第13話
人を撃つことには慣れている。そして人ならざる者を撃つのにも慣れている。そんなヒイロが前にするのはあまりにも無機質な相手だった。
恐怖も怯えも彼らには存在しない。流れ出る血は本物か。今までとは勝手の違う相手に地を踏みしめる脚も次第におぼつかなくなっていく。敵の中心へと飛び込み切り込んでいく役目のヒイロは今や敵の中心から離れざるを得なくなっている。
咆哮をあげるキリングバイツにも疲労が見えてきている。敵を屠ることなど容易かった獣は息を切らし、鋼鉄のごとき獣毛を突き破らんと放たれる銃弾を身に受け彼女の血が至る所で舞っている。
対する騎馬隊は実のところ酷い消耗状態にあった。彼らの多くが落馬し、足や腕の骨を折り文字通り泥水を啜っている。しかし腕が折れようが足が折れようが、背骨の骨が砕けようが、銃を持つ腕のある限り、引き金を引く指のある限り、彼らはその火を放つことをやめようとはしなかった。
その事実が傍目から見た優劣と実際の優劣を逆転させている。五体満足のヒイロやキリングバイツの方が
ヒイロはぬかるみの中で光を放つイーリアスの眼が先ほどよりもいっそう光っていることに気づいた。後ろを振り返ると同じ光がだんだんとこちらへ近づいて来るのが見える。
「・・フランクだ・・。もうあんなところまで・・・」
もう少しだ。もう少し生きていればいい。
向けられた銃を蹴り上げ、その向こうにある無表情の騎馬隊の顔へ散弾銃の引き金を引く。
アレンはハモンドの一味の死体からウィンチェスターを拾い上げて、寒さで感覚のなくなった足を踏みしめ泥をあげながら戦場を走り回っていた。
「なんなんだあいつら!!」
怖気づいた一味が車両の陰から体を出すのを待っていられる状況ではない。キリングバイツやヒイロが取りこぼしてくれた正体不明の騎馬隊は四、五頭の馬を引き連れドカドカと地面を揺らしながらこちらへと駆けてきている。
「当たってくれよ・・」
イーリアスの眼があるからと言って所詮闇の中の戦闘だ。自分はヴィジェのように夜に目が利くわけでもヒイロのように勇敢を履き違えた戦い方をすることもできない。人並みの技術が頼れるのは人よりも少しだけ運がいいことだけだ。
放った弾丸は騎馬隊の足を撃ち抜く。それでバランスを崩したのか騎馬隊は上体を一瞬だけ馬に預けたがすぐに何事もなかったかのようにアレンの方を向いた。
「・・・っはぁっ・・!・・っはぁっ・・!なるほどなぁ・・!冗談が過ぎるぜこりゃあ・・!!」
「なーに笑ってんのよアレン。そういう強がりはよしたら?そろそろおしっこ漏らしちゃってんじゃないの?」
隣を軽快なリズムを刻んで走るアーニャは含み笑いをしながら悪態づく。
「これが笑ってるように見えんのか!!冗談じゃねぇブチ切れてんのはお前らだけだ!!余裕ぶちかましてる暇があるならなんとかしやがれ!」
「ダメな男ねぇアレンは」
「クソ・・生きて帰ってきたらぶっ叩いて・・・」
アレンはアーニャの手元を見て絶句する。愛用のリボルバーはどこへやら。その手に握られているのはダイナマイトだった。
「・・なんだそれ」
「落ちてたから拾ってきちゃった。こっちの方が手っ取り早そうだし」
アーニャはジャケットの胸ポケットからマッチを取り出し、太もものホルスターでそれを擦ると導火線へと火をつける。
「おいそれまさか今すぐ投げるってわけじゃ」
「ぴんぽーん大正解」
アーニャは追ってくる騎馬隊を一瞥するとタイミングを見計らってもう間もなく爆発するというところでダイナマイトを放り投げる。それはまるで地雷のように馬の前足が着地したところで大きな閃光をあげた。
アレンは爆風に煽られて深い泥の中へ体を突っ込まれる。
