第11話
「何かが、来る」
キリングバイツは向けられた銃口などお構いなしに視線を遠くの方へとやった。
『暁』に銃弾の雨が浴びせられようとしたその時、後方の車両から勢いよく騎馬隊が飛び出してこちらへと向かってきた。
「なんだあれは!?」
「騎兵隊か!?」
『暁』への注意がそれたその一瞬、ヒイロたちは上げていた手を素早く下ろして各々の銃をドローし、ハモンドの一味へと打ち込んでいく。
キリングバイツはリックの喉ではなく左肩へと
「こいつらが先だ!」
ハモンドの一味は次々とライフルの引き金を引き、車両の陰へと後退していく。その最中、横から飛んできた弾が一人の頭を撃ち抜いた。男は何が起こったのか分からないまま絶命しぬかるんだ泥の中へ倒れていく。
「くそっ!あいつらも敵だ!」
意気揚々とした馬の足音ともに騎馬隊が先込め式のライフルを前方にいる人間に向かって放つ。
古臭い銃だ。アレンは銃口をハモンドの一味に、視線は騎兵隊に向けながら思う。だが奴らは相当手練れらしい。古臭い銃だからこそそれが分かる。発砲から次弾装填までの速度、騎乗していながらの命中率。すべて並みの人間の能力ではない。
「・・奴らが例の連中みたいだぜ?なんだあれは?南北戦争の亡霊か?」
「どっちにしたって私たちの敵に変わりはないみたいだけど?」
騎馬隊の銃弾はこちら側にも飛んできているのが分かった。互いが互いに敵同士。まさに三つ巴の戦いだ。もはや列車強盗どころの騒ぎではない。小さな三勢力の戦争ともいった方が正しいだろう。
「すごいことになってんな!!」
騎馬隊の一番後ろで二頭の馬に乗りながら男二人が近づいて来る。強盗でもなく、戦争の経験もない二人はこういう場には慣れていない。ある意味で死からは一番遠いところにいた。
「さぁ悪党ども!!素直に投降しな!!」
「尻の穴増やしたいってなら話は別だけどな!!」
星のない夜空の下で二つの星が煌めく。
「「サンタモレラの保安官補佐!デイヴとフリオのお出ましだ!!」」
「保安官、俺たちも列車に乗るって・・その間事務所はどうするんです?」
昨日、保安官事務所でコーヒーを啜りながらデイヴがウォレスに尋ねる。随分と突拍子もなかった。チケットを取って来たウォレスが開口一番「お前らも行くぞ」だ。自分たちには仕事がある。道案内に道案内、それから道案内・・他にもたくさん。便所を貸せだの、サルーンはどこだだの、三歳の息子が買い物中にいなくなっただの、いろいろだ。
「たった数日の間だ。腕利きのレニーに任せておく。ああ見えて奴は鉄道会社の会計係を任されたこともある。雑用ならお前らに任せるよりマシかもしれねぇな」
「酷い言い草ですね」
「そう思うならマシな仕事しやがれってんだ」
「それでチケットは?まさか自分たちで取ってこいなんて言わないでしょうね」
フリオが尋ねる。
ウォレスの手には一枚のチケットが握られている。逆に言えばそれだけだ。二人の分がある素振りすら見せない。
「お前ら二人分のチケットまで買ってる余裕なんてねぇよ。お前らは俺が手配した一番後ろの車両に乗っかる。乗客でなく、貨物としての扱いだ」
「保安官、それじゃああんまりですよ」
「何も意地悪がしたくてやってるわけじゃねぇ。後々の事を考えてだ。それにお前らだけじゃなく騎馬隊の人間も同行する。経験は向こうの方が上だが、雇ってるのはこちら側だ。立場もお前たちの方が上ってことになってる」
「じゃあ俺たちは騎兵隊の隊長ってことですか・・!?」
「・・・・・・まぁそう考えていいんじゃねぇか」
デイヴの眼は子供のように輝いている。祖父が南北戦争の小さな英雄だったことを考えれば理由は分からないでもない。
とにかく、二人分席代は安く済んだ。もちろん作戦の一環ではあるが金のウェイトのほうが大きい。いずれ大金が手に入るにしろ今のウォレスはケチにならざるをえないくらいには困窮していた。
数時間後、まだ静かな列車の前で同行する騎馬隊の面々を見て二人は思わず息を呑んだ。
十数名の少ない騎馬隊ではあったが、なんというか、顔に生気がない。それぞれが立派な髭を生やし、どこのものともつかぬ白い軍服を着ている。服装にも立ち姿にも乱れが一切なく、二人は精巧な人形たちを相手している気分だった。出来ることならその場から逃げ出したかった。
「・・よろしくお願いします」
デイヴは正面に立った男に握手を求める。が、男は握手を返さず無言で顎を軽く下げると早々に騎馬隊を連れ貨物室へと向かっていった。
二人は顔を見合わせる。
「本当に大丈夫なのか・・?」
列車の中は随分と静かなものだ。前の車両に乗っかっている馬の鼻息が間近で聞こえていると感じるくらいには。男たちはライフルを立てかけ、その場に座ったまま言葉を交わすことも無い。デイブとフリオは数分に一度汗を袖で拭うが、男たちは汗の水滴一つ浮かべることも無い。
こちらは安物のシャツ一枚、向こうは分厚い軍服だ。自分がアレを着ていたらとうの昔にへばっているだろう。
「どう思うよデイヴ」
「どうもこうも・・仲良くできる雰囲気じゃないってのは分かるけど」
「思うんだけどさ」フリオは特別声を小さくして言う「あいつら人間じゃないのかもな」
「まさか」デイヴは笑う「どう見ても彼らは生きてる。じゃなきゃ見えるわけないだろ」
