第5話 授業開始

「リリーシュ、リリーシュ、朝食の時間なくなっちゃうよ!」

ベッドから落ちかけている状態で、リザーズは目を覚ました。

「大丈夫?リリーシュ、そんなに寝相悪かったっけ?」

濃い紫色の髪を揺らしながら、アイリスがこちらを覗き込むように見ていた。リザーズは、床に手を付けて身体をベッドから引きずり出した。

「おはよう、アイリス。空飛んでる夢を見てたからかも。」

「そうなの。体痛くない?頭を打ったって聞いたけど、昨日は先に寝てて聞けなかったから。」

澄んだ緑色の瞳でこちらを見てくる。リザーズは、立ち上がってスカートを直してアイリスに向かい合った。

「心配ありがとう。大丈夫。着替えて、食堂に行こう。」

「それなら良かった。私は、準備できてるからリリーシュの着替え手伝おうか?」

「大丈夫。それじゃあ、先に食堂に行ってて。すぐに準備して向かうから。」

アイリスが部屋を出るのを確認して、リザーズはベッドに腰を掛けた。

リザーズは、人差し指を立てて、一回くるっと回した。一瞬で着替えと髪を整えた。ライラにお願いをして、リリーシュの時でもリザーズの魔力が使えるようにしてもらったのだ。これで、着替えや移動などだいぶ楽になった。

但し、人前ではあまり使えない。そもそも、人間の使う魔法と魔族が使う魔法自体の仕組みが違うからだ。


食堂に着くと、ぎりぎりの時間だったせいか、生徒はあまりいなかった。アイリスが手を振って場所を教えてくれた。

アイリスの横に、もう一人女子が座っている。ライラに見せてもらった映像のシャロン・サックウェルだ。艶のある栗毛で、綺麗にまとめている。

リザーズが近づくと、シャロンが先に声をかけてきた。

「リリーシュ、おはよう!階段から落ちたって聞いたけど、大丈夫?」

「大丈夫、この通り元気だよ。」

「あの日は、私は参加できなくて、ほんとに心配だったんだからね!」

シャロンは立ち上がって、リリーシュの手を握った。

「うん、心配ありがとう。早く食べて教室に行かないとね。」

シャロンの手をほどいて、朝食として用意されているトレーを1つもらって、リザーズは食べ始めた。

「そうね、新学期の一限目から遅刻はないからね。」

シャロンはそう言うと、リザーズ達が食べ終わるのを黙って待っていた。



3人は慌てて、動物学が行われる学校の中央に位置する牧場に向かった。授業の始まりを合図する鐘が鳴るのとほぼ同時に着いた。

魔法学校の生徒数は他の学校と比べると少なく、一学年15人程度だ。だから、同じ学年はみんな同じ授業を受ける。なので、当然そこにはアルバートがいた。

息を整えながら、横目でリザーズはアルバートの様子を見た。婚約者が走ってきたにも関わらず、他の男子と話していてこちらには見向きもしなかった。

「はーい、みんな集まってるかい?」

大きな翼の生えたドラゴンを連れて、一人の男がやってきた。動物学担当のバーン・ティアだ。

生徒たちは、ドラゴンにやや怯えながら一歩下がった。リザーズを除いて。

「新学期早々だが、今日はドラゴンの生態を勉強していくよ。最後には、背中に乗せてもらえるように仲良くなりましょう。」

もさもさの髪が目元にかかっていて、目はよく見えないが、のんびりとした口調で授業が始まった。

「はい、ではドラゴンは今、世界に何頭くらいいるでしょうか?えーっと、じゃあ、一人だけ前にいるリリーシュ君、知ってるかな?」

そう言われて、自分がみんなより前にいることにリザーズは初めて気が付いた。

一通り教科書に目を通しておいて良かった。ドラゴンの項目を頭の中で、探して答えた。

「・・・ドラゴンは、今、人間が把握している数は、わずか20頭です。近年、ドラゴンの生態が分かってから保護活動が進んでいます。」

「はい、正解。じゃあ、ドラゴンの生態について何か知っていることはあるかな?えーっと、じゃあ、アルバート君。」

男子生徒の陰に隠れるようにしていたアルバートをなぜかバーンは指名した。

「はい。ドラゴンは元来、心優しい生き物です。ただ、家族や自分自身に危害が及ぶと、その大きな体で威嚇します。」

指名されたアルバートは、少し面倒くさそうに答えた。

「そうだね。本当は、おとなしくて、やさしい動物だ。だから、みんなそんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」

