九個目*堪能するのよっ!*

 御祭りとはたいへん迷惑な行為だ。

 だいたい御祭りの日は祝日で、テレビでは特番が放送される傾向があるから、俺はその特番を楽しみにしている。しかし、それを見させまいと言わんばかりに、うるさいお祭りの音は俺を邪魔してくる。

 ただでさえぼっち民族な俺に、いっしょに行く人間なんていないんだから、行く意味も見いだせないのに、何とも非情たる騒音だ。

 特番に対する集中力を乱してくるし、ましてや予習復習の勉強だって妨害してくる。本当にストレスが溜まり、高校二年ながら頭が光出しそうだ。

 御祭りは、俺のようなインドアとぼっちのハイブリッド民族にとって、とてもあるまじき存在だ。


 そんな、何事にも気がのらない俺――麻生あそうやなぎは結局、笹浦市の伝統ある御祭りへと足を運んでいた。

 夕方の六時を回った五月の空は夕焼けと闇の層を浮かべ、もうじき星たちもまたたき出す夜空に移り変わっている。が、辺りには数えきれないほどの街灯、まばゆいほど輝く大きな御輿みこし、そしてたくさんの活気ある人間たちの声により、これから夜が訪れる気がしないほど、明々めいめいたる景色が広がっていた。

 様々な香りをなびかせる売店も見えてきた、現在通行止め状態の一般道路上。いつも通り黒をメインとした私服姿の俺は、背後で目を輝かせている制服のカナと、ピンクの浴衣をまとうフクメに憑かれながら、気怠く歩いているところだ。


「はあ~! 御祭り、楽しみです!!」

「やっぱ良いもんだよな~。御祭りって、一生懸命生きた御褒美みたいなもんだからな~」


 カナが不相応幼稚さを顕にしながら呟くと、隣にいたフクメは腕組みをして得意気だったが。


 お前らは既に死んでいる……。


 特にフクメにはこう言ってやりたかったが、周囲にはたくさんの人間で溢れかえっているため、気持ち悪い独り言として聞かれてしまうだろう。変に怪しまれるのも嫌だったため、俺はアホ霊たちに対する突っ込みの代わりに、大きなため息を放出してやり過ごした。


 それにしても、今日までの生活もたいへんだった……。


 猫背のまま歩む俺はこう思いながら、背後の二匹の過ごした辛い日々を思い出していた。

 フクメと出会った数日前、それは予想通り悲劇の始まりとなってしまったのだ。

 城に帰れば早速テレビを観たいだの言い出し、何度リモコンを握らされたことやら。もちろん始めは否定したのだが、カナと共に騒音攻撃をくらうことになり、俺は仕方なくリモコン操作を強いられた。しかも二匹の好み番組でなければ、

「次に回して!」

 と、他チャンネルの移動まで押し付けられ、普段観ない純愛ドラマを点けることにもなって退屈だった。

 物体ではない幽霊は物を持つことができないらしいが、だからといって人間をこき使うのは是非止めてほしい。おかげで俺は、大好きなテレビゲームだってできなかったのだから。

 また学校でも、毎時間の授業では騒がれた。

 国語では二匹揃って泣き崩れ、数学では二匹揃って頭を抱え、英語では二匹揃って“ナイストゥミーチュー”ばかり放っていた。

 特に酷かったのは、体育の時間だ。

 この時期では体力テストが実施されているのだが、憑かれている俺は無論、このアホ霊二匹の目の前で行うこととなった。


「ガンバってやなぎさん!! 諦めたらそこで体力テスト終了ですよ~!!」

 えぇ、喜んで……。


「いっけ~やなぎ!! 夢にときめけッ!! 明日にきらめけぇ~!!」

 俺、部停ヤンキーじゃねぇし……。


 てかお前ら、スポーツ漫画も読むのかよ……。

 世に知られた名言ばかりを、しかもすぐ傍で叫ばれ、冷めた俺にとっては本当に疲れさせる体力テストだった。


 そんな厳しい日々を乗り越えてきた俺。ポルターガウストが増えてしまったことにたいへんな苦労を強いられている。だが、カナとフクメは俺の気持ちなど全く考慮しないまま、辺りの御祭り風景をたしなんでいた。


「ねぇフクメさん!! 御祭りに来たら、まず何しますか?」


 ワクワク心を浮遊として現実に表すカナは、浴衣を揺らすフクメを考えさせる。


「ん~……やっぱ、まずは林檎飴だね!! あれがあって初めて、御祭りが始まるからね!!」

「なるほど!! 勉強になります!!」


 得意気に言ったフクメの話をカナは素直に頭に入れると、二匹揃って両頬を押さえながら瞳を閉じる。


「はあ~林檎飴食べたいなぁ……あの甘酸っぱい感じが、たまらないんだよね~」

「そうですよね~。はあ~、わたくしも食べたいです~」


 赤く熟れた林檎を、贅沢に一個丸々飴に浸けた食べ物。御祭りならどこにでも売ってそうなほど、世に知れた確固たる存在。その味といえば、外はもちろん砂糖を効かせた甘さで包まれ、中味は林檎特有の酸っぱさを秘めている。少年少女並びに女性人からしてみれば、御祭りの必需品と称しても過言ではないだろう。



「けど、絶対買わないからな……」



「エ゛エェェーーエ!?」

「そ、そんなぁ!!」

 想像を破壊したであろう俺の無慈悲な呟きに、二匹の悪霊は目が飛び出るばかりに驚き、俺の正面に浮く。


「なんでだよ!? 買ってくれよ!?」

「御代官様……どうか、どうか御慈悲を……」


 子どものように嘆願するフクメと、よくわからんが泣きそうな表情をするカナが俺を襲ってきた。が、ここでひるむ訳にはいかない。


「絶対買わない……金の無駄遣いだ」


 一応財布は持って来てはいる。帰りにコンビニでも寄って晩飯を買うつもりだからな。しかし、コイツらのエサを買う予定は全くないし、今後買うつもりもないのだ。


「じ、じゃあ、一個でいいからさあ!! 頼むよ!!」

「神様……わたくしの命と引き換えでも、構わないですから……」


 二匹の悪霊はさっきより深く悲しんだ表情をしていたが、それでも俺は退かずあらがい続けた。なぜならコイツらには林檎飴など、決して必要ないという理由があるからだ。



「だって、そもそもお前ら、食べられないだろ……」



 俺は呆れたように言ってみると、すぐにフクメがまばたきをしながらカナに振り向く。

 するとカナもハッと気づいたように顔を渋く染め、瞳が潤目に代わっていた。

「そ、そうでした。わたくしたち悪霊は、食べられないのでした……」

「え……エ゛エ゛エエエエェェェェーーーーエ゛!!」


 フクメは衝撃の真実を知らされたかのように絶望を表情したことから、どうやら今の今まで知らなかったことが随所に出ていた。



――お前、今まで腹空かなかったこと、気にならなかったのか……?



 フクメが一体いつに亡くなったのかは、俺はもちろんまだ知らない。だが少なくとも、俺たちと暮らすことになったこの数日で、空腹ぐらい気づいても良いはずなのに。もしかしてコイツ、カナ以上にヤバイんじゃ……。


「そんな……食べられないなんて……」

「フクメさん、仕方ありません。これが、現実なのです……」

「そ、そんなぁ~……ボリショ~ン……」


 あまりのショックでガックリと項垂うなだれたフクメを、カナは泣き顔ながらも抱き締めて同情していた。一方の俺にはむしろ邪魔な存在としか捉えきれず、声を掛けぬまま去ろうと通り過ぎた。



 ***



 俺たちはやっとお祭りの屋台が多く並んだ広場に着いた。

 辺りには人がよりたくさん出現し、屋台で販売する人、お祭りを楽しむカップル、友だちと来た人など、多くの人間の声で埋め尽くされていた。

 屋台にも多くの種類があり、焼きそばを始め、たこ焼き、綿菓子、大判焼きと、バラエティーに富んだフードコートと化している。そして話題にもなっていた林檎飴の店も奥に立ち、若者たちによる長蛇の列を作っていた。

 “一個五百円”と書かれた看板を見た瞬間、ぼったくり感が否めないほど高価に感じるが、それでも人はたくさん並び、楽しみに自身の番を待っている。御祭りって怖いなぁ……。


