猫の目記念日はスパイスの香り

大梶矢比呂

第1話


 普段ならノータイムでツモ切ってもおかしくない二枚切れの南が手の中でやけに重く感じた。

 どこかに少しでも安牌のヒントが無いかと対面に座る高橋さんの表情を穴が開くほど見つめてみても、今の僕の眼力では、その挑戦的な笑顔から何か意味のある事を読み解くことができない。

 頭の中身を可能な限り回転させ牌の表面を右手親指の腹で執拗に擦りながら、この南が切れるという確信がどこかに転がっていないかどうか、僕は探し続けていた。


 「――ふふふっ。女子大生の表情や感情は一朝一夕で読み切れる程単純じゃないわ。どれだけ見つめようとも時間の無駄というものです。……まぁ、それでも――その上で私の手牌を読み切りたいというのなら、嘘をつけない河に切った牌の方を読んで下さいな」

 優越感からか、心底楽しそうに僕の一挙手一投足を観察している高橋さんの青い眼鏡の奥にきらめく瞳は、僕の手牌はおろか考えていることすらもまるっと見通しているように感じた。

 ……河を読めって? そんなことは今更言われるまでもなく既に何度となくやっている。牌の枚数や手出しツモ切りの別もちゃんと見ていた。その上で、僕の第一感では今ツモってきたこの南は大通しのはずなのだ。

 ……にもかかわらずこの右手が逡巡してしまうのは、つい先日の記憶がフラッシュバックのように僕の頭をよぎったからだった。


× × ×


 今となっては昔の話だけど、僕こと滝嶋優斗(タキシマユウト)は大学生の時に映像声優研究会というサークルに所属していた。そこは当時、大半のサークル員が麻雀を嗜んでいるような集団で、授業終わりにはとりあえずサークル棟にある部室に立ち寄り、先輩後輩関係なくメンバーを募っては大学近くの雀荘に繰り出すという日常を送っていた。

 これはどこの大学でもある程度そうだと思うけど、最寄り駅から大学までの道のりには門前町よろしく、学生向けの食事処や居酒屋、ゲーセンや本屋コンビニ等はもちろん、ほとんどの学生が卒業までの四年間で一度も立ち寄らないような謎の店までが所狭しと乱立するものだ。そして、その中でも大多数の学生が在学中はおろか、その後の一生涯も立ち寄らないだろう場所であり、同時に一部の学生にとっては大学の授業より熱心に通い詰める建物の一つが、いわゆる雀荘である。

 ざっと考えられる学生に人気の無さそうな理由を挙げるとすれば、煙草臭い、おっさん臭い、客層が悪そうというイメージに加え、賭博に使われることもあるという事から生理的に受け付けない人もいるだろう。いずれにせよ、ルールをよく知らない上に興味もないという学生が圧倒的多数なのだけど、そんな中で何故か僕のように映像声優研究会に集まる学生はこよなく麻雀というゲームを愛していたのだ。

 そんな放蕩大学生だった僕たちが日参していた雀荘の一つに「ゼミナール」という名前の店があった。大学から最寄り駅までの目抜き通りに面した好立地に立っており、席代も学生割引サービスを利用すればドリンク飲み放題がついてカラオケや居酒屋に行くより安上がりだったので自然と僕たちはそこに行きつけるようになったのだ。


 そんな風にして日々を過ごしていた六月のある暑い日、「ゼミナール」でバイトをしている後輩と卓を囲む機会があった。僕たちがボードゲームとしての麻雀にハマった醍醐味の一つに、学年という区切りを超えて先輩や後輩とも気軽に話をしやすいという点があると思う。話が得意じゃなくても、一緒にゲームをしながらであれば会話が無くなって苦痛ということもないし、素面だと言い難いようことも気楽に喋れるようになる。ある種の不思議な魔力のようなものが一緒に麻雀卓を囲むと発生するのだ。

 話す内容は往々にして大したことの無いもので、それこそ最近食べたラーメンの話から単位を落とした話、バイト先の愚痴など多岐に渡り、そのほとんどは今となっては覚えていない。だが、その日の後輩と話した内容は、色々な意味で今でも僕の記憶に鮮明に残っている。


 「滝嶋先輩、俺たちは普段あんま行かないっすけど、駅を通り過ぎてちょっと歩くとキャッツアイって雀荘あるじゃないっすか」

 東二局も八巡目と中盤に差し掛かった頃、対面に座った後輩は手出しで九索を対子落とししながら、思いついたようにそう切り出した。

 「うん? あぁ、まだ僕はいった事はないけれど、先輩から聞いたことはあるよ。ここよりちょっと場代高いらしいけどね。……で、それがどうしたんだ?」

「いやね、店の常連から聞いた話なんですけど、やけにかわいいバイトが長いことそこで働いているらしいんすよ。それがどうやらうちの大学の文学部三年の先輩らしくて、滝嶋先輩が知っている人かなと思いましてね」

