第5話 愚者の決断
時刻は朝9時、出社してきた第三開発室のメンバーたちは社内メールを確認すると、9時半より緊急対策会議、主催:第三開発室室長真田麒麟と書かれており顔を引きつらせる。
「また姫がキレたでゴザルな」
「どうするんでふ? 多分バランス調整なんとかしろの怒号が1時間飛ぶだけでふよ」
第三開発サブプログラマー
「皆の者が、姫が帰ってきたらこぞってサーバールームに逃げ込むからでゴザルぞ」
「だって姫様、委託運営がやらかしてからネット掲示板見て毎日キレまくって怖いでふ」
「確かに毎日がエブリデイでゴザルな。だからあれほど姫の端末はLANケーブル抜いておけと」
「そんなのすぐバレるでふ。というかメインプランナーの
「あっちで顔を引きつらせてるでゴザルな」
「正直彼が何か具体案を上げてくれないと先に進まないでふよ」
「しかしプランナー一人のせいにするというのも酷でゴザル。直接的に彼は関係ないでゴザルし、彼くらい聡い人間であればコストや期間、できることとできないこと、それに対するユーザーからの要望がかみ合わずがんじがらめで動けないでゴザル」
「でも一回全部捨てて開発から逃げたでふ」
「そ、それはまぁ過度のプレッシャーで……しかし今は帰ってきたでゴザル。過ぎたことを言っても仕方ないでゴザル」
「姫泣きながら帰って来るように説得しに行ったでふ」
「嫌な事件だったでゴザル……拙者らにも何か提案できることがあればいいのでゴザルが……」
「ボクはメカ描くしか能がないでふから」
「拙者もプログラム打ち込むくらいしかできんでゴザル」
奥のデスクで開発者の中ではなかなかのイケメン具合な迫田は、メールを見て「だるっ」と小さく呟く。
第三開発主要メンバーはまるで先生にブチギレられるのがわかっているが、行かざるをえない学生のように足取り重いまま会議室に進む。
会議室の中には椅子に座った麒麟と、もう一人見慣れぬ青年の姿があった。
「おや、姫その方は誰でござろうか?」
「新人でふか? 聞いてないでふが」
「こちら第四開発室から借りてきたプランナーの平山さんです。あなたたちが逃げている間に連れてきました」
「い、いやぁ~決して逃げていたわけではないんでふよ」
「そ、そうでゴザルサーバーの調子を見にいってたのでゴザル」
「プランナーやデザイナーまで連れてご苦労様です」
「う、うぐ」
「いいです、座って下さい。今回の会議はこの平山さんからです」
遼太郎は会議資料を配り、朝した内容とほぼ同じ説明を開発チーム全員に行う。
しかし見づらいレイアウトの企画書、素人が書いたような仕様書ということも相まって全員の表情は硬い。
そして何よりもゲーム開発者は企画者の経歴にこだわる。その人物が一体どのようなゲーム開発に携わっていたのか、例えまともに開発などしていなくても、有名タイトルの開発をしていたんですよと言われるだけで、勝手にその人物を信用してしまうのだ。
しかし目の前の平山は年も若く、そういった経歴は皆無のようで、経歴のない人間=発言権0、なめてかかってもOKの風潮が出来上がっているのは業界全体の悪しき文化でもあった。
「というのが今後のメタルビーストの方向性にしたいと真田さんと打ち合わせを行いました」
「う、うぐぅ、この規模のゲームを三カ月スパンで調整、プラス新装備でゴザルか……更に第一弾パッチ後第二弾で全機体の底上げを行う新システムの実装……」
「この新装備……え~レジェンドウェポン(仮)でふか? それは、最低三種類アタッカー、ディフェンダー、SJ用のやつがいるってことでふよね」
「はい、そうなります。この武器はデスキャノンを殺す特別な意味を持つ武器ですので、できる限り良いものを提供したいと思っています」
「そうなるとプレイアブル機全機に専用の装備として実装が必要でふね……」
「む、むむむぅ~それはなかなか手厳しい内容ですな」
「何かあるなら挙手してお願いします」
麒麟が言い放つと、仕様書を見ながらしかめっ面をしていた、メインプランナーである迫田が手をあげる。
「はい、迫田さん」
「えーっと、まずですね、おたく第四にいたみたいなんですけど、プランナーになってどれくらいですか?」
「ゲームとは関係ない質問をしないでください」
いきなり喧嘩腰の迫田に麒麟は裁判官のようにぴしゃりと言い放つ。しかし迫田は続ける。
「仕様書の書き方も無茶苦茶だし、何より内容が無茶苦茶すぎます。旧年のMMOならアイテムの上位を三カ月で刷新することができたかもしれませんが、VRになって開発に時間も人の量も膨大に必要になっています。現状第一開発のマスターが近くなっている状況で、我々第三に負荷をかけるのは会社自体の損失になると思うのですが、その点はどう考えているんですか? 新人プランナーさんは」
