第3話 魔法学校に着いた
階段から落ちて頭を打って、ベッドに横たわっているリリーシュのそばにデイビッドはいた。手を組み、祈るようなポーズでベッドに肘を着いている。
「う、ん・・・」
リリーシュの声に反応して、デイビッドは顔を上げた。
「リリーシュ!大丈夫!?」
薄く目を開けながら、リリーシュはデイビッドの方を見た。頭の後ろがズキッと痛んだ。痛みについ眉根を寄せた。
「お城の階段から落ちたんだ。頭を強く打ったようだから、しばらくは安静にしていた方がいいって。・・・ごめんね、僕がもっと早く迎えに行っていれば、こんなことにはならなかったのに・・・」
デイビッドは、俯きながら最後は小さい声で言った。リリーシュは、身体を起こしてデイビッドに笑顔を向けながら言った。
「気になさらないで下さい。あの階段を一人で上っていた私も、不用意でした。兄か、父上を待つべきでした。デイビッド様のせいではありません。」
俯いていたデイビッドは顔をあげて、リリーシュを見た。なぜか、すごく驚いた顔をしている。
「リリーシュ、やっぱり頭を強く打って少し記憶が混乱してるんだ。僕に敬語を使うなんて。ホントはすごく怒ってるんでしょ・・・」
しまったと、リリーシュの中のリザーズは思った。ライラは、こういう状況も楽しんでいるに違いない。
「本当に怒ってなどいません。記憶が混乱しているのは確かですが、デイビッド様も14歳になり、王族のお一人ですからいつまでも子供の頃のように接していては、私が父に叱られてしまいますので。」
どうにかそれらしい理由をリザーズは、作り出した。
「そうか、いつまでも子供のままじゃダメなのか。でも、二人っきりの時ぐらいは今まで通りでいいからね。」
デイビッドは納得したようで、少し笑顔になった。すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。ドアの向こうから、低いがよく通る声で、「デイビッド様、お時間です。」と聞こえてきた。
「わかった、ナスタス。じゃあ、またね、リリーシュ。」
そう言うと、デイビッドはリリーシュの手の甲にキスをした。少し、頬を赤らめて足早にデイビッドは部屋を出ていった。
閉まるドアを見ながら、リザーズはリリーシュの身体に鳥肌が立つのを感じた。こういうのは本当に苦手だとリザーズは強く思った。
魔王の時は、男女の駆け引きや貴族のマナーなど必要なかった。こんな鳥肌が立つようなこともなかった。腕をさすって、鳥肌を落ち着かせた。鳥肌が落ち着いて、頭の中が落ち着いてきたときにふと思った。リリーシュの婚約者はアルバートではなかったか。怪我をした婚約者のお見舞いに来ていない。ベッドの横に心配そうにしていたのはなぜか、やけに親しそうなデイビッドだった。アルバートが忙しくて代わりにデイビッドが来たのか。それにしても、デイビッドのあの感じは頼まれたからという感じではなかった。何か引っかかる。リリーシュというこの令嬢は、今どういう立場だ。人の日記を読むのは忍びないが、日記でもないだろうかとベッドから出て、机や本棚を探した。しかし、それらしきものはなかった。あったとしてもライラが隠したか。まずは、このリリーシュという令嬢の今を理解しなくては、王子との結婚とか難しそうだ。
しばらく部屋の中をグルグル回って、いろいろと考えてみたが、情報が少なすぎる。引いていた頭の痛みが戻ってきて、ベッドに戻った。そのまま、横になった。魔王になってからこんなに疲れたことはなかった。頭部の痛みを庇うように横を向いて目をつむった。
「リリーシュ様、リリーシュ様、起きてください。」
肩をゆすりながら、ラナはリリーシュを起こしに来た。ベッドから上半身が半分落ちていて、頭に巻いていた包帯が外れてまるでミイラ男のように顔を隠していた。
その包帯をラナが取りながら、もう一度リリーシュに声をかけた。
ラナは、なかなか起きないリリーシュの身体を無理矢理、起こした。グワンと重たい頭が重力に引っ張られて、首を大きく曲げた。その衝撃でリリーシュは目を覚ました。
「痛っ・・・なん・・・」
