第7話 ひめ・・・か?
職場についてすぐ、レジカウンターの隣のデスクに置いてあるパソコンの電源を入れる。
「早く開け、早く早く早く・・・。」
意味もなく指先がクリックを連打する。
心がせわしない。
ショックとかの次元じゃない。
姫がお店の中に入っていった後、僕はしばらく動けなかった。
呆然とお店を眺めながら立ち尽くした。
もしかしたらなにかの間違いなんじゃないかと・・・いや、間違いじゃない。
姫はあのお店に入っていった。
もはや開店準備どころじゃない。
数分してようやくパソコンが起動する。
インターネットで風俗情報サイトを開き、「プレイガール」を検索する。
サイト自体は何度か開いたことがある。
デリヘルを呼ぶつもりもソープに行く気もないが、その情報はいろいろと入ってくる。
知り合いが呼んだって話を聞いたり、他のお店の人から話を聞いたり、飲んでる席でまさにそういう店で働いているって子に出くわしたこともある。
そうしたあとに、何気なく検索してみたりした。
なので、どう進んでいけばいいかはわかる。
在籍している女の子のページへ飛ぶ。
このページにはざっと三十人ほどの女の子の写真がある。
もちろん顔を全て出している子は少なく、顔全体にモザイクがかかっている子もいれば、手で口元を隠している子もいる。
「この中に、姫がいるのか・・・?」
最後の悪あがき、姫いないことを祈りながらスクロールしていく。
顔は隠れている可能性が高いので、できるだけ僕の中の姫のイメージに近い雰囲気の女の子を探す。
「黒髪・・・細身・・・。」
そんなことをつぶやきながら探すがここにはいない。
だがページは二ページある。
次のページに飛びまたスクロールしていく。
「黒髪・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・いた。」
顔自体は隠されているが、長く伸びる黒い髪の毛はイメージ通り。
「身長は百五十四センチ・・・。」
確かに身長は高くなかった。
「名前は・・・ひめ・・・か・・・ひめか。」
一瞬思考が停止した。
「ひめか・・・?え・・・姫は・・・。」
戸惑いながらもちょっと笑いがこみ上げる。
「はっ、え?いや・・・“姫”は“ひめか”?嘘だろ??」
僕は“ひめか”という名前の女の子の写真をクリックする。
そこには、トップ画の写真以外に四枚の写真があった。
一枚ずつ確認する。
「これも・・・これも・・・これも・・・。」
顔はトップ画同様全て隠れている。
だが・・・他の写真を見れば見るほど疑惑は確信へと変わっていく。
写真の下には女の子への質問や店長からのコメントがある。
Q.S?M?
A.どちらかというとMです。
Q.好きな体位は?
A.騎乗位・・・でもバックで突かれるのも好きです。
Q.得意なプレイは?
A.口で・・・することです。
僕の知らない姫の情報がたくさん載っている。
というか、本来恋人だからこそ知りえる羞恥な部分。
その情報が飛び込んでくる。
もしかしたらこれは全てお店の人が作ったアンサーなのかもしれない。
でも、そうだとしても・・・僕の中の姫のイメージが塗りつぶされていく。
店長からのコメントには、「綺麗に伸びた黒髪と端整な顔立ち。彼女の笑顔に癒されない男がいるのでしょうか?!まさにお姫様のようなひめかちゃんは本当にオススメです!」
マウスから手を離し、デスクから両手をぶらりと下ろす。
画面右側には今週一週間の出勤予定時間が載っている。
今週の出勤は三回。
火曜日と土曜日と日曜日。
全て十時半~十六時。
もう、疑う余地がない。
間違いなく、この子は・・・姫だ。
僕が姫に会えていたのは、姫が・・・いや、“ひめか”がここに出勤するからだった。
ソープランドには行ったことはないが、だいたいどんなことをしてくれる場所なのかは知っている。
健全な男子なら、人づてに聞いたり大人の本やDVDで見たことがあるだろう。
僕が姫を想い、馬鹿みたいに舞い上がっていた頃、姫は知らない男たちとかわるがわる・・・そういうことをしていたのだ。
頬に冷たい筋が走る。
悲憤、慷慨、不服、悲痛、憂愁。
今の僕の気持ちはなんと呼ぶのだろう?
例えば進行形で付き合っている彼女がこの秘密を抱えていたのなら、間違いなく怒りの感情が僕を包むだろう。
だが、姫とは付き合っていなければ知り合いでもない。
他人だ。
そんな他人の秘密を、思いがけない形で知ってしまった。
そして、そんな秘密を知ってもなお姫に対する恋慕な感情は消えていない。
今後僕はどうしたいのか、どうするべきなのか。
心の遣り所がわからない・・・。
「え?おい、どうした?!」
声が聞こえた。
「え?泣いてんの??え?・・・え?!」
戸惑っていたのは谷地村だ。
彼がうろたえるのもそのはず、出勤してきたら大の大人が泣いているというだけでも驚くが、その泣いている大人が見ているのは風俗情報サイトの女の子だ。
谷地村には、「エッチな女の子の写真を見ながらなぜか偉月が泣いている」と見えていることだろう。
そう考えたら、自分でもおかしくなった。
なんだよこの状況・・・。
「ふふっ。」
「ん?」
「ふふふっ。」
「え??」
「ふふふふっ・・・はっはっはっはっ!!」
「なにぃ?!超怖いんですけど?!偉月さん?!偉月さぁん??!!」
「ま・・・じか。」
さすがの谷地村も驚きを隠せないようだった。
僕が地下鉄で会い運命を感じていた相手がソープ嬢だったなんて誰が予想できただろうか?
