第2話 姉弟とはこういうもの

ズキッと頭の後ろが痛んだ。

目線だけをゆっくりと動かした。見覚えのある部屋だ。

「王よ、目覚めましたか?」

そばにいた長く黒い角の生えた赤い目の男が言った。

「ネアス、今、何時だ。」

横たわったまま、聞いた。ネアスと呼ばれた男は、部屋の隅にある柱時計を見た。

「今は、夜中の2時でございます。・・・しかし、王ともあろう方がどうして森で倒れておられたのですか?」

身体を起こすのを手伝いながら、ネアスが聞いた。ネアスよりもさらに深い赤い目をした王と呼ばれた男は、しばらく顎に手を当て、考えている。眉間にしわを寄せたまま、王と呼ばれた男は言った。

「全く思い出せん。皆が運んでくれたのか?」

「えぇ、森の魔物たちが運んでくれたんですよ。ガスートは、森の中を見回ってくると出たままです。」

「そうか、無事だと知らせてやろう。」

そう言って、指をスイッと動かした。すると、廊下からバタバタと駆けてくる足音がする。勢いよく部屋のドアが開いた。

「リザーズさまぁぁぁ、ご無事で何よりです!!!!!!!」

部屋の天井ぎりぎりの大男が、耳の鼓膜が割れんばかりの大声で入ってきた。

耳を押さえていたネアスが、眉根を寄せながらオイオイと泣く男に向かって言った。

「ガスート!!窓が割れてしまいます!もう少し音量を下げてください!」

ガスートと呼ばれた大男は、「すまない」と言いながら、しばらく膝をついて泣いていた。

少し静かになったところで、王と呼ばれていた男、リザーズがガスートに声をかけた。

「それで、ガスート。森で何か分かったか?」

鼻をかみ、涙を拭いてガスートは答えた。

「それが、リザーズ様、その、申し上げにくいのですが・・・・・」

「言いにくいということは、姉上か?」

リザーズがガスートの泳ぐ目を見ながら、言った。すると、

「あら、もう帰ってきたの?リザーズには簡単すぎたかしら?」

誰もいないはずの空間から声がする。リザーズが大きなため息をついた。

「やはり姉上でしたか。何のために、このようなことを?」

スーッと何もないところから、全身黒ずくめの緑の瞳をした女が現れた。

「ライラ様、お久しぶりでございます。」

ネアスが言って、ネアスとガスートは頭を深く下げた。

「久しぶりね、ネアス、ガスート。それから、かわいいかわいい私の弟よ。」

ネアス達に軽く会釈をして、リザーズの頭をぐりぐりと撫でまわした。その手をリザーズはふり払った。

「やめてください、姉上!まずは、質問にお答えください!」

「もう、久しぶりに会ったのに、冷たいわね。」

「いい歳をした女性が、そのように頬を膨らませても可愛くはありませんよ!どうして、あんな令嬢に俺の意識を飛ばしたんですか?」

「だって、リザーズが最近、遊んでくれないじゃない。私が考えた魔法でちょっと、いじ・・・遊んでみようと思ったのよ。」

リザーズの目を見ずに、ライラは言った。リザーズは大きなため息をついた。

「姉上、俺で遊ぶことばかり考えずに、結婚のことを少しは考えてください。毎日毎日、山のように求婚の申し出が来ているのでしょう。」

「あら、結婚なんかしたらリザーズをいじ・・・じゃないは、遊べないじゃない。それに、求婚といっても私の力が欲しくての政略結婚の申し込みばかりよ。」

リザーズは、もう一度、ため息をついた。

ライラとリザーズは、魔物と人間のハーフだ。魔力の高かった人間の母親を見初めて、結婚したらしい。母親は、リザーズを産んだ際に、亡くなった。父親は、5年前に急に隠居すると言い出して、リザーズに魔王の権利を渡した。その時、魔物の住む森と人間の住む世界をリザーズは結界で分けた。人間が、この森にしかない植物や動物をとっていくからだ。森を守るために、リザーズはそうした。

姉のライラは、母親の血を強く引いていて、かなり魔力が高い。ライラは、ハーフだが、リザーズと違って、見た目は人間と変わらない。目立つのを避けるように、普段は暗い恰好をしているが、ものすごく美人である。美人ということと、魔力が高いということで、人間側からも、魔族側からも求婚の申し込みが絶えない。そして、昔から、リザーズをからかうのを趣味にしている。今回もライラのいたずらに、まんまとリザーズが引っ掛かったようだ。


「それで、俺の意識を飛ばした彼女は無事なんでしょうね?」

「当り前よ。彼女には生きててもらわないと困るもの。」

「どういうことですか?ただの人間の娘でしょう?」

「それがね、彼女がアスリカ国の王子と結婚しないと、この森というか、魔族が全滅しちゃうのよね。」

「また、未来を見たんですか?でも、すでに婚約してたじゃないですか。」

「えぇ、そうなんだけど・・・彼女、お人好しが過ぎて別の令嬢に譲っちゃうのよ。その令嬢が、かなりのわがままっぷりというか、非情というか悪い奴なのよ。・・・まぁ、半分魔族の私が言うのも変だけど。」

「だったら、姉上がその子になって、結婚まですればいいじゃないですか!なんで、俺にやらせるんです!?」

「その方がおも・・・じゃなくて、だって、リザーズは魔王でしょ。魔族を守るのはあなたの仕事じゃない。」

にっこり笑うライラをリザーズは睨んだ。笑顔をやめないライラに、諦めたリザーズは3度目のため息をつく。

「はぁ、わかりました・・・・・姉上の見た未来は基本、外れたことがないですからね。その代わり、この森のこと頼みましたよ。」

「さすが、リザーズ!やってくれると思ったわ!森のことは任せてちょうだい

!!」

勢いよくリザーズの首にライラは飛びついた。身構えていなかった分、思いっきり、リザーズの体がベッドの向こうへと、ライラと共に落ちていった。

二人の会話に一言も口を挟まずに聞いていたネアスとガスートは、頭を抱えていた。


もう一つ、リザーズは状況を理解した。魔王に転生して、何十年も経っているのにいまさら転生前の記憶を思い出した。だから、さっきリリーシュとして目覚めた際に奇妙な違和感を覚えたようだ。現代の扉とか、洗面台とか今の魔王城には存在しない記憶だ。そして、魔王として生活していた世界が急に脅かされるなんて思ってもみなかった。今回は、魔王という最強の地位に就いたので、のんびり自由気ままに生きていけると思ったのに、いらないイベント起こしやがって、最悪だ。王子と結婚とか乙女ゲームみたいなイベント、転生前から苦手だ。大体にして、ライラのお遊びはいつ飽きて放置されるかわからないから、早めにけりをつけたい。

結婚となると、そうもいかないかもだが‥‥もう一度、ため息をついた瞬間、ライラに、笑顔を向けられ、魔法をかけられた。

「じゃ、頑張って!私の使い魔もそばにいるようにするから。」

全然、作戦とか練る前に問答無用にまた、リリーシュとして意識を飛ばされてしまった。


























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