第2話 制服

「きっとあの子の趣味っていうより、親の趣味なのよ。うちもそうだったもの。わたしも姉も、いつも親がえらんだ服を着せられていたの。今だって、そうよ。親がえらんだ学院の制服着せられているんだから」

「まあね。でもこの学院の制服ってださいわよね。なんとかならないかな?」

「なんともならないんじゃない。おまけにこの髪、ひどすぎ」

 玲美はみじかく切りそろえた自分の髪に手をやってため息をついた。入学時に長かった髪を切るように言われたときはショックで泣きそうになった。茶髪に染めていた摩子はさらにショックだったろう。

「いっそ、森の奥でよかったわよ。知っている人に見られずにすむんだから。……それより、金魚ちゃん、怪我はなおったかしら」

 玲美は気になっていたことを口にした。

「元気そうだし、問題ないんじゃない」

 摩子が窓から身をのりだし、ほそい目をさらにほそめて診断するように少女を見るが、ここからは細かいことまでわからない。

 最初にふたりが少女と出会ったのは庭掃除をしていたときだった。竹箒で、刈りとった草をあつめていたふたりを、金網のむこうから少女がものめずらしげにながめていたのだ。こんな辺鄙な場所で、生徒以外の人間を見かけた興奮もあって、摩子がつい規則を忘れて話しかけた。

「お嬢ちゃん、どこから来たの?」

「あっち」

 少女は左手をのばして森の方を指さす。

「ふうん。お母さん、ちかくにいないの?」

「ママ……、お買い物なの」

 少女は生まれたての子猫のようにつぶらな瞳でふたりをじっと見上げていた。

「あれ、お嬢ちゃん、手首、怪我してるね。これ貼る?」

フェンスの金網をもつ小さな手首が、かすかにだが赤く腫れているのを見つけた玲美は、ジャージのポケットに入れていたバンドエードをさしだした。

「ありがとう」

 小さな声は口のなかに飴玉をふくんでいるかのように甘かった。

(こんな妹がいたらなぁ)

 箒をうごかしながら、玲美はついそんなことを願った。こんな愛らしい妹がいれば、家はもっといい場所になっていたかもしれない。   

 母だって、もっと家にいてくれたかもしれないし、父だって出て行ってしまうこともなかったかもしれない。そんなことをぼんやり思いながら少女の白い頬を見つめた。

「おねえちゃんたち、ここに住んでるの?」

「まあね」

「……いいなぁ。みきも、ここに住みたいなぁ」

 少女は、みきという名前らしい。うらやましそうな少女のつぶやきに、ふたりは大人びた苦笑をかえすしかなかった。

 規則づくめでチャイムに追われ、油断すればすぐとんでくる教師たちの叱責、小言、味気ない食事に個性のかけらもない制服。なにひとついいことなどない生活が、この少女からみれば未知の魅力にあふれているのだろうか。フェンスの向こうの、自由な世界にいられる少女をうらやんでいるのはふたりの方なのに。

 三人の頭上でやわらかな音色がひびいた。

「チャイムが鳴ったわよ。行かなきゃ」

「お嬢ちゃん、またね。気をつけて帰りなさいね」

 チャイムにせかされ、あつめた草を籠に積むと、ふたりは少女に手をふった。

少女は、ものたりなさそうに、さびしげにふたりを見ている。校舎にむかって中庭をすすみながら摩子が小声でつぶやいた。

「あれって、つねられた痕だったよ」


「摩子はなんでこの学院に来たの?」

 あれからときどきフェンスの向こうをうろついている少女を見かけるようになった。金魚草が気にいったのか、花壇のちかくでよく見かける。目線は少女にむけたまま、玲美は訊いてみた。

「うーん。パパがさぁ、再婚することになって、なんか家にいづらくなったのよね。再婚相手って、わたしと十二歳しかちがわないのよ。とてもママ、なんて呼べないし」

「お母さんとは住めなかったの?」

 昼休みの自習室にはたいてい玲美と摩子のふたりしかいないのだから、そうする必要はないのに、玲美は声をひそめた。

「ママの家って北海道なのよ。横浜から北海道へ引っ越すなんて、しんどいじゃないの」

 摩子もまた、目は陽だまりのなかにうずくまる金魚ちゃんに向けたまま、陽気に笑った。

「それで、ここへ押しこまれちゃったんだから、世話ないよね。結局、いい厄介ばらいなのよね」

「そんなこと……ないと思うけれど」

 玲美は自分の言葉に自信がもてないのを自覚した。摩子のため息が、耳にじいんとくる。 

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