第6話 使い魔ともう一人の女

「リリーシュ、着替えたら一緒に食堂に行きましょ。」

寮の部屋の前で、シャロンに声をかけられた。

「分かった。着替えたら声をかけるよ。」

リザーズは、ずっと離れないアイリスと一緒に部屋に入った。

「アイリス、そんなにそばにいなくても、もうドラゴンはいないよ。」

部屋に入ってからリザーズはアイリスに声をかけた。

「うん、わかってるんだけどね。リリーシュのそばにいると落ち着くの。」

少し、目線を落としてアイリスは答えた。少し顔が赤いようだ。

「顔が赤いけど、熱があるんじゃない?」

リザーズは気になって、アイリスのおでこに手を当てた。

アイリスはますます顔を赤くして、目を見開いた。

「大丈夫!熱はないから。そ、それより早く着替えて食堂に行こっ。」

リザーズからアイリスは慌てて離れた。そして、リザーズに背を向けて着替え始めた。リザーズも慌ててアイリスから目を離した。

女性の着替えを見るためにこんな状況ではないし、なんだか見てはいけない気がした。


シャロンと合流して、食堂へ向かった。食堂に着くと、アルバートもいたが、かなり離れた場所に座った。

遠くの方からデイビッドがこちらに駆けてきた。

「リリーシュ、頭の具合はどう?もう痛くない?」

「デイビッド様、もう大丈夫です。心配していただき、ありがとうございます。」

「そっか、良かった。・・・・ねぇ、一緒に食べてもいい?」

笑顔でデイビットは答えた後、少し戸惑いながら聞いてきた。

リザーズはシャロンとアイリスの方を見た。二人は、

「喜んで。」「王子様とお食事なんて光栄です。」

と笑顔で答えた。デイビッドは安心したように、リザーズの横に座った。

4人は、それぞれ好きな物を食べながら、今日あったことを話した。

リザーズは、リリーシュの時はあまり食が進まないことに気が付いた。美味しそうな料理がたくさん並べられているのに残念だ。

「でも、今日の一番の出来事は、一限目のリリーシュの身のこなしよね。」

料理に夢中になっていたリザーズの方を見て、シャロンが言った。

デイビッドが興味津々に、「何があったの?」と身を乗り出して聞いてきた。

シャロンは自分のことのようにすらすらと、話し出した。

「その様子を見ていた女子も男子もリリーシュにメロメロなんですから。ねっ、アイリス。」

急に話を振られたアイリスは、また少し顔を赤くして「うん。」とだけ頷いた。

「えぇ、リリーシュの勇姿、僕も見たかったな。」

少し頬を膨らせてデイビッドが言った。

引きつった笑いを浮かべながら、リザーズは目立つのは控えようと思った。

その時だ、食堂の向こうから生徒たちが慌ててこちらに走ってくる。悲鳴を上げていたり、「逃げろっ!」と叫んでいたりする者もいる。

「どうしたんだ。」リザーズは立ち上がって生徒たちが逃げてくる方を見た。

食堂の奥から、黒い塊が飛んでくるのが見える。

シャロンやアイリスも慌てて逃げる生徒に混ざって走り出した。

「リリーシュ、一旦逃げよう!」

そう言って、デイビッドはリザーズの腕を掴んだ。しかし、椅子に足を引っかけてしまい、二人して倒れてしまった。

大きな音がして、デイビッドが下敷きになってしまった。リザーズは、咄嗟に床に手をついたので、いわゆる床ドン状態だ。デイビッドとかなり顔が近くなってしまった。デイビッドは顔を赤らめて、「ごめん」と小さく謝った。

