第5話 まだなにも知らない朝の二日酔い
ピッピッピッピッピピッピピッピピッピピッ・・・♪
「んぁぁぁ・・・。」
耳元でスマホのアラームが鳴る。
画面をタップし、重たい体を持ち上げる。
ちなみに、スヌーズ機能三回目。
頭が痛い。どうやら二日酔いのようだ。
七時半から鳴らすアラームは、止めては五分後に鳴り、止めては五分後に鳴る。
それを繰り返すこと三回。
まだ早いほうだ。
僕は、目覚ましで一発で起きるのが嫌いだ。
起きられないわけではなく、嫌いだ。
一発で起きるのであれば八時に目覚ましをかけるが、あえてぐだぐだ起きたいから七時半にセットする。
基本的に二度寝は気持ちがいい。
それを自発的に、二度寝、三度寝・・・と繰り返すことによって、八時までには確実に起きるしその気持ちよさを何度も味わえる。
スヌーズ機能をここまで有効活用している人間が他にいるだろうか。
「お兄ちゃん!ご飯できてるよ!」
部屋の外から馬鹿でかい声が響く。
「静かにしてくれぇ、頭がぁ頭がぁ・・・。」
「ガチャン!」
ものすごい勢いでドアが開く。
頭をアイスピックで刺された、ぐらいの痛みが走った。
頭を抱え枕にうずくまる。
「なんだ起きてるじゃん。」
「おぉぉぉはるかさぁぁん、割れたよぉ、兄ちゃんの頭蓋骨割れたよぉ・・・。」
「はぁ?なに言ってんの?いいから早く起きて!私今日大学に顔出しに行くから駅まで一緒に行くね!」
「頭蓋骨がぁぁ・・・」
「早くしてね!ガチャン!!」
妹よぉ、ドアの開け閉めは静かに行おうねぇ。
死んじゃうからねぇ。
がさつ極まりない彼女の名前は本郷陽夏(ほんごうはるか)。
僕の妹だ。
今現在は妹と二人で暮らしている。
両親が住む実家は同じ県内にあるのだが、結構田舎にある。
僕は高校を卒業して就職したのを機に家を出て、街中まで歩いていける距離に住んでいた。
妹が大学生になるとき、通うのが大変だから一人暮らしをしたいと言った。
しかし両親は猛反対。
毎日行われる家族会議の結果、なぜか「お兄ちゃんと一緒に住むならいい」という結論に至った。
そして半ば強引に僕は妹と暮らすことになり、歩いて街中まで行けていた場所から「妹の大学が近いから」という理由でわざわざ地下鉄に乗る必要がある場所まで引っ越すことになった。
陽夏が大学四年生の頃、頻繁に家を空けるようになった。
大学生活四年目にしてようやく彼氏でもできたかと少しほっとしていた。
なにせ大学には空手の推薦で入ったため、ずっとスポーツに打ち込んできた。
両親が一人暮らしを反対したのは、女性の一人暮らしが危ないから、なんて理由ではない。
とにかく、こいつはがさつだ。
一人で暮らしたらいずれごみ屋敷になるだろう。
それは僕も思っていたし、両親もそれを懸念していた。
腹だけは人一倍空くため、料理を作ることは好きなのだが片付けはできない。
掃除洗濯は多分実家にいたときはやったことがないだろう。
その点、僕は料理は作れないが掃除洗濯が大好きだ。
別に潔癖症なわけじゃない。
ただ、僕が小さい頃母親が少し病気がちだったので、家の手伝いをよくしていて、それが習慣付いただけだ。
大学を卒業し、これはいよいよ二人暮らしも卒業か?と思いきや。
就職して三ヶ月目くらいで家に帰ってくる回数が増え、いまや当たり前のように二人暮らしに戻っている。
大方、陽夏のがさつさに嫌気がさしてしまった彼氏にフラれたのだろう。
気の強さはお墨付きだし、一度言い出したら聞かない。
最近では少し筋肉が減ったように思うが、相変わらず引き締まった体に顔立ちも綺麗なほうだ。
黙ってさえいれば、そこそこ男子にモテると思うのだが・・・。
まぁ彼氏のことは怖くて聞きたくもないし、ましてや出て行けなどと言えるはずもない。
こうして休みの日でも毎朝ご飯を作ってくれるのだ、少しの代償は気にしないようになった。
「おはよぉ・・・」
リビングの椅子にゆっくりと座る。
テーブルには、大盛りの焼きそばが置いてある。