ラナは、リリーシュの頭の後ろに手を回し、支えた。そのタイミングで目を開けたから、ラナの顔が目の前にあった。リザーズはその状況に思わず、驚いて身を慌てて引いた。ラナは、顔色一つ変えずに、
「おはようございます、リリーシュ様。昨日の頭の痛みはいかがですか?」
と声をかけた。リザーズは、頭を振って気持ちを落ち着かせた。
「おはよう、ラナ。頭の痛みは・・・引いたわ。たんこぶは、あるけど。」
ベッドに座りなおして、後頭部を触りながらリザーズは答えた。
「それは、良かったです。本日の夕方より、学校の寮に戻られるので、安心致しました。」
「学校?寮?今日から?」
「はい、そうです。シャロン様やアイリス様に会えるのを楽しみにしていらっしゃったではないですか。」
「あ、そうだったわね。昨日のことですっかり抜けていたわ。」
対して、情報もないのに学校に寮?本当にライラの奴は、魔族を助けたいのか。滅ぼしたいの間違いじゃないか。リザーズは、姉のライラに恨みを覚えた。
ライラにイラついている間に、いつの間にか夕方になっていた。
そして、学校の寮に向かう馬車に乗せられていた。
目の前には兄のバーナスが座っている。視線を感じて、リザーズはずっと窓の外を見ていたが、バーナスの方を向いた。
「何か顔にでもついてますか、バーナスお兄様。」
「あ、いや、頭、大丈夫か?かなり強く打ったって聞いたから。もう、寮に行って大丈夫なのか?」
少し、目を泳がせながらバーナスは言った。本心は別にあるんだろう。リザーズは、笑顔を作って一呼吸おいてから、答えた。
「はい、たんこぶは残ったものの、この通り元気です!きっと、お医者様の治癒魔法が良かったんですね。」
「そ、そうか。それは良かったな。でも、あまり無理はするなよ。」
やはり少し、定まらない目線でバーナスは言った。そして、指先をクルクルと回しながら落ち着かない様子でいた。
「そういえば、昨日はお兄様はお城に先に行かれたようですが、何をする予定でしたの?」
「え?あ、あぁ、昨日はアルバートに頼まれて、デイビッドにサプライズを仕掛ける予定だったんだ。でも、リリーシュの騒ぎで、それもなくなったんだけどね。」
ますます目を右往左往させながら、少し早口にバーナスは答えた。
「それは、申し訳ありませんでした。せっかくの準備を無駄にしてしまいましたね。」
「いや、全然いいんだ。リリーシュの方が大事だから、ぜ、全然気にすることなんてない。」
「そうですか、それならいいんですが。ところで、どんなサプライズだったんですか?」
「え?えっと、それは言えない。別の機会にする予定なんだ。リリーシュにも言えないよ。」
「そうですか、残念です。その時はそこに私も立ち会えれば、うれしいです。」
「そ、そうだね。あっ、そろそろ寮が見えてくるはずだね。」
そう言ってバーナスは、窓の方に目線をおくった。それに合わせて、リザーズも目線を窓の方に向けた。さっきまで少なかった馬車の数も増えてきた。それに合わせて、背の高い木々が立ち並ぶ大きな森も見えてきた。
学校も寮も見えないその森の入り口で馬車は止まった。リザーズは、意味が分からなくて座ったままいた。すると、馬車のドアが開いた。バーナスが、
「どうした?リリーシュ、降りるぞ。」
と声をかけた。慌てて、リザーズは席を立って、馬車を降りた。学校の生徒らしき人たちが、みんな馬車から降りてくる。バーナスが隣に来て、荷物を持ってくれた。
「こっちだ。2年生からは、森を抜けて学校に行くんだ。」
先を歩くバーナスの後をリザーズは追った。バーナスとすれ違う生徒たちは、皆バーナスに挨拶をしてくる。バーナスも、「あぁ。」とか「よろしく。」とか手短に挨拶して、先に進んで行く。リリーシュの身体では付いていくのが精一杯だ。
「お兄様、もう少しゆっくり歩いてくれませんか?」
リザーズは、バーナスに声を掛けた。バーナスは足をようやく止めて、振り返った。
「悪かった。みんなに捉まると寮に着くのが遅くなるから、少し急ぎすぎた。」
リザーズが追いつくのを待って、先ほどより速度を緩めて、バーナスは歩き始めた。
「私こそ申し訳ありません。もっと体力をつけます。」
「気にするな。怪我をしている妹を気遣ってやれない俺が悪い。」
バーナスが少し目線を下にした際に、後ろから背中を強く叩かれた。