 「おいおい、文学部ってだけじゃわからんよ。日本文学や英文学をはじめとして学科はいくつもあるし、史学科になると僕に知り合いなんて一人もいないぞ」

 「そっすかー、それは残念。もし知り合いだったら紹介して貰おうかなんて思ったり」

 お互いに軽口とツモ切りを繰り返しながら有効牌を待つ。後輩は早い段階で中牌を処理している上に手出しで対子まで落とすという派手な切り順だし、既に何かしらの手が入っていそうだが……。

 「まぁ、そんなに言うんだったら今度同期でも誘ってキャッツアイ見に行ってみるかな」

 そう言いながら、ツモって来た南を何の気なしにツモ切る。今の僕の手には不要だったし、まずまず安全牌だろうと高をくくって河に置いた瞬間。

 「おっ、その南ロンっすね。いやー、早い段階から形になって良かったっす。九索が迷彩になってラッキーでしたわ」

 不意にぱたりと倒された後輩の手牌は、綺麗に一九と字牌が揃った有名な役満だった。


 数日後、テストを間近に控えた下旬の蒸し暑い曇り空の下、僕は同期に声を掛け、いつもより少し長めに歩いて件の「キャッツアイ」という雀荘に向かっていた。

 「なぁ滝嶋、本当にそんなかわいい子なんているのか? だって雀荘だぜ?」

 「そうそう、店で呼んだ女子プロとかならまだしもバイトちゃんでしょ? 煙草臭い雀荘でバイトしたがる物好きな女の子なんて、今時そうそういないって」

 僕が一年の時からのサークルの同期である黒岩と白石は、あんまり気乗りがしなさそうなトーンでそう話しかけてくる。どうせ都市伝説か、後輩の作り話に過ぎないだろうと思っている事はそれだけで十分伝わる。

 「そんなの僕だってわかっているさ。でも文学部だって聞いたからには一度確かめておきたいじゃないか。……それくらいしないと、この前の国士の食らい損みたいだし」

 「おいおい滝嶋よぉ、麻雀覚えたての一年生じゃあるまいし……役満に振り込むなんて事くらい、これだけ毎日のようにやってれば珍しくもないだろ?」

 呆れたような声色で白石が僕を窘めるけど、実際に役満に振り込んだ時の衝撃というものは、何年やっていても慣れる気がしない。何か特別なダメージがある気がするのだ。

 「……僕は今年、まだ一回も役満に振り込んでなかったから、久しぶりで衝撃がでかいんだよ。 一昨日なんて夢にまでみたくらいにさ」


 連なってくだらない話をしながら駅を通り過ぎ、駅前の横断歩道を渡ると、雑然と立ち並ぶ総合ビル群。その中の、とあるビルの三階に雀荘「キャッツアイ」はあった。無機質な金属製の埋め込み式ポストがいくつも並ぶビルのエントランスを通り過ぎ、突き当りにある定員6名程の狭くうす暗いエレベーターに乗って無言で操作パネルを押す。少し剥げたようなエレベーターの壁面や、ところどころ黒ずんだ床面からすると随分な年代物という感じがする。やがて軽い耳鳴りのような音と、移動しているという感覚の後、エレベーター口の上の階数表示盤は3の文字を発光させ、到着のポーンという電子音とともに扉がスライドした。

 初めて来たビルだったが、構成は迷う余地がないくらいシンプルだ。エレベーターを降りてまず目に入るのは、緊急避難用上下階段の案内。右手側にはシャッターの閉まったタイ風マッサージ店、そして左手側に「キャッツアイ」があるだけだった。

 件の「キャッツアイ」の入り口は扉止めでずっと開けっ放しになっていて、そのためだろうか、エレベーターで三階に降りてすぐ濃い煙草の匂いが鼻につく。

一言でこの状況を表せば場末という表現になるだろう。店に入るまでもなくかわいい文学部の女子学生という噂の信憑性が疑われる程にだ。

 それでも一応と中を見れば、およそ十を少し超えるくらいの全自動卓があるようだったけど、まだ夕方の早い時間という事もあって、そのうち埋まっているのは二卓だけ。

 予想以上に後輩の話が嘘っぽいのでこれからどうするか僕たちはしばらく話し合ったが、やはりせっかく来たし、外がもう少し涼しくなるまで一旦入ってみるかという事で話がまとまった。


 「学生セットってありますかね?」

 じゃんけんで負けた白石が、カウンターで眠そうに漫画を読んでいた眼鏡の店員に話しかけた後に続いて店に入っていく。

 クーラーが強めに効いた店の入り口のそばには、フリー客向けの待合スペースとして麻雀漫画や椅子、灰皿が置いてあり、その横の自動販売機はコーヒーと炭酸飲料がラインナップの八割を占めている。この辺りはよくある雀荘といった佇まいだ。

