第16話

 日がウォレスの真上に昇るころ、ウォレスは一人馬車でサンタモレラの街に帰ってきた。「またのお越しを!」と書かれた看板を通り過ぎるとウォレスの鼻を香水の匂いと露店のチキンの香りが包み込んだ。街の喧騒はいつもと変わらず、あちこちで人の笑い声がしている。街角から聞こえてくるバンジョーの陽気な音色がサンタモレラの平穏を謳っているようだ。先刻までのウォレスには信じがたい光景でもあった。まるで自分がどこか別の国からやってきたようにも思えるほどに。


「保安官!」


 代理を任されていたレニーはウォレスの操る馬車が目に入ると人ごみをかき分けて駆け寄る。ウォレスの表情は重くもはや感情を表すことすらできないほどに疲弊しているのが見て取れた。


「無事でしたか・・!?あいつら二人は・・・」


「後ろにいるよレニー。俺のいない間苦労をかけたな」


 レニーは馬車の荷台に置かれた二つの棺桶を見てすべてを察する。


「・・デイヴ・・フリオ・・そんな・・」


「こんなことになるとは思ってなかったさ。奴らもそうだろう。全部俺の所為だ」


「いいえ、彼らは正義のために命を尽くしたんです。あなたの所為じゃない」


「いいんだ。よしてくれレニー。全部分かってる」


 街の活気とは裏腹に二人の間には重たい沈黙が流れる。レニーはかける言葉を浮かべられずにウォレスに切り出すことしかできなかった。


「・・それで『暁』の連中は・・」


「逃がしちまったよ。俺じゃあ到底かないっこない。得るものは無し、失うものは多し。一つ分かったのはその事実だけさ。人殺しや戦争の後にはその事実だけが残る。・・俺は引退するよレニー。次の保安官はお前にするよう上に言っとく。丁度星もどっかに無くしちまった。ここらが潮時なんだ」


「そんな・・自分はあなたの変わりにはなれない!サンタモレラの保安官はあなたしかいないんですよ」


 レニーの瞳を見つめるウォレスの瞳は霞みがかったように輝きを失っている。


「・・レニー。俺ぁもう疲れたんだ。近いうちにここを離れて家族の元へ帰る。いいな。話はそれだけだ」


「・・・・保安官!!」


 ウォレスは馬を再び走らせる。人々の喧騒の中で揺れる二つの棺桶の音がやけに響いてレニーに届いた。





「・・二人の勇敢な魂は安らぎの地へと導かれるであろう。父と子と精霊の御名において・・」


 サンタモレラ郊外の小さな丘にある葬儀場。青々とした茂みが広がり、墓に供えられた花がそよ風に揺れる。昨日から続く強い風は上空でうなりをあげる。風の音と牧師の祈りだけがその場を満たしている。

 ウォレスは一握りの土を二人の棺桶へとかける。そこには悲しみも涙もなく罪悪感による強い憤りがありそれがウォレス自身を責め続ける。

 お前は何のために戦っていたんだ。金のためか。正義のためか。フランクに道を正させるためか。いずれにしろお前は何も得ていない。それどころか何もかもを失ったんだ。まだ若い有能だった二人の命すら無駄にした。いい歳をしてなんてヘマをしたんだ。


「保安官殿」


 自責の念に駆られるウォレスの肩を牧師が叩く。保安官と呼ぶなと言いたかったがそれよりも先に「あちらの方が呼んでます」と遠くを指す方が早かった。

 牧師の指の先にはあの男が黒いコートを着込んで立っていた。最初に保安官事務所を訪ねたあの男が。ウォレスは土に埋められる二人の棺桶を後にする。


「・・すべてが終わったよ」


 自分の顔を見て歩き出した男の背中に向けてウォレスは呟くように言った。


「何もかも失敗に終わった。あんたのところの騎馬隊も全滅だ。すまなかった」


「・・・いえ、大した問題ではないですよ。こうなることも予想の範疇です。この地に蔓延る悪党を相手取るなら多少の犠牲も考慮しなくてはならない。その犠牲の先に得る結果が何もないこともね。それでも我々が立ち止まることは無い」


「・・そうか。俺は思ったよ。暴力の先には何もない。いい歳こいてようやく気付いたんだ。それまでは振るった力の先にはかならず何かがあった。罪人は縛り首になった。町の平穏は保たれることになった。だが長い目で見ればそんなこと大したことじゃない。巨大な山をスコップで削るようなモンだ。それどころかその上から土砂が積み上げられていく。それが真実だ」


