第3話 俺の血はバーボンでできている

「え?」

 ついさっき自分から雇っただどうだと言い出したくせに、このポンコツは実にすっとんきょうな顔をした。よっぽど苦し紛れの口からでまかせだったらしい。おかげでこっちがどれくらい多大な迷惑をこうむったことか。まあ、説教は後だ。とにかく今はこのどうしようもない状況を打破しよう。

「初めての現場に気でも狂ったか、ルーキー? もう一度言う。今すぐ消え失せろ。貴様のために言っている」

「忠告どうも。だが、お前には一つ言っておかなければならないことがある。それは、俺がこいつに雇われているのは事実だということだ」

「戯れ言はよせ。貴様の情報は既に割れている。貴様は今日登録の新人で、その任務は猫探しだ」

「そんなド素人が本当にトップランカーに食ってかかってるとでも?」

 こうなったらハッタリさ。相手がどこまで信じてくれるかは分からないが、今はこれくらいしか思い付かない。勢いよく出たとはいえ無策なんだから。白状してしまうと半分くらい後悔してる。だが、もう後には引けない。最善を尽くすだけだ。

「この俺の目をそう容易く欺けるなどと思うな」

 クソッ、だめか。実は猫探しは偽装で本当はアンドロイドの救出に来ました、という体裁で自分を大きく見せようと思ったが、やはりトップランカーだ。機械以前に歴戦の勘が事実を見抜いてしまう。

 どうする。一応考える時間はないわけではない。というのも、任務中のハンターを下手に攻撃すると重いペナルティが課されるからだ。ゴールドウルフとしてもハンター同士で任務の妨害をし合ってもらっては商売上がったりというわけだ。バウンティハンター同士が無理矢理ランクをあげるために殺し合うことは珍しくないが、このルールのために普通は任務中のハンターを襲うことはない。つまり、相手もそう簡単に撃ってはこないだろうということだ。

 しかし、一概にはそう言えない。もし奴の中で他人の任務妨害のペナルティよりも自分の任務遂行の利益の方が勝ると判断されれば、その時が俺の最期だ。

(おい)

 さっきから俺と相手の間に目を泳がせているポンコツ少女に小さく声をかける。

(おい! 聞いてんのかポンコツ!)

(は、はいぃっ!)

(アンドロイドなら何か芸の一つでもやって見せろ。奴を足止めすべとかないのか何か)

(……あります。けど、今までその隙を与えてもらえなくて。でも今なら、あなたが時間を稼いでくれるなら、しばらく彼の視界を奪うことができます)

(どれくらい必要だ?)

(5秒です。それだけあれば十分です)

(了解だ)

「聞こえているぞ」

 アッシュの声がしたかと思うと、赤いレーザー光線が俺の顔のすぐ真横を通り過ぎていった。触れてはいないが、空気を通して高温の熱が伝わってきた。頬が焼けるかと思ったぞ。

 この距離なら聞かれないと思ったが、どうやらよく聞こえるヘルメットを持ってらっしゃるようだ。

「ただの馬鹿か何だか知らないが、ここから先は容赦なく始末する。これが最後の警告だ。今すぐ回れ右をしてこの場から去れ。そして二度と戻ってくるな」

 参ったな。いよいよ奴の心が決まってしまったようだ。ランキング1位の自分かわいさよりも、確実な任務遂行の方を選んだか。それほどおいしい案件らしい。

 アンドロイドのお嬢さんはというと、まだ行動に出られないでいる。こうなったらこっちも武器を取るしかない。なんとか、なんとかして隙を作らないと。

 アッシュのレーザーライフルの銃口はまっすぐと俺に向いている。異様な殺気が減衰することなくこちらへ伝わってくる。額に嫌な汗が浮かび、俺は生唾を呑み込んだ。だが緊張を顔には出さないようにする。

「もう一つ言いたいことがある。それは」

 俺はそう言いながら腰のホルスター、そこへ収まるレーザーピストルへそっと手を伸ばす。

「Kiss my ass」

 そして、指先が銃に触れる。

 それと全く同時だった。短く乾いた音が路地に響き渡ったは。

「――ッ!?」

 俺はすぐに音の正体を理解することとなる。すなわち、銃声だ。

 10m程前方の銃口から飛び出した細長い光線。それは正確に俺の胸部、他でもない心の臓を目指していた。

 レーザーは吸い込まれるように俺の左胸にぶち当たった。

 強い衝撃に、体が後ろにぶっ倒される。俺の背中は地面とこんにちはをした。キスマイアスは地面に向けて言ったんじゃないんだがなあ。中折れ帽も頭を離れ、焦げ茶色の短髪頭があらわになる。

 ああ、そりゃないだろう。あんまりだ。銃ぐらい抜かせてくれてもいいだろうに。得物を向け合っての緊張感あるやり取りを想像していたのに、思ったのと全然違うじゃないか。躊躇いなくぶっぱなしてきやがって、この冷徹無比な賞金稼ぎめ。

 糸の切れた人形のように倒れた俺を見て、アンドロイドは甲高い悲鳴を上げた。すぐに覆い被さるようにして俺の安否を確認しに来る。つくづく人間らしい顔だ。どういう成分かは知らないが、目に涙のような液体まで浮かべて。人間のように振る舞って社会に溶け込めるようプログラムするのは分かるが、何もここまでする必要があるだろうか。今はそんな人間ごっこをしている場合じゃないだろう。わざわざ駆け寄ってきてそんな表情を作る暇があるなら、俺を見捨てて逃げることもできたはずだ。本当に変な奴だ。