口に入った泥を吐き出し、急いで後ろを振り返るとそこには真っ黒に焦げた馬か人間の一部が煙をあげていた。
土煙の中にアーニャの姿はなく詰まった息を吐きながらアレンは遠い目をする。
「・・チッ。あいつ味な真似しやがって。フランクたちには良く戦ったって言ってやるべきかね」
遠くを見据えるアレンは平手で後頭部をはたかれる。
「まだ生きてるんだけど」
顔に付いた泥を拭いながらアーニャはアレンを見下ろす。
分かり切ったことではあるが「・・・チッ」彼には悔しさと直後もう一発頬に放たれた平手打ちの痛みが残った。
一方のデイヴとフリオは異常な高揚感の中にいた。良く言えば恐れ知らず、悪く言えばその場の状況を分かっていないだけだ。今の彼らには数十メートル先で咆哮をあげるキリングバイツさえ少々大きい犬くらいにしか見えていなかった。
しかしこういう時こそ、そうであるべきなのだ。命を顧みないなら尚の事、すぐ隣にある死からも目を逸らし単純な行動にすべての考えを費やす。狙い、撃つ。その結果さえ彼らにはどうでもいい。冷静さを欠き狂気に飲み込まれる。それが場数を踏んでいない彼らにとって最善となる。
残ったハモンドの一味は運んでいた馬にまたがり、ある者は逃げ出し、ある者は果敢にも自分たちを襲いに来た奴らを始末しにかかっている。リックを失った一味の統率は今や角砂糖よりも脆い。もはや一味という単位ではなく目を疑うような光景を目の当たりにしたただの悪党崩れにしか過ぎない。
「ぎゃあっ」
ゆえにフリオが彼らの心臓を撃つのも決して難しいことではない。悪党崩れの相手なら慣れている。
「一発当ててやったぞデイヴ!」
「そりゃよかった!それで!?どこのどいつを仕留めたんだ!?」
「・・・・さぁ?」
どのみち立ちはだかるもの皆すべて悪党だ。なんのことはない。自分を肯定するフリオの右腕を銃弾が抉る。
「・・・
駆ける馬の行く先には赤い髪の青年が一人。自分と同じピースメーカーを構え今まさに引き金を引こうとしているところだった。フリオはすんでのところで手綱を引き馬をいななかせる。そのおかげでフリオは被弾を免れた。冷や汗とともに顔をあげる。
「フリオ!前向け!!」
うるせえ。
フリオは頭の後ろが冷たく凍り付きながらも怒りを覚えていた。デイヴに、デイヴ以外の何かに。
そんなこと、もうとっくのとうにやってる。自分はちゃんと前を見ている。分かっている。何を前にしているか。目の前の相手が何をやっているか。
ヒイロはソウドオフ・ショットガンで突っ込んでくるフリオに狙いを定めている。狙いを定めているという表現は正しくないのかもしれない。数秒後に彼が引き金を引けばフリオがひとたまりもなくなる距離だ。
「避けるんだフリオ!!」
それは無理だ。何を言ってやがんだデイヴ。奴の持ってる銃が見えないのか?散弾銃だぞ。暗く大きな穴が二つ付いた銃だ。肉を弾き飛ばし、骨を打ち砕く撃たれることを想像するだけで恐ろしい銃だ。
フリオは何も言えなかった。本能に従い馬上で身を縮めることしかできなかった。これから何が起こるのか何もしらない馬はヒイロの元へと突っ込んでいく。
「フリオ!!」
鼓膜を引き裂く銃声が響き、焼けるような痛みが体中を襲う。馬から弾き飛ばされ、体を吹き飛ばされたフリオはほんの数舜宙を舞い、決して固くないはずの泥の中に叩きつけられる。まるで鋼鉄の上に高所から叩きつけられたような衝撃だった。視界も思考も痛みさえも何もかもがはるか遠くへ飛んでいく。
それを一つの大きな手がつかみ取る。ごつごつとした手がフリオの手と意識を強く握った。
「がああっ!!」
思い出した痛みにフリオは喘ぎ嘔吐する。
「大丈夫かフリオ。しかしよくもまぁ逃げ出さなかったもんだ。大したタマじゃねぇか。俺の部下やってるだけはある」
