第5話 四者面談

 全身アーマー野郎はとぼけた風にこっちの方へと歩いてくる。間違いない、向かう先は俺達のところだ。

 悪質なストーカーっぷりにうんざりしてきた俺は寝たふりを決め込むことにした。さすがの奴も一般人のいる電車内で下手にぶっぱなすことはないだろう。不必要に社会の秩序を乱すような行為は最も重いペナルティが課せられるし、一般人に死人なんて出そうものならバウンティハンターの資格は剥奪され、そのままブタ箱行きだ。

 とはいえ、やはり放置するわけにはいかない。俺は薄目を開けて様子を見る。すると、アッシュはアンドロイドを奥へと押しやり、さも普通の乗客のように俺の向かいに座りやがった。

「あっ、すみませ……て、えっ!?」

 ポンコツ娘が振り向き様に見せた面のまぬけっぷりよ。

 俺は断固として居眠りを貫く。つもりだったが、奴が投げてきたものを無視できなかった。

「落とし物だ」

「……どうも」

 さっきの現場に忘れてきた俺の中折れ帽だ。まさか、これを届けるためにわざわざ追いかけてきてくれたのか。なんだ、案外いい奴じゃないか。……と言うとでも思ったか。

 うわっ。ほら見ろ、さっそくレーザーピストルを取り出しやがった。その動作の気安さたるや、ポケットからスマホを取り出すのとなんら変わりはない。そして、案の定それを俺の心臓に向けてきた。

「さっきはよくもやってくれたな」

「それはこっちのセリフだ。おかげで心臓が一個無くなったぞ」

「もうウイスキーの盾はないだろうな」

「バーボンだ」

「同じだ」

「お前こそ、インターネッツはちゃんと切ってきたか?」

「ああ、切った」

 俺は鼻を鳴らしながら帽子のほこりを払ってから被り、ついでに自然な動作で自分の銃を取り出す。またすぐ撃ってくるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、さすがにそこまでの暴挙には出てこなかった。一発でも発砲すれば電車は緊急停止、こいつはペナルティを食らう。それに、すぐ隣にはアンドロイドがいる。アンドロイドというものは怪力で、下手に動けば横から首をへし折られる恐れもあるわけだ。電気猫は……こいつに対しては特に助けは期待していない。

 トレンチコートとアーマースーツが銃を向け合い、アンドロイドが両手で頬を覆いながらあわあわと口を震わせ、その真ん中で電気猫が動かずじっと成り行きを見守っている。そのあまりにも異様な雰囲気を察した乗客達は、巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりにそそくさと車両を移っていった。

「で、貴様は誰なんだ。ただのルーキーでないことは分かった。有力なハンターが義体で新人に扮したんだろう。ヴェインか、オオタニか、村正か、それともスターレディか」

 アッシュの口から出るのは、上位ランカーの中でも体の大部分を義体化している面々だ。新人の俺がトップランカー殿からそのような高いご評価をいただけるとは光栄の至りに存じます。せっかくだからその通り演じさせてもらおう。

「自分から正体をバラすとでも思ったか? 言えることがあるとしたら、俺はジン。バウンティハンター、ジンということだけだ」

「ジン……」

「それよりもその物騒なものを下げろ。間違えて撃ったらまたペナルティを食らうぞ」

「また、とは。まるで既にペナルティを受けたかのような言い方だ」

「さっき受けただろう。俺の任務の邪魔をしてな」

「それなら心配はいらない。新人に扮した工作員が俺の重要任務を妨害してきたと通報しておいた」

「は?」

「トップランカーと新人では発言力が違う。残念だったな、元バウンティハンター。お前はクビだ」

 はあっ!?

 と、危うく叫んでしまうところだった。が、二日酔いのゲロを我慢する要領で呑み込んだ。今ここで反応してしまったら本当に新人であることがバレる。こいつはまだ試しているんだ。落ち着け、落ち着くんだ。俺はひきつる笑みを隠すようにうつむき、

「フッ……だからどうした……」

 そう言いながら、片手でポケットから葉巻を取り出して口にくわえた。続けて銀色のオイルライターも取り出し葉巻に火をつける。本当ならプレミアムシガーがいいところだが、高いからドライシガーに留めておいた。

