第3話 姫

「じゃあ早速、姫に会いに行こうか」


 ㅤヅッチーノの案内を受けながら、オレはもう、このわけわからない世界について行こうと割り切った。起き上がって、ふすまを開けて部屋を出る。世界は一見、現実のものと変わらない。洗濯機の配置も、錆びた玄関扉の色合いも。コンクリート階段が鳴らす「コツコツ」という靴音も何ら違和感がない。夜空に輝く星も綺麗。


 ㅤただ。何の変哲もないコンビニに入ってから、強烈な違和感がやってきた。


「やあ、姫」

「いらっしゃいませ、ヅッチーノ様」


 ㅤヅッチーノは確かに、カウンターの中にいる女性店員に姫と呼びかけた。姫もまた、金色のロングヘアーに冠をのせて。柔らかな微笑みを返す。ピンクドレスの胸元につく名札にも「姫」と書いてあった。


「あら、そちらの方は」

「ええと、なんて名前だっけ」

「有我ㅤ祷」

「いえいえ、どういたしまして」


 ㅤ行儀のいい姫に一礼されたが、そうじゃない。オレの名前が「ありがとう」なんだ。それを伝えてくれ、ヅッチーノ。というか、お前も理解してくれ。


「ということなんだってさ」

「あら、そうでしたの。すみません」


 ㅤオレの心の声はダダ漏れか。まぁ面倒が省けていいけどさ。でもオレはこの世界のゲストじゃないのか?ㅤ扱いがちょっと雑じゃないか。


「まあまあ、焦らないで」

「無理もないことですわ。私だって、本当は何が何だかわからないもの」

「まあ、そうだよね、あはは」


 ㅤふたりの会話がうっとうしい。やっぱり、ついて行こうとするの、やめようかな。とりあえず姫って何なのか、どうしてコンビニで働いているのか教えてよ。


「特に意味はないですわ」

「え」

「姫がコンビニで働いているという、だけのことですわ」


 ㅤじゃあ姫って何。王国はあるの?ㅤ姫の労働が許されるような、平和な国なの。


「きっとそうですわ」


 ㅤそもそも、オレは何でこの世界に来たのか。姫がいるなら、魔王にさらわれていたり、国を乗っ取られていたり、するのが物語らしさじゃないのか。


「魔王なら、いますわ」


 ㅤそうか。オレはそいつから、キミを守るためにこの世界に来たということなら、まだ話はわかるんだけど。それでもキミがコンビニで働いている理由はわからないんだけど。


「魔王は、きっとどこかにいますわ。この世界の、きっと、どこかに」


 ㅤ天狗や河童みたいなものか。よし、わかった。オレはこの世界では「理解」という言葉を失うことにしよう。理解不能という大きな川の流木になろう。

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