 男は静かに笑う。


「それはスコップで山を削ろうとするからですよ保安官殿。小さな努力では何も成すことができない。平和なフローディアを作り上げるならばなおさらだ。道具を変え、人を増やし、掘る時間を増やし・・やりようはいくらでもある。我々はこの地にできあがってしまったクズとゴミとチリで出来上がった山を崩さなければならないのです」


「そうしたいのならそうすればいい。俺は降りる。このフローディアの地から離れて家族に囲まれながら最期を迎えるんだ。それで、こんなとこまでやってきて何か話があるっていうのか」


 目の前の男は立ち止まらずに続ける。すでに二人は葬儀場から離れ、辺りには木々が生い茂る人気の無い林までやってきていた。


「・・・家族のもとに帰る・・・ですか。残念ながらそれは叶いませんよ保安官殿」


「・・どういうことだ?失敗しようが成功しようが事が済んだらあんたらとは無関係だといったはずだ」


「第一に」


 男は立ち止まり人差し指を立てながらウォレスへと振り返る。


「我々の敵は『暁』だけにとどまらない。この地に蔓延る悪党すべてを根絶やしにするのが我々の使命です。そいつらに手を貸す人間も我々は決して許しはしない」


「何を言って・・」


「第二に」


 尋ねるウォレスに男は強く言い放つ。


「あなたは我々を裏切った。こともあろうに『暁』に手を貸した」


「・・・何を言ってんだ?俺は保安官だぞ!なぜ悪党に手を貸さなければならない!?自分の名誉を傷つけるようなことはしない!憶測で物をいうんじゃねぇ!奴らには逃げられたんだ!」


「憶測?いいえ。真実ですよ。そしてあなたは真実を嘘で塗り固めようとしている。山に土砂を堆積したのは紛れもなくあなた自身なのですよ」


「どうしてそう思うんだ」


「自分したことをもう忘れてしまったのですか?あなたはフランク・レッドフォードを撃ち殺そうとした我が同胞を撃ち殺したじゃないですか。その腰に下げたピースメーカーで」


「・・・なっ・・お前、どっから見てやがった・・!?」


「我々の提唱する様々なやりようの一つですよ。そうでなければ山は崩すことができない。それはそうとこれは立派な裏切り行為だ。あなたは悪党に加担した。我々の目的は悪を滅ぼすこと。あなたは我々の敵に回ったのですよ。お分かりかな?保安官殿」


「クソっ・・」


 ウォレスは腰からピースメーカーを抜く。しかしそれよりも速かったのは胸に忍ばせた男の二丁拳銃だった。いくつもの穴を空けて崩れ落ちるウォレスに男は銃弾が無くなるまで引き金を引き続けた。


「・・・・・さて。とりあえずは敵の正体が分かった。騎馬隊ポーンの消耗は少々痛いですが・・それだけでも十分としておきましょうか」


 男はウォレスの死体を後に林の奥へと歩いていく。




 


 同刻、フローディアのどこか。

 その洞窟は木々の生い茂る山中にひっそりとたたずんでいる。人の手の入らない山、もともとははるか昔に先住民たちが暮らしていたようだが今はその名残もない。洞窟へ続く道はなく、いくつかの目印を知っていなければその洞窟に辿り着くことはまずできないだろう。洞窟の入り口は東に面していて山中あちこちに生える針葉樹が不思議と陰にはならずに朝焼けの光を余すことなく洞窟に取り入れることから、ここで暮らしていた先住民は太陽を信仰していたのだとこの洞窟に住まう強盗団のボスは言う。

 ならば夜明けの文字を冠するその強盗団のアジトにはうってつけだろう。

 

「おかえりなさいフランクさん!!」


 洞窟へと入っていく『暁』を一人の少女が迎える。

 淡いブロンドに散見する淡い桃色の髪。さながら白桃のような色合いの髪を後ろでまとめた少女はエプロンから香ばしいスパイスの香りを振りまきながらぴょこぴょこと小さい歩幅を刻んでやってきた。


「しばらくぶりだなレイナ。随分会ってないような気がしたが元気だったか?」


「たった二週間くらいですよー。レイナがいなくて寂しくなっちゃいました?」


「ああ、なんせ前線に出る奴らは血の気が多いやつばかりだからな」


「そりゃないぜおっさん。俺は金の匂いがしても血の匂いはさせてねぇ」


「アレンさんにヒイロさんも!お久しぶりです!・・・ヴィジェちゃんは・・・」レイナはヒイロの後ろに回り込み未だに寝息を立てるヴィジェを一瞥する。「寝ちゃってるんですね。残念」


