第26話

「・・久々に困り果ててますよ」

 

「お前がそう言うなら確かにそうなんだろうな。まさかアインから弱音が聞こえてくるとは」


『暁』のアジトにはここ数日穏やかな時間が流れている。やかましいアレンやアーニャが数日ここに戻らず、物静かなイヴとレイナとヴィジェがのんびりと茶を啜る毎日。フランクはこの状況を良く思っていたが退屈と言えば退屈だった。探し物が見つかるまではアレンやアーニャがどこにいようと勝手だ。探し物が見つかるまでは一日はゆっくりと流れるだけ。

 探し人を頼んでいたアインはほとほと疲れ果てていた。誰に話を聞いても彼の姿は一向に見つからない。数日前、サント・エル・ロコで似たような風貌の賞金稼ぎを見たという話は聞いたが、賞金首は放置したままどこかへ飛び去ってしまったという。


「とんだ風来坊ですね」


「ああ、奴を超える風来坊は聞いたことがねぇな。現役の時の俺でさえもう少し町でゆっくりしてったもんさ。女に食い物に酒が待ってるからな」


「さて・・これからどうするか」


 アインは鋭い牙でレイナお手製のハーブクッキーをむさぼる。口の中に広がるハーブの香りを鼻から抜けさせた時、アジト入り口が途端に騒がしくなる。


「さっさと入れってんだのろま少佐!」


「なんだってこんな辺境の洞窟まで連れてくる必要がある!?さてはあんた血の契約を交わしたばっかか!?なら相手が悪すぎるぞ!奥にいるボスに伝えてやれ!ジャンゴがやってきたってなぁ!!」


「わけわかんねーこと言ってねぇでさっさと入れやぁ!!」


 直後、アレンの悲鳴と体が洞窟の中に飛び込んできた。中心部へと続く階段をゆうに飛び越えてアレンは宙を舞ってからフランクたちの座るテーブルに激突する。


「がぁっ・・!!クソ痛てぇっ・・!あんのやろうすぐにでも鉛玉ぶち込んでやる」


「ようアレン。どこいってたんだ?」


 アレンは仰向けのまま、椅子に座るフランクと目があった。そのままの姿勢でフランクに返す。


「・・・なんだおっさんか。妙な奴とお宝持って帰ってきてやったぜ。あの剣を売れば銀行強盗するよりも金が稼げそうだ」


「誰があんたにジャンゴを売らせるか!あれがなきゃフローディアがいずれ壊滅するんだぞ!」


「そんなもの、奪われて何十年も経ってるんじゃ、あろうがなかろうが関係ないだろ!手前はフローディアに必要ねぇってこった!もちろんこの『暁』にもなぁ!」


「アレンの方がよっぽど『暁』にいらないわよ」


「言うじゃねぇかこのアマ!」


 アレンはアーニャへと飛びかかっていくが、運の悪いことに運はとうに使い果たしていたようで、倒れた椅子の足がアレンの股間へと激突した。悶絶。あげる声すらアレンは失ってしまった。


 フランクはと対面する。何のめぐりあわせか、フランクは呆然としたまま彼の名前を呼んだ。


「お前さん・・ジャンゴか・・?」


「そういうあんたはフランク・レッドフォードじゃないか。どうしてここに?まさか、あんたまでグルだってのか?」


 なんとまぁ。薄汚いチンピラと美しい薔薇と底知れぬ青年と伝説の賞金稼ぎが全員グルだったとは。まったくしてやられた。

 

「アーニャ、そいつは客人だ。俺が探してた男だよ。手にかかってる縄外してこっちに連れてきてくれ」


「あら、そんなこともあるのねぇ。ほら、ヴァンパイアハンターさん。フランクがお呼びみたいよ」


 縄がナイフで断ち切られる。訝しみながらカイルはフランクの正面で腰を下ろした。


「なんだ、このクソ野郎とおっさんは知り合いだったのか?とりあえず一発だけぶん殴らせてくれ」


「知り合いってほどでもねぇよ。それよりこれから大事な話があるんだ。おとなしくしててくれ」


 アレンは中指をカイルに突き立ててから洞窟の奥へと消えていく。カイルは深くため息をついた後で背もたれに深く背中を預けて話を切り出す。


「あんたからお呼びがかかっていたとは。何か手に負えないことでも?」


「お前を呼ぶとき、理由はいつだって一つだろ」


「・・・吸血鬼か」


「ああ。うちらだけじゃ分が悪い。仕事の障害だ。頼まれてくれるな?・・報酬の話を?」


 カイルはかぶりを振る。


「いいや。吸血鬼に関しては慈善事業でやってる。金は受け取らない。俺にとっては仕事じゃない。ジャンゴの使命だからな」


「見上げたもんだ」


「だが、それ以上に何かを処理する必要があるってならもちろん報酬が発生する。あんたんところの部下たちは少々腕が立つようだから出番はないとは思うけど・・」


 フランクは煙草に火を点ける。紫煙が宙を舞う。


「そのあたりはうちでどうにかしよう。付いてきてくれればそれでいい。場所はドルムドの北、ケサン山脈だ。夜になる前に出発した方が良いか?」


「いいや、好きにしてくれ。あと、言い忘れてたことがあった。剣は返してくれよ?」


「・・・・・まぁいいさ。もともとあんたのものだ。仕事を依頼するってのに大事なもの奪ったまんまじゃいられねぇさ」


「交渉成立だな」


 二人は握手を交わす。これでようやくハモンドの一件が片付くというものだ。残党が残っていようともはや敵ではない。敵は今、吸血鬼のみ。それに対する天敵もここにいる。


 だがフランクは落ち着けずにいた。もうひと嵐吹き荒れる予感を感じていた。




「吸血鬼・・?なんだそれ?血を吸うのか?蚊の化け物か?」


「言ったろ?ハニー・バニー。フローディアの移民にとって吸血鬼の認識なんてこんなもんさ。いざ対峙した時には小便漏らしながら頸動脈を食いちぎられてるんだ」


 夕方過ぎ、『暁』の一行はケサン山脈に向けて出発した。長い道のりではある。到着はフランクたちの馬術を持ってしても夜が明けてからになるだろう。吸血鬼たちの行動時間外。明らかにカイルにとっては有利だがその分奴らを暗闇から引きずり出す必要がある。


「おっさんが手前を呼んだ理由が分からねぇぜ。こちとら化け物の相手は何回もやってる。悪いが手前の出番はねぇよ」


「言ってな。一番最初に死ぬのはあんただ」


 夜のフローディアは厳しい寒さを孕んでいる。湿気が肌の露出部分にまとわりつき、そこに穏やかな風が吹き付ける。一行はローブやコートを風から身を護るように深々と着込み悠々と道を進んでいく。先住民や野盗、化け物がいつ飛び出してくるかも分からない夜の道。

 異常な静けさが道行く人々の不安を煽るが一行は意にも介さない。ここにいるのはフランク、カイル、ヒイロ、アーニャ、アレン、ヴィジェといったそうそうたる顔ぶれだ。向かうところ敵なし。襲い来る相手が彼らの存在を認識していればの話だが。


「ところで、まだ吸血鬼やつらの特徴を聞いてない。風貌は分かるかフランク?」


「・・おっかなびっくり逃げてきた奴の証言をおっかなびっくりした奴から聞いただけだ。悪いが何も分からねぇ。話を聞くに暗闇でいきなり襲い掛かられたようだしな」


「良くある話だ」


「だが・・なんだって奴ら人気の無いケサン山脈にいるのかが少し疑問だ。もう少し人通りが無きゃ食い扶持だってありはしないんだろ?」


 なるほど。カイルは顎に手を置いて考える。

 吸血鬼の餌は人間のみ。彼らにとって食料とは重要なことではない。大事なのは生き血を啜ることだ。それが血の契約をしたものには絶対である。空腹で飢えない代わりに血には飢えるものだ。

 必然的に彼らは人気のある場所で潜伏する。


 ステインやバアクの場合は?

 おそらく用心棒たち、いや、町ぐるみで哀れな旅人をステインたちに提供していたのだろう。町が吸血鬼の手に落ちた場合に見られる光景だ。知られていないだけで珍しくはない。知った者は夜が明ける前に彼らの晩餐と成り果てる。排他的な町はだいたい裏に吸血鬼の影があるというものだ。


 ケサン山脈は奥地に先住民の住処があるが彼らは吸血鬼の餌になりえることはないし、先住民がいるからこそ人が近づくことは無い。


 どうも裏がありそうだ。

 カイルは何も言わず暗闇の中に目を凝らしていた。遠くでコヨーテの遠吠えが響いていた。





 ケサン山脈中腹の小屋。

 悪臭は外にまで立ち込めていた。淡いブロンドも混じる髭を赤黒い血で汚しながらジャコモはテーブルに置かれたハモンド一味のはらわたをむさぼっている。向かいに座るマデリーンは唇に付いた血を親指でなびる。妖艶な唇から一本の太く汚らわしい線が引かれた。


 光の入らない夜の小屋。日中は二人とも粗末な地下室で血と腐臭に埋もれながら愛を交わしあっている。


 ふいに小屋の扉が開かれる。二人は気にも留めずにむしり取られた腕から垂れ落ちる血を啜っていた。


「・・お食事の途中だったかな」


「いや。あんたがここに来てるのは分かってた。邪魔とは言わないがそれを置いたらとっとと帰ってくれ」


 男は咳ばらいをして鼻をつままずにはいられなかった。扉の前に大きなバッグを置くと目を細めながらジャコモに尋ねる。


「それはハモンドの一味か?」


「ああそうだ。一応腹掻っ捌く前に確認はしたがあんたの言っていたような奴は見かけなかったよ。奴らもいずれここへ?」


「そうだ。それがハモンドの一味なら確実にここへやってくるだろう。奴らは晩餐にしてくれるなよ?そのための報酬だからな」


「分かってるさ。俺らは言葉が通じない化け物じゃない。身体能力だけじゃなく、頭もあんたらより上だ」


 それはどうだろうか。男は品のかけらもない食事風景を見て思ったが声には出さなかった。血肉を啜る音、吐き気を催す悪臭。長くはいられない。男は早々にその場所を後にする。


 吹き込んだ冷たい風が少しだけ腐臭を緩和したが小屋はすぐに腐臭に埋もれる。

 マデリーンはバッグを開けてため息をついた。


「・・これっぽっちなの?」


「言ったろマデリーン。奴らは本命を求めてるんだ。それに、金がなんだってんだ。俺はもう金の価値を忘れちまったよ。この体さえあればなんだってできる」


「なんにしたってあたしたちには大金が必要よ。粗末な小屋はもううんざり。豪華なおうちを建ててそこで暮らすの。誰も邪魔が入らない豪華なおうち。あたしたちが欲しいのは腕っぷしの力だけじゃないでしょ?スマートに生きなくちゃ」


「それもそうだ」


「だから『暁』を殺してあげましょう。あたしたちならできるわ。人間には敵わない絶対的な血が流れてるんだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る