 ああ、俺は死ぬんだな。こんなことになるなら調子に乗るんじゃなかった。身の丈に合わないことはするもんじゃないな。はあ。

 目をつぶって昇天を待つ。竜崎仁22歳、これにて人生終了。さよなら世界。

 が、なかなかその時が来ない。

 と、ここで俺の鼻は血の鉄臭さではなく、何か刺激臭のようなものを嗅ぎ取った。

 ……あっ。そうか。そうだった。

 俺はまだ、生きてる。

 お嬢さん、今回ばかりは留まって正解だったな。絶体絶命の状況の中、俺は口元に悪い笑みを浮かべた。

 撃たれた場所を確認しているアンドロイドがハッとする。胸に開いた穴からは一滴の血も出てはいなかった。代わりにだらだらと流れ出ていたのは、琥珀色の液体。

 ツンとしたアルコール臭が鼻をつく。そう、バーボンだ。酒を入れたスキットルを心臓の上に忍ばせていたんだ。ハンター同士の銃撃戦になることもあるだろう。だが、こうしておけば心臓を撃たれても大丈夫だ。なんて中学生のような妄想をこじらせた結果だったんだが、マジで現実になりやがった。世の中分からないものだ。

 かくして命拾いした俺は、ついでにこの状況を打破する方法も思い付いていた。

 アッシュは今、俺が死んだと思って油断している。あとは無防備に背中を向けているお嬢さんを煮るなり焼くなりするだけだとな。やるなら今しかない。アンドロイドで俺の顔と胸の穴が隠れている今しか。今まさにこっちに歩いてきている奴にバーボンの香りが届く前に。

 心臓に大穴を開けられずに済んだとは言え、衝撃による痛みで弱々しく呼吸をするので精一杯だった。だから俺は声を出さずに唇だけを動かした。『は・じ・め・ろ』と。

 状況を理解した少女は分かったと言うように一回力強く瞬きしたかと思うと、その水色の瞳におびただしい量の細かい文字列を流し始めた。どうやら始まったらしい。

 すぐにアッシュがピクリと反応する。動きを止めたアンドロイドが集中モードに入ったのだと察したようだ。奴の感心は既にアンドロイドに向いている。最後の悪あがきを始めたとでも思って、死んだはずの俺のことは既に眼中にないだろう。

 だから、俺が今度こそ素早く銃を抜いてアンドロイドの横からひょいと上半身を現した時、奴はそれはもういい反応を見せてくれた。そして、そこに一瞬の隙を生んだ。

 アドレナリンが出血大サービスで大量分泌され、すっかりラリッちまった俺は世界をスローモーションに感じる。頭は驚くほど澄んでいる。

 レーザーピストルの銃口をアッシュに向けると、趣味のFPSの成果かどうかは分からないが狙いは上出来だった。俺のエイム力とキルデス比を舐めるな。

 お返しとばかりに力を込めて引き金を引く。一発じゃない。何発も何発も。数倍返しだ。

 複数のレーザーが全身アーマー野郎を容赦なく襲う。しかし、意表を突かれているとはいえさすがはトップランカー。奴はとっさの判断で横に飛び込み回避した。受け身を取り、反撃に出ようとレーザーライフルをこっちに向けてくる。が、その時には既にもう一本のレーザー光線が宙を泳いでいて、見事そのライフルに命中した。

 小気味良い音が上がり、主の手元を離れたライフルは美しい弧を描いて後ろに飛んでいく。ああ、素晴らしいぞアッシュ。吹っ飛ばされた愛銃には目もくれず、腰から予備のレーザーピストルを取り出すなんて、実に臨機応変じゃないか。だが、残念。タイムアップだ。

「できました!」

 アンドロイドが事実上の勝利宣言をした。さあ、どうなる。

「――ッ!?」

 アッシュは急にビクリと肩を震わせ、銃を手から滑り落とした。何が起こった。という目で俺はアンドロイドの顔を見る。手応えあり、といった表情だ。

「彼のヘルメットにアクセスしました。今の彼のバイザーは砂嵐状態です。ついでに大音量のノイズをヘルメット内に流しておきました」

 そいれは怯むわけだ。

「修復まではそうかかりません。さあ、今のうちに逃げましょう」

 少女の差し出す手を掴み、俺は体を起こす。アンドロイドの腕力は成人男性の俺を軽々と立ち上がらせてくれた。

 銃をホルスターに収め、穴の開いたスキットルを投げ捨て、準備OK。長居は無用。トンズラだ。

 俺は無様に膝をつくトップランカーアッシュに背を向け、ポンコツから一転、有能へと評価を上げたアンドロイド少女とともに来た道を引き返すように走り出す。

 すると、物陰から三毛猫が飛び出してきてジャンプをし、俺の肩に着地した。まだいたのかお前。まあいい。元はと言えばこいつのための任務のだ。このまま連れていこう。

 それよりもさっきから頭が妙に涼しい。

「あっ……帽子……」

 そう言えば落ちたのを忘れていた。いい帽子だったが、諦めよう。とにかく今は逃亡あるのみ。

 一人と一台と一匹は混沌とした貧民街の中を慌ただしく駆けていくのであった。

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