「生きてるだけで人間って言いきれるか?俺が言いたいのは奴らがゴーストだとかそういう事じゃない。もっと不思議なことだ。フローディアにはそういうことがよくあるっていうだろ?」
「だとしても・・仲良くする必要はない。仕事が終わったら金輪際会うこともないはずだ。怖いのは今だけだ」
「怖い?・・なんだデイヴ?ビビってんのか?」
「お前だってそうだろ。『あいつら人間じゃねぇ』って疑うってことは彼らに恐怖してるってことさ」
「なんだと!!俺は怖がってなんかいねぇ!!こいつらが不気味なだけだ!」
立ち上がるフリオに軍服が一斉にこすれあった音が聞こえる。十数人の騎馬隊全員が二人をじっと見つめていた。
「あぁ・・・な、なんかごめんなさいでした」
デイブはフリオのズボンが濡れたことに気づいたが黙っていることにした。
そして夜も更けた数分前。
「起きろよフリオ」
デイヴは真っ暗闇の中、隣で寝息を立てていたフリオを起こす。
「なんだ、もう着いたのか?・・まだ真っ暗じゃねぇか。ドルムドに着くのは朝だって保安官が言ってたろ?もう少し寝かせてくれ」
「違う。寝るなって。なんだか様子がおかしい」
最後列の車両、ベッドはなくシーツの上で雑魚寝をしていた二人は辺りを見渡す。二人とともにこの車両で過ごしていた十数人の男が身を潜めて窓の外を覗いていた。
「なんだ?何があったんだ?」
二人が最初に気づいたのは列車が止まっているという事だった。心地の良い揺れだったからこそそれが止まったのは大きな変化ともいえるだろう。デイヴが目を覚ましたのは揺れが止まったからというのが一番大きい。二人は身を潜めながら窓の外を見る。
月明りのない真っ暗な荒野で月の代わりに一つの球体が光り輝いている。まさに月が地上に落ちてきたかのようだ。それにしては随分と小さい月だった。
そんな小さな月を挟んで数人の人間が対峙している。横一列に並んだ人間は手を上に上げ向き合う人間は銃を突き付けている。
まさに事件の真っただ中だ。騎馬隊の男の一人がこちらをじっと見つめている。まるで「どうする?」とこちらに問いかけているかのようだ。しかしその口はピクリとも動いてはいない。
二人はまず何が起こったのかを知る必要があった。犯人はどちらなのか?
単純に考えれば銃を突き付けているのが強盗側だろう。デイヴはそう主張する。
「逆にも考えられるだろ」フリオは対立する。「奴らは強盗に失敗したんだ。だから銃を突きつけられてる方が強盗側さ。もう全部解決してる。だから、」
「俺たちが出る必要はない。・・だろ?」
「分かってるじゃないか」
「お前はいつもそうだ。面倒ごとを避けたがる癖がある。もしそれで違ったとしてみろ。あそこの四人は俺たちが出なかったせいで撃たれて死ぬんだぞ。見てみろ、ひとり子供が混じってるじゃないか」
フリオは「嘘だろ?」と車窓から小さく身を乗り出す。そこには確かに身の丈が周囲の人間よりも低い子供が立っている。
「なんであんなとこに子供がいるんだ?」
「さぁね・・とにかくじっとしているわけにはいかない。あの子を助けるんだ」
「でも・・」
フリオとデイヴが話し合っている最中、騎馬隊の男たちは一斉に立ち上がった。全員が一つの脳を共有しているように何一つ乱れなくそのまま前の車両へと歩いていく。軍服のこすれあう音から足音まで十数人の出す音は一つのものに聞こえた。
異様な光景にデイヴは鳥肌を立てながら騎馬隊に声をかける。
「待ってくれ!まだ話がまとまっていない!」
男たちはデイヴの声に耳を貸さず馬にまたがり、マスケット銃に火薬を詰める。
「あいつら、何をするつもりなんだ」
「おい、デイヴ!」
車窓を覗いたままのフリオがデイヴを呼ぶ。
「まずいことになってるみたいだぞ!」
急いで窓を覗くとそこにはナイフを男の首に突き立てる子供の姿があった。男たちは次々にライフルを構え、まさに一触即発の状態だった。デイヴはとうとう混乱し始めるがじっとしているわけにもいかない。急いでフリオとともに馬にまたがり先に飛び出した騎馬隊の後に続く。
騎馬隊が飛び出したのが一つの合図になったのかすでに撃ち合いが始まっている。
「どっちにしたって今は仕事するしかねぇ。分かってるなフリオ!」
「分かってるさ!銃弾に怯えて漏らすなよ!」
「さっき漏らした奴には言われたくねぇな!!」
「あっ・・てめぇ!保安官には言うんじゃねぇぞ!」
二人は馬を勢いよく走らせる。随分と窮屈に思えていた車両から出た途端、二人には羽が携わったようにさえ思えた。
お構いなしにマスケット銃を発砲する騎馬隊。被害者か加害者なのかも分からない二つの勢力。三つ巴の戦いにフリオは大声で叫ぶ。
「すごいことになってんな!」
デイヴは歓喜しているのか恐怖しているのかともかく引きつった顔のフリオに言う。
「俺たちはこの中でも一番まっとうな立場にいる。分かってるな?俺たちは保安官補佐だ。それらしく仕事をしようじゃないか」
「オーライ相棒。じゃあまずは名乗りを上げる必要があるな」
二人はにやつきながら銃弾の飛び交う場所へと駆けていく。それから大きく息を吸うとデイヴから先に声をあげた。
こうしてフローディアの地で生まれた彼らは、初めて本当の意味でフローディアに足を踏み入れることとなる。
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