 「学生セットですね。こちらにどうぞ。……三人用にしますか?」

 眼鏡の店員は僕たちをブラインドの下りた窓際の席に案内してからそう尋ねるが

 「あぁ、後から一人来るんで、このままで大丈夫です」

 僕たちは前持って決めておいた嘘をついた。今日「キャッツアイ」に来たのは噂の文学部の美人さんを確認しに来たのが主目的であって、卓使用料が「ゼミナール」より高いこの店でがっつり麻雀をやろうという気はない。その子がいて顔を見ることができればそれでよし、いなかったとしても三十分くらい店の雰囲気や居心地を見て、さっさと引き上げるつもりだったからだ。

 「わかりました。うちのルールは壁に貼ってありますんで、フリーに入る時は見てからどうぞ。ドリンクは?」

 「アリアリ三つで」

 店員はそれだけ聞くと、おしぼりを置いてカウンターに戻っていった。

 適当に席を決め、卓について熱いおしぼりを手に取る。外のうだるような暑さでじっとりと手汗をかいていたので、牌を触る前にしっかり拭きながら壁に貼られたルールに目を通す。

 リーチを掛ける事のできる点数状況だったり、白牌の扱いについてだったりの基本的なルールを読む限り、普段通っている「ゼミナール」と大差無いようだ。

 「アリアリ三つ、お持ちしました」

 一通り店のルールを確認したところで、先ほどの眼鏡の店員が人数分のコーヒーを持って戻ってくる。ステンレス製のマグカップに入ったミルクアリ砂糖アリのホットコーヒーは、ドリンクサービスのある雀荘で頼む飲み物の代表みたいなもので、大学に入ってから水と同じくらい口にしているような気がする。


 「……なぁ滝嶋。今あそこのフリー卓に入っている店のエプロン着けた子、あの子じゃないか?」

 温かいコーヒーを飲んで人心地ついていると、僕の右側の席に着いた黒岩が、テーブルの外でこちらに頭を寄せてそう耳打ちしてきた。

 「あそこのフリー卓?」

 黒岩の視線に合わせて既に埋まっていた二卓のうちの一つに目線を送る。そのカウンターからもっとも近い位置にある全自動卓には年齢も格好も違う人達がゲームに興じていた。

 一人は薄手のパーカーにジーパン姿で坊主頭の僕たちと同じ大学生風の男、一人はワックスで髪を整えたワイシャツ姿の三十手前くらいのサラリーマン風、一人はくたびれたジャケットとニットを被った六十は超えてそうなおっさん。そして、「キャツアイ」とお店のロゴが入ったエプロンを付けている、セミロングの明るい髪色に眼鏡をかけた女性……。

 その顔を見た瞬間に、「キャッツアイ」にかわいい女子大生バイトがいるとかいう噂は真実であると、たぶん誰よりも早く僕は確信した。

 サラサラとしたストレートヘアは、軽い髪色と相まって華やかな印象だが、掛けている青色の眼鏡と光を良く反射する理知的な瞳を見れば、図書室で詩集を読むのが趣味だといわれてもおかしくないような感じもする。

 外はもう完全に夏の陽気だけど、男性客用に空調が強く効いた室内に合わせたのだろう厚めの生地の服装は、肌の露出こそほとんど無いものの、彼女が少し眉根を寄せながら手牌と河を交互に見比べる表情は何とも言えず色気があった。

 「どう? お前の知っている人だった?」

 「……えっ。あ、あぁ、いや、……ちょっとわからない……かな?」

 ……正直に言えば、その女性の顔には見覚えがあった。しかし、それが僕にとってあまりに意外で、言葉に詰まってしまったのだ。実際に見間違いだと思ったし、遠目では人違いの可能性が捨てきれないので明言できないというのが正確なところかもしれない。

 「そうか。まぁ、文学部って一口に言っても、全部で千人くらいはいるんだろ? その中で知っている女子がたまたまこんな所でバイトしているなんて偶然、そうは無いってもんだよな」

 「……そうだね。もしそんな偶然が本当にあるとしたら、それこそ役満を和了(あが)る0.03%くらいの確率だと思うよ」

 「ははっ、なんだその例え。ソシャゲでSSR引くよりずっと低いじゃねぇか」

 ……麻雀店でバイトをしているかわいい女子大生が、たまたま自分と同じ学科で知り合いである確率を役満(0.03%)とすると、それ以上の共通項があるとすればそれをどう表現すればいいのだろうか。

 なにせ――彼女は、僕と同じ学科というだけでなく、六人しか所属していない教授のゼミでも顔を合わせる間柄でもあったのだから。

 

 彼女の名前は高橋有希(タカハシユキ)という。日本文学を専攻していて、僕と同じ中世の古典研究のゼミに所属している生徒である。眼鏡をかけた姿は学校では見たことが無いため、普段コンタクトレンズを使っているのか、それとも今伊達眼鏡を使っているのかの判断はつかないが、どちらも似合っているのは確かだ。

