第4話 アンドロイドは電気猫の夢を見るか
俺達はがむしゃらに走った。どこへ行こうとか考える余裕はなかったが、体は無意識に駅を目指してくれていた。
駅に着くと、そのままドタバタと構内に駆け込む。俺は交通系ICカードの入った財布をを自動改札機にかざして改札を抜ける。そういえばアンドロイドはこういう場合どうするのだろう。と思って振り返れば、連れのアンドロイドは当然のように手首をかざして通過していた。
プラットホームに出れば、ちょうどいいタイミングで電車が停まった。ツイてるぞ。俺達は上りか下りか確認するのも忘れて逃げ込むように電車に乗り、すいている車内で適当に空いた席を選んで座った。
やれやれ、ようやく一息つける。ゼェゼェと死にかけの獣のように呼吸をする俺の向かい合って座って平然と窓の外を眺めているアンドロイド。疲れないのは機械の特権というわけか。
ベルが鳴り響いてドアが閉まり、ゆっくりと電車が発車した。
「で、お前はいつまでそこにいるんだ」
俺のことを乗り物と勘違いしているデブ猫を肩から下ろして膝に乗せてやる。まったく、重いんだよお前は。
「いい働きだったぞ、君」
不意に、低い合成音声が聞こえた。
「ん?」
どこからだ。いや、耳を澄ますまでもない。すぐ目の前、膝の上にあるそれからだ。
「よくぞミズキを助けてくれた。礼を言おう」
口を閉じたまま、紳士のような礼儀正しい態度で喋ってやがる。猫が。
俺は毛むくじゃらのデカブツを膝の上に転がしてひっくり返す。手でその腹を探ると、毛の森の中にかすかにコの字形の裂け目が確認できた。毛を一つまみしてそっと引っ張ると、カパッと蓋が開き、機械の中身が露出した。
「お前……電気猫だったのか……」
最近では電気動物をペットにする人間もいると聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだった。なるほど良くできている。普通にしていれば本物と見分けがつかない。排泄や病気などの手間もかからないことを考えるとこれを飼うという選択肢も頷ける。
電気猫は器用に自分で腹の蓋を閉め、膝の上に座り直した。
「えっと……何から話していいか……」
すると、今度は機械少女が申し訳なさそうな笑みを浮かべて話を切り出した。
「まずは、助けてくださりありがとうございます。あなたがいなかったら今頃どうなっていたか」
「よくやった」
少女は丁寧におじぎをし、それに合わせるように猫も軽く頭を下げる。
「実は、猫探しの依頼を出したのはこの私です」
「は?」
「わけあって私はとある組織から終われておりまして、頼れる人もいませんでしたので、一般人に偽装して依頼を出させてもらいました」
「まさか、猫探しをか?」
「はい。これくらいの依頼しか用意ができませんでした。騙す形になってしまって申し訳ございません。でも、どうしても誰かの助けが必要だったんです」
「吾輩では力になってやれなくてね。そこで、バウンティハンターなら助けてくれると思ったわけだよ。猫探しごときでは大したハンターは期待できないが、ミズキが敵の動きを乱す隙さえ作ってくれればよかったんだ。ははっ、まさか初任務のハンターが来るとは思っていなかったが、まあ結果オーライだ」
この電気猫は恩人に対しての礼儀というものを知らないらしい。
「いいことを思い付いた。次の駅でこの電気猫を捨てていこう」
「おっと、それは困る。いやはやすまない。吾輩には人間の気持ちとやらを解することができなくてね。不快にさせたなら謝ろう。新人とはいえ君は見事我々の期待に応えてくれたんだ、本当に感謝している。初戦でトップランカーに一杯食わすことに成功した君はバウンティハンターとしてなかなか見込みがあると吾輩は見ているよ」
分かればいい。
それはさておき、なるほどそういうことか。要するに、俺は裏社会か何かのごたごたに知らないうちに首を突っ込んでしまっていたようだ。いや、事前に気付くべきだったんだ。相場より高い報酬に目がくらんで判断を誤ってしまった。だがもう遅い。捕まっていたはずのアンドロイドをうっかり逃がしてしまった以上、俺も関係者だ。しかも、よりにもよってトップランカーに手を出しちまうなんて、ああクソッ、最悪だ。ハードボイルドがどうこう言ってる場合じゃなかった。
