第2話 忘れもの
朝が来た。俺はいつも通りの朝を過ごしていたつもりだったが、何か忘れているようなモヤモヤ感があった。でもなにも思い出せないのだ。
「俺はなにを《忘れて》いるんだ…?」
そんなことを呟きながら朝飯を食っていると、明らかに自分の物ではない可愛らしいクマのキーホルダーが落ちていた。
「あー…?こんなもん買った覚えねぇぞ…??」
(きっと先月遊びに来た親戚の落とし物だろ。今は時間ねぇし…。休日に連絡するか。)
普通に会社に行き、今日はあのクソ上司が休みだったため、ノー残業で帰宅した。
家に着き、ビールを開けていざ至福の時間をと思ったその瞬間、ふと窓が気になった。何故だろうか??朝は気にならなかったのにな…。
(昨日ここで何かがあった気がする)
そんな思いに駆られながら外へ飛び出した。
すると、既視感を覚える女が立っていた。隣には男、彼氏か何かだろうか?
じっと見ていると、女と目があってしまった。
女は驚いた顔をした後、彼氏らしき人物と話している。そしてその男も驚いたような顔でこっちを見た。
(おいおい…。2人してなに見てんだよ…。
【女:わあ!非リア族のおっさんがこっちを見ているわ!きもーい♡】
【彼氏:大丈夫さ。あの男から守ってやるさ…。】
とか言ってんだろうな…。)
とか思っていたら、彼氏らしき人を引っ張って俺のところへズカズカとやって来た。
「科野隊長!このおっさんですが、私たちが《見える》みてぇで…。しかも、記憶を完璧に《消した》はずなのに…。」
彼氏だと思っていた人物は隊長という偉い方だったらしい。にしても…
「記憶を《消し》ただと!?朝から何か《忘れていた》ような違和感の正体はそれだったんだな…!!なんの記憶を消したんだ!それと《見える》ってなん…」
「落ち着いてください。」
低く落ち着いた声に制止された。それは科野隊長と呼ばれた男だった。オールバックのグレーヘアで眼鏡をかけており、とても端正な顔立ちで、長身。声も重低音の効いた耳に心地よい声だった。これがイケおじという部類かと納得した。
「まず、私たちが《見えた》ということは、正体を明かしておくべきでしょうか。私たちは、『超能力結社ルミエラ』という組織です。昨日『ディアブローラ』との戦闘であなたを巻き込んでしまい、家は一度半壊状態となり、あなたも負傷されました。そして、ここにいる部下の岸が、あなたの記憶の消失。そして私が治癒と家の修復を行ったということです。」
俺は分かりました?と少し疑問符が残る返事をしたあとに、ハッと気がついた。
「え…『ルミエラ』!?あの世界のために戦ってるっていうあの!?」
昨夜のテレビで聞いたことのある名前が出てきたので、思わず叫んでしまった。
その瞬間、岸という女にものすごく睨まれた。まるで獲物を狙うトラみたいな目だ…。おぉ怖。
(しかし、いまいち理解が追いつかない。1つは完璧に消されたはずの記憶。《何かを忘れている》とずっと思っていた。
普通完璧に忘れたら、そんなことも思わないはずだよな…?
2つ目は自分にしか見えない人達。これが最大の謎なんだよなぁ…)
「その疑問にお答えしましょう。」
科野隊長が、満面の笑みで俺のことを見た。
(えっ…俺の心が読まれてる…?)
〈ご名答です。それでは今から声を出さずに心の中で会話をしましょうか。こんな街中で叫ばれてはまずいので…。1つずつ質問に答えていくと、まずは私たちが《見える》ことについてです。私たちは戦闘時、一般の方々に迷惑にならないよう、〘カモフラージュ〙というこの服を着ています。これは超能力を持つものにしか見えない、特別な素材でできています。2つ目は記憶の消去についてです。普通一般人に記憶消去を行った場合、完璧にその記憶を忘れてしまいますが、あなたには、何かを《忘れている》という感覚がありました。これは一般人にはありえないことです。以下を踏まえてあなたには超能力者としての素質があると思われます。〉
(待て待て待て!こんな俺に超能力者としての資質だと??確かに憧れた時期はあったが、ティッシュ1枚に動けと念じても動かなかったこの俺に?!)
〈だとすると、あなたにはサイコキネシス以外の超能力が備わっていると考えられます。一度ルミエラ本部に来ていただくことは可能でしょうか?案内は岸にさせますので。〉
(へ?)
〔隊長なに言ってんすか!?このおっさんをルミエラの本部に案内しろだなんて…〕
〈岸…何か異論があるのか…?〉
外見はニコニコしているが、心の中の声は明らかに怒りがこもっていた。
さっきの女も怖いが、この隊長の方がよっぽど怖いと俺は思った。
〈では、本部に来られることを楽しみにしています。〉
(了解しました…!)
帰り際、岸にクマのキーホルダーを見せ、「家に落ちてたんだが、もしかしてこのクマちゃ…」と言いかけたところで、ものすごい勢いでクマのキーホルダーを取り、「……ぁありがとうなクソジジイ。」と言われた。彼女にとっては、お礼の言葉なのだろうか。くそ、まだクソジジイっていわれる年齢じゃねぇぞっ…
かくして俺はサラリーマン兼ルミエラの一員となったのだった。
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