第28話

 ストンエイジの集落に連続して鳴り響く、耳を労する銃撃音。重低音でうなりをあげるその悪魔の銃から発射される銃弾は甲高い音ともに無抵抗なストンエイジたちの厚い鱗を削っていく。


「嫌な予感が的中したぜ・・」


 フランクは小さく呟き腰に差さったスコフィールドに手を掛ける。酋長の家から飛び出した『暁』とカイルが目にしたのはまさしく虐殺の現場だった。

 

 視線のその先、幌馬車からは皺を刻んだデイビスがクランクを回す一丁のガトリングがうなりをあげている。幌馬車の外では『暁』にも見覚えのある顔が見覚えのない表情でスプリングフィールドライフルを撃っている。彼の片目は眼帯で覆われ、もう片方の目には冷たい灯が灯っていた。

 ヒイロは呆気を取られた。一度会ったという事実すら失いかけた。あの時、列車の中で出会った彼の面影はもうない。エルヴォイドで初めて彼女に出会った時の自分が彼方に追いやられたように、彼は今、徹底的で容赦もないハモンドの一味として機能している。

 隣には同じスプリングフィールドを持ったハモンドの姿もあった。


『暁』にとって彼らは化け物ではない。自分と同じ、今はもう格下の悪党の、しかも残党にすぎない。更に言えば一度屠った相手だ。だがストンエイジから見るとどうだろう。誰もが臆するストンエイジの巨体でもうなりをあげる機関銃は化け物のそれだ。皮膚は硬質だが銃弾が貫けないほど硬質ではない。滝のように浴びせられる銃弾を受けて悲鳴を上げるストンエイジ。辺りに血が舞い地面に飛沫する。


 機関銃とは別の咆哮が空を裂いた。その場にいる誰もが声のした方へと向く。一人の勇敢なストンエイジがハモンドの一味を睨みつけ突っ込んでいく。機関銃は彼に銃弾の雨を浴びせるが死を覚悟したストンエイジを止めることは容易ではない。

 ここであえなく決着か。自分を犠牲に集落を救った英雄の誕生。岩の影から他のストンエイジが彼の勇姿を見守っていた。


「やってやれスコット」


 リックは声色一つ変えずにスコットに命令する。


「了解だリック」


 スコットは導火線の短いダイナマイトに火を点けるとストンエイジに向かって投げた。

 ここは採掘場。本来ならダイナマイトが扱われるのが人間界の常だ。だがストンエイジはダイナマイトの存在すら知らなかった。自らの力だけで銀を採掘していたのだから。投げられたそれを気にも留めなかった。昼下がり、太陽の光よりも強い閃光がストンエイジの前で放たれた。


 地面が揺れる轟音とともに全体の四割を岩で占める体が爆発四散する。いとも簡単に巨体は弾け飛び、岩の塊があちこちへ飛び散る。転がり落ちた無機物の塊。そうしてストンエイジは知る。自分たちはこの化け物に成す術がない。


「冗談じゃねぇ・・冗談じゃねぇぞ!」


 アレンはすぐさまレミントンを抜いた。他のメンバーも同様だった。だがこの距離からでは幌馬車は狙えない。


「おっさん、機関銃の男を狙えるか!?」


「・・ダメだ。奴は幌馬車から出てくる気配がねぇ。ライフルなら狙えたかもしれねぇが都合が悪かったな」


 なら地道に攻めるしかない。岩の陰に隠れながら前に出て行くしか手はない。

 ヒイロもヴィジェも確実に自分たちを狙ってくるガトリングを前に、普段のように飛び込めそうにはなかった。

 敗残兵の最大火力。消耗も何も気にはしない。弾薬も自分の命でさえもあの男たちはすべてここで出し切るつもりだ。

『暁』があの荒野で行った戦闘で、すべてを失った彼らに火を点けたのだ。


「おいてめえも突っ立ってねぇで戦え」


「悪いが別に報酬をもらわないと到底撃つ気にならない」


「このクソ野郎。状況見てからその大口叩きやがれ」


 だがカイルの持つ二丁のC96はそれなりの火力を持っている。なぜ彼が持っているのかは知らないがまだ世にも珍しい自動拳銃だ。アレンは仕方なく交渉を切り出す。


「二百でどうだ」


「五千だな」


「位くらい合わせろボケナス!!どこの馬鹿がそんな大金払うってんだ!もう少しマシな金額を提示しやがれ!!」


「三千」


「あー!?人の話聞いてたかー!?二百五十だ!てめえの望みの十分の一も叶えてやらねぇよ」


「じゃあ交渉不成立だ」


「・・・分かったよ千だ。それで手を打つってことでいいな?出血大サービスだ馬鹿たれ」


「二千五百」


「てめぇまだぼる気か!?千三百だ!それ以上は絶対に上げねぇからな!!」


「よし、それで手を打とう」


 こうしてカイルもC96を放ちながら戦列に加わる。だが『暁』とハモンド一味、両者にとって大事なのは人や弾の数ではない。統率だ。行動も目的も信念も命も共にすることが数を圧倒する。


 恐れをなしたストンエイジはもう射線上に出ることはないだろう。それでいい。残っているのは『暁』のみ。


「出てこいアカツキ・・」


 その時にはお前たちに一矢いっしをくれてやる。お前たちが望んだことだ。仲間を奪ってまで自分たちにさせたかったんだろう。この復讐を。ならばくれてやる。お前たちが望んだことでお前たちの望み通りに動き、お前たちの望まない結果を与えてやる。


 リックは機関銃の射線から外れて『暁』のいる方へと近づく。


「動くなリック!!」


 デイビスが叫ぶ。次の瞬間、リックの耳が激しい耳鳴りとともに吹き飛んだ。

 フランクの発砲。惜しくも眉間を貫くことはなかった。リックはすぐに岩の陰に身を潜めて耳を撫でる。手のひらにできた血だまりと痛み。それを心に刻みつける。


 岩の影から身を乗り出すとスコフィールドの銃身を片腕に乗せてこちらを慎重に狙うフランクが見えた。フランクにもリックの半身が見えていた。

 両者の引き金が引かれる。フランクの銃弾はリックの肩から着弾し胸を貫き、リックの銃弾はフランクの肩を貫いた。肺に焼き付けられる激痛。痛みどころの話ではない。意識すら飛びかけた。リックはどうにか持ち直し背中を岩に預ける。

 

 出血と息をしているのに息をしていない感覚。酸素は穴から逃げ出して、残るのはおびただしい血液のみ。自分の命はもって数分だろう。どうだっていい。ここに来た時点で自分の死は決まっていた。問題はどう死ぬかだ。刺し違えてでも奴らを全員殺してから死んでやる。

 幌馬車からは自分と近い歳の仲間も『暁』に向けて銃撃をしている。

 当たらなくてもいい。奴らに頭をあげさせなければそれでいい。あとは自分がやる。


 再び身を乗り出してさらに『暁』へと近づこうとしたリックは信じられない光景を目の当たりにした。自分の目の前にはハモンドが、父親が二丁の拳銃を手にゆっくりと『暁』に向かっている。

 動けないほどの重症のはずだ。立つのでやっと。だからハモンドはずっと後方にいるのだと思っていた。


「父さん!!」


 その足取りは重い。上手く体が動かせずによろけながらもハモンドは引き金を引くことをやめない。そんな父の背中をリックは目に焼き付ける。


「俺の背負ってきた信念をお前に教えてやる」


 ハモンドは口が聞けない。だがその背中にリックは父の言葉を聞く。


 ずっと父のやり方を認められずにいた。父は暴力だけでのし上がり、暴力だけで道を切り拓いてきた。もっと他にも方法はあるはずだ。相手も傷つかずに自分も傷つかない方法があるはずだとリックは模索していた。結局何も成せはしなかった。

 父は語る。銃弾をその身に浴びながらなおも進むことを止めずリックに語りかける。

 何かを成すということは、他人を傷つけても自分が傷ついても、一度決めたやり方を曲げずに一度決めたことをやり遂げることだ。

 父は猛獣のような鋭い瞳で『暁』を睨みつける。視線が外れることはない。後ろで見守る息子にも視線を預けない。

 気づけば後方にいた仲間たちはリックと同じ位置まで歩み寄っていた。


 死んでも殺す。殺すまで絶対に逃げたりはしない。それが砂塵のハモンドの一味なのだ。どこまでもまっすぐな殺意という意志が一つに合わさって今ここに砂嵐が巻き起こる。


『暁』も前に出るしかなくなった。相手のやり方は理にかなっていない。自分たちを殺すためだけに向かってくる。そのあとのことなど何も考えてはいないのだろう。この果てなき銃撃戦の後に誰が何人生き残るかなど考えてはいないのだ。全員ここで刺し違える気で確実に前に向かってくる。


 考えられる範囲で一番厄介な相手だ。


 最前線で銃創から、鼻から、口から血を噴き出すハモンドの前にはフランク・レッドフォードが立っていた。引き金すら引けそうにもないほど血まみれのハモンドの前でフランクは堂々と立ってみせる。そこに余裕はない。フランクは傷だらけのハモンドを驚異の一つとしてその目に焼き付けていた。


「驚いたかハモンド。お前の相手が俺だったなんて夢にも思わなかったろう」


 ハモンドはただ笑った。白い歯を赤い血で濡らしながら。


「結局現役時代にお前を捕まえることはできなかったが今ここで果たせそうだ」


 スコフィールドの照準をハモンドの眉間に合わせる。ハモンドもまた震えながら腕をあげてフランクの眉間に照準を合わせた。砂塵のハモンドが人生最後の引き金を引く。


 フランクの放った銃弾はまっすぐにハモンドの眉間を捉えた。対するハモンドは引き金を引くことができなかった。流れ出す血で拳銃さえろくに持てずに地面へと落下していた。

 ハモンドはゆっくりと膝から崩れ落ちる。リックはその背中を、敢然たる姿勢を崩さぬまま絶命する父の姿を目に焼き付ける。

 ハモンドが射線上に現れたので止まっていたガトリングは再びデイビスとともに咆哮しフランクを捉えていた。


「おっさん!!」


 豪速で飛んでくる銃弾の数々を躱すことは叶わなかった。その身にガトリングの弾を受けてフランクは地面に落ちた。『暁』は言葉を失った。全員が倒れ行くフランクに目をやり、数舜戦意まで失いかけた。対するハモンドの一味はさらに猛っていた。打ち倒すべき相手だけを捉えていた。

 如実に表れた意志の強さ。それが『暁』を圧倒する。


 ヒイロは意を決し前へと飛び出した。向かう先は自分と同じ瞳を持つリックだった。

 リックもそれを捉える。


 紛れもなく彼は障害だ。いつだったか自分は彼に言った。君が障害となるなら引き金を引くだろう。自信の有無で片付けることではない。今のリックにとって自信の有無などは関係ない。障害に向けて引き金を引く。それだけでいい。

 だからリックは引き金を引く。ソウドオフ・ショットガンを構えこちらに飛びかかるヒイロに向けて手に持った銃を咆哮させる。

 空中でもろに弾丸を受けたヒイロはそのまま転がり落ちた。ソウドオフ・ショットガンの引き金を引く前に被弾してしまった。迷いの無さで今のリックに勝るものはいない。それがコンマ数秒以上の時間をリックに与えていた。


 ヒイロの体に二発の銃弾が孔を空ける。白い地面を目に入れていたヒイロの視界が暗くなる。


「言っただろ?これがハモンド一味のやり方だ」


 ヒイロは鋭いリックの声を耳に暗闇の中へと誘われていく。



「おいおっさん起きろ!!ふざけてる場合じゃねぇぞ!!」


 アレンはレミントンを放ちながら動くことのないフランクの名を呼ぶ。残されたハモンドの一味を相手取りながらフランクには近づけない。アレンにとっては珍しく殺意の塊が真っ向からやってきているのだ。


 アーニャは何も言わなかった。ただ無心で引き金を引いていた。フランクがすぐそばで倒れていることなど今は頭の隅に追いやりたい。それに自分はそれを信じることができない。だから自分は前を向く。倒すべき相手に向き直る。

 未だ咆哮をあげる機関銃の射線の中、アーニャは敵の前に飛び込む。


「何やってんだアーニャ!!」


 自分の腕に銃弾が被弾する。撃たれることに慣れていなかったアーニャは痛みと声を奥歯で噛み殺しハモンドの持っていたライフルを拾い上げた。岩陰に戻る際、視界にフランクの姿が入った。彼は苦しんでいる様子もなかった。残されたのは一つの事実。彼の体は動いてはいなかった。

 今の自分には喪失感も何もない。悲しいと感じることもできずにいる。そうやって生きてきたから。偽りない涙の流し方だってとうの昔に忘れてしまった。

 ライフルを構えクランクを回すデイビスに向けて引き金を引く。


 慣れていないはずのライフルだったが銃弾はデイビスの喉と胸とを穿ち、ストンエイジを恐怖に震わせた機関銃の咆哮が止む。けど、まだ終わりじゃない。ここにいる全員を殺すまで終わりじゃない。それはきっとハモンドの一味だって同じだろう。死力を尽くし死に絶えるまで引き金に込める力を緩めない。



 立ち尽くすリックの背中に良く知った痛みが走った。肉を抉りながら背中を切り裂く牙の痛み。


「顔つきが、変わったな。鏡で、見てみるか?悪魔みたいだぞ、お前」


 痛みをこらえる。のではなく刻み付ける。倒すべき相手から受けた痛みを全身で理解する。


「・・・・君よりマシだ。サルーンにいた仲間の首を裂いた時はその醜い顔がもっと歪んでただろうね」


「・・・サルーン?」


「しらばっくれなくていい。全部知ってる。君がどういう人間かも、『暁』のやり方も・・僕をどう見ていたのかも。僕は君の望む敵になれたかな?」


「ああ。お前は、私の、敵だ」頷くキリングバイツは獣の目を光らせて牙を剥きだしにしながら続ける「だが、これは、望んで、いなかった。殺してやる。私の、全身全霊をかけて、憎しみを込めて、殺してやる」


「それも本望だよ」


 リックは素早く銃をドローし引き金を引くがキリングバイツの方が素早かった。牙が一番最初に刺した肩を抉り、絶叫するリックの膝に牙を突き立てるとそれを九十度捻った。なおもリックは拳を振り上げキリングバイツの火傷跡へと振り抜く。小さく軽い体がまっすぐに飛ぶ。

 切れた唇から出た血を拭いキリングバイツが飛びかかる。振り上げた牙はリックが突き出した手のひらに突き刺さり一時的に抜けなくなる。再びその顔に拳が飛ぶ。


 手のひらから抜いた牙とともに鮮血が舞う。痛みと痛みの応酬。互いが互いの痛みを感じている。

 血が飛び散り、肉が裂け、骨が折れ、歯が欠ける。引き裂き、殴り飛ばし、突き刺し、穿ち、抉る。


 リックと同様、殴打によって視界の狭まったキリングバイツの牙は致命傷を与えきれずリックの血肉を引き裂くだけだった。それでも十分すぎる傷をリックに負わせている。だがこの男は倒れない。その気配すらない。

 鍛えられていないリックの細い腕と細い脚は激しい威力をもってキリングバイツの体に打ち込まれ、決して倒れまいと自分の体を支え切っている。


 一瞬だけ、自分を切り裂くはずの牙が宙を舞った。リックにとっては最初で最後の機会。砕けた指が痛みを伴って開かれ銃を握った。

 褐色の華奢な腕を最大限の力で掴みキリングバイツの体を引き寄せる。銃口がその身に押し当てられる。それがどこなのかさえリックにはもう見えていなかった。


「・・執念の勝ちだ。君からもらった痛みがそれを与えてくれた」


 鳴り響く銃声の中、リックは息絶えた。

 生死の際を彷徨っていた体が役目を終えたと理解したのだろうか。

 目の前で倒れたキリングバイツを見下ろすように彼は立ったままで絶命した。

 

 残されたいくつかの銃声がやがてこの戦いを終焉へと導いていく。


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