しわがれた声が彼にとってやけに心地よかった。デイヴはその名前を呼ばずにはいられなかった。
「保安官!!」
「遅くなったなお前ら。こいつらに一泡吹かされちまっててな。悪いな」
ヒイロはやってくるはずのないウォレスの顔を見て怪訝な表情を浮かべるでもなくただ立っていた。
「どうした坊主。俺は撃てねぇのか?・・フランクの命令だろうな。馬鹿な頭やってるみたいだなあいつも。それが命取りになるってどうして理解できねぇもんなのかね」
「確かにあなたを殺すなとは言われている。・・けど撃つなとは言われてはいない。殺しはしないがあなたは敵であることには変わりない」
「敵?」ウォレスはピースメーカーを構えるヒイロに向けて、フランクのようににやりと笑う「ナマ言ってんじゃねぇ若造。お前じゃ俺の相手にはならねぇよ。さっさとフランクを呼んでこい。フランクのあとでお前の相手をしてやる」
ウォレスは屈んだままホルスターに手を伸ばす。こめかみから流れ落ちる汗に嫌な予感を覚えながら。
口では大層なことを言いつつも目の前の青年の力は未知数だ。目も当てられないような列車強盗をほとんど単身で行ったこと以外は。いずれにしろ景気のいい相手ではない。
銃を抜くことだけに神経を集中させたウォレスの数メートル先で泥が跳ねあがる。ヒイロはそちらの方へピースメーカーをファニングするとウォレスたちを一瞥してから闇夜に消えていく。すぐさまやってきた騎兵隊は頬と肩に空いた孔から血を流しながらウォレスたちの前で立ち止まるとヒイロが駆けて行った方へと馬を走らせる。
「・・あれが騎馬隊か?」
「ええ。おっかない連中です。すみませんが保安官、今は気にも留めたくない」
「・・・・だろうな。今は生き抜くことだけ考えてろ。ここから逃げたっていい」
「ですが保安官・・!」
「そうしたくないってなら戦え。ただし死ぬんじゃねぇぞ。まだ雑用がたくさん残ってるんだ。お前たちがやらなくて誰がやる」
二人は泥まみれの顔で笑う。
「残るなら死ぬな。銃を撃ってきた奴は構わず殺してやれ」
ウォレスは立ち上がりホルスターから銃を抜き出す。
「保安官はどうするんです?」
ウォレスは何も答えずに静かに息を吸い、数十メートル先の闇の中で揺れる光を睨みつけた。
「アレン、アーニャ!無事だったか!」
フランクの輸送隊は戦場へと到着するとすぐに騎馬隊へと散開を始める。フランクは泥まみれになった二人と対面する。
「もう少し早くは来れなかったのかおっさん」
「これで精いっぱいだったんだよ。厄介ごとが起こるのはもう少し先だと思っていたし、こんな事態になるとは夢にも思ってねぇ。状況は?」
「キリングバイツは敵の的、ヒイロはどこへやら、アーニャはブチ切れてて、俺は六歳のころに遊んだ時以来の泥まみれだ」
「悪かねえな」
「抜かせよおっさん」
「二人とも今は女の子みたいにおしゃべりしてる場合じゃないんじゃないの?」
「だな。アーニャ、敵はいったいなんだ?」
「こっちが聞きたいくらいよ。銃で撃たれても痛みを感じない不死身の軍隊。倒す方法は二度と銃が持てないように体を細切れにしてあげるってことだけ。心当たりはある?」
「いいやまったく。フローディアの開拓初期に戻った気分だ」
フランクは煙草に火をつけて大きく息を吐く。
「それじゃあ、仕事に片を付けようじゃねぇか。構うこたぁねぇ。『暁』の邪魔をする奴は全員撃ち殺しちまえ」
「・・・保安官以外は、でしょ?」
にやりと笑いながら指示するフランクにアーニャは後付けを加える。
「ああ」再び煙を吐くフランクは銃声響く闇夜に鋭い視線を向ける「奴の相手は俺に任せろ」
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