頭を抱える俺の顔を、アンドロイドは相手の機嫌をうかがう女の子の如く上目遣いでのぞき込んでくる。生身の人間なら少しは和むことだろうが、どれだけ取り繕っても所詮は感情を持たないアンドロイドだ。俺はただの機械のために、これから始まるハードボイルドライフ、それだけでなく人生そのものまでも大きな危機に晒してしまったわけだ。
「大丈夫ですか?」
機械はいかにも心配そうに音を発した。『ほら、心配してるぞ』とでも言いたいんだろうか。それでどうしたいんだ。新人の俺にこれ以上何を期待するんだ。思わず溜め息が出る。
「……お気遣いどうも。で、さっきのはどうやったんだ? 敵のヘルメットにアクセスとかいうあれだ」
「あれは、彼のヘルメットのシステムをクラックしたんです。私は位置が特定されないように自分をインターネットから切断していたんですが、彼は常にネットから周囲の情報を得てバイザーに表示しながら行動している様子でしたので、こちらも一瞬だけネットに接続し、彼のヘルメットに入り込んでシステムを攻撃したんです」
「へぇ……」
器用なことをする。アンドロイドはネットに強いものなのか、それともこいつが特別強いのか。まあ、別にどっちでもいいし興味もない。
俺は途方に暮れながら窓の外の風景に目をやる。進行方向には名古屋駅の高層ビル群があった。こっちの気も知らないでのびのびと存在感を放つそれを見ると、なんだか自分が既にこの都市の異分子と化しているような錯覚さえ覚えた。
ああ、本当にどうすればいいんだ。マジでどうなっちまうんだ俺は。消されるのか? それとも、今ならまだ間に合うのか? ここで手を引いたら許してもらえるのか?
「ところで、ハンター君。君にはまだ頼みたいことが残っているんだが」
電気猫が何やら言い始める。俺がそっちに目を戻すと、アンドロイドが続きを述べる。
「厄介事に巻き込んでしまった上で恐縮なんですが、このまま私達を護衛してもらえないでしょうか?」
「あ?」
「中日重工の本社に連れていってほしいんです」
「中日重工だぁ?」
「はい。そこなら私を保護してくださると思うんです」
これまたずいぶんと大きな名前が出てきたもんだ。中日重工と言ったら国内重工メーカーでもトップをひた走っている大企業だ。トップランカーに追われ、中日重工にあてがあるアンドロイドか。マジで何者なんだろうなこいつは。少なくとも相当ヤバい案件であることは明らかだ。もちろん返答は。
「断る」
中日重工の本社ビルは名古屋駅前にある。こいつを届けた報酬もガッポリもらえるかもしれない。だが、あまりにもリスクが大き過ぎる。命がいくつあっても足りない。割りとガチであと3回は死ぬだろう。既に1回死にかけたんだ。さっきは運が良かった。本当に運が良かった。いくつもの幸運が重なって俺は今ここにいる。もう死の谷の崖っぷちに立たされるのはこりごりだ。というわけで丁重にお断りしよう。
「……そうですか。残念です。あなたならやってくれると思ったのに……」
なーにが『あなたならやってくれると思ったのに』だ。よせ。やめろ。そんなシュンとするな。俺が悪いみたいじゃないか。いくらアンドロイドと分かっていても、少女の形をしたものにそんな悲しげな顔をされると罪悪感を感じずにはいられない。
「我々に強制する権利はないが、残念だよ。有望な新人だっただけにね」
お前は黙ってろ、電気猫。
だめだ、また溜め息が出た。少女、じゃなくてアンドロイドはうつむいたままだ。猫はまだわざとらしく期待を残した目でジーッと俺を見つめている。クソッ、気まずい。空気が飲み過ぎ食い過ぎの夜の胃のように重い。
すると、次の駅に着き、電車が停まった。もう降りようかと思ったが、どうしても良心が痛んで腰が上がらなかった。
車内の乗客が降り、新しい客が入ってくる。
……ああ、嘘だろ。おいおいマジかよ。そりゃねぇだろ。俺は、乗り込んでくる人間の中に今会いたくない人物ランキング堂々1位の人影を発見した。
誰だと思う? ……そう、アッシュだ。
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