第16話 カーバンクル

 落ちてきた孤島には鬱蒼とした針葉樹が生い茂っており、どことなくアマゾンのような熱帯的な雰囲気がある。

 二人の様子を、木の上から鳥や小動物が見守っている。


「少しだけ開発の話をしますと、今第三開発ではバランス崩壊を引き起こしている課金装備でデスキャノンというのがあるのですが、それをなんとかしてバランスを元に戻そうとしているんですよ」

「麒麟ちゃんから少しだけ聞いたよ、凄く大変なことをしようとしてるって」

「はい、課金装備を買ってしまった。と販売元が言うのは変なんですが、バランスを崩壊させる武器が一本あるだけで、もう他の全てがそれに引っ張られてしまって、今必死に調整してるんです」

「凄いよね、平山君が来るまで第三ほんと大変そうだったし」

「大変なのは多分ひどくなってると思いますけどね」


 遼太郎が笑みをこぼす。

 雪奈はその笑みが充実している人間の笑みだとわかり少し羨ましく感じる。


「それで今次のパッチでデスキャノンを殺すインゲーム装備、レジェンドウェポンというデスキャノンに匹敵する武器を実装しようとしてるんです。ですが、それって結局ゲーム内でデスキャノンが誰にでも与えられたってだけで本当の意味ではデスキャノンは死んでないんです。それ以外の武装はまだ死んだままですから。しかし、時間制限のある中ではそれが精一杯で、他の武器を新たに実装する、もしくは既存武器のバランス調整をするっていうのは難しくて、できれば一気に他の武器の能力をデスキャノンと同じラインまで引き上げたいんです」


 雪奈は話を聞いていて、つくづくプランナーという職が難しいものであると察する。


「凄いね、そんなところまで考えなきゃいけないって」

「いや、難しくはないんですよ。プランナーって所詮やりたいこと言ってるだけですから。ただやりたいことやるには理由付けが必要なだけです。すみません、話を戻しますが、それでレジェンドウェポンに続く第二のデスキャノン殺しの為の新システムが今ここにいる場所なんですよ」

「この島が?」

「ええ」


 二人が歩き続けると、そこは今までと違い明るく開けた場所で、様々な花が咲き誇っている。

 ロボットゲーとは思えないほどの幻想的な空間で、日の光に色とりどりの花が反射し虹色の光を放っている。

 ファンタジーのようにも思えるこの場所に、妖精が飛んでいても違和感はない。


「ここは……」

「天城さん、中央に行ってください」


 雪奈が花畑の中央を歩くと、そこに一匹の猫が足元に現れる。

 毛皮がモコモコとしており、ぱっと見はぬいぐるみが歩いているようにも見える。


「うわー、なにこれ可愛いーー!」

「スプレンダーキャットが来ましたか」


 雪奈が抱き上げて思いっきり頬ずりすると柔らかい部分と固い部分に頬がすれる。


「ここは本当はプレイヤーの機体使用率を見て、出てくるキャラクターがかわるんです。勿論気に入らなければ何度でもやり直すことが出来ますけど」

「平山君これ何!?」

「プレイヤー達の新しい力、カーバンクルです。スプレンダーキャットはラグドール種をモチーフにデザインされたと聞いてます」


 遼太郎の肩に乗った機械の大鷲が翼を広げる。


「カーバンクルの力をメタルビーストに融合させることによって、機体の能力を全て底上げし、全ての武器をデスキャノンクラスに引き上げます。これがデスキャノンを殺す最後の策です」

「カーバンクルが……」

「ええ、もちろんカーバンクルを成長させる必要があるのでプレイヤーにはたくさん時間を使ってもらいますがね」


 そこだけは遼太郎は苦笑いをする。恐らく設定された経験値テーブルは相当なものなのだろう。


「どうしましょう天城さん、気に入ったならスプレンダーキャット差し上げます。まだテスト段階なんですがこのカーバンクルスマホに入れて世話できるようにしようとしてるんですよ」

「凄い!! 欲しい!!」


 雪奈がギューっとスプレンダーキャットを抱きしめると、スプレンダーキャットは満月のような金色の目をちょっと迷惑そうに細める。


「それでいいですか? 他にもまだ兎やユニコーン、鳥や亀なんてのもいますが」

「それってメタルビーストの機体のモチーフになった動物だよね?」

「鋭いですね、そうです」

「この子がいいよ。ボクの為に出てきてくれたんだよね?」

「ええ、ここで彼らはあなたたちを待っていたんです」

「ん~~~凄い可愛い~~~テンション上がる~~~~!!」

「それは良かったです」

「でも、この子平山君のおっきな鳥に比べたら機械が少ないね」

「ええ、やはり兎や猫なんかは女性に使ってもらいたいので、可愛らしく仕上げてもらってます。あっ……、一応今このカーバンクルたちのデータって仮なんですけど、もしよろしければ天城さんの描いてもらったものをそのまま実装してもいいと思いますよ」

「えぇ!? 良いの!?」

「ええ、こちらこそお願いしたいです」

「やる、絶対やるよ!」


 雪奈が大喜びしていると、ふと花畑の真ん中にうっすらと光り輝く少女が現れる。

 女神のようにも思えるNPCは神秘的な雰囲気を纏い、ゲームの中にいることを忘れ見惚れてしまうほど美しい。


「ほら天城さん、イベント始まりますよ」


 遼太郎はスプレンダーキャットを抱きかかえている雪奈の背中をそっと押す。

 光り輝く少女は雪奈の姿を認めると、小さくほほ笑む。


[あなたに……新たなる力を]


 雪奈の全身を光が包み込んだ。



 その頃、仕事の進んでいない天城を探していた迫田が、個室で平山と二人で仲良くVRに入っている姿を目撃し怒り心頭しながら第三開発室に怒鳴り込みに来ていた。


「どうなってんですか! こっちが切羽詰まってるってのに、平山の野郎ウチのデザイナー連れてゲームで遊んでやがるんですけど!」


 しかし第三開発のメンバーは今それどころではなかった。全員が食い入るようにモニターに映る映像を見守っている。

 迫田が覗くと、そこには平山と天城が二人でゲーム内に入っている映像が映し出されている。


「ちょ、おい、聞いてんのか!」

「うるせー今いいとこなんだよ黙ってろ!」


 逆に矢島に怒鳴られて萎縮する迫田。


「平山氏そなたは今美髯侯関羽を導きし劉備の如く、光あふれる心で天城殿の心を救いたてておられる! これこそが桃園の誓い! 誓い! 誓いぃぃぃぃ!!」

「岩城さんうっさいっすね。戦国かぶれかと思ったら三国志っすか」

「岩城君にわかでふから」


 あまりにも相手にされないので、迫田はその場にあったヘッドギアを被る。


「ふざけやがって、連れ戻してやる!」


 迫田は全く相手にされず、イラつきながらもVRの装置を起動させる。

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