「こ、ここは禁煙です!」

 すると、すっかりテンパちまったポンコツ女は場違いなことを言って俺の口から葉巻を取り上げた。

「お前……自分の立場分かってんのか?」

 俺は呆れ声でそう吐き捨て、手荒に葉巻を奪い返した。

 と、今度は陰湿トップランカーに葉巻を奪われる。しかも、このクソッタレ灰野郎はそれをおもむろに床に投げ捨て、アーマースーツの汚ねぇ足の裏で踏みにじりやがった。

「ここは禁煙だ」

 ははっ……こいつ、なかなかやってくれるじゃないか。あともう少しで引き金を引いてしまうところだったぞ。別に引いてもよかったが。

 電気猫は傍観を決め込んでいるつもりなのか、指が四本入りそうなほどの大あくびをした。

「貴様を差し向けたのは中日重工で間違いないな」

 ナチュラルに話を進めてくれるじゃないかこいつは。なあ、謝れよ。今の舐め腐った行為を謝罪しろよ。……と責めてやりたいところだが、ハードボイルドな俺は気にしない。

「そういうお前はトヨシマが雇い主か?」

「フン。やはり、そういうことか」

 否定はしない。つまり、そういうことだ。ついでに俺が中日の手先とも勝手に合点してくれたようだ。

 確証があるわけではなかった。だが、中日重工と喧嘩をするところといったら誰もがまずトヨシマを連想するだろう。トヨシマとは、ドイツ企業やアメリカ企業と世界シェアトップを争う国産自動車メーカーだ。今日では自動車に限らず幅広い事業に手を伸ばしている。トヨシマと中日は端から仲が悪かったわけではない。当初こそは被った分野で仲良く事業提携なんてものもしていた。そんな中で向かえた技術革新(イノベーション)、一般社会への人型ロボットの普及だ。人工知能が人間の能力を超えることで起こる言われる技術的特異点(シンギュラリティ)は目に見えて訪れたりはしなかった。だが、ロボットは着々と利口になっていき、次第に人間の仕事を奪い始めていた。ロボットは言われた通り動いて文句も言わないからな。そして、ロボット開発の意見の食い違いにより二社は大揉めし、結局はお互い中指立ててさよならをした。その後も血で血を洗う激しい競争を繰り広げ、今日に至る。このアンドロイドもそのヤバい競争の一環といったところだろう。

「アンドロイドを返せ。それはトヨシマのものだ」

「いや、こいつは俺の猫ちゃんだ。本人も中日行きを希望している」

 その言葉を聞いたアンドロイド少女の顔がパァーッと明るくなる。おい、勘違いするなよ。別に本気で言っているわけじゃあない。ただ、ここで大人しく『はい分かりました』なんて言って言いなりになるのはハードボイルドではない、それだけだ。

「茶番は終わりだ。もう一度だけ言う。アンドロイドを返せ。さもなくば貴様を今ここで撃ち殺す」

 おっと、最後通牒ときましたか。これは困った。

「3つ数えるうちに『分かった』と言え。3つ目で引き金を引く」

 おい、待て。それはいくらなんでも急過ぎる。少しくらいは考える時間をくれてもいいだろうに。こいつはいつもせっかちだ。

「お前友達いないだろ?」

「ひとつ」

 苦笑しかできない。理不尽なカウントダウンが始まりやがった。

 いや、大丈夫、こっちにも銃はある。いざとなれば何も言わず先に撃っちまえばいい。それに。と、俺は役に立つかどうか分からないアンドロイドの方をチラリと見た。すると、ポンコツ少女は震えながらファイティングポーズをとっていた。が、アッシュの手を出すなと言わんばかりの重々しい空気に気圧され、その目はすっかり泳いでいる。人間なら額に汗を浮かべていることであろう、そんな表情だ。まったく呆れた機械だ。

 しかし、一番呆れた馬鹿野郎は他でもない俺自身だった。

「あっ‼」

 車両内にまぬけな声が響きまたった。うん、俺の声だ。俺がアンドロイドに気を向けている一瞬の隙に、アッシュは俺の銃をスリ常習犯のような手際でぶんどり、どこか彼方へと投げ捨ててしまったのだ。……やっちまった。万事休すだ。

「な、なあ旦那、もう少し話し合わないか?」

「ふたつ」

 死へのカウントダウンが無慈悲に刻まれる。というか、次でもう終わりだ。奴は『みっつ』と同時にレーザーを発射するだろう。先刻俺の心臓を躊躇いなく撃ったように。

 …………もういいだろう。いいよな? さすがにハードボイルドとか言ってる場合じゃない。俺は自分がかわいい、命が惜しい。そもそも俺は無関係な一般人だ。うっかりトラブルに首を突っ込んじまっただけだ。今ここでアンドロイドを渡したって誰も責めやしないだろう。小物だと言いたいなら言えばいい。好きに罵ってくれ。俺はもうこりごりだ。

 こんな絶体絶命の状況だってのに、電気猫はのんきにまた大あくびをしてやがる。ははっ、馬鹿馬鹿しくなってきた。

 分かった。そう言おうとまさに口を若干開き始めた時だった。何かが太ももを押した。今度は相手から目を逸らすなんて失態は犯さないが、わざわざ見ないでも分かる。この細長くて柔らかいのは、電気猫のしっぽだ。この期に及んで何か思い付いたのか、まだ諦めるな、ここは吾輩に任せろ、まるでそう伝えようとしているかのようだった。当の本人、いや、本猫は大あくびをかましているわけだが。

 なんて、そっちに気を取られていると、

「みっつ」

 ついに最後のカウントが成される。

 しまった!

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