「久しぶりだな!バーナス!かっこいい顔で、何萎れてんだ?」
思いっきり背中を叩かれて前によろめきながら、咳き込むバーナスをリザーズは少しかわいそうだと思った。
「ゴホッ、ラディ、相変わらずだな。」
今まで笑顔のなかったバーナスが笑顔になって、背中を叩いてきた男とグータッチをしている。リリーシュに気付いて、その男はこちらを見た。
「やぁ、リリーシュ嬢。相変わらず、きれいだね。」
と、満面の笑みで言ってきた。背筋がぞわっとし、鳥肌が立つ。
「そんな嫌そうな顔しないでよ。ほんの挨拶だろ。」
顔に出ていたようだ。笑顔を作って、リザーズが挨拶しようとした時に、バーナスが間に入って話を始めた。
「早くしないと暗くなるし、早く寮に向かおう。リリーシュは、昨日、頭を打って調子が悪いんだ。」
「そうなの?大丈夫?おんぶでもしようか?」
「ラディ、お前な、生徒会長が一人の生徒にそんなことしてみろ。すぐ、噂になるぞ。」
「冗談だよ。ごめんって。」
二人は、リザーズの前を歩き始めた。その後ろをリザーズは、ついて行った。
バーナスとラディが他愛ない会話をしながら森の中を進んで行く。
しばらくすると、森の中で一番大きな木の前に着いて、足を止めた。
他の生徒もその木の周りに集まってきた。それぞれでおしゃべりをしている生徒の声で、バーナスやラディの声が聞こえにくくなってきた。
ゴーン、ゴーンと遠くから大きな鐘のような音が聞こえてきた。それに気が付いた生徒たちが少しずつ静かになっていった。
その音しか聞こえなくなると、目の前の大きな木が中から光り出した。そのまま、光が強くなると、大きな木が見えなくなった。まぶしくて、リザーズは目を閉じた。
「リリーシュ、行くぞ。」とバーナスに声をかけられて、目を開けた。そこには大きな木はなく、綺麗な装飾のされた大きな扉があった。扉がゆっくりと開いて、一番前にいたバーナス、ラディが中へと進んで行った。それに、続いてリザーズも扉の中へと進んだ。
中に入ると、森のひんやりした空気とは違って、暖かかった。入るとすぐに、赤い絨毯が目を引く大きなホールになっていた。天井からは、色とりどりの布がひらひらとなびいていた。その隙間を輝く鳥が飛び回ってホールをさらに明るく照らしていた。
「リリーシュ、こっちだ。各寮ごとに集まるんだ。」
バーナスに呼ばれて、リザーズは黄色の椅子が並ぶ場所へと移動した。よく見ると、他に青、緑、白、黒の椅子が並べてある。
「じゃあ、またあとでな、バーナス。リリーシュ嬢もお大事にね。」
ラディはそう言って、ホールの奥へと消えた。
リザーズは、バーナスの隣にとりあえず腰を下ろした。そういえば、アルバートは来ているのだろうかとリザーズは、辺りを見回した。白い椅子が並べられている辺りに女子たちが集まっている。その中心にいるのは、長い綺麗な金髪の髪が1つに結わえられ、澄んだ青い瞳の綺麗な顔の美少年がいた。
「アルバート様、お久しぶりです。」と周りにいる女子たちが声をかけているのが聞こえてきて、あれがアルバートかとリザーズは認識した。あんな美少年と婚約しているのかと思ったところで、ホールの真ん中に大きな舞台が現れた。
舞台の真ん中に銀色の髪の青年が一人、その彼を中心に10人の人が並んでいる。
「皆さん、お久しぶりです。お休みの間は健やかに過ごせましたか?]
銀髪の青年が低めの良く通る声で、生徒たちに呼びかけた。生徒が揃って、「はい!」と返事を返した。
「元気そうで何よりです。今年も一年、沢山学んで、魔法について知識を深めましょう。早速ですが、新入生の寮の振り分けと、新しい先生を紹介します。」
そのあと、15分くらい話が続き、生徒たちは寮長の後に着いて寮へ移動した。
部屋は基本三人部屋で、各寮のホールで女子寮と男子寮に分かれていた。リザーズは、令嬢らしく振る舞うのに疲れ、寮に着くと自分の部屋に戻った。人数の関係上、リリーシュは二人部屋だ。相手の顔を見ることなく、そのままリザーズはベッドに寝転んで、そのまま寝入ってしまった。
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