魔王リザーズと入れ替わりの魔法

一正雪

第1話 始まりの夜会

いつも目覚めは、体がだるい。

起き上がるまで、何度寝かわからないほど目をつむっては開けた。

すると、美味しそうな匂いが鼻を刺激する。

そこでやっと目が覚めた。

のそのそと、布団から這い出た。

顔を洗いに洗面台に向かう。

いつものように部屋から出てすぐの階段を降りようとした。

しかし、ドアも暑いから開けていたのに閉まっている。

その上、ドアノブがいつも違う。

どこかに泊まりに来たんだっけと、頭の中で記憶を手繰り寄せた。

が、全然そんな記憶はない。

とりあえず、部屋の外に出たら何かわかるかもしれないとドアノブに手をかける。

現代にはないほどの重みのあるドアだった。自分の手もいつもと違うような気がした。

ギィィィとドアが音を立てて開いた。部屋の外の廊下には絨毯が引かれ、花瓶に花も活けてある。自分の家とは全く違う。

「お目覚めですか、お嬢様」

後ろから聞き慣れない声がする。振り返ると、メイド服を着た女性が立っていた。

「髪も服も寝起きのままでお部屋から出られるのは、よろしくないかと思います。お部屋に戻ってくださいませ。」

立ち尽くしたままいると、その女性が背を押して部屋に押し戻した。

さぁ着替えますよと、いつの間にか服を脱がされ、ひらひらとしたワンピースに着替えさせられ、髪も櫛で梳かされ、気が付けば鏡の前には、記憶にある自分と違うお嬢様がいる。

「さぁ、できました。朝食の準備もすでにできております。」

よく理解できないまま、朝食を食べることになっていた。さっきからお腹が鳴るのをずっと我慢していたので、一気に食べ終えてしまった。

ふと、目線をあげると、立派な口ひげ蓄えた中年男性がこちらを驚いた顔で見ている。記憶の中には該当する人物がいない。

「リリー、今日は、君のマナーはどこへ置いてきたんだい。」

口髭のおじさんに注意され、自分の名前を思い出した。

リリーシュ・ハンバード。今の自分の名前だ。

ん?今の?頭にクエスチョンが浮かぶ。

「申し訳ございません。お嬢様、今朝から少し様子が宜しくないようでして・・・・・」

自分の代わりに、先ほど着替えさてくれた女性が答えた。

「そうかい。今日の夜会は大丈夫かい?」

夜会ってなんだ。そもそも、俺は、男じゃなかったか。

「はい、それまでにはお嬢様も元気になられると思います。」

代わりに答えた女性に、よろしく頼むと伝え、口髭の男は席を離れた。


起きた部屋に戻ると、メイド服の女性に尋ねた。

「あの、今日の夜会ってなんですか?」

「リリーシュ様の婚約者であるアルバート様主催の夜会ですよ。お忘れですか?」

全くピンとこない。少し不自然ではあるが、正直に聞いてみた。

「起きた時から、記憶が曖昧で、この家のことと夜会について教えてくれますか?」

女性は、少し、驚いた様子だったが、丁寧に説明をしてくれた。

その話を要約すると、リリーシュ・ハンバード(自分)は、アスリカ国の宰相の娘で、アルバート・エイヴォリーというこの国の第2王子と婚約関係にある。今日の夜会は、そのアルバートが1つ下の弟のデイビッドの学校入学を祝うための物らしい。

少し一人にしてほしいと告げると、女性は胸に手を当てて、

「何かありましたら、私、ラナをお呼びください。」

と、言って部屋を出て行った。

着替えの際は頭に靄がかかっているような感じで、意識して鏡を見ていなかった。だから、もう一度鏡の前に行き、改めて自分の姿を確認した。

顔をぐりぐりと触る。少しきつめの瞳に、鼻筋はすっとしている。小さめの口と、綺麗に結われた自然な色の茶色の髪がさらっと肩にかかっている。

これが自分か。中々イケている気がする。笑顔を作ってみる。気持ち悪いことしてるなと自分で思ったから、鏡の前を離れた。

机に向かい、紙とペンを出して、さっきの話を整理してみた。

まず、自分。リリーシュ・ハンバードと名前を書く。その次に、父、ロバートが宰相。母、ユーネは魔法学校の教師。兄が二人。ロンネは、5つ上で父の仕事を手伝っている。バーナスは、3つ上でリリーシュの通う魔法学校の先輩だ。

アルバート・エイヴォリーは第2王子でリリーシュと同い年で婚約者。クリストフは第1王子で、ロンネと同い年らしい。デイビッドは第3王子でリリーシュたちの1つ下。

魔法学校は、5年制で、14歳から入学できる。この国は、魔法が使える者とそうではない者がいて、14歳までは、皆同じ教育機関に通う。そこで、魔力に目覚めた者は、魔法学校に進学する。