「うん。だいぶ疲れたみたいで馬の揺れでも起きなかったよ」


「ヒイロさんの背中が心地いいんだと思いますよ」


「・・・・嫉妬してる?」


 声こそ平坦だがヒイロはレイナの顔色を窺う。


「相手がヒイロさんなら全然平気ですよ。ヴィジェちゃんが起きたらアマツユソウの茎いっぱい摘んどいたって言ってくださいね」


「ああ、もちろん」


 ヒイロは洞窟の一番広い空間に置かれたソファにヴィジェを寝かせて毛布をかける。


「それで、フランクさん。どうなったんですか?」


「どうなったってのは・・・」フランクはコートをかけながら答える「仕事の事か?」


「そうじゃなくて・・」


「あたしがくたばったかどうかってことでしょ?相変わらず性根が腐ってるんだから」


 彼らから少し遅れてアーニャが洞窟に入って来る。


「あらぁ・・アーニャさん!姿を見かけないから今度こそ爆発四散したのかと思ってました」


「希望に答えられなくて悪かったわねレイナ。あんたの希望に答えないのがあたしの生きがいの一つなの」


「素敵な生きがいですねアーニャさん!年端も行かない女の子を捕まえて快楽に耽っているウォーターウッドヴィレッジのスレッジさんの方がまだマシだと思いますよ!」


「あのクソ豚男と並べてくれるなんていい度胸じゃない。なんならここでやる?受けて立つわよビッチ」


 フランクもアレンもヒイロも、おのおのソファに疲れた体をもたげて無言のまま天井を見上げる。そして三人が三人とも思うのである。「また始まった」


「育ちが悪いから口も悪いんですねぇ。哀れすぎて涙が出そうです。そんなことよりアーニャさん」


 ずい、とレイナがアーニャに歩み寄る。


「私の調合した神経毒を持って行ったの、アーニャさんですよね」


「何の話かしら」


「しらばっくれるつもりみたいですね。ま、いいでしょ。アーニャさんの程度の低さは良く知ってますから」


「だからあたしは知らないって」


「こんな言葉があります。目には目を。歯には歯を。毒を持ち出したアーニャさんには毒による制裁が待ってるかもしれないですね」


 そう言い残し洞窟の奥へと去っていくレイナにアレンは声をかける。


「おーいレイナ・・?頼むから食事に毒は仕込まないでくれよ?アーニャは自業自得だが俺たちまで巻き込まれたんじゃひとたまりもねぇからな」


 洞窟の奥へと消えていくレイナから返答はなかった。代わりにアレンの腹の虫が低く洞窟に響いた。



 



 『暁』アジト、洞窟の奥深く。照明も乏しい小さな空間で男が二人。

 フランクはコーヒーをテーブルの上に置き椅子に座る男と対面する。


「まぁ飲めよ。喉くらいそろそろ乾いてんだろう」


 対面する男はコーヒーにも目をくれずフランクに視線を向けたままだ。


「僕は・・俺は何も知らないですよ。殺すなら殺してください。何も得るものはないですから」


 フランクは自分の分のコーヒーも注ぐと一口だけ口にした後で言う。


「そうは思えないな。・・・リック・ハモンド。あんたサイモンの息子だろう」


 どうしてそれを?リックは頭の中でそう思ったが口には出さなかった。自分はこの男を知っている。父からその名前を聞いたこともある。捕らえられた強盗団のボスがまさかフランク・レッドフォードだったとは。父や自分の事を知っていて当然だろう。伝説の賞金稼ぎの頭には多くの悪党の顔と名前が刻まれているのだから。


「だとしても・・吐く気はないですよ。拷問にかけたって無駄です」


「拷問?」フランクは鼻で笑う「馬鹿言うなよリック。あんたに手錠も縄で縛ることもしてない理由を考えてみろよ」


 フランクの言う通り今、リックは椅子に座らされているだけだ。自分が座っているだけと言い直した方が良いかもしれない。


「手も足も声も震えてる人間に拷問なんかしたって寝覚めが悪くなるだけだ。だから喋ってもらうぜ。ケサン山脈に何があるのか。なぜ大量の武器が必要だったのか」


 リックは黙り込んだ。これ以上父の足は引っ張れない。この男がすべてを諦めて自分を殺すまでは頑なに無言を貫こうと覚悟を決めた。


「彼、口を開くつもりがないみたいよ」


 奥から美しい女性の声が聞こえてリックは顔をあげる。フランクの背中から足音も立てずに現れたブロンドの女性。イギリスの貴族のような胸の空いた白いドレス。首元では極彩色の首飾りが様々な光を放っている。

