第23話 新人企画マンはお金がないⅣ
「すみません、私本当に平山さんの生活を破壊してしまったんじゃないかと思って。失礼だと思いますが、生活の方大丈夫ですか?」
「いや、まぁ豊かではないですが、それなりにやっていっていますよ」
「あの、つかぬことをお聞きしますが、お昼が毎日おにぎりだけと言うのは」
「あ、ははは……。す、すみませんご心配おかけしまして。あれは本当に早く食事をすませる為のものでして、今食べるものにも困っているという状況ではさすがにないですよ」
「ほ、本当ですか? ウチ社員食堂もありますから。あそこなら格安で……」
「す、すみません、僕社員用のIDカードなくて食堂が使えなかったり……」
麒麟は藪を突いたら自分の仕掛けた地雷で遼太郎が爆散した気分になり顔を押さえた。
「ずびばぜん、後で発行しておきまず」
「あ、ありがとうございます」
会社の話が終わり、さすがにこのままおいとまするのは忍びないので麒麟はできもしないことを打ちだす。
「あっ、そろそろ夕飯の時間ですね。私何か作りましょうか?」
「いや、そんな大丈夫ですよ」
「まぁそんな遠慮なさらずに」
「ほんとにさっき作ったものがありますので」
「あれ、平山さん料理されるんですか? 意外ですね、でもまぁロクなモノ食べてないんじゃ」
麒麟が冷蔵庫を開けると中には土鍋に入った卵がゆ、カレイの煮つけ、ひじきの小鉢が入っていて、麒麟は敵の戦力と自身の戦力の差を一瞬で悟る。
「お、お上手なんですね、料理……」
「一人暮らしが長いものですので」
考えてみれば当然である。家に専属の家政婦までいて自分のことだけを考えてすごしてきた自分と、一人社会にもまれながら生きてきた遼太郎と食を競うなど、たたき上げのプロ野球選手と日曜日にダラダラと運動不足を解消する社会人草野球くらいの差がある。
「しかしそこまで真田さんが言って下さるなら。いただきます」
守りたいこの笑顔。言えない私料理できないんです。
試される女子力。麒麟は暖房の大してきいてない部屋で汗だくになっていた。
「一応食材は今日買ってきてあるので、そこから自由に使っていただければ。ただ日持ちするものが多いので、もしかしたら使いにくいかもしれませんが」
「だ、大丈夫です」
何が大丈夫なのか。一ミリも大丈夫ではない。
買い物に出かけられれば必殺助けてお惣菜屋さんができるのだが、時間ももう遅く恐らく外に出たとしても閉店しているところが多いだろう。
仕方なくボロいくせにやたらと綺麗に整頓され、磨かれているキッチンに立つ。
「えっ、何作ればいいんだろ……おかゆはあったし、魚も添え物も……」
卵酒とか? ダメだそんなのワタシ料理できないですとアピールしているのと一緒である。
何か何かないのか。
そう思って頭を悩ませると段々腹がたってきた、なんだこの男境遇とか酷い状態にあるくせに、自分でどうにかなるところは自分でなんとかしてしまう。
不幸なくせにスペックが高い。不幸とスペックは本来関係ないがこの男に運が味方したら一体どうなってしまうんだとも思う。
遼太郎が不安になる約一時間半後、麒麟は見事に遼太郎の買って来た食材を何かよくわからない焦げてグズグズなものに仕上げた。
「あの……これは……」
ちゃぶ台の上に置かれたナニカに遼太郎は質問する。
だが、麒麟はちゃぶ台に両肘を乗せ自身の顔を掌で覆っている。
「…………れ」
「えっ?」
「うるさい黙れ(超早口)」
「す、すみません」
「大体ですね、平山さんが悪いんですよ! 普通男の人の食事なんて残飯つついてるようなもんじゃないんですか! それをこんなきっちり作って、そりゃこっちだってプレッシャーになっちゃいますよ! そしたらこんな物体X的な何かが出来あがっちゃって、こっちのプライドズタズタですよ、どうしてくれるんですか!」
「す、すみません」
完全な逆ギレに遼太郎はなぜか謝ることしかできなかった。
遼太郎はスプーンでその液体なのか個体なのかもよくわかならいものをすくう。
「やめた方がいいですよ、お腹壊しますよ」
「い、いえ作っていただいたものを粗末にすることはできません」