と、ここまで書いて、どこかで聞いた事のある名前と状況だなと手を止めた。

でも、すっきりとは思い出せない。このまま夜会に出ても大丈夫か自分で不安になる。マナーの本がないか、本棚を見た。それっぽいのがあり、夜までに予習しようと手に取った。

あまり面白くはないので、眠気が襲う。ひとつ大きなあくびをした。

眠気を覚ますために、立ち上がって窓の方へ向かう。大きな窓があり、開けるとバルコニーになっていて、外に出ることができた。

綺麗な花が咲き誇っている庭が眼下に広がっている。柵の上に手を乗せてその庭を眺めてみる。庭師らしき人が水やりをしていて、小さな虹ができていた。それをしばらく眺めていた。こうしている方が性に合っている気がする。

コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

一言ドアに向かって声をかける。ラナがゆっくりとドアを開けて、お辞儀をして入ってきた。

「失礼します。リリーシュ様、そろそろ夜会の準備を始めましょう。」

「今から?まだ、外はすごく明るいけど?」

バルコニーから部屋に入りながら、外をちらりと見る。

「はい、今からです。アルバート様からドレスが贈られてきていますので、考えていたアクセサリーなどの選び直しもありますから、今から進めないと間に合いません。」

「ドレス?」

「はい、こちらに用意しております。まずは、湯あみからしましょう。」

ラナに促されて、部屋を出る。


「さぁ、できました。リリーシュ様いかがでしょう?」

あれでもない、これでもないとまるで着せ替え人形のように、ラナを含む3人の女性に好き勝手されていた。それだけでヘトヘトだ。鏡の前に立たされて、意見を求められても、「いいんじゃない。」としか出てこない。

「それでは、ご主人様達もお待ちですので、参りましょう。」

やっと解放されると思うと、座りたかった。しかし、そんなことはできず、馬車の待つ玄関へと連れて行かれた。

白髪交じりの髪をきれいに整えて髭をさすりながら、父親のロバートが待っていた。

「おや、今日は少し雰囲気が違うね。」

にっこりと笑うロバートに、少し目線を下げて、お辞儀をした。

「お待たせいたしました、お父様。」

「うん、うん。おしとやかで宜しい。何か準備があると、バーナスは先に行っているよ。」

朝食の時のマナーが悪かったことをロバートは気にしていたらしい。そもそもこんな重たいドレスでは足を大きく広げて歩けもしないし、裾を持たないと進むのも困難だ。おしとやかにならざるを得ない。

馬車に乗るのを手伝ってもらい、夜会の会場、王宮へ向かう。

「今日は、アルバート様と仲良くするんだよ。リリーが、嫌でもせっかくのお誘いだ。私の娘として、恥ずかしくないように振舞いなさい。」

馬車が動き出してしばらくして、真剣な顔でロバートが言った。

「はい、お父様。」

一言返事をして、黙った。王子と自分は婚約関係で、夜会用のドレスも届けてくれたのに、仲が悪いのか。振る舞い方として、父親の顔を立てられるようにした方が良いのか。相談できそうなラナは、今この場にいない。

しばらく、考えてみたが答えは出ない。会場についてから雰囲気をみて、考えよう。


馬車が停まり、従者が馬車のドアを開けた。ロバートの手に引かれ馬車を降りる。気が付けば、外は月が昇っていた。

アルバートから贈られてきたドレスは他の令嬢の物よりかなり華やかだった。レースが何重にも重ねられ、胸元には大きなバラの飾り、それに合わせて髪もラナたちが頑張ってくれてかなりのボリュームだ。

ロバートは、王に謁見してくると言い、リリーシュを残して立ち去った。とりあえず、会場に入ろうと、やや長い階段を上ることにした。まるで、シンデレラがガラスの靴を忘れていった階段のようだ。集まり始めた招待客もぞろぞろと上っていく。よく見ると、みんなカップルで一人で階段を上っているのは自分だけだった。

「リリーシュ!そこで待ってて!」

階段の上から声がする。綺麗な金色の髪に、青い瞳で、綺麗な顔をした少年だ。周りの女性たちがほぅっと小さな感嘆の声を上げる。

「デイビッド様、お待ちください!今日の主役が、そのような事されては困ります!」

後ろから、綺麗な黒髪の男が追いかけている。こちらもかなり端正な顔をしている。

「いいじゃないか。この階段は、女性が一人で上るには長すぎる!」

デイビッドと呼ばれた少年は、リリーシュの方に駆けてくる。一人で階段の真ん中まで上ってきていたリリーシュのそばを一人のカップルが通る。その女性の方が、小さな声で何かを呟いた。

自分の体が浮いたと思った瞬間、階段を下まで落ちてしまった。見事に階段を転がり落ちて、そのまま気を失った。遠くで、「リリーシュ!!!」と誰かの叫びを聞いたのを最後に。






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