「そ、それは」
遼太郎の企画内容は、コストも人件も全て知った事かと無茶ぶりの策であり、当然それを実現できるかどうかということは入っていない。そしてゲーム開発の経験の浅い遼太郎にはそれを論破できる材料を持ち合わせていなかった。
「大体PVEだけということになっていますが、最強武器が入れ替われば当然上位のボスも新規で必要になります。玩具だけ渡されても玩具を使う場がなければ意味がないでしょう? そうなればこの仕様書は倍々ゲームに膨らんでいきますよ? その構想はできてるんですか? 新武器、新ボス、新マップ、それに伴うイベントの作成、スクリプト、デバック、バランス調整これをやろうと思えば少なくとも半年は軽くかかります。そんな、こうすればいいんだってユーザーみたいなこと言われても、鼻で笑われるだけですよ」
「な、なんか迫田君すんごい怒ってるでふね」
「そりゃ姫がメインプランナー放置で新人企画マンとゲームの方向性決めてたらそりゃ怒るでゴザル」
「でも、それって完全私怨……」
「しっ、姫が何か言うでゴザル」
麒麟は仕様書に落としていた頭を上げると、長い髪がサラサラとカーテンのように流れる。
そこからとても十代とは思えない威圧感のある切れ長の瞳が覗く。
「迫田さん、私はこれからどうしたらこのゲームが復活できるのか建設的な話をするためにこの会議を開いてるんです。あれも無理これも無理って言うのがあなたの仕事なんですか?」
「そ、それは……」
「私がこの一か月どんな思いでこのゲームを見守ってきたと思っているんですか。正しく苦汁をなめるような思いでした。それは皆さんも同じことでしょう。私も必死に考えました、しかし私にはこれだけダイナミックな運営をすることは想像できませんでした」
「お、俺はこれぐらいのことを思いついてましたよ! こんなただやりたいことだけを言う素人みたいな仕事なら誰だってできる!」
迫田は慌てて立ち上がるが、麒麟の瞳は底冷えするほど冷たい。
「思っていたけど言わなかった、思っていたけど先にやられた。そんな三流の脚本家みたいなこと言わないでください。思っていたならなぜやらなかったんです」
「それは、コストが……」
「コストを軽量化させる術が迫田さんには思い浮かばなかったのでしょう。しかし、それはあなた一人が考える問題ではありません。我々第三開発が総力をあげて提示された問題に取り組み、そこから改善策を模索してゲームを作り上げる。それがチームというものでしょう。あなたは決めつけがすぎます」
「そ、そうでゴザル迫田氏、今拙者らが設計しているVR用の新描画エンジンが完成すれば大幅に実装期間を短縮できるでゴザル」
「岩城さん、それってどれくらいでできそうですか?」
「今月……にできるかもでゴザル。もしかした来月なっちゃうかも……でゴザル……ゥ」
「来週に上げて下さい」
「む、無茶でゴザル!!」
「私も手伝います」
「そ、それならできるかもでゴザル」
「メ、メカデザも没案をモデリングしたものなら結構沢山あるでふ。あれ一応実装直前までいったものでふから組み込むだけならすぐでふ……よ?」
岩城と椎茸はおっかなびっくりしながらも発言する。彼らが企画会議にて発言したのは初めてで迫田はなんでこんなときだけ声をあげるのかと憤る。自分が提案した時は誰も何も言ってこなかったくせに。
「ありがとうございます」
「い、いや拙者はできることを」
「そうでふ、大したことは……」
麒麟はやっとチームが協力的な案を出してくれたことを喜んだ。
「それでもこれだけ抜本的に運営方法をかえるのであれば人手が足らないのは事実でゴザル」
「そうでふね」
「えっ、それなら心当たりがあるんですが」
そう提案したのは一番この話から縁遠い遼太郎だった。
しばらくして会議室の扉が開き複数人の人間がパイプ椅子を持ってやってきた。
その中にはヤンキーにしか見えない遼太郎の先輩高畑の姿もあった。
「平山ちゃんどしたのいきなり。山田さんめっちゃ困ってたよ? いきなり真田さんが第四開発全員貸せって言いだしたって、泡吹いてたし」
「いいでしょ別に、ウチいつも忙しいふりしてるだけですから」
「そりゃそうなんだけどさ」
第三開発、第四開発を交えてもう一度今後のメタルビーストの指針を説明し、これには大規模の人間が必要であり、第四開発も総出で協力してほしいことを伝える。
「平山ちゃん新人のくせにめちゃくちゃするねぇ」
「いやー照れますね」
「まぁ褒めてるの半分呆れてるの半分だけどね」