 父もよく似たような恰好をした女性をはべらせてはいたが、どの女性にも感じていた俗っぽさというものが彼女には感じられなかった。彼女の美しさは確かに目を引くものがあったが、それよりも彼女の耳が人間よりも大きいことにリックは疑問符を浮かべずにはいられなかった。


「分かってるさ。真面目なんだろう。銃よりも紙とペンの方が似合ってるからな」


 彼女はフランクの脇へと歩いていくとテーブルの上に浅く座った。香草の香りがリックの鼻へとゆるやかに届く。


「ねぇ、あなた、私たちが何から何まで知りたくてあなたをここへ連れてきたと思ってる?」


 とんだ思い違いよ。と彼女は笑う。


「あなたたちが狙っているケサン山脈からは銀が採掘できるの。それがサイモン・ハモンドの狙いでしょうね。でもそこは先住民たちの縄張り。あそこには確か・・ストンエイジの集落があったわね」


「ストンエイジ?あんなとこにも奴らが住んでたのか。聞いてないぞイヴ」


「言ってないもの」


「だったらなおさらハモンドたちが大量の武器を輸送したのかが気になるな。奴ら言葉が通じなくても話は分かる連中だろう」


「私が聞きたいのはそこよ」


 イヴが視線を向けたのが分かるとリックは顔を伏せる。


「問題はストンエイジじゃなくて別の何かでしょ?ここから先はあなたたちの損得には繋がらないはず。いったい何があったのか教えてもらえるかしら」


 


 ケサン山脈侵攻のためハモンドがドルムドの酒場を買い取ってから三日が経った日の事だった。偵察に出て行った一味の一人が血相を変えてハモンドの下にやってきたのだ。リックはちょうどその時ハモンドの後ろで帳簿をつけながらそのやりとりを聞いていた。


「他の連中はどうした?」


 ハモンドの取り巻きが彼に尋ねる。


「・・・やられた!・・全員やられたんだ!!」


 彼は息を切らしながら答える。あまりの大きな声にリックは帳簿から顔をあげると彼の顔はすり傷だらけで服は破れ血が滲んでいた。ただ事ではないことだと思うのに時間は一秒もいらなかった。


「あぁ・・?」


 煙を吐きながらハモンドが詰め寄る。


「やられた?やられただぁ?偵察に二十人送ったんだぞ?残りの十九人は死んだって言いてえのか?」


「ボ・・ボス・・せ、先住民じゃなかったです・・。奴らに岩の鱗なんて付いてなかった・・」


「だとしたらなんだってんだ・・?まさかお前、他の野盗どもに襲われたって言いてえのか!?」


「違います!!あれは野盗じゃない!!奴ら銃なんて持ってなかった!!」


「おい」


 ハモンドは取り巻きに視線をやる。取り巻きは男を囲み、偵察隊の真後ろにいた男は四十四口径の銃口を彼の後頭部に当てた。


「最初から最後まで嘘偽りなく話せ。いいな」


 男は震えながら首を縦に振る。


「・・山道を走ってすぐ・・たぶん中腹までも言ってない時だと思います・・。日も暮れるころ俺たちは集落を見つけました。この辺りではめったに見ないようなおんぼろ小屋ばっかりの集落でした。・・ボスの話ではもっと奥に先住民の集落があるとは聞いていたのですが・・とにかく俺たちはその村を散策することにしたんです」


 彼らにとっては都合が良かった。見るからに人気の無い集落。日も暮れてこれ以上前に進めない今、一夜を明かす屋根があるということが大変心強い。一通り村を周り誰もいないことが確認されると二十人の偵察隊は五つのグループに分かれ小さな小屋で一夜を明かすことになった。


「静かな夜でした・・不気味なくらいに。野鳥の声も風の音もしなかった。その代り月明りはやけにきれいで誰も明かりを灯さなかったんです」


 しばらくして彼から五十メートルほど離れた小屋から男たちの悲鳴が聞こえた。彼が起き上がったときには仲間は全員起きていてそれぞれが銃を手にしていた。

「何があった?」

 仲間の一人が尋ねる。

「さぁな、だが銃声はしなかった。心配はいらないと思うが様子を見に行った方がいいかもしれない」


 しかし、全員がそう思ったわけではなかった。銃声が無いのなら厄介ごとではないだろう。ふざけあったかデカい虫にでもビビったか。次に何かあれば動けばいい。馬鹿な付き合いに眠りを妨げられてたまるものか。