「あのぉ、兄ちゃんはしじみ汁とかポトフとか食べたいんですけども・・・。」
「はぁ?そんなんじゃ元気でないでしょ!早く温かいうちに食べちゃうよ!」
僕の二日酔い事情は妹には関係ないにしても、朝から焼きそばて・・・。
心の中で嘆いたが、もう一言文句を言ったもんにゃ本当に頭蓋骨を割られかねないのでやめておこう。
「空手部に顔出しに行くのか?」
「そう!最近体動かせてなかったし、冬に運動サボると代謝が悪くなるからね!それに、最近レギュラー陣に気合が足りないから渇入れに来てくれってコーチが。」
「なるほど、ご苦労様です。」
ちなみに陽夏は主将だった。
団体戦では全国三位にまでなったのだが、卒業後の進路を聞いたとき「本気でやるのはもう終わり!」とあっさり空手を辞め、今ではたまに後輩の相手をしにいくくらいなもんだ。
母親と同じく陽夏は小さい頃から体が弱かった。
体力をつけるために、近所の仲良しの女の子が通っていた空手道場に行くようになったのだが、小学校高学年の頃には大会の度にトロフィーを持って帰ってくるようになっていた。
今思えば、女の子らしい遊びをしてこない人生を大学まで送ってきた。
「なにがあっても最後の大会で優勝する!」と意気込んでいたが、自分が負けてしまったこともあり結果は三位。
きっと、そこでなにか糸が切れてしまったんだろう。
でも、辞めると言った時の陽夏の顔は微塵も後悔を感じさせない、それはそれは清々しい顔をしていたので、僕も両親も反対はしなかった。
一番反対したのはコーチ。
未だに連絡をよこしてくるのは、よほどの未練があるのかもしれない。
僕より少し年上だが、結構いい男だ。
なんなら彼とくっついたら・・・ということを前に話したことがあったが、危なく背骨を折られるところだった。
「あ!もうこんな時間じゃない!早く食べちゃって着替えてきて!」
いつも九時過ぎの地下鉄に乗るため、八時四十分頃には家を出る。
「はいよぉ。」
今日はお昼を抜こう、食べられるはずがない。
そんなことを思いながら部屋に戻り着替える。
仕事に行くときの服装は毎日ほぼ一緒だ。
だが、ここ最近は少し違う。
コートやズボンをちょこちょこ替えてみている。
理由は一つ、姫だ。
姫に認知してもらえたとき、その認知のされ方が「いっつも同じ服装の人」ではちょっと困る。
いやそれはそれでインパクトがあるのかもしれないが、元アパレル店員として「あの人オシャレだな」と思われたい。
最近着ていなかったコートなども出して着ているが、陽夏には「仕事に行くだけなのになに気合入れてるの。」と少し馬鹿にされている。
だが!その仕事に行くまでの間にこそ気合を入れる必要があるのだ!
もちろん姫のことは陽夏には話していない。
間違いなく爆笑されるし、なんなら「私も見たい!」と着いてきかねない。
危険だ、それは危険すぎる。
なるほど、駅まで一緒に行くといったのは後輩に作ったこの大量の差し入れを持たせるためか。
玄関には大きな荷物が置いてある。
中身は・・・焼きそば。
あぁ、なるほどなるほど。なるほどね。
持ち上げてみると、「おんも・・・」
いや、お前のほうが力あるだろと顔を向けると、
「なぁにぃか?」
「いや、大変だろうから兄ちゃんが持ってあげるよー。」
「ほんとにぃ?ありがと♪」
なんて白々しい・・・。
靴を履き外に出る。
もうすでに右手が引きちぎれそうだ。
今日は比較的暖かい。
昇り始めた太陽がまぶしい。
「姫に会えるかなぁ。」
「ん?なんか言った?」
「言ってない。」
「絶対なんか言ったよね??」
「言ってない。ほら早くしないとおいていくぞ。」
「待ってってば!」
陽夏も急いで靴を履く。
陽夏の止まらないおしゃべりを聞きながら、まだなにも知らない僕は地下鉄へと向かう。
今日も姫に会えると信じて・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます