八個目*テレビの特番で過ごしたい*

「ところで、フクメさんはコトダマを持ってますか?」

「もちのろん!! ほら、見て見て!!」

「わぁすごい!! 本物です!!」



世界にも見放された独りの俺――麻生あそうやなぎが哀愁にふけっていると、カナとフクメの会話が耳に入り、背を向けていた二匹につい視線を投じる。そういえば、まだ実際のコトダマを視た覚えがなかったのだ。試しにどういう物なのか、この目で一度確かめてみよう。

 コトダマを所有するフクメに初めて興味心を向けた俺は窺うと、まず視えたのは、コイツの小さな手に持たれた、手のひらサイズの赤い巾着袋だった。その中身を覗いてみると、赤青黄色と色付いた三つのビーズらしき球体が含まれていた。


「それが、コトダマか……」


 生まれて初めてコトダマを生で目にした俺は、更に近づいて観察してみた。一個一個の大きさは皆均等で、俺の担任が大好きなパチンコ玉とほぼ同体。袋の中にあるため、光の反射など皆無のはずだが、キラキラと星の如く瞬いていたことが印象的だ。

 この世の物とは思えない、摩訶不思議な球体。ただ俺は、コトダマの数の少なさに首を傾げると、フクメは小さき頭をきながら笑っていた。



「まぁ! まだ三個だけしかないけどねぇ!」



「――ッ!!」

 俺はものすごく驚いた。こんな幽霊ですら、コトダマを集めることができるとは。

 悪霊って、案外ハードル低いのではないだろうか。誰でもなれそうな気がしてならない。

 一方で一個も持っていないカナは、コトダマの輝きを増す瞳で眺めており、応じてフクメも得意気に胸を張っていた。

 コイツら、本当に悪霊なんだよな……?

 なんか、想像と大きくかけ離れ過ぎて、実際に悪霊なんかいないのではないか?



――「麻生くん?」



 ふと、カナとフクメに呆れていた俺は、声主へ振り向く。すると、学級委員長兼生徒会長の水嶋みずしま麗那れいなが微笑みながら、俺のもとに近づいてくる姿が映る。


「おはよう麻生くん」

「ああ……よう……」


 たどり着いた水嶋に照らされた俺だが、視線を逸らし、とりあえずテキトーな挨拶だけ済ませた。別に気まずかったからではない。面倒だったからだ。なぜなら、また“同じこと”を告げられるとわかっていたから。

 俺は水嶋からそっぽを向いたまま黙っていると、やはりコイツからは頭を下げられて、今日も言われてしまう。




「――この前は、ホントにありがと。わたしも、お兄ちゃんも、お世話になりました」



「……はぁ……もういいよ……」

 やっぱり、今日も同じだ……。

 御辞儀した水嶋からは予想通り、無事に成仏された兄――水嶋みずしま啓介けいすけの件による感謝を受けた。


 今から二週間ほど前の、四月中旬。水嶋が突然、死んだ兄貴に会いたいなどと言ったせいで、俺の平々凡々ライフに大きな穴を空けた。あっちこっち出歩いたり、人間と幽霊の会話を成り立たせるため頭を使ったりと、大層な疲労を重ねられてたのだ。


 まぁ何とか一件は落着したようで、水嶋は愛する兄貴に想いを伝えることができ、良い形で成仏を見届けた。

 恐らく水嶋は、存在が消えてしまうことまでは知らないはずだ。幽霊事情に詳しくないし、霊感だって持っていない人間なのだから。だが、俺は酷な真実などコイツには知って欲しくなかったため、また会えると、大嫌いな嘘までついてしまったのだ。知らぬが仏ってやつだ。


 しかし、この礼を二週間前からずっと受けている俺は飽き飽きしており、水嶋には早く、以前と同じ学生生活に戻ってほしかった。


「……何べんも言わせんな。俺は、大したことしてねぇよ……まあ、満足そうなら良かったけどさ……」

「うん。ホントに、感謝してるよ」


 四月の優しい温度を残した瞳を向ける水嶋。それを背に受けながら、外に広がる五月の眩さに目を細める俺。嫌でも体温が上がる、板挟みをくらっていた。


「……ところでさ、麻生くん? 今日の放課後、時間あるかな?」


 すると話題を換えた水嶋に、俺は久しぶりに顔を向ける。


「……まぁ、自由と契約中だけど……」


 俺は水嶋の瞳は見なかったが、頬が緩んだ表情から喜びが伝わってくる。



「今日、図書室で市内のお祭りで使う提灯ちょうちん作りがあるんだけど……良かったら、手伝ってくれないかな?」



「はぁ? また手伝えっつうのかよ?」

 優しく微笑んで言った水嶋に、俺は冷徹に返してしまう。何とも人使い荒いヤツなのだろうか。兄貴の件の次は、俺にとってどうでもいい、町のお祭り作業の手伝いとは。


「そ、そうだよね……嫌ならいいわ。わたしとみどりちゃんでやるからさ。アハハ……」


 水嶋は眉をハの字にして笑っていたが、どうも望んでいない様子が見て取れた。三人でやりたいという気持ちが見え見えだ。

 しかし、それでも意思を通すのが、過去に優しさを置いてきたつもりの俺だ。慈愛を持っていっしょにやろうなど、口が裂けても言わない。


「……生徒会の仕事、引き受け過ぎなんじゃないか? 過労死でもする気かよ?」

「生徒会長なんだから、これくらい当然よ。町のみんなの笑顔のためなら、わたしはガンバれるから」

「そりゃあ、おめでたいこと……」


 水嶋は偽りない笑顔で告げて自席に戻り去ったが、俺は後ろ姿すら眩しく見えてしまい、揺れるポニーテールから目を逸らしてしまう。“ガンバ”と言っている時点で、安らぎを求める人間は無理をしていることに、アイツは気づいていないようだ。世の中、善き人格者が損するシステムは、今も昔も変わっていないのに。

 人として立派な水嶋に哀れみを抱く俺だが、ふと存在を忘れていた二匹の幽霊からは、怪しい笑い声と、訳のわからない歓喜の息が鼓膜を刺激する。


「ニヒヒ~……おいお~い。あのレディー、もしかしてアンタのこと好きなんじゃないかぁ?」


 フクメは俺をからかうと、高揚気味のカナが続く。


「きっとそうですよ!! やなぎさんにもついに、うららかな春が訪れたのですね!!」


 うるせぇな。

 五月のはえよりやかまししくわずらわしい。

 俺は二匹の虫けらにはあえて無視することでやり過ごそうとしたが、にやつくフクメの口が耳元に寄る。


「な~に照れてんだよ~? 素直じゃねぇなぁ~。彼女いないんだろ? 付き合っちゃえよ~」


 フクメの小バカにするような態度には、俺のストレスメーターは振り切れかけていた。が、立て続けにカナから無茶ぶりを受けてしまう。


「やなぎさん。放課後、手伝いに行きましょうよ!!」

「……嫌だよ。早く、家に帰りたいし」


 テキトーな理由を告げてみたものの、カナの精神攻撃は止まらない。


「大切な水嶋さんからの申し出ですよ!! 是非とも、お手伝いしましょうよ!!」


 勝手に大切とか決め付けんなよ……。


「そうだよ。お祭りの手伝いは、アタシも好きだぜぇ!!」


 お前の好みとか聞いてねぇし……。


 親指を立ててガッツポーズを視せたフクメからも言われてしまうと、俺は予期される悪夢を想像してみた。仮にこれでも手伝いに行かないとなれば、この二匹からはたいへん罵声を浴びることになるだろう。予習復習の集中どころか、大好きなシューティングゲーム及びアプリゲームすらまともにプレイできなくなる。毎週観ているバラエティー番組――“やんちゃるずのみなさんのせいでした。”だって録に視聴できなくなるはずだ。

 冗談ではない、ただでさえ既にコイツらによる我慢の限界を指しているというのに。



「行きましょうよ、やなぎさん!! チャンスですから!!」

「行こうぜ! 恋愛は早いことに越したことないよ!!」



 これ以上の厄介事を言われるのだ……諦めよう。



「……わかったよ。手伝えばいいんだろ?」

「「やったぁ!!」」


 二匹は満面の笑みでハイタッチをしていたが、頬杖を付いたまま俺は無論ため息を漏らし、やかましい蝿を引き付けてしまっていた。



 ***



 放課後の図書室。

 一階から三階まであるこの広い空間には、学者論文や文学小説、受験参考書まで隅々に置かれており、この茨城県の中では最も広く、数多の本を取り揃えている校内図書館だ。また放課後の生徒を考慮した受験勉強スペースも設けられ、静閑とした落ち着いた空気で包まれていた。

 そこに、気だるい表情の俺に並んで、手伝いもできないのにヤル気に満ち溢れた二匹の悪霊は結局図書室に来てしまった。だるさは室内に入れば更に増し、ただでさえ重いスクールバッグに一本技をくらいそうだ。


「図書室かぁ。どんな本があるんだろうな~!」


 フクメはワクワクした様子で訪れ、カナと共に遠足気分の表情だった。それにしても、コイツらが幽霊で良かった。あまりにもうるさ過ぎて、一発退場させられること間違いなしの大声を出しているのだから。


「たぁ~っくさんありますよ!! きっと、フクメさんの好きな本もあるはずです!!」


 カナはまるで図書室が自分の物かのように得意げに告げると、フクメの瞳が大いにまたたく。



「マジで!? じゃあさ、携帯小説とかもあるかな?」

「け、携帯小説? よく知りませんが、きっと置いてありますよ」

「マジで!? ここスッゲェな!!」


 携帯の意味わかってねぇだろ……このスマホ世代が。


 そんな無言の突っ込みを入れながら一階に向かった俺たちは、“多目的作業場”と称されたスペースに訪れた。すると、すぐに水嶋麗那、そしてもう一人の女子らが黙々と提灯の骨組みを設計していた。


「よ……来たぞ」

 俺は無表情のまま放つと、水嶋ともう一人の女子も振り向く。


「あ、麻生くん!! 来てくれたんだ。ありがと!」

「あ、麻生くん!?」


 水嶋は笑顔で俺を迎え入れたが、一方でもう一人は、来てしまったと言わんばかりに驚いた様子だった。


「これでわたし、みどりちゃん。そして麻生くんみんなが揃ったわね。早く終わりそうで、とても助かるわ」


 水嶋が“みどりちゃん”と呼んだのは、もちろんもう一人の女子の名である。

 彼女の名前は、篠塚しのづかみどり。彼女も俺のクラスメイトの一人である女子高校二年生だ。水嶋に比べて背はとても低く、肩に掛かるかかからないかの曲がった髪型で、撫で肩垂れ目のか弱い少女といったところだ。

 篠塚碧は、俺と関わったことは一度もないが、水嶋とは大の仲良しらしく、大抵教室で共に過ごしている。だからこそ今回は誘われて、手伝いをさせられているのだろう。何だかパシられている感が否めなかったが。

 それに加え、さっきから俺を恐れるような目を向けている篠塚からは、近寄ってほしくないと暗に意味しているとしか思えなかった。たぶんコイツも周りといっしょで、幽霊が視える俺のことを嫌っているのだろう。やっぱ手伝いに来るんじゃなかった……。


「……んで、何すればいいんだ? 俺もとっとと終わらせたいから、早く教えてくれ」


 篠塚碧の視線も気になるが、俺は無視して水嶋に尋ねる。


「えっとね。この紙を提灯に貼っていくの。ノリはここにあるから、それで貼ってもらえれば大丈夫だよ」

 水嶋はクレヨンやクーピーで描かれた絵を見せながら答え、同時にたくさん積み重なった紙たちを俺に向けさせた。


「……これ、全部……?」

「うん。きっとすぐ終わるって!」


 山積みされた絵は見た目からして、少なく見積もっても三百枚以上はあるのだが。


「……ちなみに、その絵は誰が描いたんだ?」

「これは町の小学生が描いたんだよ。みんな一生懸命描いてくれたから、くれぐれも大切にね」

「……りょーかい」


 整った艶ある黒髪を揺らした水嶋に応答され、俺は相変わらず気怠さを全面に発揮しながら作業に取り掛かった。

 水嶋の司令塔のもと、まず篠塚碧は提灯の骨組み設計を続ける一方で、俺は提灯への紙はりをノリを駆使して貼っていく。

 中身が空洞な直方体の側面にペタペタと、一つに対して四枚を加えて進めていった。笑顔で手を繋ぎ合った三人家族、いっしょに浴衣を着て踊っている姉妹、リンゴ飴を手に持ちながら花火を見上げる男女カップルなど、人として温かみを感じさせる様々な絵を、俺は機械としてどんどん提灯を完成させていった。

 ここでも水嶋は篠塚の骨組みを手伝ったり、俺がやり易いように紙を一枚一枚分けてくれたりとサポートを続けていたが、依然としてダブルワーク状態だった。

 人間性が良いのか、はたまたお節介なのか。少なくとも俺は、苦い顔一つ見せず苦労してる水嶋に、素直に顔を向けられなかった。


 役割を分担して行っている作業は――俺の存在のせいか――水嶋も篠塚も黙々と進行していく。しかしその静けさは、霊感ある俺だけには感じられなかった。


「へぇー。これ、全部本なのか~」


 俺のすぐ後ろで高い本棚を仰ぎ見るフクメが、大声でカナに言って頷かせる。


「はい!! ここには、一生生活していけるほどの本がありますよ」


 カナが図書室の責任者のように振る舞っていたことには変にムカついてしまった俺だが、フクメは更に瞳孔を開いて煌めく。


「マジか~!! ねぇねぇ!! お姉ちゃんは、どんな本が好きなの?」

「え、わたくしですか? そうですね……歴史文学でしょうか」


 少し考えてから告げたカナは微笑むと、フクメもつられて笑顔を交わす。


「何それ? メチャクチャ頭良さそう!!」

「そ、そうですか? ちなみにフクメさんは好きなジャンルはありますか?」

「アタシは恋愛小説かなぁ。甘酸っぱい話が大好きなんだ!!」

「それは素晴らしいですね。わたくしたち、気が合いますね!!」


 ホラーとコメディーぐらいジャンル違うだろ……。


 俺は二匹のアホ霊に、何度も心の中で突っ込みながら、紙とノリを握り続けた。



 ***



 辛い作業を何とか乗り越えた俺は一人、提灯をしまった段ボールを持ちながら学校を出て、家近くの公民館へと向かっていた。今回の提灯作りは、どうやら水嶋が町の業者から引き受け仕事らしかったが、だからといってなぜ俺一人が最後の搬入作業までしなくてはいけないのかと、夕陽に向かって大きなため息を溢していた。


「く~! 甘酸っぱいなぁ~やなぎ~」

「やなぎさんは本当に優しい方です!!」


 図書室に置いてきたはずの二人の悪霊は相変わらず、俺の後ろでわめいていた。

 恐らくコイツらが言っているのは、俺が水嶋から搬入作業を引き受けたことだろう。正直アイツにはこれ以上仕事をしてほしくなかったし、身体を崩されても困ると懸念したからである。

 俺の方程式では、同じ場にいた篠塚碧、若しくは生徒会のヤツラに運んでもらうはずだったのだが、どうも会話する勇気が生まれず、まんまと裏目に出てしまったのだ。

 なんて日だ……。


「それにしても、お祭りがあるなんて、わたくしは今日知りました。有名なお祭りなんですか?」


 するとカナは不思議な顔をして俺に向けてきた。まぁ、大して有名ってほどではないのだが。


「ここの町では、それなりに有名かな。毎年開催されてるし……」


 俺は進行方向だけを見て、軽いが大きい段ボールを抱きなが呟いた。するとカナからは興味関心に輝きを放つ瞳を向けられてしまう。


「へぇ!! いつ開催されるんですか?」

「毎年土曜日だから、確か二日後だな……」

「本当ですか!? じゃあ土曜日行きましょうよ!!」

「うん!! アタシも行きたい!!」


 話の輪にフクメも元気に入ってきたが、俺は決して受け入れなかった。


「嫌だよ。人がたくさんいるところは嫌いだ……」

「そんなぁ……」


 無表情の冷たい俺からの答えに、カナは悲壮な顔をしていた。

 だがこれで終わらないのが、二匹の悪霊に取り憑かれている、俺の運命さだめなのだ。


「え~行こうよ!! 毎年一回なんだろ!? 行かなきゃ損じゃん!」


 今度はフクメが俺の正面に現れると、カナも便乗して断固反対の意思を視せつけてくる。行きたくて仕方ないと言わんばかりの表情をしていたが、その気持ちなど、俺にはもちろんわからなかった。


「お祭りなんて何がおもしろいんだよ? ただ大声で叫んで近所迷惑なだけじゃないか。だったら俺は、テレビの特番で過ごす」

「だから友だちいねぇんだよ!!」

「それは誉め言葉だ、どーも」

「く~腹立つ~!!」


 俺の冷徹かつ淡々とした答えにフクメは歯軋りを解き放っていた。


「じゃあ逆に聞くが、お前らはどうしてお祭りなんかに行きたいんだ?」


 俺はまずカナに聞いてみると、あるのかわからない思考を働かせていた。


「えっと……わたくしは……楽しそうだから、ですね!」

「曖昧な回答は減点対象だ」


 カナには泣き出しそうな潤目をされたが、俺は気にせず立てて続けにフクメに尋ねる。どうせコイツもテキトーな理由なのだろうと思って聞いてみたが、すると意外な答えが返ってくる。



「――なんか、思い出せる気がしたから……」



 歩いていた俺は止まり、フクメの顔に振り向く。すると纏うピンクの浴衣を舞わせられ、これ視よがしに視せ付けられた。


「だってほら!! アタシの服装って浴衣だろ!? だったらお祭りと関係あるんじゃないかなって思うんだけどさ」


 珍しくまともなことを言われた俺は黙りこんだ。


「確かに……お面も着けていることですし……」


 カナもなるほどといった表情で、前のめりになるフクメを視つめる。


「だから、頼むよ!! 行かせてくれよ!!」


 フクメは一生のお願いと付け加えるほど、嘆願を示していた。

 言うまでもないが、俺はお祭りの楽しみ方も知らなければ、行きたいなど思ったこともない。しかし、仮にフクメが過去を思い出して去ってくれるのだと考えれば、今回はお祭りに参加すべきなのかもしれない。


「……はぁ、わかったわかった……」

「「やったぁ!!」」


 再び二匹の悪霊はハイタッチをして歓喜の叫びをていたが、俺は肩を落とし、大切な提灯の入った段ボールまで地面に落としそうになっていた。


 歩くこと十分少々。

 俺たちには、小汚ない公民館が見えてきた。本当に人が行き通いしているのか怪しいほどみすぼらしく、雨漏り宿と形容できる建ち姿が否めない。

 まぁ来てしまったからには尋ねなければと、俺は小さなインターホンに人差し指を伸ばしたが、ふと人気を感じて背後を窺った。するとすぐ見えたのは、ほぼ白髪の老人男性が一人立つ姿で、年不相応な若々しい微笑みを浮かべていた。


「あっ、どうも……」

「おう、一高生の子かい?」


 俺の元気のない挨拶に、老人男性が嬉しそうに答えた。老いているはずなのに、それを感じさせない元気と、背筋を伸ばした背の高さが顕在だった。

 俺はこの老人が恐らくお祭りの業者主であろうことを予測し、段ボールごと手渡すことに成功した。


「麗那ちゃんからのだね。ご丁寧にどうも」

「それじゃあ、失礼します」


 水嶋のことも知っている様子の老人はたくさんのしわを浮かべていたが、俺はすぐにその場を後にし、迷うことなく城への帰路を辿ることにした。


「ふぅ……終わった終わった」


 あっという間に終わったはずなのに、変な緊張感もあった俺は疲労を感じながら肩を回していた。自己紹介も、相手の名前すらも聞きそびれた訳だが、どうせもう会うことは無さそうだから気にすることないだろう。


「楽しみですねお祭り!! ねぇフクメさん!!」

「……ん? あ、ああ!! そうだね!」


 すると元気なカナがフクメに聞いていたが、何かを気にしていたような間を空けて返されていた。


「どうかなさいましたか?」

「い、いや……何でもないよ。ボーッとしてただけ! あ~あ、早くお祭り行きたいなぁ!!」


 フクメは元気な姿に戻ったが、最後の一瞬だけ少し不安を思わせる表情をしていた。もちろんそれは、幽霊が視える俺には確かに目で捉えることができ、自然と首を傾げながら視つめてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る