「はあ~林檎飴~」

「はあ~林檎飴です~」


 するとカナとフクメは、俺が林檎飴の店の前に来た瞬間、ヨダレを垂らしながら覗いていた。人混みがありながらも、あの甘酸っぱい香りは確かに届いてくるらしい。

 しかし、もちろん買う気もない節約家の俺は、その場をすぐに離れようと背を向けた。一個で五百円など馬鹿げてる。よっぽどコンビニの揚げ物系を買った方が得だ。

 御祭りの酔いになど浸っていない俺は冷静なまま、林檎飴店から距離を置き去った。


 ところが……。



「買え~」

「買ってくださ~い」



 俺は背中に恐ろしく低い不気味な声を浴び、未来への悪寒を感じていた。


「買え~」

「買ってくださ~い」


 カナとフクメがさっきから何度も、俺の背後から囁いていたのだ。


「買え~」

「買ってくださ~い」


 俺は別に幽霊など怖くない。霊感がある者として慣れているし、むしろ何をしでかすかわからない人間の方が恐ろしいくらいだ。


「買え~」

「買ってくださ~い」


 しかし後先考えると、俺は背後の二匹が怖かくて仕方なかった。このまま言うことを聞かず城に帰れば、またどんな仕打ちを受けるかわからない。ただでさえ最近の復習もままならない日々が続いているのだ。これ以上騒がれては困る。


「買え~」

「買ってくださ~い」

「……チッ、もうわかったよ!! 一つだけだからな!……あ……」

「「やったぁ!!」」


 感情的になった俺が言うと、カナとフクメは満面の笑みで万歳をし出す。しかし大声を放ってしまった俺には、周囲から不審目を向けられてしまい、救いのフードを被って顔を隠しながら、こっそりと列に並ぶことにした。


「はぁ~、わたくし今、世界で一番幸せです~!」

「林檎飴! 林檎飴! 早く早く~退いた退いた~!!」


 二匹揃って歓喜する姿は、もちろん周りの人間には視えていない。その中を代表して、唯一目にしている俺は改めて、コイツらが悪霊だと実感していた。


 誰か、早急たる成仏を……。


 何度もそう思いながら並んでいること約十分、ついに俺は列の先頭に立ち、渋々財布から野口英世を取り出した。


「世話になったな、英世……元気でな」


 苦む俺は英世との感動的な別れをして、売店のおじさんから一つの林檎飴と御釣おつりの五百円玉を受け取り、周りの目も気にしてすぐ去り、広場の出口へと走り向かった。


「ほれ、買ったぞ……」


 まだいらついている俺は嫌々ながら林檎飴を突き出すと、カナとフクメからは歓声が起こされた。

「よっしゃあ~!! 林檎飴ゲットだぜッ!!」 

 と両手を上げて、幼い背ながらも高く伸ばし歓喜するフクメと、

「ありがとうございます!! ありがとうございますッ!!」

 と何度も頭を下げながら、涙を浮かべるほど感動しているカナ。

 林檎飴一つで、悪霊はこんなにも喜ぶとは。

 恐らくコトダマ一個手に入れるときも、このくらい喜声きせいを上げるのかもしれない。というか、俺としては早くコトダマを集めてもらって、今すぐ天国にってほしいのだが。

 とりあえず二匹の呪文から解き離れた俺は安心したが、一番の疑問を投げてみる。


「……で、買ったはいいが、どうするつもりだ? お前ら、食べられないんだろ?」

「決まってんでしょ!!」


 するとフクメはこれ見よがしに人差し指を俺に向け、決め台詞の如く自信を持って放つ。


「へへ~。香りを……堪能たんのうするのよっ!」

「……」

「おお~!! さすがフクメさんですッ!!」


 俺の評価としては、フクメの演技は子役に満たないほど勢いに欠けていたが、一方でカナは歓心のあまり拍手までするほど心を打たれている様子だ。


「……はいはい。じゃあ勝手にいでくれ……」


 もう城に帰還したい気持ちはやまやまだが、きっとコイツらには納得してもらえない。俺は林檎飴を片手で握りながら、仕方なく御祭りの道中を進もうとした。が、悲劇は度重なることとなってしまったのだ。


「はあ~良い香りです~」

「ん~!! やっぱこれがあってのお祭りだよなぁ~」


 俺は林檎飴を右手に持って歩いていたが、二匹の悪霊は宙に浮いたまま、その林檎飴に顔を近づけて香りを味わっていた。しかも俺の正面に足を向けて……。


「あの、歩きづらいんだが……」


 俺は我慢の限界が来そうで言ってしまったが、すると林檎から顔を離したフクメからも、深い眉間のしわを現される。


「仕方ないだろ。林檎飴一つしかないんだからさ~」

「はあ~わたくし、幸せです~」


 フクメが話している最中、カナはずっと嗅ぎながら呟いており、完全に話の輪に入っていなかった。それもあってついに俺の堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れてしまい、林檎飴を正面のフクメに突き刺すように向ける。