リザーズはなんで謝られたのか分からずにいた。すると、急に肩を何かに摑まれて、身体が宙に浮いた。

「これは、大変失礼致しました。リザー・・・いえ、リリーシュ様。」

さっきの黒い塊は、ヤタガラスだったようだ。リザーズの肩を掴んで身体を起こしてくれた。そして、床に足が着くとそっと降ろした。

リザーズは、デイビッドを起こした。

「デイビッド様、少々、失礼いたします。」

そう言うと、リザーズはデイビッドの目の前に手をかざし、右から左へと手を動かした。そのままデイビッドは意識を失った。倒れる前にリザーズは抱えて、椅子に寝かせた。

「それで、使い魔ってお前のことだったのか?もっと、うまく接触できなかったのか。」

リザーズはヤタガラスの方を向いて、低い声で言った。

「申し訳ございません、リザーズ様。一人になる機会を窺っていたのですが、中々難しい状況でして、ライラ様にも知恵をお借りしてこのような手を打たせて頂きました。」

リザーズは、頭を抱えた。深く深呼吸をして、リザーズは言った。

「分かった。それで、何か新しい情報でもあるのか?」

「はい。最近、アルバートは、ルシール・ウォルステンホルムという女性と仲良くしているそうです。そのため、リリーシュ嬢とは距離を取っているということです。」

「それで、そのルシールとは何者だ。」

「リリーシュ嬢達の一つ上のクラスで、何やら黒い魔法を使える一族だそうです。」

「黒い魔法?人間が使えるのは、火、水、土、風、稀に光の魔法だけだろう。」

「そうなんですが、一部の人間たちが支配や永遠の命などを求めて、魔族や魔物から魔力を吸い取る魔法を研究しているらしいのです。それを、人間たちは黒い魔法と呼んでいるそうです。」

「なるほど。それで、その女と王子が引っ付くと、魔族が滅ぶということか。…面倒だな。」

リザーズは顎をさすりながら、考えを巡らせていた。

そこに、食堂から出て行ったシャロンやアイリスが食堂の入り口に戻ってきた。リリーシュがいないことに気付いたからだ。

食堂の中にリリーシュがいることに気が付いて、二人は駆けてきながら、

「リリーシュ、大丈夫?」「なんともない?」

と声をかけてきた。

思考を止められて、リザーズは2人の方を見た。

「大丈夫、なんともないよ。」

「そう、良かった。・・・それで、その後ろにいる紳士はどなた?」

シャロンは、胸を撫で下ろした後に、リザーズの後ろにいる男に目をやった。

リザーズは、振り向いて眉間に皺を寄せた。いなくなっていると思ったヤタガラスが人型に変化して後ろにいたからだ。それもライラの好みだから、やたらとイケメンだ。

「こちらは、私のいとこで、ゴマ・・・じゃなくてセサム。変身魔法していたらうまく戻れなくなったんだって。」

リザーズはすらすらと嘘を並べた。シャロンは、セサムと紹介された男をキラキラした目で見ている。

「リリーシュにこんなかっこいい、いとこがいたなんて初耳よ。どうして黙ってたの?」

「かなり遠くの親戚だから、滅多に会うこともなかったから、紹介することがなかっただけ。」

どうやらシャロンは、セサムのことが気に入ったらしい。

イケメン好きは種族を超えて共通のようだ。

そのあと、教師たちが生徒の報告で、食堂に来たが、シャロンにした言い訳をしたら納得したようだった。



食堂をあとにして、それぞれ寮の部屋に戻ることになった。

意識を失わせたデイビッドをセサムが抱えて、医務室に送り届けた。王子の気を失わせたと知られれば、それこそ戦争になりかねない。デイビッドには悪いが転んで頭を打ったことにした。

先に、部屋に戻っていいと伝えたが、シャロンもアイリスも一緒に付いてきた。そのため、その後についてセサムと話ができなかった。

とりあえず、ルシールとかいう女の情報を手に入れよう。



「アルバート様、お約束の物は手に入りまして?」

薄暗い部屋で、金色の髪が揺れて、アルバートは首を横に振った。

「まだなんだ。でも、明後日には魔法薬学の授業がある。そこで、きっと手に入れてみせるから、もう少し待ってくれ。」

青い瞳をゆらゆらと動かしながら、アルバートは部屋の奥にいる誰かに向けて言った。

すると、奥から手が伸びてきて、アルバートの青白い顔に触れた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。約束の物が手に入れば、こちらも約束は守りますから。」

部屋の奥で、獣のような目が光るのが見えた。

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