 人数の少ないゼミならではの連絡手段で、全員所属しているライングループで文字での会話はしたことがあるけど、彼女と個人的にやり取りをする程は親しくはない。せいぜい授業の後に教授が主催する飲み会で、一人で何本も赤ワインを空ける彼女の酒豪っぷりを茶化したことがある程度だ。

 残念ながらそれ以上の事……例えば、趣味だとか住んでいる場所とかは知らないし、ゼミ以外では顔を合わせる事も滅多にない。そんな彼女が、学校から多少離れているとはいえ、雀荘でバイトしているなんてゼミ生の誰もが思いつきもしなかっただろう。

 

 クラスメイトの見てはいけない一面を見たような気分になってしまい、声を掛ける気にもなれず牌を弄りながらそれとなく高橋さんの方を観察していると、しばらくしてトイレから出てきたポロシャツを着た恰幅の良い男が申し訳なさそうに彼女に声を掛けた。

 「いやー、突然代走を頼んですまんね。クーラーで急に腹の調子がね」

 「ふふっ、すぐに熱茶を持ってきますからお腹を温めてくださいね。――他のお客様も、飲み物やおしぼりが必要な方はいらっしゃいますか?」

 そう言いながらすっと立ち上がり、流れるように各テーブルのおしぼりやカップを回収しカウンターに運んでいく高橋さんの動きは堂に入っていて、雀荘のバイトの熟練度の高さが感じられた。……なるほど、確かに長い事働いているという噂も本当らしい。

 ――っと、危ない。一瞬、彼女と目が合ってしまい顔を俯かせる。別に何か悪いことをしている訳ではないのだけど、相手のプライベートに無暗に踏み込んでいるようで何となく気まずい感じがする。もう当初の女の子の確認という目標は達成できたのだから、約束していた一人が来られなくなったとでも言って店を出てしまおうかと考えていると

 「――あら? そちらのお客さん達はメンバー待ち? 良かったら待っている間、私が代走で入りましょうか?」

 あろうことか、彼女の方からこちらに近付いてきたのだ。

 

 「……おっ、おい、どうする? こんな展開は予想してなかったぞ」

 「どうするって言っても、雀荘に入っているんだから断る理由もないって言うか、断るのもそれはそれで変っていうか……滝嶋は?」

 「えっ、あっ、あぁ。……そうだな、ただ座って待っているだけってのも何だし……、僕はやっても、いいかな。……東風戦くらいなら」

 ……ちらりと彼女の方に目線を送る。これだけ近ければ間違えようもない。間違いなく高橋さんだ。向こうは僕に気が付いているのだろうか? 気が付いてはいるけれど、仕事中なので敢えて触れないということだったら、僕としても多少は気が楽なのだけど。

 麻雀卓の上で顔を突き合わせ、どうするかを小声でやり取りする僕らだったが、結局断る理由もないので、一ゲームだけ彼女に代走をお願いすることになった。

 「ふふっ、じゃあ少しの間だけよろしくお願いしますね」

 首を竦めてにこやかに微笑む彼女は、やっぱり僕が知っているゼミでの一見物静かで堅そうだけど喋ると意外に女王様っぽい高橋さんとは全然違った印象で、一卵性双生児の双子だと言われた方がまだ納得がいく気がした。

 彼女はそのまま空いていた僕の対面の位置に座って、両手の人差し指で全自動卓の操作ボタンを押し、東風戦の親決めの為のルーレットを始める。さすがこの辺りは店員らしく手慣れたもので、親ルーレットを二度振りした後、僕の左隣に座っていた白石が親に決まり、成り行きで高橋さんを加えた東風戦が幕を開けたのだ。

 

 東一局の配牌が終わり、自分の手牌を整理しながらツモを待つ。

 残念ながら最初の配牌は全体的にバラけていて、聴牌まで一筋縄ではいかなそうな手牌に見える。

 日本の麻雀で一般的なルールである親を二巡して順位を決める半荘戦と比べて、親が一巡で順位が決まってしまう東風戦では、一回和了(あが)れるかどうかが順位に大きく影響するため、手役の大きさというより手数の早さを重視する戦法が取られやすい。

 ……その点、この局の自分の配牌はどうにも速度で優位に立てそうに無かったので、次善の策である振り込まないことを重視して手作りをすることに方針を定める。


 「……ところで、店員さんはこの近くの大学生? そういう噂聞いたんだけどさ」

 何巡か経ったあと、セットならでは気楽さで笑顔の白石がそう会話を切りだした。

 無言のままでどこか重苦しく、居心地の悪さを感じるような雰囲気を変えようと気を使った白石のファインプレーであり、こういうちょっとした気遣いはなかなかできるものではない。

 「……ええ、そうですよ。文学部の三年生です。皆さんは?」

 「俺達も同じ大学の三年なんだよね。俺は経済で、向かいに座っている黒岩は商学部。それで店員さんの対面の滝嶋はなんと店員さんと同じ文学部なんだぜ」

 白石が、いくらかおどけたように僕たちの紹介をしたことでその場にあった緊張感のようなものが少し薄れた気がする。

 「まさか噂が本当だとは思っていなかったがな。しかし滝嶋、良かったじゃないか。今までは全くの見ず知らずの間柄だったとしても、同じ文学部だって言うなら授業が一緒になることもあるだろうさ」

 「あ……あぁ、そうだね。今度から大教室に入る時は気を付けてみるとするよ……」

 黒岩……お前も白石のように気を利かせようと思ったんだろうけど、その発言はちょっと……僕が困る。

 大人数教室ならともかく、六人しか受講生がおらず教授を中心にコの字型で向かい合って着席するゼミ教室で一緒である僕が、彼女を見ず知らずなんて言ったと思われればマイナスの誤解を与えてしまう可能性の方が高いじゃないか。

 「……へぇ。貴方も文学部なんですか。……じゃあ、どこかで一緒に授業を受けたことがあるのかもしれませんね」

 ……案の定、心なしか先ほどより彼女の声のトーンが下がり、眉間にしわが寄り、目がすぅっと細くなったような気がする。

 違うんだ、僕としては君を邪険に扱いたい訳ではなくて……むしろ君のプライベートを尊重してだね? と素直に申し開きができれば良いのだけど、さっき誤魔化した手前、白石達に今更ゼミの知り合いでしたとも言い出しにくい。

 頑張って頭脳をフル回転させてみても、僕が取り得る最善の選択肢はこれ以上傷口を広げないうちにさっさと東風戦を終わらせて店を出て、改めて高橋さんにラインで謝罪メッセージを送る事くらいしかない気がした。


 「それ、ロンです。役牌のみ千点」

 「うっわ、マジかぁ。もう俺の親終わっちゃったよ」

 ゲーム中盤、白石のツモ切った三筒が高橋さんへの放銃となり東二局へ。僕の対面の高橋さんに親が移ったタイミングで、彼女はサイコロを転がそうと伸ばした指を途中で止め

 「……そうだ、このままただ東風戦やっても良いんですけど、もっと緊張感欲しくないですか? せっかく大学が同じなんですし、順位でゲームすると言うのはどうでしょう」

 そう提案してきた。

 「ゲーム? ……まぁ、まだ点数が平たいから良いっちゃ良いけど……」

 「順位って事はラスの人が罰ゲームって事? 内容次第じゃね?」

 「……そうですねぇ。じゃぁ、四位の人は大学近くのカレーハウスで、辛さ七十倍の激辛カレーを食べるという事でどうでしょう。あんまり重くない罰ゲームってことで」

 営業用スマイルで彼女が提案した七十倍カレーはうちの大学では結構有名で、挑戦する人を見ることが一つのエンタメのようにもなっている。口に入れた瞬間、誰もが思わず口元を抑えてしまう程辛いカレーを食べた翌日はトイレから出られないと、僕も風の噂で聞いて気になっていた。

 「いやいやいや、あのペースト状の唐辛子みたいなカレーはちょっとじゃなくてだいぶキツいよね!? 君、優しそうな顔をして結構えげつない性格してんね?」

 「ん? 俺は別に良いぞ。まだそのカレーは食べたことがないが、辛いもの自体は結構好きだしな。……それに今一番負けに近いのは白石だから心配する必要もない」

 「……黒岩が空気を読めないのはいつもの通りだけど、ここまで挑発されといて大人しく引き下がるってのも違うなぁ。黒岩ぁ食った後、その余裕面とケツがどうなるか今から楽しみだぜ。――滝嶋もそれで良いな?」

 お互いにバチバチと睨みをきかせる白石と黒岩はすでにやる気のようだ。

 「……僕は良いけど、それ、たっ……店員さんが負けた場合もやるの?」

 「……ええもちろん。私に二言はありませんので。幸い、今日はもうシフト的に融通が利きますし、もし負ければそのまま直行するつもりです。――まぁ、観察眼が曇っているような方には負けない自信があるから提案しているのですけどね?」

 挑戦的に口角を上げ、真っすぐに僕を見返しながら高橋さんはそう言い切り、東二局のサイコロを転がした。

 ……これは、さっき僕がわからないと言ったことが彼女のプライド的なものを害してしまったのだろうか。最初に間違ってはいけないからと明言しなかったのが裏目だったかもしれない。だが、だからと言って今から誤解を解けるほど、僕は話術に自信もない。……僕ができる事はせいぜい、激辛カレーを回避し胃腸の健康を守るために必死に戦うことくらいだった。

 

 それぞれの思惑はともかく、罰ゲームが用意されたということで僕たちの手役作りは、より早く軽くといった方向に傾いた。しかし、鳴きつ鳴かれつ遮二無二に和了(あが)ろうとすると、逆に和了(あが)りが遠くなるのが麻雀の不思議なところである。

