第7話 元カノ

 第三でのゲーム開発で一か月が経過し、第一弾大型パッチの前に先行でSJへのミサイルジャマー、ディフェンダーへのシールド、及びリペアキットが実装された。


「うーむ、ネットでは焼け石に水なんて言われてるけど、明らかにアンチスレの勢いは落ちたでふ」

「ディフェンダースレはアタッカーやSJスレと比べて完全にお通夜状態だったでゴザルからな。息を吹き返すとまではいかなくても、しのぎとしては十分に効果があったのでゴザろう」


 椎茸はうんうんと大きく頷く。


「ここまで大きなバグがなくて良かったでふね」

「当たり前でゴザル。そもそも今回のはSJとディフェンダーの既存のオプションジャマーとシールドにデスミサイル半減の属性を付与したのと、リペアキットをくっつけただけでゴザルからな。恐らく次に火を吹くのはあれでゴザル」


 岩城は会社の電話を指さす。


「はい、はい、申し訳ございません。ウェブサイトで告知していた通りディフェンダーのシールドにデスミサイルの半減化が、はい、そんなのわかってる? はい、ですので、そのような対応はできかねません。上を呼んで来い? 申し訳ございませんが、誰が来ても解答は同じとなっていますの……」


 怒り心頭していたユーザーから電話を切られて遼太郎はう~むと苦い顔になる。

 そこにコーヒー片手の高畑が、遼太郎の肩に腕を乗っける。


「大変だね平山ちゃん。それ開発の仕事なの?」

「クレーム対応ですか?」

「そっ、その電話に平謝りするそれ」

「いえコミュニティチームの分野なんですが、でも直にユーザーさんの意見を聞くいいチャンスだから、僕の机の電話だけ外線つないでもらいました」

「それで客はなんて?」

「俺のデスキャノンがきかなくなったバグだ、すぐ直せ」

「一か月以上前に告知出してんじゃねーか」

「そりゃ課金してくれたユーザーに不利になるアップデートですからね。公式サイトで謝罪しましたが、やっぱ炎上してましたし」

「でも比較的冷静な意見も多かったよな。やっとかとか、だろうなとか、早くしろとか肯定的な意見が多かったように見える」

「このゲーム意外とプレイしてる年齢層が高くて、いわゆる大人のゲームだから大多数のユーザーが冷静なんです。大局的に物事を見てくれるユーザーってのはとっても貴重だと思いますよ」

「それでも電話は鳴ると」

「これはもう仕方ないです。恐らくコール鳴らしてくる人たちもこれが覆るとは思ってなくて、とりあえず文句言わずにはいられないんでしょう6000円の恨みです」

「なんなの、こういうのってやっぱ学生とかがクレーム言ってくるの?」

「いえ、未成年はサポートに連絡して文句を言うというところまでは気が回らないです。せいぜい掲示板に文句を書くくらい。恐らく未成年って電話しても出てくるのが大人だとわかってるんですよ」

「それだと問題があるの?」

「未成年に対する大人の役どころって、親や学校の先生なんかで例え理不尽だとしても声を荒げて怒っていい存在じゃないんですよ。この辺りは教育がしっかり行き届いているところだと思います」

「あぁ、育ちが良いと大人恐いんだ」

「恐いというよりは、目上の人に対する怒り方を知らないと言った方がいいですね。彼らが生きてきた中で接する大人は基本教育者ですから」

「じゃあ、実際クレームつけてきてるのは?」

「コールの8割は最初に登録してもらった個人情報見ると結構いい歳した人たちですよ」

「良い歳した大人が課金アイテムくらいでガタガタ言うなよ。別に下方修正するわけでも、とりあげるわけでもないのに。こんなこと言っちゃ矢島さんとかにぶん殴られるけど、所詮デスキャノンなんて数値が高いだけのデータだぞ」

「それはもうこっちの意見でしかないですからね。その数字にお金を出してくれるお客さんの意見ですから。ユーザーさんにはパッチの内容は説明しましたが、こちらに信用がないので、せっかく買った玩具が即死するんじゃないかって心配になられてるんですよ」

「公式の内容信用してもらえないともうどうしようもないな。俺コミュニティチームは絶対できないわ。胃に穴があく」

「ただ、僕としてはコールよりこっちのメールでの抗議の方がこたえます」

「どれどれ?」


 高畑が遼太郎のPCに表示されているメールを見やると、理論武装をしてグチグチと開発を攻め立てている文が長文で送られてきている。


「日本人の典型的な体質だな、この文章になった途端冷静に凶暴化するのは。しかも論理的に語っているように見えて実のところ自分が気に入らないところを重点的に攻めてるだけだ」

「言ってることはかなり正しいんです。こっちがユーザーに無理させているところを的確について来ますから。これはもう真摯に受け止めるしかないです」

「平山ちゃん適度に受け流さないと心やられちゃうよ? ゲーム開発者の離職原因で一番多いのは体力や雇用面での問題だけど、次いで多いのはユーザーに心折られて精神を患うことだからね。後者は再起不能にされた人も多いらしいし」

