第15話
朝日が昇りはじめ、悲鳴の数も少なくなっていく。だがまだ終わりではない。延々と続くような地獄の中で自分以外の誰もが終わりを求めることなく目の前の敵を殺している。
ウォレスはライフルを構えることすら忘れ立ち尽くしている。
騎馬隊に立ち向かう『暁』の面々を見て底なしの恐怖に包まれている。
見えるかウォレス。
「南北戦争で死んだのは手前らの運が悪かっただけさ!だが生き返って俺らの相手をしようってのが間違いってもんだぜ!結局は同じことの繰り返しだからな!!」
馬の陰に隠れながらアレンは調子づいたのか再び口を開きながらレミントンを片手に不死身の軍隊を相手取る。彼にとって敵のステータスなどあまり自分には関係ない。誰が相手だろうが運が良ければ勝てるし悪ければ死ぬ。アレンは今最高にツイている。今この瞬間カードが出来ていたらバカ勝ちだったに違いない。少々燻ったが再びアレンは燃える。
穴だらけになる馬の体を飛び越えこともあろうに騎乗の敵に飛びかかり、顎に銃口を突き付けて引き金を引くと馬を見事に奪い取った。
「ハイディーホーゥ!白人よりも白い顔してかかってきな!!」
見えるかウォレス。
ミスノーバディことアーニャは銃ではなく奪い取ったサーベルを振るう。彼女は手段を選ばない。使えるものは何でも使う。多くの騎馬隊が落馬した今、その頭を狙い撃つよりは撥ね飛ばした方がいいと彼女は考えたのだ。銃筒に火薬を込める腕を横から斬り飛ばし、その首を切断する。
「あら、いい武器じゃないこれ」
銃も独学だった彼女に剣術など備わっているはずもない。踏み込む足は軽々と次の着地点を探しサーベルは風を切り、肢体を斬る。でたらめな剣捌きだが彼女の描く弧は美しく、鮮血はそのたびに朝焼けの空に舞う。それは彼女にしか成せぬ彼女だけの剣術とも言えた。
「騎兵隊さん」
片腕を失いピストルで彼女を狙う騎馬隊へとアーニャは駆けていく。騎馬隊は銃弾を失うとその場にピストルを捨て腰からサーベルを抜いた。銀色の弧を描き振り下ろされるサーベルはアーニャの振り上げるサーベルに当たり火花を散らす。
「近くで見ると意外にハンサムなのね。でもあなたもう少し笑った方が良いわ。頬を動かす筋肉が生まれた時からないわけ?地平線みたいにまっすぐにしてたっていいことないわよ」
二つの刃が拮抗する。隻腕の騎馬隊の力はアーニャが思っていたよりも強く、簡単に弾き飛ばすことは叶わなかった。
「笑うのよ騎兵隊さん。笑わなきゃ。こうやって」
アーニャは口角をあげて笑う。小さな犬歯が光る。だがその目は騎馬隊の目を捉えているだけで笑顔とはかけ離れたところにある。
騎馬隊はもちろん表情一つ崩さない。ギリギリと力をこめてアーニャのサーベルを力押しで跳ね除けようとする。だがアーニャのサーベルもその力押しには負けず拮抗し続ける。もはやか弱い少女の力ではない。騎馬隊はさらに力を込める。
だがそれはアーニャの策略だった。
アーニャはさらに力が加わったのを見計らい急に力を抜く。騎馬隊は前のめりになりサーベルの先は泥に取り込まれる。突き出された顔にアーニャの膝がめり込む。
「一つ聞きたいんだけど、本当に何されても痛くないの?」
騎馬隊は泥に落ちたサーベルを拾い上げようとしたが横合いから彼の鼻先へとつま先が飛んでくる。骨の折れる音ともに鼻から血を噴き出す騎馬隊がサーベルを掴む。痛みなどまるで感じていないようだ。
「あら、本当みたいねぇ。それじゃあ面白くないからさっさと終わらせましょ」
騎馬隊の振りかぶるサーベルも虚しく、その額へとサーベルが突き刺さる。引き抜いたアーニャはフランク率いる輸送隊の騎馬を眺めながら息をつく。
「まだ終わんないのかなぁ・・早く帰りたいんだけどなぁ」
見えるかウォレス。
フランクは愛用のスコフィールド銃を手に実に高い命中率で騎馬隊を
ウォレスは思う。賞金稼ぎだった頃のフランクよりも奴は腕があがっている。年老いて本来劣っていくはずの反射神経や視力は動きから見るにさらに向上している。遠目から見ても分かる。あいつはもう、
