第10話 ルシールの思惑
「姉上、どうします?リリーシュではあの人に勝てませんよ。」
リザーズは一緒に鏡で様子を見ていたライラに声をかけた。
前世の記憶にこんなゲームや小説があったか、リザーズは特に思い当たる点はなかった。
ライラは鏡から目を離さずにいつもより真剣な表情で、小さくつぶやいた。
「まずいわね・・・・・リザーズ、交代よ。」
「えっ?」
何かを反論する前に、ライラは指をスイッと動かしていた。
リリーシュが走っているところにリザーズは意識を飛ばされたので、足が絡んで転んでしまった。すでにほつれかけていた包帯がほとんど取れてしまった。
リザーズは立ち上がって、埃を払うように手をフワッと動かして、怪我を治して汚れも綺麗にした。
「姉上も無茶苦茶な事を・・・それにしても人の気配が全然ないな」
リザーズは、辺りを見回して呟いた。深夜とはいえ、人の息遣いのような感じがない。それに、魔法動物の小屋が近いわりに動物たちの息遣いも聞こえてこない。
魔王の時は寒いとか暑いとかあまり感じないが、人間のリリーシュの身体だと身体が冷えているのが分かる。ルシールは一体何をするつもりなんだ。
リザーズは辺りに気を配りながら、魔法動物たちが管理されている小屋の方へと足を進めた。
しばらく行くと、壁に不自然な洞窟のような穴が見えた。
どうやらこちらを誘っているらしい。リリーシュという娘にルシールはやけに執着しているが、彼女に特別な何かがあるのだろうか。身体を借りているが、特別な何かを感じたことはない。
ここにいても仕方がないので、リザーズは壁に開いた薄暗い穴に足を踏み入れた。その瞬間、まるで階段を踏み外したような感覚で、暗闇の中に落ちてしまった。誘われているとは思っていたのに、なんて間抜けなんだとリザーズは自分を恨んだ。
ガシャンという音と共に、辺りに明かりが灯った。そこは、地下牢のようになっており、リザーズはまんまと捕らえられてしまった。
「リリーシュ様、はじめまして。ルシール・ウォルステンホルムと申します。どうぞ、お見知りおきを。」
灯りの向こうからルシールが近づいてきて、挨拶をしてきた。
リザーズは初めて会ったルシールに嫌悪感を覚えた。何だか気持ちの悪い雰囲気にリザーズは顔をしかめた。
「こんな湿気の多いところで申し訳ありません。他の方の邪魔が入るのが嫌でしたので、我慢してくださいませ。」
ずっと作り笑いを浮かべながらルシールは話を続けている。
リザーズは、ルシールの様子をうかがいながら、顔をしかめたままでいる。
「お嬢様には、少々刺激が強かったでしょうか?それとも、私とは話したくありませんか?」
リザーズとは違って、ルシールはずっと作り笑顔をしている。
「どうして、私のことを・・・・?」
気分が悪くてリザーズはうまく言葉出てこなかった。魔王になってからこんなこと一度もなかったのに、この部屋のせいか、それともルシールのせいなのか。
「ふふっ、どうして?もちろん、宰相の娘で、王子様の婚約者であるあなたを知らないわけありませんわ。それに、トケイソウの乙女であるあなたに、私興味がありますの。」
「トケイソウの乙女?」
「あら、ご存じないのですか?リリーシュ様には、生まれた時からある痣があるはずですが、ご自身では見たことがありませんか?」
痣?リリーシュの姿で何度か湯あみをしたが、目立つところにはなかったと思う。まぁ、あまりジロジロ身体を見てはいけないと思い、ほぼ目を開けていなかったから分からない。
「もしかして、自身では見られないところにあるのかしら?アルバートの情報は嘘かしら?」
ルシールは、ぶつぶつと目線を少し下に落とし、口元に手を当てた。
そもそもトケイソウの乙女とはなんだ。同じ国で生活はしているが、人間の世界のことはあまり詳しくない。リザーズも目線をルシールから離して考え事を始めた。
「リリーシュ様、少し失礼しますわ。」
考え事をしていたリザーズは、ルシールの魔法に、一瞬反応が遅れた。そのため、リリーシュの身体が宙に浮いていた。そのまま、リリーシュの服が透けていく。リザーズは慌てて、ルシールの魔法を打ち消した。
ルシールは、自分の魔法が打ち消されたことを不思議に思った。目を見開いて、リリーシュを見つめた。
リザーズは、今のはまずかったかと、ルシールの視線から顔を逸らした。
「あなた、本当にリリーシュ様?私の魔法を打ち消せる生徒なんて、この学校にはいないはずだわ。」
「何を根拠にあなたの魔法を打ち消せないと仰っているの?」
リザーズは、言い訳がうまく思い付かず、適当に濁した。
「それは、私はあの大魔法使いシリウス様の弟子だからよ。そう簡単に、私の魔法がこんな魔法学校の生徒に負けるわけありませんわ。」