 結局、一度も鳴かずにどっしりと構えた黒岩がツモ上がりし、僕と白石が千点、高橋さんが二千点を支払って親番が回る。続く東三局は、起死回生のリーチを白石が放ったものの実らず、白石の一人聴牌で流局しオーラスの僕に親が回ってきた。

 三人が親を終えても点数としては依然として平たく、オーラスの東四局で和了した人がほぼ一位になるという状況。そして七十倍激辛カレーに最も近い位置で僕と高橋さんが睨み合っているという格好だった。


 迎えた最終局(オーラス)、僕以外の誰かがツモ和了りすればその瞬間に親番にいる僕の負けが確定する。激辛カレーによる消化器鍛錬をするのも嫌だけど、この前の「ゼミナール」での麻雀に引き続き、一方的に負けるというのも負け癖がつきそうだし何とかして避けたい。

 ――どうか、起死回生のチャンス手よ来てくれ。と念を込めてサイコロを回す。出目は七。対面の高橋さんの山に手を伸ばし、四枚ずつ配牌を取る。

 「――どうです? そろそろ焦りで胃が重くなってきました?」

 「僕が? 冗談でしょう。そっちこそ、もう徳俵に足が掛かっていますよ?」

 僕に掛ける言葉遣いこそ丁寧なものだけど、彼女も取り繕う余裕がなくなってきたのか、眼鏡の奥の全く笑っていない目や、柔らかさを欠片も感じないサディスティックな声色が滲み出てきている。それは、いつもの飲み会で酔ってきた高橋さんといった感じで、僕には逆になじみ深いものだった。


 鍔迫り合いのような会話を交わしながら、ツモって来た配牌を整理する。最初の四枚は全てが萬子。幸先が良いスタートだ。

 ……八枚、十二枚。時計回りに山から牌を引き手元で確認するたびに、好配牌で口元が緩みそうになるのを必死に引き締める。ここで迂闊に良い手牌が来ているという事を察知されてしまっては、こちらが十分な態勢になる前に局を流されてしまったり、甘い牌を手の中から出してくれなくなってしまうかもしれない。

 ……十六枚、十八枚。しかし、全ての配牌を取り終え手牌を整理している時には、思わず左手で口元を覆わざるを得なかった。――どうやら予想を遥かに超えたものに対して、僕はあまり冷静でいる事ができないタイプだったらしい。

 僕の目の前の手牌には、配牌の時点で積み込みを疑われるような十枚の萬子、それも一九が三枚ずつの暗子になっているというサービス具合。さすがにダブルリーチとはいかなかったが、これはかなり早い段階で聴牌にたどり着ける公算が高い。

 そして、その配牌は多少麻雀を齧ったことのある人間なら誰でも一度はチャンスがくれば狙ってみるものの、なかなか成就までは辿りつけない事で有名な役満――九蓮宝燈までもがすぐそこに見えていた。

 「……どうしました? 急に口元を隠して……勝負手でも入りましたか?」

 「いや、最近テスト勉強が続いて寝不足でさ。大口を開けてのあくびにならないように気をつけただけだよ」

 少し不機嫌そうに声を掛けて来た高橋さんは、僕の寝不足云々という言い分を全く信じていないような目つきでこちらをひと睨みし、すぐに自分の配牌に目を戻す。

 ちらりと左右に座る黒岩と白石に目を向けると、それぞれぱっとしない表情で手牌を並び替えていた。余程の好配牌である場合を別とすれば、ゲームの点数状況から言ってまずまず勝ち抜けが決まっているこの二人が、この場面でリスクを背負って速攻を仕掛けてくる可能性はあまり高くないだろう。つまるところ、この局は僕と高橋さんのどちらが早く聴牌を入れて相手にプレッシャーをかけられるかどうかが勝負の分かれ目になりそうである。

 期待と緊張ではやる気持ちを抑えながら、親の僕が南を切り出し、運命のオーラスが始まった。

 

 滅多にないほどの好配牌でスタートした最終局だが、予想よりも僕の手作りは難航した。開始から六巡の間ツモ切りを繰り返し、やっと一枚有効牌を引き当てた頃には既に中盤戦。

 幸いなことに白石や黒岩もツモ切りや不要な端牌整理が続いているようで、全体的にゆっくりとした立ち上がりだったのだが、ただ一人高橋さんだけが早々に端牌を切り終え、すでに萬子の中牌を切り出している。

 よもや僕の手を見通した訳ではないだろうが、最終的に僕の和了(あが)りになりそうな牌を的確に先切りで処理されてしまうと、内心焦りも感じる巡目だ。

 「……店員さん、随分手が早そうですね」

 「ええ、おかげさまで。残念ですがあのスパイスをふんだんに使った、ペースト状の激辛カレーを私が食べることは叶わなそうです」

 口調自体は先ほどよりも落ち着きを取り戻しているようで、喋っている内容や表情からはすでに僕に勝つ気満々という感じが伝わってくる。……早いところ親リーチをかけてあの余裕な表情に冷や水を掛けたいものだが――。