「・・人間じゃねぇ」
白い息とともに胸中が漏れる。彼から三百メートルも離れた馬上の騎馬隊に、動きっぱなしの馬の上からいとも簡単に次々と額に孔を空けていく。一発一発が確実に敵を殺しに来ている。それは騎馬隊も同様だがフランクは泥に足をとらせない馬術で立ち止まることは無い。先込め式のマスケット銃だからこそ無駄撃ちの許されない騎馬隊の多くが彼を撃てずにいる。
「アイン!うちの連中はどれだけ取られた!?」
「半分以上ですよフランクさん!相手を甘く見てたかもしれないですね!」
「甘く見るも何も正体が不明だったんだ!だが奴らも全滅しかけてる!気張れよ『暁』!!」
見えるかウォレス。
ウォレスは自分の問いに答える。
ああ、見えてるさウォレス。奴らは笑ってる。嵐の止んだ朝に奴らはまだ戦おうとしてる。終わりなど望んじゃいない。敵が全員死ぬまで奴らはその命を求めるだろう。
奴らの敵は全滅しかけてる。俺の味方が全滅しかけてる。まだ立っているのは誰だ。この美しい光が照らす地獄で奴らの眼前に立ち尽くすのは誰だ。
お前だよ、ウォレス。
見えるか、見えているかウォレス。奴が来るぞ。
奴を捕まえられるのか、フランク・レッドフォードを。
ウォレスはテレスコープ付きのウィンチェスターでその顔をその目に焼き付ける。
フランクは銃声の少なくなった今、煙草に火をつけてスコフィールドをホルスターに収める。
「アイン」
「なんでしょうかフランクさん」
「フランクでいいって言ってんだろ。・・まぁ、今はいい。この場を頼めるか」
アインは視線をフランクから外し、残りわずかとなった騎馬隊へと目をやる。
「・・油断さえしなければ自分たちで収められるでしょう。もっとも我々は最初から最後まで油断しませんが」
「その言葉、うちの若い連中にも聞かせてやりてえぜ」
フランクの視線の先にはウィンチェスターを持ったウォレスがいる。フランクは煙草を半分以上残したまま泥の中へ落とすとゆっくりと馬をウォレスのもとへ走らせる。
「フランクさん」
アインの呼ぶ声に立ち止まり、振り返ることなく返答する。
「なんだ」
「健闘を祈ってます」
「ありがとうよ」
「まだ生きてたのかウォレス」
堂々とした足取りで馬を歩かせるフランクはウォレスの元まで来ると馬から降りた。その手にはウィンチェスターが握られたままだ。
「お前を捕まえるのが俺の仕事だ。死ぬのは仕事のうちに入ってねぇ」
「仕事熱心だなウォレス。その割に胸のバッヂがないようだが」
ウォレスは視線だけ自分の胸元へと落とす。
「・・・さぁ。このドンパチでどっかに落としたんだろうな」
「なら今のお前に権限はねぇ」
「別にいいさ。保安官としての務めを果たすか、お前の昔の仲間としてお前がこうなってしまった責任を果たすかってだけだ」
ウォレスはウィンチェスターを構える。銃口を目の前の男に向ける。
「構えないのかフランク」
フランクは黙っている。自分を殺せないほど度胸のない人間でもないだろう。構えろフランク。お前はそういう人間のはずだ。
「俺にはお前を殺せないさウォレス」
静かに言い放ったフランクに、ウォレスは怒りが沸いた。奥歯をギュッと噛みしめウィンチェスターを突き出して声を荒げる。
「ふざけやがって。それは俺に対する侮辱だ。自分が何をやったのか分かってんのか?手前は今悪党なんだぞ。お前が散々殺してきた、殺されるべき悪党に成り果てたんだ!目の前に立ってるのはたかが数回ずっと前に飲み交わしただけの保安官だ!撃てない理由なんてねぇだろうが!」
「そうじゃない。そうじゃねぇさウォレス。お前を殺したら今までの金が全部無駄になる。お前が俺から勝ち取った何千ドルが意味も持たない紙切れになる」
フランクはポケットからコルクを取り出して掲げる。
「これを覚えてるかウォレス。後ろには日付が書いてある。運命のいたずらかなんだかは知らねぇが六月二十一日、今日の日付だ。十年前の今日、何があったか思い出せるか?」
ウォレスはフランクの手の中にあるコルクを見つめる。吹き荒れる雨上がりの強い風に乗って懐かしい匂いがウォレスの鼻を撫でた。安い酒の匂い、安い娼婦の匂い、紫煙の匂い。列車で見たあの夢の内容を覆っていたセピア色のもやが晴れていく。
そのコルクに日付を刻んだのは自分だ。割れたボトルの破片で小さく傷をつけたことを覚えている。
十年前の六月。忘れていいはずがない。愛する息子が生まれた月だ。
「・・・・ああ。二百ドルの理由が分かったよ。俺はお前との勝負にのった。馬鹿な話だ。前もロクに見えちゃいねぇのに後方に投げたボトルを撃ち抜けってんだからな」
「・・そしてお前は撃った。見事に撃ち抜いてみせた。だからお前は毎月の二百ドルを手にした」
「それだけじゃねぇだろ。金なんか大事な話じゃなかった。お前は町の人間に囲まれている保安官だった俺のメンツを立たせたんだ」
「・・何言ってんだウォレス」
「しらばっくれんじゃねぇ。あの時ボトルを撃ち抜いたのは手前だ。俺が引き金を引くタイミングに合わせてお前が撃ち抜いたんだよ。俺の銃弾は明後日の方向に飛んでいったはずだ。そのおかげで俺は保安官を勤め続けるどころかフローディアの入り口であるサンタモレラの保安官を任された。息子を立派な学校に通わせることもできた。本土で血や銃弾とは無関係の人様に誇れるような仕事についてもらうためのな」
「・・そうだな。だから俺はお前を撃てない。父親のいない息子にはしたくないんだ。分かるだろ?」
「手前には酔っぱらってる最中にでかい借りを作っちまったらしいな」
ウォレスはウィンチェスターの構えを下げる。
「今回は見逃してやるよフランク。何があったのか、何をやってんのかも聞かねぇ」
「答えるつもりもねえさ」
安堵するフランクは再び煙草を咥えて火をつける。
「だが、次会う時はお前を捕まえてやる。お前の選んだ道が間違っていることには変わりはねぇ。政府から懸賞金がかけられねぇうちに足を洗っておくんだな」
フランクはウィンチェスターを肩に下げてその場をあとにしようとする。その背中を見ながらウォレスは背後に人の気配を感じ、素早く後ろを振り返りピースメーカーをファニングする。
銃弾は下半身を失いつつもフランクにライフルを向ける騎馬隊の額に命中した。
「やるじゃねぇかウォレス」
フランクは呆気にとられたような表情を見せた後でにこやかに笑って見せた。
「伊達にサンタモレラの保安官やってねぇさ」
銃声が止む、悲鳴が消える、命が潰える。すべてがフローディアの荒野から消え去る。ハモンドの一味を斃し、騎馬隊を屠った『暁』たちは歓声をあげることもないまま朝焼けに立ち尽くす。馬蹄が地面を蹴り、誰かからため息が漏れる。二度と動くことのない人間の体を朝日が照らす。一日の始まりとともにすべてが終わる。
ウォレスの前から過ぎ去っていくフランクの背中を『暁』が追う。
「ようやく終わったのねー!フランクあたしお腹空いたー!」
「よくこんな戦いの後で腹がどうとか抜かせるなアーニャ。俺はまだ自分が生きてるのだって信じらんねぇ。おい、おっさん!今日はありったけ酒を飲ませてくれ!酒で全部忘れてぇんだ!それから当分の間肉は出すなよ!死体をたくさん見た後で吐き散らかしそうだ」
「食事についてはレイナに言っておくんだな。それにまだハモンドの件が片付いたわけじゃねぇ。全部忘れる前にもう少し地獄を見てもらうぞ」
三人の後でウォレスの横を、寝息を立てて眠る傷だらけの少女を背負った赤い髪の青年が過ぎ去っていく。一瞬だけ合わせた目の思うところは知る由もない。
見えるかウォレス。
あいつは、一人孤独に戦っていた伝説の賞金稼ぎは今、仲間を率いて歩いている。顔をしばらく見なくなってからあいつに何があったのかは知らないが、あいつにもようやく家族ができたらしい。昔よりもたくさんのものを背負っている背中かもしれない。けれど少なくとも昔とは違ってその背中を支える仲間が奴にはできた。
見えるかウォレス。
あれが『暁』のフランク・レッドフォードだ。
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