「じゃあどうしろっつうんだよ!?」

「へへ~、決まってんでしょ!!」

「林檎飴、どこ? 林檎飴~!」


 カナは迷子を探すように辺りへ叫んでいたが、歯軋りを放つ俺は完全に無視したまま、相変わらず得意気なフクメと睨み合っていた。宙に浮いてる分、低身長なコイツから上から目線を受けて更に腹立ったが、ふと俺に向かって指二本を立てて視せる。


「……ピースがどうしたよ?」

「ピースじゃない。二つって意味」

「……チッ、この悪霊がっ……」


 理解してしまった俺は再び林檎飴の店前に並び始める。さっきよりも空いていたためすぐに買う番が訪れたが、俺の表情から怒りが取れなかった。


「なんだ兄ちゃん!? また買いに来たのかい? それに恐い顔してぇ」

「一つじゃ足らないらしいんでね!」


 屋台のおじさんは半ば嬉しそうに腕組みを見せたが、それどころではない俺は暴言の如く怒鳴ってしまい、すぐに五百円玉を叩き置いた。


「へへ!! まだまだ若いね~。毎度!!」


 こうして、俺はもう一つの林檎飴を購入させられてしまい、早くも損失額が四桁に上ってしまった。



 ***



「はあ~!! 林檎飴サイコー」

「はい~。わたくし、林檎飴なら奴隷になっても構いませ~ん」

 二人の悪霊は訳のわからないことを言いながら、俺の両手にある林檎飴それぞれを、匂いで堪能しながら前のめりに浮いていた。

 まるで双刀の如く持たされている俺の身にもなってくれと思っていたが、このアホ霊には到底理解してもらえないだろうと、嫌いな人混みの中をウンザリしながら歩いていた。



――「あれ? 麻生くん!」



 すると後ろから女性の声がした。だが聞き覚えがある俺は恐る恐る振り返ると、やはりヤツがいた。


「やっぱ水嶋みずしまか……」

「やっぱってどういう意味? 相変わらずドエスな麻生くん」


 そこにいたのは言うまでもなく、最近何かとお騒がせな生徒会長――水嶋みずしま麗那れいなだった。長い黒髪をいつもと違う頭頂部でまとめ、優しく淡い水色を基調とした花柄の浴衣姿を纏い、腰巻きから小さな巾着袋も垂らしている。黒光りする下駄も履いていたが、背筋を伸ばしながらピンと立つ姿は、コイツの名前の通り麗しく可憐と言ってやろう。


「こんばんは、麻生くん」

「……彼氏といっしょにでも、来たのか?」

「フフ。彼氏なんていないわよ」


 学校にいるときのように、無表情に言った俺に対して、水嶋は笑いながら優しく返した。現在一人だと言うコイツもうちのアホ霊どもと同じ、理由もなくむやみやたらに御祭りを楽しもうとする、俺にとっては未確認生物の一種だと思った。

 しかし、どうやらそうでもないらしい。


「今日はお祭りの見回りよ。困っている人がいないか探してるの」

「お前はマザーテレサか……」


 明るい表情で言った水嶋に対して、俺は呆れたように突っ込んでしまった。まさかこんなときにも他者のために足を動かすとは。人として立派なのだろうが、このきらびやかに整えた容姿からは、自身も堪能しようとする心持ちが否めないのだが。


「ところで、麻生くんは誰かといっしょなんでしょ?」

「え? なんで……」


 妙に嬉しそうな水嶋に、俺は首を傾げて聞く。


「ほら、麻生くんの両手に林檎飴あるから、誰かの分なのかなって。もしかして~……」


 水嶋は俺の両手にあった林檎飴を見て言うと、何やら思い当たる節があるように間を取っていた。一体誰と勘違いしているのだろうか。俺はぼっち独立国王こと、麻生さんだぞぉ?


「独りだ……良かったら、食べるか?」

「え? ホントにいいの?」

「ずっと持ってんのも疲れるし。良かったらやるよ」


 俺は水嶋には目を向けず、片方の林檎飴を差し出した。できれば両方とも差し上げたいところだが、そんなことをしたらなぜ買ったのかと突っ込まれるだろう。仕方ないが一つは自分で持つしかなさそうだ。


「本当に!? ありがと! わたしも丁度、林檎飴買おうと思ってたから嬉しい!!」


 すると水嶋は、久しく人間の温もりなど触れていない俺の手を握り、緊張で落としそうになった林檎飴を無事に受け取る。女子の手とはあれほどまで柔和なのかと、しばらく震えが止まらず、無意識にも顔を熱くしてしまった。