あんなに舞い上がっていた姿を見せてしまったんだ、谷地村も僕になんて言葉をかければいいのか困って・・・。
「これってさぁ・・・超チャンスじゃん!」
「・・・・・・・・・・・・はぁ?!」
こいつはなにを言っているんだ??
この状況がチャンス?!
好きになった子がソープ嬢だぞ?!
それが・・・チャンス?!
「いやだって、最悪プレイガール行っちゃえばいいんでしょ?そうすれば憧れのお姫様とあんなことやこんなこと・・・ほら、チャーンス。」
「いや馬鹿なの?!俺は姫と別にエッチなことがしたいわけではなく・・・。」
「エッチなことしたくないの?」
「いやしたくなくはないよ!したくなくはないけどそれはそういう形でではなくてさ、恋人としての着地点としてそこに行き着きたいわけであって、ソープに行ってスッキリしましたってのは・・・。」
「でもきっかけないんだろ?いいきっかけになるじゃん。店に行って、一発共にして、んで後日地下鉄で会って、あ!この間はどうも!っつって。」
「どうもじゃねぇし!!この間は抜いてくれてありがとう!なんて会話が弾むわけないだろ!!客だってなったら避けれれて終わりだわ!!」
そう、僕と姫は、“客とひめか”という関係になってはダメなのだ。
そこから始まる純粋な恋愛なんて成立するわけがない。
いや、もう姫の“ひめか”という秘密を知ってしまった以上、僕にとっては純粋な恋愛とはなりえないのかもしれない。
しれないが、でも!!
僕がそのことに気づいていない、姫の秘密に気づかずに近づいていると・・・思わせなくてはいけない・・・。
僕は、姫の秘密に気づいているということを、姫に秘密にしなくてはならないのだ。
「俺は知らない・・・。」
「え?」
「俺はなにも見ていない・・・。これは姫じゃない。別人だ。」
「は?!まさかお前受け止める気?!飲み込む気?!」
「そうだ、俺は・・・僕は、なんとしてでも姫と交際する。僕は姫の秘密には気づいていない。姫が今後僕につくであろう“嘘”は全て受け止める、飲み込む!」
偉月という人格が戻ってくる。
どうしようもなかった気持ちが、遣り所を探していた心が、今固まった。
僕は今日から、“嘘”をつく!!
「ははっ、そいつは見ものだ。乗ってやるよ、その話。」
「嫌でも付き合わせるし!」
谷地村は最初呆れ顔だったが、こんな馬鹿げた話に本気で向き合う僕を見てか、興味を持ったようだ。
彼は、基本的に自分の労力の無駄遣いを好まない。
仕事終わりに一緒に飲みに行ったり、休みの日に遊んだりすることもあるが、ほとんどは僕が半ば強制的に連れて行く。
だが今回の一件に関しては、珍しく自分から乗ってきた。
口は悪いし面倒くさがりだが、根っこは優しく案外面倒見がいいのだ。
「そうなると、やっぱどうやって近づくかだな。」
「うん。それなんだけどさ、なんとかこの店に連れてこれないかなと思っているんだ。」
「と言うと?」
そこで朝思いついた「arc en ciel」へ連れてくる作戦の話をする。
「なるほど、確かにそれがきっかけとしては一番自然だな。でもよ、どうやって来てもらうのよ?食事に使う日を待ってたらいつになるかわかんねぇぞ?」
「そこなんだよねぇ。ビラとか渡せたらなぁ。」
「ビラかぁ。となるとチャンスは出勤前・・・もしくはその子が帰るときか。朝っぱらからビラ配ってんのも変だからな。何時までなんだっけか?」
もう一度パソコンに映るひめかの出勤情報に目をやる。
「今週は全部十六時だね。」
「ってことは・・・ディナーが始まる前に下で張り込めば遭遇できるんじゃないか?」
「おぉ、そうだね。その作戦でいこう!」
なんだか急に谷地村が頼れる男に感じる。
余計な下心がない分、僕よりも冷静なんだろう。
「さっそく今日の夕方行ってみればいいさ。」
「そうする!よーし!やる気が出てきたぞ!!」
ふと時計が目に入る。
「わ!!やばい!もうこんな時間じゃないか!!」
間もなく十一時になろうとしている。
「おいおいおいおい!仕込み仕込み!!」
谷地村も慌ててエプロンを取り厨房へ向かう。
こうして、姫をここ「arc en ciel」へ来店させる、「ビラ配り作戦」が始動する。
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