一番物を粗末にしているのは自分である自覚のある麒麟はもうやめて私のライフはゼロよと叫びたかった。
遼太郎はそのまま口の中にナニかを放り込む。
「お、おいしいですよ。お粥かな?」
めちゃくちゃ気を使われているのが誰の目に見てもすぐにわかったので、麒麟は恥ずかしさから顔を手のひらで隠す。
しかし遼太郎はきっちりと完食して、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
「あなたほんとに……」
なんでそんないい人なんだと、麒麟は自分が情けなくてちょっと泣けてきたのである。
願わくばこの善人がどこぞの悪女に捕まらないことを祈るだけである。
するとキューっと可愛らしいお腹の音がなる。勿論それは今しがた食物的な何かを摂取した遼太郎からではない。
麒麟は無言で自身の腹をドスドスと結構やばい音をたてて殴り始めた。
「さ、真田さん!」
「いえ、なんでもありません。気のせいで---キュー」
まずい腹を殴る拳のスピードが加速したと、遼太郎は慌てる。
「あ、あの僕だけいただくのも悪いので、冷蔵庫の中のもの食べてください」
「いえ、そういうわけにはいきません。これは平山さんの大事な食べ---キュー」
麒麟が包丁を持って自身の腹を突き刺そうとする。
「なにやってるんですか真田さん!」
「止めないで、死なせて! 願わくば殺して!」
「そんな簡単に死なないで下さい!」
「簡単じゃないです、私の中にあったちっぽけな女のプライドがもうズタズタで原型をとどめてないんですよ!」
「よくわかんないですけど、ダメですって! お願い生きてください!」
なんだこの頼みはとフラフラな頭で思う。
なんとか刃物を捨てさせることに成功した遼太郎と麒麟はハァハァハァとお互いで荒い息を吐く。遼太郎の体温が上昇したことは間違いない。
「あの、食べて下さい。お願いします」
遼太郎の土下座を見て麒麟も同じく土下座する。
「すみません、いただきます」
軽く暖めなおして遼太郎の料理をいただくと、今度こそ麒麟の乙女のプライドは大量のC4爆弾と共に木端微塵に粉砕された。
「お口にあいましたか」
フーっと麒麟は諦めきった顔で大きく息をついた。
「あの、嫁に来てもらっていいですか?」
「えっ?」
「いえ、冗談です。私開発のスキルを上げるだけじゃなくて、人間として女として必要なスキルを身に着ける必要があると感じました」
「そ、そこまで」
もうなんだよコイツ、なんなんだよコイツ。麒麟は駄々っ子パンチしたい気分でいっぱいになっていた。
畜生完全に負けている。しかもそれが男としてではなく女として負けていることが屈辱的である。
何があったらこんな変な奴が出来上がるんだと愚痴をこぼさずにはいられない。
不思議な食事を続けていると、外からギシギシと錆びた階段を鳴らす音が聞こえる。
それも複数。
「ちーっす、平山ちゃん生きてるー?」
鍵の開いたボロい扉をあけて入って来たのは高畑を含めた第三開発室のメンバー数人である。
その様子に遼太郎だけでなく麒麟も目を丸くする。
「あれ、皆さんどうしたんですか?」
「少しだけ抜けてきたでゴザルよ。それにしてもここ会社から遠いでゴザルな」
「岩城さんまで」
「まぁ岩城さんほとんど仕事全部椎茸さんにおしつけてきたんすけどね」
「決して逃げたわけではゴザらんよ?」
二人が話しているとその間をかきわけ、一人の女性が現れる。
麒麟はうげっと声が上がる。
「遼太郎君どうしたの、言ってよ風邪ひいたならボクがすぐにいって看病するのに」
「せ、雪奈さん……あなたお仕事は」
「えっ、終わった」
「じゃあ第二に帰ってくださいよ。平山さんは私たちが……」
「やだよ、まだリリースしてないんだから最後までいるよ」
彼女の言う最後とは一体いつまでなのか麒麟はうすら寒いものを感じる。
「ほら、見て遼太郎君の為に作って来たのビーフストロガノフ」
どこからとりだしたのかタッパーに入ったいくつもの食べ物を並べていく。
麒麟は戦慄する。この女……料理ができる!? 稲妻のような衝撃が麒麟を襲う。
