ということで、見えないヅッチーノの分も含め一応大人二枚買った。ヅッチーノは大人ということにしておいた。子供券を買って大人だったら面倒だからな。無料だからどうでもよさそうだけど。
ㅤちなみに姫は、コンビニのバイトがまだあるからと言って一応誘ったが来なかった。
「改めていらっしゃいませ。私はここでチケットもぎりをしています」
ㅤなるほど。確かに今、チケットの半券をちぎってもらった。短めの脚の膝を曲げ、大きな体を折り畳みながら。腕を伸ばし、尻尾を地面に叩きつけながら。オレが差し出したチケットを受け取って作業した。しかし、なぜだ。なぜと聞いても仕方ないだろうが、もっと他にやるべきことがあるのではないか。
「いえいえ。私はチケットもぎりが好きなのです」
ㅤきっと、遊園地に来るお客さんの笑顔が見られるから、とでも言うのだろう。
「いえいえ。私はチケットもぎり自体が好きなのです」
ㅤうん、なるほど。実はそんな気もしていた。
「半券をちぎるときの、ピリピリという音がたまりませんよね」
ㅤ共感を求められても少し困るけども。とりあえず、これで入場していいのかな?
「いえいえ。こちらはチケットもぎりをするだけでございます」
ㅤは。さすがに、は。外から観覧車だって見えているじゃないか。ドラゴンのショーが楽しめないなら、せめて童心にかえって遊ばせてくれよ。
「観覧車はぜひとも、観覧してください」
ㅤまさか。ここの観覧車は、中から外を眺めるのではなく、外から回る様を眺めるということか。
「ご理解が大変早く、ありがとうございます」
ㅤいや、理解は出来ていないよ……。
「この子の名前、ありがとうって言うーノ!」
「ほう! ㅤ素敵な名前ですね、ありがとう様。ありがとうございます」
ㅤどういたしまして。それにしてもこの世界にはいつ慣れるだろうか。いくら何でも無茶苦茶だ。ドラゴンは言葉遣いが丁寧だし、チケットもぎりをしているし。観覧車とかもう、どうでもいいわ。
ㅤなあ、ドラゴン。せめて遊園地の光に照らされた夜空を飛んでくれないか。人のいない海の上空で、熱い炎を吐き出してくれないか。
「それはなりません。私はドラゴン。その程度のことは、お安い御用です。が、私の仕事は、チケットもぎりですので」
「ありがとう。もうこれ以上は、よそうーノ」
ㅤそうだな。しかし姫のときにも思ったが、オレをドラゴンに会わせたがったのは、どうしてだ。美人に会っても恋はできないし、ドラゴンに会っても半券をちぎってもらっただけだ。これにいったい何の意味がある。
「……ノ」
ㅤノだけ言われても。オレはどうしてこんなつまらない世界に来たのだろう。これならまだ現実の方がマシじゃないか。
「そうかもしれないよ。だけどキミにはね、それ以外の大切なことも教えたいーノ」
ㅤ大切なこと?ㅤこんな理解不能な世界に、何があると言うんだ。
「今度は反乱軍に会いに行こうーノ!」
「私はいつでもここで、チケットもぎりをしていますね。ぜひまたご利用ください」
ㅤ流されるまま、駅へと向かった。正直もう、帰りたいって。目覚めたいってこのときは思った。意地でも空を飛ばず、同じ地上から大きく手を振るドラゴンは、ドラゴン性のカケラもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。