 ――そう考えながら十一巡目、そろそろ誰かが聴牌していてもおかしくない巡目で、とうとう僕の右手親指は九蓮宝燈の聴牌になる有効牌の表面をなぞった。

 緊張で震え、急激に冷たくなった指先で牌を取り落とさないように慎重に手牌の中に入れ、落ち着くように一つ息を吐いて、冷えてしまったおしぼりで手を拭いながら当たり牌を確認する。そして聴牌を悟られないように目線はそのまま、他家にプレッシャーをかけるためにリーチ用の点棒を取り出そうと左手でその表面に触れたところで手が止まった。

 九蓮宝燈はその名の通り、純正形の聴牌なら同じ色の一から九までのどれでも和了(あが)る事ができる。だが、僕が聴牌までこぎ着けたのは残念ながら純正という形ではない。そのため、和了(あが)れる牌が何かを慎重に見極めなくてはならないのだけど、何回当たり牌を読み直してみても、待ち牌は四萬の一種類しかない。

 この状況で親リーチをすれば、僕の一枚も萬子を切っていない河を警戒して、他家がど真ん中の四萬をポンと出す可能性がほとんど無くなってしまうだろう。他の面子に勝負を避けさせる目的でリーチを打つ戦法よりも、黙ったまま出あがりの確率を重視した方が勝ちきれる確率が高いのではなかろうかという閃きが頭の中に走る。

 ……ここはダマ聴牌だ。そう決断し、僕は手に残る最後の萬子以外の牌である六筒を切って黙ってじっと待つことを選択した。

 場には既に一枚、高橋さんによって数巡前に四萬が処理されている。また四萬のように和了(あが)りに繋げやすい真ん中の牌は、どんな役であっても手に残す場合が多い。甘く見積もって、まだ山に残っているとしても一枚あるかないかくらいだろう。

 それ以降ツモ切りで場を回す僕に不穏なものを感じたのか、白石も黒岩も萬子を避けて牌を切り始めたことで膠着状態になってしまいゲームは終盤まで縺れた。僕も内心、流局、そして延長戦を覚悟し始めた残り後二巡という場面で

 「リーチ」

 硬くてよく通る声を上げ、対面に座る高橋さんが点棒と一緒に九索を曲げて河に置いた。

 

 ほとんど流局が確定していたようなオーラスだったが、その高橋さんのリーチによってにわかに緊張感が増す。彼女の河は様々な牌が切られていて、何を待っているのか僕にはちょっと見当がつかなかった。もちろんゲーム終盤という事もあって、下り気味にゲームを進めてきた白石と黒岩には高橋さんの河に出ている現物の安全牌がたくさんあるだろう。振り込むことさえしなければあとは高橋さんが和了(あが)ろうが流局になろうが、どちらであってもこの局で二人が負けになる展開は無い以上、二人は素直に勝負から降りる選択をする。

 しかし、僕の場合は状況が違う。手牌にある萬子を安全牌として切って一度手を崩してしまえば再度聴牌できない限り、僕の負けだ。

 これでツモってくれと念じながら残り少なくなった山牌に手を伸ばし、親指の腹で牌の表面を擦る。残念なことにそれが字牌である事が一瞬でわかり、ノータイムで切ろうとした僕の手が嫌な直感を覚えて空中で止まった。


 ツモって来た字牌は南だった。

 河には既に、ゲームの最初で僕が切った一枚と白石が切った一枚が出ている。これで振り込む可能性は冷静に考えればまず無いと言っていい。仮にこの場面で南を引いたのが白石や黒岩なら……いや、きっと僕以外の99%の人間は南をツモ切るに違いない。だが、対面に座る高橋さんが九索でリーチを仕掛け、僕がその次のツモ番で南を引くという必然すら感じるような一連の流れは、僕につい先日の苦い記憶を嫌でも想起させる。

 改めて河をよく見てみれば、四枚場に出ている么九牌(一九字牌)はまだ一つもないという事実に、クーラーで冷やされた汗が背中を伝うのがはっきりとわかった

 「……どうしました? 私の当たり牌を掴んでしまったような顔ですよ?」

 「……いやいや、ちょっと嫌なデジャヴュを覚えただけなのでお気になさらず」


 語るに落ちているような気がしなくもないが、少しでもヒントが無いかと対面に座る高橋さんの表情を見つめてみる。しかし彼女は挑戦的に僕を見返して微笑むばかりで、役満を聴牌した気負いも何もない。僕には彼女の聴牌が高いのか安いのかすら見当がつかなかった。

 「――ふふふっ。女子大生の表情や感情は一朝一夕じゃ読み切れやしませんよ。それでも――その上で私の手牌を読み切ろうと思ったら、私ではなく絶対に嘘をつけないありのままの河の牌を読んで下さいな」

