第4話 看板息子と看板娘

僕が働く「arc en ciel」は、十一時半から十四時までがランチタイム。

十五時から十七時まではお店を閉めて、十七時から二十一時までがディナータイム。

基本的には二十二時にはお店を閉める。

フレンチレストランということもあり、値段設定は若干高めだ。

そんなこともあって、ランチ/ディナーともにお客様の年齢層は高い。

若い子が来るとすれば、カップルが記念日なんかに少し背伸びをしにやってくるか、いわゆる女子会という集まりぐらいなもので、正直お店での出逢いというものは非常に少ない。

「女子会あるんじゃん」と思うかもしれないが、正直・・・よく自分たちのことを“女子”と位置づけたな、と思うような世代の“女性”が3~4人集まりお酒を呑み、テンションが上がってきたところで話している内容なんて、男性が聞いていて楽しいことなど一つもない。

麻酔も無しにメスを入れられているかのごとく辛辣な、男性器が縮みあがるような言動の数々。

一言で言えば「生々しい」。

例えば、男性同士の飲み会での会話なんて基本くだらない馬鹿話か下ネタ、そこにちょっとの悩み相談。

だがそのちょっとの悩み相談には真剣に乗ってあげるし、問題解決策を思案する。


しかし、女性は違う。

基本、愚痴、次に愚痴、最後にも愚痴。

愚痴のオンパレードだ。

しかもそこに問題解決策の思案は一切入らない。

一人の機関銃から弾が切れたら、次の人の機関銃が火を噴く。

しかし決して撃ち合うわけではなく、ゴルフで言う打ちっぱなし状態だ。

下ネタを話すにしても、男性の場合はエロマンガのような少し幼稚な描写を言葉にするが、女性の場合濃厚な官能小説をそのまま言葉にしているような“生々しさ”が描き出される。

最初は「そんなことまで言っちゃうの?!」と興味をそそられ聞き耳を立てるが、だんだんと聞いているのが怖くなり、最終的にはカウンターの奥へ隠れる。

そんなときに男性代表として話を振られてみろ!

恐怖でしかない!

言葉の選択一つで、あわや一斉射撃を浴びかねないのだ。

そんなこんなで、今後の展開に期待が持てるような出逢いというものはなかなか訪れない。


自分で言うのもなんだが、まぁまぁ顔は整っているほうだ。

「偉月って、ジャニーズにいそうだよね!一昔前の!」と周りからはよく言われていた。

「一言余計だよ。」と思いつつも、まぁ確かに自分の年を考えると平成へジャンプはできず、昭和だよなと納得せざるを得ないのが悔しい。

まぁそんな容姿に、仕事中は白シャツに黒ベスト、黒のスラックスに革靴というスタイルも相まって、なかなかキマっている。

そこに長年の接客業で鍛えた上げた完璧なまでの営業スマイル!

自分の母ほどの歳の女性に、「偉月ちゃん偉月ちゃん」と大人気だ。


極めつけは、電話予約の際の鉄板技。

今の時代お店の予約はインターネットが主流だが、いかんせんうちのお店はお客様の年齢層が高いこともあり、電話予約がほとんどだ。

初めてかかってきた電話予約のあと、すぐにその電話番号をお店の電話機に登録する。

そして来店して僕の顔と名前を覚えてもらい、後日再来店の予約の電話が鳴ったらこっちのものだ。


「○月△日の□時に予約したいのですが。」

「あれ?○○様ですか?」

「あらまぁ、なんでわかったの?」

「そんなの、声を聞いたらすぐにわかりますよぉ。」


これでもかと言うくらい母性本能をくすぐる甘い声で答えてあげる。

これでセレブマダムはいちころだ。

基本、ランチに集まるセレブたちはそういった太鼓持ちには慣れている。

それでも自分の息子ほどの歳の子に優しくされて、嫌な気持ちになる人はいない。

そういった小技を、接客中はいたるところに散りばめる。

そんな計算しつくされた笑顔を振りまく僕は、あざといのだろうか・・・。

まぁ気にすることではない。


ランチでは開放していないが、店の奥にはカウンター席がある。

更にその奥には厨房があるのだが、ディナータイムになるとそのカウンターにもお客様が来る。

ランチ同様、ディナーもお食事に来るマダムや夫婦、家族連れがメインなのだが、ランチと違うところはそのカウンターに僕の知り合いや、本当の意味での“女子会”で使ってくれた子が一人で呑みに来てくれたりする。


こと、後者に関しては普段から気合の入り方が違う。

来店してくれる年齢層のうち、二十代の女子は十パーセントほど。

ランチだろうとディナーだろうと、そんな子が来た際には是が非でも常連になってもらいたい。

いや、普段から来てくれているマダムが決して嫌なわけではない。

むしろ元々女性のタイプは年上寄りだし、おばあちゃんっ子だった僕からすればみんなかわいいおば・・・ゴホンッ。


要は、モチベーションの問題だ。

やはり三十歳を間近に控えると、今までにはなかった感情が顔を出し始める。

若いという輝き。

まだ荒削りな輝き。

その「原石」という魅力に目覚める。

もしくは、普段マダムを多く相手していることへの反動。

ないものねだり。

隣の芝生は青い?いやこれはちょっと違うか。

まぁとにかく、若者のお客様が増えることは自分にとってもお店にとってもいいことなのだ。


特に最近では女子の一人呑みが流行っている傾向にある為、「夜はカウンターがオススメだよ」とアピールを欠かさない。

その甲斐あってか、最近ではカウンターが賑わうようになってきた。

全部で八席しかないカウンターだが、人が人を呼び、常連同士が仲良くなり、一人で行っても誰か知っている人がいる、そんな理想的な雰囲気が浸透しつつあるのだと思う。


さすがに週末は忙しさが増す。

ランチは元々常に満席になるほど繁盛しているのだが、正直ディナータイムに関してはランチの比ではない。

だが金土は予約も結構入っているし、そこに常連のお客様がカウンターに来ると、余計なことを考えてる暇はない。

おかげで、姫に対する気ぜわしい気持ちは一時落ち着いていた。


間もなく十時を回ろうかという頃、最後のお客様を見送り看板を下ろす。

「ふぅ~。」

レジカウンターの椅子に腰掛け天を仰ぎながら大きく息をつく。

「お疲れ~い。」

厨房を閉め、はずしたエプロンを右肩にかけた谷地村が僕に声をかける。

「おつかれ~。」

「いやぁ今日も作った。みんなどんだけ肉食だよ、木曜に作ったガルニがもう無いじゃんよ。」

「いやいや、こないだのパーティーで肉仕入れすぎたからって急遽“肉フェアー”開くからでしょ。」

「おいおい発注ミスかってぇ。どこの料理長だよぉ。」

「お前だわ!!」

お互いにケラケラと笑い合う。


「そういえば、なんだか今日は心ここにあらずって感じだったな。美尋(みひろ)ちゃんも元気なさそうって心配してたぞ。」

美尋ちゃんとは、基本的に週末にバイトで入ってくれる大学2年生の女の子だ。

バイトは今、美尋ちゃんの他に大学1年生の女の子と大学2年生の男の子がいる。

ちなみに面接の際は、顔で選んだ。

故に、レベルは高い・・・と思う。

特にこの美尋ちゃんに関してはかなりの原石だ。

身長は百五十センチと小柄で、髪型はショートボブ。

特に目が特徴的で、今にも零れてしまいそうなほど常に潤った瞳は、まるで小鹿のように愛くるしい。

そんな子に常に上目遣いで話しかけられるのだ、これがなかなかたまらん。

誰にでも明るく接する美尋ちゃんは、男女問わずお客様からも人気だ。

「arc en ciel」の看板娘になりつつある。

まぁ僕には七個歳の離れた妹がいるのだが、それよりも年下ともなると本当に自分の妹のようにしか感じない。


「え?そう?そんなつもりはなかったんだけどな。」

自分では意識していなかったが、案外表には出てしまっていたらしい。

「なんだっけ?姫、だっけ?」

ちょっと笑いを含みながら聞いてくる。

彼には初めて姫に会った日から、ことあるごとに可愛いだの運命だのとくだらない話を聞かせ続けていた。

「うーん、朝会ったって話したじゃん?姫がどこに向かったのか気になってねぇ。だってそこの裏路地に入って行ったんだよ?」

「まぁ火曜に会って、水木金と会えずでまた今日会えたってことは、シフト制の仕事なんじゃねーか?だとしたらやっぱOLってよりは俺たちの同業者って線が濃厚だと思うけどな。」