シリウス?どこかで聞いた名前だ。確か、姉上に結婚を何度も申し込んでいた気がする。リザーズは、手を顎に当てながら、考えていた。
「では、なぜ、魔法使いの弟子であるあなたが、この魔法学校にいるのですか?そのシリウス様と関係があるのですか?」
「シリウス様は関係ありませんわ。私が個人的にトケイソウの乙女、あなたを手に入れたくてここまで来ましたの。」
「私を手に入れる?どういうことですか?」
「トケイソウの乙女は、神に認められた聖なる血を持ち、その血は永遠の命を与えてくれるの。その血を私は、どうしても欲しいのです。」
「永遠の命を手に入れてどうするのですか?」
ルシールは、口の端をゆっくりと上げて、不気味な笑顔を作った。
「シリウス様と永遠に過ごす為ですわ。どうしようもなくつまらない世界を彩りあふれる世界に変えて下さったシリウス様といつまでも一緒に生きていたいのです。」
あれか、『恋は盲目』というやつか。一番厄介だな。王国の王子まで巻き込んで、この女は自分と愛する人のことしか見えていない。
リザーズは、首を横に振りながら、呟いた。
「やれやれ、こんなことで魔族が滅びるとか信じられん。」
リザーズは、顔を上げ、ルシールを見据えた。
「話し合いで済むなら良かったんだが、あんたの思い込みには通用しそうにないから、力で解決させてくれ。」
急に言葉遣いが変わり、声も低くなったリリーシュの様子を見て、ルシールはまた驚いている。そして、後ろに一歩下がり、杖を構えた。
そんなルシールに構うことなく、リザーズは左腕を右から左に動かした。
ルシールは、そのままの形で石になった。
「姉上、見ているんでしょ。俺を元に戻してください。生徒たちを探して、学校も戻してあげないと。」
リザーズは心なしか上を向いて、ライラに声をかけた。
「仕方ないわね。ルシールは、私が預かるわ。シリウスに文句言ってやる。」
ライラの声だけして、使い魔の3匹だけがリザーズの前に現れた。
「ゴマ、ニビスズ、カンゼ、リザーズを手伝ってあげて。私は、この子を連れて行くわ。」
「「「かしこまりました、ライラ様。」」」
3匹が同時に返事をした。リザーズは、元の自分の姿に戻り、伸びをした。
アルバートやデイビッド、その他数名の生徒たちは、ルシールが作った魔法の部屋に閉じ込められていた。どの生徒も大した傷はなかったが、かなり衰弱していた。どうやら、ルシールに魔力を吸い取られていたようだった。ライラの使い魔に頼んで、生徒たちを医務室の前に運んだ。
リザーズは、部屋をなくすために、一応部屋の様子を調べた。一番奥の部屋には、古い本が積まれ、魔法陣が書かれた紙が何枚も散らかっていた。本当に永遠の命が手に入ると思っていたのだろう。王子を使って手に入れたと思われる綺麗な宝石の付いた剣や、盃などが置いてあった。
リザーズは、そのきれいな剣たちに元の場所に戻る魔法をかけた。本や魔法陣は回収することにした。
問題がないことを確認して、リザーズは眠らせていたリリーシュを抱き上げた。対して丈夫ではない彼女の身体で、中々強い魔法を使ってしまったから身体に負担があるかもしれない。それに、数か月身体を借りていたので、ちょっとした情が湧いていた。
そのせいもあって、使い魔にリリーシュを託さず、自分自身で連れて行くことにした。
もう会うことはないだろうが、きちんとベッドに寝かせてあげようと、リリーシュを抱えてルシールが作った部屋を出た。
すると、そこには国の魔法騎士団がいた。
全員が杖をこちらに向けている。
「動くな!!」
一人いで立ちの違う魔法騎士が声を上げた。リザーズは、その騎士を一瞥して微かに指をスイッと動かした。
騎士団達をその場に残してリザーズは、その場から消えた。
どうやら、医務室を見たケイヨウが連絡をしたらしい。王子が通っているだけ動きが早い。
すると、医務室前に生徒を運んでなかなか戻ってこない使い魔たちも騎士団に囲まれているのかもしれない。
騎士団達の前から瞬間移動して、リリーシュをベッドに降ろした後、使い魔たちのところへリザーズは移動した。
3匹とも囲まれていて、それぞれが威嚇している。ライラが魔女と言えば黒い動物でしょと言って、3匹とも黒い毛並みをしているから、ますます悪者っぽい。
リザーズは、3匹と騎士団の間に入って、先に3匹を魔王城に移動させた。
「夜分遅くに、騒がせてすまない。詳しくは、国王に報告しよう。それでは、失礼する。」
リザーズは、騎士団長らしき男に向かって、そう告げた。
長い夜が終わって、リザーズも自分のベッドに入り込んだ。
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