 苦戦する僕とは対照的に、心底楽しそうに僕の一挙手一投足を観察している高橋さんの真っすぐな瞳は、僕の手牌はおろか考えていることすらもまるっと見通しているようだった。

 ……河だって? それだったらもう既に何度も見返している。だが、河を見れば見るほどそこから十五センチ後方にある高橋さんの手牌が国士無双に見え、僕が南を切った瞬間に「ロン」と負けを宣告される恐怖がムクムクと湧き上がってきてどうしようもないのだ。

 それから、たっぷり一分ほどの時間をかけて考えた僕は――。


 × × ×

 

 「ん~、やっぱり休日は新しいカレー店訪問に限るわね。侮っていたけど、スープカレーも悪くないじゃない。鮮烈なスパイスが舌にビリビリくるわ」

 「……相変わらず、有希の胃壁がそんな真っ赤なカレー食べても大丈夫って言う事が僕には不思議でしょうがないよ。その半分の辛みでも僕はこんなに汗だくだっていうのにさ」

 「慣れよ、慣れ。それに、汗たくさんかいた方が、デトックスって感じでいいじゃない」

 ある穏やかな土曜日の昼下がり、テーブル席で向かい合いスパイシーなカレーに顔を輝かせている有希は、学生時代より髪を短めに切りそろえ、少し瞳が大きくなるようなコンタクトレンズをつけている。その見た目は丸の内あたりにいる仕事のできるキャリアウーマンといった感じに変わったけれど、麻雀を仕事にしていて、あの東風戦の後にハマったという休日の度に激辛カレー屋を巡る生活は、学生時代から本質的に変わっていない。

 ……あの日、勝負に負けた僕は、その後何とか罰ゲームの激辛カレーを完食したものの、あまりの辛さにダウンしてしまった。それを見かねた有希が、たまたま家が近いということで介抱してくれ、その縁で彼女とのお付き合いが始まったのだから人生はどう転がるかわからないものだ。

 「……何よ、いきなり遠い目をしちゃってさ」

 「いや、あの時僕が南を切って勝負に出ていたら、今みたいに一緒にカレーを食べたりする関係になっていたのかなって思ってさ」

 「ふふっ、残念だけどその展開は無いわ。きっとあの場面を何度繰り返したって、あそこで南を引いたら貴方は勝負を降りたと思うもの」

 「……なんでさ?」

 「簡単な話よ。あの時、ロマンチストの貴方が私の河から読み取ったものは、すぐそばにある私の手牌じゃなくて誰かに振り込んだいつかの記憶だったもの。安全な確率の方がずっと高いのにそのまま切らず、一度手に入れちゃえばあの南は切れなくなっちゃうわ。振り込むイメージが振り払えなくてね。あの時言ったでしょ? 観察眼を曇らせていると勝てないわよってね」

 真っ赤に染まったカレーを完食した後、甘いヨーグルト飲料を一口飲み、口元をポケットティッシュで軽く押さえながら事も無げに彼女はそう言う。

 あの時、穴が開くほど何度も見たと思っていた彼女の河だが、そう言われて思い返してみれば、本当に僕が見ていたのはリーチ宣言牌の九索と、過去の記憶だけだったのかもしれない。

 「参ったな……あんな短時間で性格まで読み切られていたなら完敗だよ。……確かにあの時の僕は、実のところ何も見えちゃいなかったんだろうね。河も、その先にある君の手も。……もちろん君自身の事も、さ」

 「ふふっ、私と貴方はゼミの授業であれだけ同じ空間にいたのにね。相手に興味を持っていたかどうかの差かしら」

 テーブルの上に上半身をやや前かがみにしながら身を乗り出し、下からいつもの挑戦的な笑顔で僕を見上げてくる有希。安い挑発だとわかっていても強調された胸元に自然に目線が寄ってしまうが、僕だっていつまでもやられっぱなしという訳にもいかない。ささやかな抵抗として背もたれに体重を預け、腕を組んで顔を背ける。

 「……当時の僕だって、君がドSな事くらいは見抜けていたけどね」

 「ふふふっ、でも今の貴方は同じ結果にならないかもね。何て言ったって、私の顔色や心情を読むことに掛けては、貴方はもう世界で私の母親に次いで二番目だもの。手牌より奥の、私の気持ち自体を読まれちゃいそうだわ」


 椅子に座り直し、いたずらっぽく笑う彼女に合わせたように、ステンレス製のカップの中の氷がカラリと音を立てる。香り豊かなスパイスの激辛カレーでかいた汗に空調の風が心地よい。

 時間の流れとともに読み取るべきものとそれに対する気持ちが少しずつ変わっていく。

 その始まりのあの日は、僕の大事な記念日だ


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猫の目記念日はスパイスの香り 大梶矢比呂 @gjwdmdaa

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