 声をあげた男以外はそう思っていたのだろう。

 小屋の中で引き金を引く余裕すらないままに全員が惨殺されたなんて思ってもいなかった。


「俺たちはそのまま寝てしまった。でも今考えれば全部間違いだった。気にしないことも銃を持って小屋に入ることも間違いだった」


「てめえ・・」


 ハモンドは片方の眉をあげて声を荒立てようとする。


「逃げればよかった!それが最善の方法でした!!全員が眠りにつくかつかないかってところで奴らはやってきた!一人、二人、三人、あっという間に殺されたんですよ!!奴ら銃も剣も使わなかった!!ものすごい力で大の男三人を投げ飛ばし構えたライフルを折り曲げて仲間の首に噛みついた!!」


 彼は悲鳴をあげることもできない仲間と正体不明の敵に散弾銃を撃ち込んだ。一瞬だけ闇夜に見えた敵は人間と変わらなかった。毛も鱗も存在しなかったが目の前に対峙したものは人間ではない。敵は散弾銃が当たったのにもかかわらず異常な速度で彼の元へ近づくとその胸倉を掴み小屋の外へと投げ出した。運が良かったのは投げられた方向はドアではなく壁だったことだ。強い衝撃と板が割れる音が体に強く刻み込まれる。

 彼は必死でその場から逃げ出そうとしたが踏み込んだ先に地面は無くバランスを崩して崖から落ちていった。幸い落ちた先が木の上だった。だから自分は生きていた。彼は怯えながら、舌も回らなくなりながらも言う。


「それで尻尾巻いて逃げ帰ってきたわけか。とんだ面汚しだな手前は」


「ボス・・!数そろえたってやつらには太刀打ちできない!たかが二人とは思うかもしれないですがたった二人で三十人の力に等しかったんですよ!奴らには機関銃が必要だ!その辺の銃じゃ傷すら与えられない!ここはエルパソじゃない!フローディアなんです!お願いです!俺を信じてください!」


「・・あぁ、信じてやるよ。お前の言う二人とやらにでくわした時には塵に返してやる。地獄で待ってるお前にあの時どうすれば良かったのか、俺が教えてやる」


 取り巻きはハモンドの合図で引き金を引いた。こちらを狙う相手に退くような人間はハモンドの一味として認めるわけにはいかない。死んでも殺せ。それがハモンドのやり方だった。





 リックは自分が聞いたすべてをフランクたちに話す。話し終えるころには目の前のフランクは気難しそうな顔をしていた。


「イヴ・・こいつは・・」


「納得がいったわね」


「・・・どういうことですか」


「ハモンドに殺された哀れな男の話は本当だろうよ。ただ間違いがあるとすれば、機関銃なんか持って行っても二回目の皆殺しにあうだけってことだな」


 リックは言葉を失いかけた。自分たちは例の二人組をハモンドの言葉通り塵すら残さないほどに殺せるだけの火力を用意していたつもりだったのだ。


「奴らって一体なんなんですか」


「こっから先はお前が知っていいことじゃない。・・・アイン、まだいるか!?」


 フランクが呼ぶとまたリックの下に見慣れない人影がやってくる。白いローブに身を包んだ男。赤と緑を基調とした鱗とも羽毛ともつかぬ表皮でで顔を覆われ、目は鋭く黄金色に輝き、開いた口からはいくつもの不揃いの尖った歯が見て取れた。


「はい、フランクさん・・・・おっと、客人がいるなら先に言ってください」


「客じゃねぇよ。人質だ。しかもハモンドの息子だよ」


「それは大手柄ですね」


「これからする悪い話がその手柄を打ち消してくれたけどな」


「悪い話というと?」


「吸血鬼だ。どうやらケサン山脈で狩場を見つけたらしい」


 アインは眉をひそめる。余程相手が悪いのだろうか、重いトーンでアインはまた口を開く。


「これ以上ないほどに悪い話ですね。それでどうするんですか?『暁』はまだ吸血鬼の相手はしたことが無かったと思いますが」


「そうだ。だから奴らに任せる気はねぇ。専門家を雇う。アインにはそいつを探し出してほしい」


「・・居場所が分からないと?」


「あいつはそこらじゅうをふらふらしているからな。決まった場所に身を置かないたちなんだ」


「なるほど。それで、さすらいの吸血鬼ハンターの名前は何て言うんですか?」


「珍しい名前だから覚えやすいぜ。名前のように人も変わってるしな。奴の名前は・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る