「人員はまだ少し少ないですが、これから補正予算の計上を直接開発部部長にしてきます。そこで予算が下りれば雇用の拡大をします。ですがそれまでは我々で乗り切る必要があります」
麒麟がまとめにはいっていたが、迫田が机を強く叩きながら立ち上がる。
「ちょっと待ってくれ麒麟!」
「迫田さん、私を呼ぶときは苗字でお願いします」
「いや、みんなおかしいだろ!? こんなのできっこねー! 無茶苦茶だ、そんなできないことをしてまたユーザーを失望させるだけだ! 今度失敗すればユーザーは完全に離れてしまうんだぞ、ゲーム自体がダメになってしまう!」
「迫田さん、私はこのままメタルビーストを死なせるわけにはいかないのです。ユーザーを楽しませる、それが開発者の使命だと思っています。何も手を打たずに死んでいく賢者より、一石を投じて希望を見出す愚者になりたいと思います」
「バカなのか!? これはあんた一人のゲームじゃないんだぞ! これが失敗したらすみませんでしたじゃすまないんだ! これだけ大規模なゲームがこければ二度と第三開発にオンラインゲームの開発は回ってこない! 最悪部署縮小からの分散消滅も十分ありえるんだ!」
「迫田さん、あなたが我々第三開発の身を案じてくれる優しい方であることはわかります。しかし代案も提示せずに無茶だと突っぱねるのはそれこそ愚者のすることでしょう。私は一度逃げ出したあなたより平山さんを信じます。彼はわずか一日で的確にこのゲームの問題点を見抜き、この改善案を提出しました。勿論経験不足からの未熟さはありますが、第三にはないダイナミックさと、これをやれば復活できるかもしれないという希望を見出すことができました。できないところはできるようにしましょう。その為にはこの真田麒麟、全身全霊を捧げて成功させてみせます。そしてどうか第三開発、第四開発の皆さん、私と平山さんにお力をお貸しください」
麒麟は立ち上がり深く頭を下げた。
一瞬の静寂の後に開発室の全員が一斉に仕様書について各部署と打ち合わせに入った。
「平山君、ここの仕様でききたいことがあるんだが」
「第四の皆さん、ゲーム資料を配布します! 既にゲームをご存知の方はそれぞれご自身の部署に近い方の元へと行って下さい。どうすればいいかわからない方は岩城さんの元へ」
「せ、拙者でゴザルか!?」
「UI班の真壁です! UIセクションはこちらに集まって下さい!」
「メカデザインはしたことないんですが大丈夫でしょうか?」
「キャラクターデザインも必要でふので大丈夫でふ!」
「平山君、ここページ飛んでるんだけど」
「すみません、すぐ持ってきます!」
「いいよいいよ、君の共有フォルダにある?」
「僕の第三にフォルダないんで第四の中に入ってます」
「ダメだよ~第三に作っておくから、今度からこっち使って」
「はい」
「平山君サウンドセクションなんだけど、新しい音入れるよね?」
「サウンドは使い回しでも」
「いや、新武器入れるなら効果音SEとかシステム音声とかいるでしょ? イベントに声優さんとかはちょっと間に合わないけど」
「そうだ! すみません仕様切ります」
「いいよ、君一人じゃ大変だからこっちで上げるよ。上げた奴精査して」
「すみません、ありがとうございます!」
「平山君コミュニティセクションからいくつか質問があるんだけど。現在ユーザーさんの声でこんなのが上がっててね、初心者エリアで初心者狩りをするプレイヤーについての対策をしたいんだよ」
「了解です、システム的に初心者の多いエリアをインスタンスフィールドにしてロックをかけられるようにしましょう」
「ひ、平山氏、言うのは簡単でゴザルがやるのは拙者らでゴザルぞ」
「そこは私がなんとかしますので続けて下さい」
「さすが姫でゴザル」
迫田は今まで止まっていた開発メンバーが一斉に仕事をしだしたのを見て苛立ちが募った。俺が提案した時はどの部署もそんなの無理、どれぐらい時間かかるかわかってんの? とか言ってきたくせに、今は皆イキイキしながら話し合いを行ってる。
畜生が、こんなの絶対こける。できっこねー。ユーザーを減らす愚策だ。
しかし迫田の脳裏に 何も手を打たずに死んでいく賢者より、一石を投じて希望を見出す愚者になりたいと言った麒麟が思い浮かぶ。
「こんなのバカげてる、ぜってー失敗する!!」
迫田の苛立ちは爆発し、会議室で叫ぶとそのまま走り去っていった。
「なんだぁあいつ?」
高畑が怪訝な目で見るが、第三開発のメンバーは気にすんな男の子の日なんだよと冗談交じりに話し合いを続ける。
こうして遼太郎率いる第三、第四開発混成のデスキャノン殺しが始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます