第12話

無数の銃弾に曝されるわけにもいかず、『暁』は岩陰へと隠れざるをえなかった。銃声はいくつも暗闇にこだましている。姿が見えるはずもない銃弾が彼らの目の前を、耳の横を足元を飛んでいく。

 

 ヒイロは岩陰に隠れながらソウドオフ・ショットガンに弾を込める。状況は決して良くない。そして良くない状況を切り拓くのが自分の役目だ。あの人もそうやって道を切り拓いてきた。ゆえに偉大なる開拓者だった。


「ヒイロ、私も、出る。タイミングは、お前に、任せる」


 キリングバイツはヒイロの意図を汲んだのか小さな体を覆うローブを脱ぎ捨て岩陰から身を乗り出した。

 



 迷う必要はない。目の前にあるもの、すべてが敵だ。

 岩陰から身を乗り出し、ヒイロは騎馬隊に向けてまっすぐ走り出す。


 自分の頬を銃弾が掠める。次弾が自分の右足を掠める。


 なるほど。彼らは雇われの身というだけでは事足りないようだ。少なくとも自分と同じようにいくつもの死線を乗り越えてきてはいる。

 まずぬかるんだ道だというのに馬のスピードがまったく緩まない。間違いなく一流の馬術をこの騎馬隊全員が身に付けている。それにこの暗闇の中だというのに銃弾の一つ一つが確実に自分を狙いに来ている。あらゆる状況の中で戦ってきた人間たちだろう。だがこれはどうだ。


 ヒイロは岩に飛び乗ると騎馬隊の中心めがけて体ごと突っ込んでいく。それが彼の普段の戦い方であり、役目でもあった。

 着地すると同時にソウドオフ・ショットガンが馬の頭を吹き飛ばす。馬にまたがっていた男は馬の群れの中で吹き飛びその頭を馬の脚で潰される。

 

 その時ヒイロに襲い掛かったのは銃弾でも馬蹄でもなく圧倒的な違和感だった。


「・・・・・どういうことだ」


 豪速で駆け抜ける馬の群れを躱しながらヒイロは自分の目を信じられずにいた。


 ショットガンの轟轟たる発砲音を気にも留めずに馬は走り続けている。落馬はおろかいななくこともない。何事もなかったかのように馬は自分の体を過ぎ去っていく。騎馬隊の後方にいた馬はヒイロの元へと振り返り、騎馬隊は表情一つ変えずマスケット銃をヒイロに向け放った。


 銃声とほぼ同時に銃弾がヒイロの右腕を抉って飛んでいく。


「ぐっ・・」


 すぐさま再装填する騎馬隊の胸へと今度はピースメーカーの九ミリ弾を放つ。

 まっすぐ飛んだそれは確実に騎馬隊の胸を貫いたはずだった。


 騎馬隊は一瞬だけ手の動きを止めただけで胸に空いた孔には構わずにヒイロへとマスケット銃を放つ。


 歯を食いしばらなければ耐えられぬ痛みとともに銃弾はヒイロの横腹を突き抜けていった。隣の男はすでにヒイロの頭へと狙いを定めている。


「くそっ」


 ヒイロは再びショットガンを抜き男たちへ駆けていくと飛び上がってその頭を吹き飛ばす。受け身を取った姿勢でピースメーカーを隣の男の頭へ向けてファニングすると男はようやく馬上から崩れ落ち、コントロールを失った馬はその場で立ち止まった。


 砂嵐のように頭を覆っていた違和感はやがて一つの答えへと導かれていく。


「こいつら・・人間じゃない」




 異変に気付いたのはキリングバイツも同様だった。ショットガンの銃声がしたというのに構わずこちらに向かってくる騎馬隊を見れば一目瞭然だ。

 こんなことではありえない。


「アレン、アーニャ、ハモンドの、一味を頼む。あいつら、様子が変だ」


「南北戦争の亡霊ってのはマジみたいだな。死ぬんじゃねぇぞキリングバイツ」


「お前は、自分の心配を、していろ」


 キリングバイツは騎馬隊を前に立ちはだかる。その手には牙をもっていない。あるのは身一つだ。

 キリングバイツにとってこの身一つこそ最大の武器であり、ヴィジェがキリングバイツと呼ばれる所以だった。


「全員、喰らい、尽くしてやる」


 ヴィジェは立ち止まったまま獣のように咆哮する。褐色の肢体には荒々しい毛が次々と生え、彼女の白い髪は急激に伸び後ろへとなびいていく。

 人間の中では極めて発達した犬歯は文字通りの鋭い牙に、獣のようにぎらついた琥珀色の瞳は闇夜も見通す本物の獣の目に。

 その獣の咆哮にさすがの騎馬隊も立ち止まる。


 人狼ウェアウルフ。彼女もまさしく純粋な意味では人ならざる者の一人だった。百四十センチもなかった彼女は三メートルもの巨大な獣へと姿を変え泥をはね上げながら騎馬隊へと襲い掛かる。

 

 巨大な爪が馬の腹を引き裂き、彼女へと銃を放つ人間を巨大な腕で薙ぎ払う。貨物車両まで吹き飛ばされた体はべしゃりと音を立てて泥の中に沈んでいく。普通の人間ならまず生きていることは無いが、生きていたとしても体中の骨はバラバラに砕けているだろう。


「・・なんだあれ・・」


 三メートルの巨大な化け物に身じろぎすらできないハモンド一味の耳が吹き飛ぶ。痛みと耳鳴りががなりつけるように彼の体を叩く。


「おい、どっち見てんだ。お前たちの相手はこっちだぞ。良かったなぁ、化け物が相手じゃなくて」


「クソが!」


「おせぇよ」


 構えたライフルがアレンのレミントンの放つ銃弾によって弾かれる。強引に開けられた胸に二発目の弾が被弾する。


「みーんなしかめっ面で嫌になっちゃうわねぇ。せっかく楽しいことになったんだから少しは笑わなくちゃ」


 アーニャは愛用の三十一口径を放ちながらゆっくり相手との距離を詰めていく。


「ここまで生きていたあなたたちにご褒美をあげる」


 アーニャはスカートの内側から大きめのナイフを取り出すと、胸元から下に掛けて大きく引き裂いていく。


「・・・な、なんだってんだ」


 車両の陰から男たちはアーニャを見つめる。なんて男の悲しい性(さが)だ。アレンはため息をつく。彼らに同情したわけではないがアレンはいつでも撃ち抜くことができたはずの頭を撃ち抜かないでおいた。


 ドレスがばさりと床に落ちると男たちの目が暗闇でも分かるくらいに大きく見開かれた。


 もはや下着とも大差ない格好に黒く丈の短いジャケットを羽織るだけになったアーニャ。その太ももで、腕で、ジャケットの裏で、小さな何かが遠くで光るイーリアスの眼の輝きに照らされ光が反射している。


「まだあんなに銃弾をもってたのか!」


 男たちは再び銃を構える。


「銃はあまり好きじゃないの。便利だけどね」


 アーニャは腕を振りかぶって男たちに何かを投げる。それが何なのか判別がつかないほどアーニャの投げたものは小さい。「・・・っ。なんか刺さったぞ!」射線上にいた男たちは小さな痛みを訴え始めた。


「構うもんか!さっさとあのクソアマを撃ち殺せ!」


「・・言うと思った。失礼な男たちね」


「・・・・な、なんだ、急に」


 男は腕に刺さったものが銀色の棘のようなものだとそこで初めて気づいた。取り除こうとも思わない小さな小さな棘。だがそれは大きな間違いだった。

 瞬間的な脱力。それはもうライフルが巨大な岩にも思えるほど、自分の腕は心もとないものに変わっていく。男はライフルを自分の意思とは反対に手放すことになった。


「どうした・・!?」


 車両の陰に隠れていた別の仲間が様子の変わった男を車両の陰へと引き戻し、震えの止まらない男の体を揺さぶる。


「ち・・力が入らねぇ・・息も・・・苦しい・・・なん・・だ・・これ・・・体中が・・・・痛い・・痛い・・痛い痛い痛い痛い!!!」


 男はとうとう泥の上に体をもたげ、バタバタと手足をその場で上下させながら苦悶の表情を浮かべている。


「レディに対して失礼な男は苦しんで死んじゃえばいいのよ。ね?アレン」


 もはやかける言葉もねぇよ。口の軽いアレンだがさすがにこの時ばかりは声には出せなかった。


「あとでレイナに礼を言っとけよ」


「なんか言ったかしら?」


「・・・・なんでもねぇ」


 皮肉の代わりに犬猿の仲である彼女の名前を出して火に油を注ぎかけたアレンはしばらく口を紡ぐことを誓った。





「・・少し遅かったみたいだな」


 フランクはイーリアスの眼を片手に、もう片方の眼の光と閃光のように上がる銃の火を見据えていた。獣と化したキリングバイツの咆哮を聞くに、相手はそこらの連中と同列には語れないものらしい。滅多に変身しない彼女が変身しているのだ。


「行くぞお前ら。うちの連中が面倒に巻き込まれてる」


 フランクが駆けだすと二十人足らずの輸送部隊が後ろに続く。ヒイロたちほど死線は潜り抜けていないが十分に腕のたつ者の集まりだ。輸送部隊はフランク以外の全員がローブを深く着込んでいる。馬の隊列は邪悪な魔術師の列のようでもあった。


「・・あいつら、何と戦っているんだ」


 ハモンドの一味ではまずないだろう。ウォレスが仮に騎馬隊を雇っていたとしてもそこまでの相手ではない。ヴィジェの変身は一つの指標だ。そうせざるを得なくなった時にしか彼女は能力を使わない。


「アイン、奴らが見えるか」


 フランクはすぐ後ろを走る男に聞く。


「ええ」そう答えるアインとヴィジェたちの距離はまだ二キロも先だった。「騎馬隊のようです。ですが見る限り普通じゃない」


「奴らが何かは?」


「いいえ、それは分かりません。少なくともではない」


「なおさら何も分からねぇな」


「急ぎましょう。分かっているとは思いますが嫌な予感しかしない」


「ああ。少なくとも厄介ごとに変わりはねぇ」


 フランクたちは馬に拍車をかける。もはや並みの馬術では追いつけないほどのスピードを出しながら戦場へと駆けていく。





「・・何が起こってやがる」


 一方のウォレスは線路近くの民家から馬を拝借し、戦火の間近までやってきていた。馬の体はこわばり、逃げ出したがっているのがウォレスにも伝わってくる。


「ここまででいい。もう戻れ」


 馬の手綱を離すと馬は来た方向へといななきながら帰っていく。

 前方を見据えるウォレスは自分の目を疑っている。ただの列車強盗が起こっているつもりだった。だがなんだこの有様は。


 至る所で死体が転がっている。さらに奥では激しいショットガンの銃声が響き大きな二足歩行の狼が騎馬隊の隊列をなぎ倒している。

 本能に従えばウォレスは逃げ出していたことだろう。だがウォレスはそうしなかった。

 あいつは・・フランクは何に関わっているんだ。『暁』とはいったいなんなんだ。


 疑問の答えは駆ける先にある。引き返してなどいられるわけがない。



 ふいにもう一つ、馬の隊列が駆ける音が聞こえてウォレスは岩陰に身を潜める。馬の数は二十頭ほど。旅団のようにも見えたがそれにしてはスピードも、その向かう先も不審なことが多すぎる。


「止まれ!!お前たちはなんだ!!あそこで戦っている連中の仲間か!?」


 岩陰からウィンチェスターの銃口を出し隊列に向かって叫ぶと旅団の先頭から聞き慣れた声がした。


「あんたには関係ねぇ!悪いがそれをぶっ放してもらっても構わねぇ!俺たちは先に進む!」


 ウォレスはライフルを構えたまま勢いよく立ち上がる。

 そして、首から下げたイーリアスの眼に照らされる良く知った男の名前を呟いた。


「・・・・・・・・フランク・・お前」


「・・ウォレスじゃねぇか。こんなとこで会うなんて奇遇だな」


 ひょうひょうとした声だった。しかしウォレスを見るその眼孔はずっと鋭い。


「やはり『暁』に関わっていたようだな」


「・・そんなこと今はどうだっていい。悪いことは言わねぇお前は帰れ」


「なんのためにここまで来たと思ってる」


「もう一度言うぞ。お前は帰れ。ここから先はお前が関わっていいことじゃない」


 ウォレスはフランクの馬の足元めがけ引き金を引く。泥の下から小さな煙があがった。

 フランクは何を言うでもなくウォレスを睨んだ後、馬を勢いよく走らせた。


「くそっ!逃げるんじゃねぇフランク!」


 ウォレスはすかさず二度三度引き金を引く。フランクはそれを意図的に躱したわけではないが銃弾はくうを切るだけだった。


「くそっ・・くそったれが!」


 ウォレスは岩陰から走り出す。フランクの向かう方へ。地獄と化した戦場へ。


 

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