「じゃあ、いただきます……う~ん、甘酸っぱくて美味し~い!」


 水嶋は小さな口で林檎飴をゆっくりかじり、頬を押さえながら感動していた。まぁ、喜んでもらえたなら尚良い。

 しかし、安堵していた俺の背後では、幽霊どもが涙を浮かべていた。


「ア゛ァァ~!! アタシたちの林檎飴が~!!」

「フクメさん、幸せな時間は一瞬です。起こるべき別れは、仕方ありません……」


 水嶋に食べられる林檎飴に手を伸ばして、絶望した表情を放つフクメの肩に、涙を拭うカナは手を置きながら、望まない決別を受け入れていた。まだ一個あるんだからいいだろうが……。

 林檎飴一つでこんな泣き顔をされたのを初めて視たが、俺はもちろん二匹には何も告げず、何もない背中を見せ続けた。

 一方で何も知らず食べている水嶋の表情は豊かで、カナとフクメが香りを嗅いでいた以上に喜ばしい様子だ。すると途端に俺に目を合わせ、口の中を空にする。



「ねぇ麻生くん。良かったら、いっしょに歩かない?」



「はぁ!? なんで?」

 水嶋からの突然の申し出に俺は困惑した。なぜリア充のような経験をここでしなきゃいけないのだ。しかも人混み中では、俺としては公開処刑とまったく同じだ。


「いや、別に嫌だったらいいよ。もし、よければ……」


 水嶋からは上目遣いを向けられてしまい、俺は気まずくなって黙り目を逸らした。冗談ではないと心に何度も訴えたが、そこで視線が合ってしまった二匹の喧しい悪霊が俺に寄る。


「やなぎさん! いっしょに行きましょう!!」

「チャンスだぞ!! 男なら断るな!!」


 カナとフクメは自分のことのようにノリノリだったが、無論俺は気が乗らない。とはいえ、ここでまたコイツらの言うことを聞かなかったら後が怖い。せっかく二つも買った林檎飴も無意味になりそうだと感じ、俺はため息一つ溢し、頭を掻く。


「わかったよ……いっしょに行ってやるよ……」


 俺は仕方ないと思わせる表情で言うと、水嶋からは満面の笑みを見せられ、

「ありがと!」

 と、再び感謝も述べられた。


 あ~帰りたいよ~。城でギャルゲーやってた方がよっぽど気が楽なのに~……やったことないけど……。


 どんどん予定が悪霊によってメチャクチャにされていく俺。まさかの展開に終始肩を落としながら、水嶋と隣り合って歩くことにした。もちろんフクメとカナから、後ろで観察されながら。


「なんだよ~。いい雰囲気だなぁ」

「やなぎさんは、もう大人になってしまったのですね……」


 ちゃかすように笑うフクメの後に、カナはまた涙を流しながら呟いていた。俺に成仏できる力があれば、今すぐにでも……。


「ここのまま付き合っちゃえば……ん?」


 しかしその刹那、フクメは突如言葉を止めて固まってしまう。

 隣には水嶋がいるため、変に気にされるのも嫌だった俺は振り向かず歩こうとしたが、フクメの呟きに脳内アンテナが向く。



「――あれ? この景色、どっかで……」



「――っ!」

 立ち止まり振り返った俺は、結局水嶋から

「どうしたの?」

 と不思議がられたが、漠然としたフクメを視続ける。



――コイツもしかしたら、生きていた記憶を思い出したのか?



 そんなニュアンスに違いなかった。生存当時の過去を忘れる幽霊にとっては。

 ならばこのまま思い出してもらい、あわよくば成仏だと願う俺はしばらく、フクメの様子を観察した。


「フクメさん!? どうされました?」


 カナも心配しながら尋ねていたが、するとフクメはゆっくりと首を左右に振り、自身の短いツインテールを揺らして笑顔を放つ。


「いや~ゴメンゴメン!! ボーッとしてた。ハハハ!! さあ行こう行こう!!」


 フクメはそう言うとカナの手を引きながら歩き、俺と水嶋を通り過ぎて前で進むようになった。

 水嶋にも悪いし、このままだとフクメも結界にぶつかってしまうと思った俺は無言のまま、歩みを再開して、フクメとカナの背を負うようにして進むことにした。


 確かにフクメは笑顔で、“ボーッとしてた”と告げたが、どうも俺には微笑みではなく、少し不安を抱いた苦笑いにも視えてならなかった。


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