生徒たちは、さっき下がった一歩分また前に出た。

「昔は、ドラゴンの肉や皮、血液などは不老長寿の薬だと言われて、大きくなる前に人間に狩られてしまっていたんだ。今となっては、そんなことはないと科学的に証明されたけどね。そして、今はこの大きな体と翼で、人間の生活にも欠かせない輸送の手段の1つにもなっているね。ここまでは、歴史の授業でも習うかな?」

バーンの問いかけに、生徒たちは、「はい」と答えた。

「じゃあ、ドラゴンと仲良くする方法が分かる子はいるかな?」

バーンの目は、よく見えないが生徒たちの方を向きながら問いかけてきた。

「「「「「はいっ」」」」」

何人かが同時に手を挙げた。その中の一人、ナーシサス・バルバーニをバーンは指名した。ライラに教えてもらったもう一人の幼なじみだ。

「はいっ、ドラゴンと仲良くする方法は、ドラゴンの横から近づき、怖がらないことです。そして、ドラゴンの方から寄ってくるまでこちらから触れてはいけません。」

元気な声で、生徒みんなに聞こえるように、ナーシサスは答えた。

「うん、そうだね。ドラゴンは、賢いから怯えている人を見るとわざと、威嚇してくる。それは、昔、怖がる人間がドラゴンをいじめていたからとも言われている。だから、こちらが怯えて、何か攻撃をしてくる前に、追い払おうとする習性のせいなんだ。そして、こちらが何も攻撃してこないとわかると、ドラゴンの方から顔を寄せてくるから、その時に鼻筋を撫でてやると喜ぶよ。」

バーンののんびりと話す声に少し、眠くなりながらリザーズは話を聞いていた。魔王の時はドラゴンに威嚇されるとか考えたこともなかった。

「じゃあ、一通り説明も終わったし、ドラゴンと触れ合おう。今日は、学校で保護も兼ねて世話をしているオスのエクレアと、メスのマカロンを連れてきている。

順番に触れるところからやってみよう。」

それぞれのドラゴンの横に、生徒たちが半分ずつになって並んだ。

リザーズは、アイリスとシャロンと一緒にマカロンの方に並んだ。

一人、二人と順調に進んで行く。シャロンも、鼻筋を撫でてこちらに戻ってきた。

次は、アイリスの番だ。少し、緊張しているようだった。

「大丈夫、アイリス?」

リザーズが声をかけた。アイリスは、「うん」と小さく答えて歩き出した。

マカロンの横にたどり着いて、アイリスは深呼吸をした。

アイリスの方をマカロンが見た。少し強張った笑顔をアイリスは作った。その瞬間、マカロンが大きな尻尾を振り上げた。

「アイリスッ!?」

リザーズは、とっさにアイリスの元に駆けていた。そして、アイリスを抱くと、マカロンの尻尾が届かない距離へと離れた。しかし、一度興奮状態になったマカロンはもう一度尻尾をこちらにめがけて、振り下ろした。

リザーズは、アイリスを抱いたまま、それを避け、マカロンの目を見た。リリーシュの姿でも効果があるか分からなかったが、魔王の時に魔族を従わせるときにしていた眼力で圧をかけた。

尻尾をもう一度振り下ろそうとしていたマカロンの動きが止まった。そして、リザーズに向かって、頭を垂れた。リザーズはマカロンの頭を撫でた。

「よし、いい子だ。別に、アイリスは攻撃しようとしたわけじゃない。ドラゴンを初めてみて緊張してただけだ。わかったら、今日はおとなしくしてるんだ。」

マカロンは、リザーズの声を聴いて、小さく声を出して、元の位置に戻った。

マカロンの動きに影響を受けて、暴れそうになったエクレアを落ち着かせたバーンが慌ててやってきた。

「怪我はなかったかい!?」

「はい、大丈夫です。・・・アイリスは、大丈夫だった?」

リザーズは、抱きかかえたままのアイリスを見た。声をかけられて、アイリスは顔を上げた。少し涙目になりながら、コクンと頷いた。

「それなら良かった。・・・先生、授業再開しましょうか。」

シャロンも駆けてきて、アイリスが立ち上がるのを手伝った。バーンは、リザーズも立ち上がったのを確認して、授業を再開した。

その後は、特に問題はなく、一限目を終えた。ただ、一限目が終わるまでアイリスがリザーズの袖をずっと握っていた。普通の人間がドラゴンに襲われればトラウマになるレベルなんだから仕方ない。

その後の授業は特に、トラブルもなく一日を終えることができた。目的のアルバートとは一言も会話はできなかったが。












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