第7話 魔王は乙女心を知る
アルバートに近づくことができないまま、数週間が過ぎていた。
その間に分かったことといえば、ライラの入れ替わりの魔法のタイミングが、リザーズの身体の方が空腹を覚えたタイミングと、リリーシュの身体が睡魔を覚えたタイミングが重なったときに起こること。そして、アルバートとリリーシュの婚約の話がいつの間にか、デイビッドと婚約していることになっていることだ。
一度目のリリーシュの身体に入った際には、アルバートと婚約関係だったはずだ。あの短い期間で人の記憶をすり替えられるということは、相当の魔力の持ち主かもしれない。
だとしたら、ルシールとかいう女はかなりの魔法使いということになる。リリーシュの身体で対処できるのか少し不安を覚えた。
早く接触して、距離を縮めておきたいが、挨拶すらできないでいた。
毎日、アルバートを監視して、尾行をしているのだがいつも途中で見失う。
どこかでルシールと会っているのは確実なんだ。セサムが調べた結果、毎日王子が従者もつけず、一人でいなくなる時間がある。そこを狙って跡を追うのだが、いつも誰かに邪魔をされて見失う。やはり、リリーシュの身体では限界があるのかもしれない。
「リリーシュ、何をしているの?」
今日もアルバートを尾行していた後ろから突然、声をかけられた。
振り返ると、デイビッドが立っていた。
「デイビッド様こそ、どうされたのですか?」
質問に質問で返すのは失礼だとは思ったが、言い訳が思いつかず、とりあえず笑顔を作って話し返した。
「リリーシュの動きが何だかスパイみたいでおもしろいなって思って、後をつけていたんだ。」
とデイビッドも笑顔で嬉しそうに話してきた。
スパイとはあながち間違いではないなとリザーズは考えながら、アルバートのいた方に視線を動かした。しかし、そこにはアルバートの姿はなかった。
「それで、リリーシュは何をしていたの?兄様を追いかけていたの?」
そう言って、デイビッドは近づいてきた。笑顔だけど、どこか空気が重い。
「いえ、アルバート様は関係ありません。上級生を探しているのですが、見つからなくて・・・・・アルバート様と仲がいいと聞いたものですから、アルバート様を探して聞こうと思ったのです。」
全部嘘にしてしまうと、ばれてしまいそうだと思い、アルバートを探しているということにした。
それでも納得しないのか、デイビッドはさらに近づいてきた。
「ふーん、それでリリーシュはコソコソ兄様をつけていたの?」
「いいえ、そのようなつもりはございません。」
デイビッドの笑顔が怖く思えてきた。いつの間にか、背中が壁に当たった。
「リリーシュは昔から兄様のことが好きだったみたいだけど、今は僕の婚約者だということは忘れていないよね?」
リリーシュとそこまで背の高さが変わらないデイビッドがさらに近づいてきて、リリーシュの頬に手を触れた。顔はほんの数センチという距離だ。
「忘れてなどいません。気に障ったのなら謝ります。」
デイビッドは勘違いして、怒っているようだと気が付いたリザーズは、答えた。
「謝る必要などない。こうすれば、忘れないだろう。」
そう言って、デイビッドはさらに顔を近づけてきた。このままでは、キスをしてしまうと思った瞬間、リリーシュの身体が勝手に動いた。
「いやっ!」
ドンッと強い音と共にデイビッドの身体がリリーシュから離れた。
デイビッドは、不意をつかれてよろめいた。その隙にリリーシュはデイビッドから逃げ出した。
魔王城では、ライラとネアスが一緒に魔法学校の様子を魔法の鏡を通して観察していた。
「あぁ、もうちょっとだったのに。惜しかったわね、デイビッド様。」
ライラは、先ほどのキスまでの様子を見ながら、鏡の向こうのデイビッドに声をかけた。
「ライラ様、中身はリザーズ様ですよ。そう簡単に唇は奪われますまい。」
と、ネアスがライラに、自分の主人のことを語っている。
そんな感じで、いつも鏡越しに様子を見ているようだ。
「二人とも、楽しそうですね。」
「なぁに、今、いいところなんだから邪魔しないでちょうだい。」
ライラは鏡から目を離さずに答えたが、ネアスは聞き覚えのある声に振り返った。
「リッ、リザーズ様!?どうしてこちらに!?」
「えっ、リザーズ!?」
ネアスの声に、ライラも驚いて振り返った。