「ん~やっぱそうかなぁ。」

「昼間っから仕事してるわけだからなぁ。まぁ夜に会うんだったらキャバ嬢決定だけどな!」

ニタニタと嫌味な顔で笑いながら谷地村が言う。

「変なこと言うなよぉ。姫が夜の蝶でしたなんて・・・。」

想像して少し頬が緩む。

「はいお客様一名様ご来店で~す。」

「うるせぇわ!」

もしそうなら間違いなく常連様になってしまう自分を想像し笑いがこぼれる。

それに同調し谷地村も笑う。

「なんの話ですかぁ??」

語尾につく音符が目に見えるような明るい声が近づく。

「美尋ちゃんお疲れ。」

「お疲れ様です!」

「“姫”の話だよ、“姫”の。」

またもやニタニタと嫌味な顔で笑いながら谷地村が言う。

「“姫”?なんですか、それ?」

「まぁまぁまぁ、美尋ちゃんもこう言ってることですし、一杯呑みながら話しましょうや。」

僕らはいつも仕事終わり、ビールの機械を洗浄する前に一杯ずつご褒美の乾杯をして帰るのが慣わしだ。

馬鹿話を肴にビールを呑んでから帰路につく。

「やったぁ♪私準備してきますね!」


なんやかんや話が盛り上がるうちに、終電の時間が近くなってしまっていた。

美尋ちゃんは帰り道が途中まで一緒で、僕より二つ前の駅で降りるので、そこまで送りがてら帰ることになった。

それにしてもちょっと呑み過ぎた・・・。

僕が彼女を送るというよりも、僕が彼女に送ってもらっている感が否めない。

地下鉄へと歩きながら、相変わらず姫の話で盛り上がっていた。


週末の終電は結構混む。

今日もほぼ満員だ。

美尋ちゃんと一緒に乗り込むが、背の小さな彼女はすぐに人に埋もれてしまう。

少し開いているスペースを見つけ、そっちに呼び込んだのだが、入る人が多く僕らは結構奥に追いやられてしまった。

ふと気づくと、美尋ちゃんとは向かい合い、顔が僕の胸に少し触れている。

これはこれは、汗臭いと思われたら困る。

右手でつり革を必死に掴みながら、

「ちょっと窮屈でごめんね。」と声をかける。

「全然大丈夫ですよ♪ただ・・・つり革がとどかないので、偉月さんの腕、掴んでもいいですか?」

僕の腕なんかでいいならいくらでも手すり代わりにしてもらって構わない。

「どうぞどうぞ。」

そういって少し左腕を前に出す。

「ありがとうございます♪・・・ここにも姫はいるんだけどな・・・。」

「おっとっと。」

電車が急に揺れた。

「ん?ごめん、なんか言った?」

「いえ、なんでもないです!ちゃんと転ばないように支えてくださいね♪」

なんだか一瞬、美尋ちゃんが大人っぽく見えた気がしたが、今はそれどころじゃない。

酔っ払ったたくさんのおじさんから美尋ちゃんを守らないといけないのだから。

まぁそうしているのも酔っ払ったおじさんなのだが・・・。

そうこうしているうちに人は減っていき、美尋ちゃんの降りる駅に着く。

「じゃあお疲れ様。」

「はい!また来週宜しくお願いします♪」

そうして僕も岐路に着く。


明日、僕が今後激しく悩み迷う大事件が起こることなど知る由もなく、星空に“姫”を思い浮かべながら・・・。

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