「わかってはいるんですが。前だけ見て後ろを全く振り返らないっていうのもどうかと思いますから。反省しなければいけない点は反省しないとダメですし。直にプレイしてくれている人たちの生の意見ですから」

「真面目か、平山ちゃんの美徳ではあると思うけどね」


 遼太郎が何件かコールに対応した後、麒麟がやって来る。


「平山さん、これから全打ちなんで出て下さい」

「えっ、僕ですか? 確か全打ちって第一から第四までのトップが集まる会議ですよね?」

「ええ、いつもは迫田さんに来てもらってたんですが、先月から姿が見えないので」

「は、はぁ」

「あのクソウゼー奴やめたのかな?」

「どうだろ、メンタルそこまで弱そうじゃなかったけど」


 遼太郎は麒麟に連れられてグッドゲームカンパニー最上階にある会議室へと入る。

 他の会議室と違い、扉がでかく中もまるで重役が会議に使うような物々しい雰囲気で巨大なドーナツ型のデスクが光沢を放っている。


「そこ座って下さい」


 言われて遼太郎は麒麟の隣に座る。

 するとしばらくして他の開発部署から続々と人が集まってくる。

 タイトスカートに黒ストの背の高い髪の長い女性と、金髪ショートに首にタイリボンをつけた女性、男は遼太郎と第四の山田の二人で、どうやら第一、第二開発のトップは女性のようだ。


「右隣、金髪のカジノディーラーみたいな格好した巨乳が第二のサブリーダー天城雪奈あまぎせつなさん。その奥の殺すぞオーラだしてる軍服みたいなスーツ着てる乳のでかいのが第一の真田玲音さなだれおんです」


 遼太郎はすっと麒麟の胸に視線を向けると、思いっきり足を踏んずけられた。


「いっつ……」

「胸を見ないでください。セクハラですよ」

「すみません、でも真田さんがそんな憎々し気に言うから」

「私にだってあの遺伝子入ってるんですから、いずれ成長します」

「何か言いましたか?」

「なんでもありません」

「どこも一人なんですね」

「おかしいですね、第二のリーダーが来てません」

「そうなんですか」

「まぁうるさくなくていいです」

「第一も一人ですよね?」

「第一はワンマンアーミーですから、自分の指揮するチームに頭は二つもいらないって考えが玲音あのひとの考え方です」

「さすが最強の第一を率いてるだけはありますね」

「最強の鉄面皮です。それで第四の山田さんは言わなくてもわかりますね」


 全員が揃いしばらく待つと、白髪まじりの頭髪をオールバックに決めた和服姿の男性がゆっくりと会議室に入ってくる。

 その動きは堂に入っており、まるで戦国時代の殿様のようだ。

 全員が立ち上がり礼をする。


「誰です?」

「あなたほんとに社員ですか? 社長の真田鉄也さなだてつやです」


 遼太郎は慌てて頭を下げる。

 社長が会議室一番奥の席に着く。


桃火とうかはどうした?」

「現在所用で遅れています。直に来るかと」

「うむ、では始めよ」

「第一はアルティメットヒーローズがマスター間近。イレギュラーは特になし、若干の遅れが認められますが修正範囲内です。私の権限でマスターアップ後、渡辺をサウンドディレクターに昇進させます。経理には既に報告済みです」

「うむ、聞いておる。落ち着いたら面談を行うスケジュールに入れておくように」

「了解しました」

「第二はブレイブファンタジアの一周年のファンイベントが今月末に予定されてます。またそれを記念したDLCを幾つかリリース予定です。詳細はまた別途メールでお知らせします。また家庭用のVRアドベンチャーの製作は現在80%ほどで、広告代理店への準備に入っています」


 先に第一と第二が進捗を答え、続いて麒麟が報告を行おうとした時、会議室の扉が開かれ、長い黒髪をなびかせた遼太郎と同い年くらいの女性が入室する。


「遅れました。すみません」


 ちっともすまないと思ってなさそうな口ぶりで、女性はブラックの缶コーヒー片手にカツカツと足音を響かせながら雪奈の隣に向かう。

 フリルつきのブラウスにサスペンダー付きのフレアスカート、胸元を強調するフォルムは意図せず男性の目を集めてしまうパン屋の制服のようで、童貞を殺す服装で登場した女性は遼太郎の後ろを通りすぎ……。


「「あああああああああああああっ!!」」


 二人で同時に声を上げ、お互いを指さし合う。


「な、なんであんたがここに……」

「桃火ちゃんここにいたんだ。今の今まで知らなかったよ」


 遼太郎は女性と顔を見合わせて絶叫するが、他はポカンと何が起きているのかわかっていなかった。


「し、失礼しました」


 桃火は取り繕いながら席へと座る。

 訝しんだ麒麟は遼太郎顔を寄せる。


「第二のリーダーと面識あったんですか?」

「えっ、はい、高校時代の彼女で真田桃火さんです」

「ええええええええええええっ!!!」

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