「姉上、ごきげんよう。いつも、こんなことしていたんですか?」
口元は笑っているが、目が怖いリザーズの様子を見て、ネアスは鏡の前から離れた。
「今日は、たまたまよ。それより、どうしてリザーズがこっちにいるの?」
いつものようにしれっとして、ライラは言った。
「ふぅ、私にもわかりません。急に意識が入れ替わりました。姉上にもわかりませんか?」
ため息をつきながら、リザーズは言った。
「うーん、そうね・・・・もしかして、すごく嫌だったとか、あのキスが。」
「は?それだけですか?」
普段は、驚かないリザーズが珍しく声をひっくり返して聞いた。
「それだけって、女の子は初めてのキスは、大事にするものよ。リリーシュの初めてだったんじゃないの?」
さらっと、ライラは言った。
「自分の大切なものが奪われそうだったから、慌てて意識を取り戻したんじゃないかしら。リザーズのままだと危険だと察知したのかも。」
続けて、どうしてそうなったのかを簡単に分析した。
乙女心というやつか、なるほどとリザーズは思った。
ずさぁぁっと、鏡の中から大きな音が聞こえてきた。ライラとリザーズは、鏡の方を見た。
リリーシュが盛大に転んでいた。
なかなか立ち上がらないリリーシュを二人は心配になった。
そこに、一人の男がやってきた。
痛い、痛すぎる。慌てすぎていて、転ぶときに手を着きそびれた。
鼻の中にドロッとしたものが流れるのが分かった。鼻血が出たようだ。起き上がろうとしたタイミングで、足音が近づいてきた。もしかして、見られていたのか。
「すみません、大丈夫ですか?」
頭の上の方から声がする。令嬢にも関わらず、全速力で走り、挙句の果てにすっ転んだところも見られ、血みどろで鼻血を流した顔を人前にさらすなんてできない。リリーシュは、うつぶせのまま、答えた。
「大丈夫ですので、気になさらず行ってくださいませ。」
「いや、でも、すごい音もしたし、動けないんですよね?」
声の主は、心配そうに声をかけてきて、立ち去りそうにない。
「う、動けますので、本当に放っておいてください。」
今、顔を人前で上げるのは本当に無理だと、リリーシュは思った。おでこもヒリヒリしてきて、顔中傷だらけに違いない。こんな時、一瞬で傷が治る魔法が使えればいいのにと思っていた。
そんなことを考えていると、「失礼」という声と共に身体が宙に浮いた。
脇の下に手を入れられ、無理矢理身体を起こされたのだ。ストッと、地面に降ろされた。
リリーシュは慌てて、顔を手で隠した。
「やっぱり!傷だらけじゃないですか!腕や足から血がたくさん、出てますよ。早く医務室に行きましょう!」
そう言いながら、リリーシュの服についた埃や土を払ってくれている。
それでも顔を見られたくないリリーシュは、顔から手を放さずにいた。
「顔も痛いんですか?ちょっと、手をどけてください。」
顔を隠している手を掴まれたが、リリーシュは力を入れて抵抗した。しかし、その抵抗はむなしく破られてしまった。
「うわぁ、ひどい・・・とりあえず、これで鼻を押さえてください。」
と、ハンカチを渡してくれた。リリーシュはありがたくそれを受け取って、鼻に当てた。そして、さんざん心配してくれていた人物に目をやった。リリーシュよりもかなり身長が高く、少し顔を上にあげないと、相手の顔が見えなかった。
見覚えのある顔だった。確か、アルバートの従者で、シャンセマム・カーライル。
まさかの顔見知りで、色々と恥ずかしさがこみあげてくる。
上げていた顔を、もう一度下げた。早く一人になりたい。
「ありがとうございます。医務室には一人で行けますので、こちら新しいものを今度お返し致します。」
リリーシュはお礼を言って、痛む足を引きずりながら歩き出した。
「えっ、リリーシュ様。でも、医務室はこっちですよ。」
シャンセマムに声をかけられ、リリーシュは足を止めた。
自分がリリーシュだとばれていた上に、道を間違えるというドジを重ねて、リリーシュは顔が赤くなった。
「やっぱり、一緒に行きます。腕につかまってください。」
結局、シャンセマムに連れ添ってもらい、リリーシュは医務室へと向かった。
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