「す、すみませんありがとうございます皆さん」
「あっ、平山氏、これは椎茸君からイチゴとミカンでゴザル。こっちは矢島さんからの貼るカイロと長ネギでゴザル」
「すみませんありがとうございます」
「そんで拙者からはリポポピンDでゴザル」
「俺からはマムシドリンク。そんでこっちは真壁さんの使ってみたけどサイズが小さかったブランケットに、花山さんの自作小説、武田さんからはデスメタ100曲入りのMP3、そんでこっちは有象無象が大喜利形式で上げた見舞いの品」
「あ、ありがとう」
「凄く愛されてますね」
「いや、ほんとに僕なんかの為に」
遼太郎はその中で一つ目立った下手くそなマフラーを発見する。
「これは……」
「ああそれは第二の真田の姉さんが編みかけて途中で飽きたマフラーだ」
「彼女らしいですね」
だが麒麟は引っかかった。姉に裁縫の趣味なんてものはないし、今までやってるところなんて見たことがない。衣類なんてものは所詮消耗品と考える姉が手編みのマフラー? 自分で使うつもりだったのだろうか? いや、姉の性格からして「なんであたしが作ったヘッタクソなマフラーなんかつけるのよ。そんなんなら100均なのになぜか300円で売ってるマフラーの方がよっぽど重宝するわ」と言うのが姉である。間違いないこっちの方がよっぽど自然だ。
ならこのマフラーは一体誰の為に編まれたのものなのか……。
が、そんなことを考えている隙に雪奈は遼太郎にしなだれかかっていた。
「ねっ遼太郎君、やっぱりこの住まいはあんまりいい場所とは言えないと思うんだ。老朽化が進んでて、隙間風も吹いてるし」
「そうですね。でもなかなか引っ越しと言うのも難しくて」
「じゃさ、ウチに来なよ。ウチもマンションだけどここよりはずっと広くていいところだよ?」
「天城さん家ってどこなんすか」
高畑はこっそりと岩城に話を聞く。
「確か会社の駅近くにあるグランメソッドとかいう高級マンションでゴザル。ここより良いって言うのは謙遜でゴザルな。多分目玉飛び出るくらい良いとこでゴザルよ」
「しかしそのお恥ずかしいながら家賃の方が」
「ルームシェアしよ? 家賃とか全部ボク持ちでいいし。君は帰って来たボクを癒してくれるだけでいいよ」
「何その破格の条件拙者もお願いしたいでゴザル。それ同棲でゴザろう?」
「通報されると思うんでやめといた方がいいっすよ」
「拙者人畜無害でゴザるよ」
「無害かどうかは向こうが決めるんで」
「そしてそろそろ姫がキレる頃でゴザルな」
予想通り麒麟の眉は段々と吊り上がり始めていた。
「天城さん、何言ってるんですか、平山さんには平山さんの生活があるんですよ?」
「でも、ここにいるよりかはずっといいと思うよ。ねっ遼太郎君はどうかな?」
「いや、しかし家賃を払わないと言うのはまずいですよ。それってヒモじゃないですか」
「ね、ヒモってダメなの?」
キョトンとした目で雪奈は高畑たちに尋ねる。
「ヒモ最高っす」
「拙者もそんなこと言われてみたいでゴザル」
「だ、ダメです! あなたたち少しは否定してください! 男としてどうなんですか!」
「姫、それはもう差別用語でゴザルよ」
「そうっす男のくせに女のくせにはブーメランっすよ」
「うっ」
確かに料理のことでは完全に麒麟の後頭部にブーメランが突き刺さっていた。
「それでも!」
「一人暮らし大変でしょ? ボクも一人だと寂しいからあんまり家に帰りたくないんだ。でも遼太郎君が家にいてくれたらボクすぐ帰っちゃうけどな」
「拙者もペットとしてでいいから飼ってほしいでゴザル」
「そんな落ち武者みたいなペット金貰ってもいらないっす」
「と、とにかく平山さんの住居に関しては現在の上司である私が面倒見ますから!」
「大丈夫だよ麒麟ちゃん、本人同士で解決するもんねー」
「あ、いや、その……」
「平山さん!」
「遼太郎君!」
「平山ちゃん!」
「平山氏!」
「す、すみません、勘弁して……ください」
また熱がぶり返してきた遼太郎は布団の上にぽてりと倒れた。
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