第9話

「おかえりなさいビリー」


 ステファンは自分の席へと戻って来たビリーに声をかける。しかし視線は窓の向こう、次第に離れていく給水塔に向けられたままだ。


「ただいま姉さん」


 無機質なビリーの返答。自分たちが偽りの身であることをあえて表に出しているかのような、自然な会話らしからぬ会話が続く。


「彼はどうしたの?」


「・・まだ貨物室の方にいる」


「問題になりそう?」


「いいや」ビリーは首を横に振る「むしろ残しておいた方が良い。・・フランクやイヴならきっとそうする」


「・・そう。じゃあそうしておきましょう。あとは全部片付けていいのよね?」


「うん。全部で八つだ。あくまで貨物室の方に限るけど」


「それが分かれば十分よ。あとはヒイロ君次第だし」


 ここに来て初めて彼の名前が呼ばれたことにヒイロは少しだけ驚いたように見えた。


「・・保安官は?」


「しばらくはおねんねしてるでしょうね。少なくとも事が終わるころまで」


「それは良かった」


「・・シェリフからしたら最悪以外の何物でもないわよ。これまでにないほどの屈辱を味わっちゃうんじゃない?これがきっかけで熱心に追いかけられたら困るんだけどなぁ」


 アーニャはウォレスの胸元の星を取って光を反射させる。くすんだメッキに彼女の顔が微かに映り込んだ。


「アレンたちはもう行動してると思う?」


「さぁーねー。ヴィジェなら行動してると思うけどアレンは列車に乗り遅れてんじゃないの?」


「どのみち合図はアレンが出す」


「そうね。一番しくじっちゃいそうな奴が合図係で良かったのかなぁ。アーニャちゃんちょっと心配なんですけど」







「ぃっくしょい!!」


「ひぃぃぃぃっ!!!」


「あーあー、ビビんなくていい。今のはただのくしゃみだ。悪かったよ。悪かった。だがよく考えてみろ。いくら状況が状況だからって『今からくしゃみするぜぇ、はっくしょん』なんてそんなバカみたいな真似ができると思うか?変なマネしなきゃあんたに危害を加えるつもりはねぇ。だからあんたがくしゃみしたいときもわざわざ『くしゃみをしてもよろしいですか?』なんて聞く必要はねぇからな。こういう時はお互い様だ」


 車掌室に脂汗を流し息も絶え絶えの車掌と喋りたがりの男が一人。二人の間には架け橋のように銃身の長いSAAがアレンの手元から車掌の頭に伸びている。


「な・・何を狙ってる?こ、ここに高価なものなんて」


「あんたは何も知らなくていい。それに俺はあんたよりもブツについては詳しい。だから何も言うな、何も聞くな。あんたに要求することはただ一つだ。今から汽笛を一回だけ鳴らして、三分たったらできるだけ早く列車を走らせろ。そうすればあんたも乗客も無傷で終点までたどり着ける。何か質問はあるか」


「聞きたいことだらけだよ・・」


「そのまま墓まで持って行くんだな」


 車掌は頭に銃を突き付けられたまま震える手で汽笛を鳴らす。豪雨の中、客席に届くかどうかの小さく短い汽笛を確かにアレンは耳に留めた。


「これで、いいんですか?」


「ああ、グッジョブだ。さて、あんたはその机の下にでも隠れてるといい。ちゃんとそのデカい尻も押し込んどけよ。ケツに銃弾食らうかどうかは、悪いがあんた次第だ」


 勘のいいネズミはすぐにでもここにやってくる。客車のドアを開けて車掌室まであと数メートルといったところだろう。


「連中、こういう仕事請け負う割には慣れてないようだな」


 いくらなんでも用心が無さすぎる。アレンは小さくため息をつく。

 二人の敵がこちらに向かってきているらしい。その姿はまだ見えないが自称・『暁』の中でも一番の常識人のアレンにも分かった。

 狭く静かな車内で大の男二人、急に立ち上がり足音を消すそぶりも無く、ずかずかとこちらに向かって来ようものなら耳さえついていれば誰にだって分かるだろう。隣でうずくまる車掌のように極度の緊張状態の人間は例外だ。

 何か怪しいと思ったのなら勝負に出ずに警戒するべきだ。カードで負けたくなければまずそれを優先に考える必要がある。それは仕事でも同じことだ。だからこそアレンは銃を取った。


「今夜は負ける気がしねぇな」


 車掌室のドアが思い切りよく開かれる。先頭を行く男は机の下でうずくまる車掌を見つけ眉をひそめた。


「・・何かあったのか?」


 キョロキョロと首を回す男のこめかみに銃口が突き立てられる。


「ノックはどうしたノックは」


 ドア脇に立っていたアレンはいつものようにへらへらと笑っていた。ギャンブル仲間が口を揃えて嫌いだという、勝利を確信した時の余裕の笑み。


「何だお前は・・こんなことしてただで済むと思ってんのか」


「まーだなんもやってねぇぞ。何も盗んじゃいない。誰も殺しちゃいない」


「屁理屈言ってんじゃねぇ。お前はハモンド一味にたてついたんだぞ。無事に帰れると思うなよ」


「・・・銃を突き付けられた男のセリフには聞こえねぇな」


「おい、どうした。ねずみでもいるのか?」


 男の仲間が後ろから尋ねる。警戒は声の震えになって現れていた。


「ああ。袋のネズミだ」こめかみに銃を突き立てられた男は横目でアレンを睨みつけながら笑う「俺の右側にいる」


 男の仲間は頷くと手に持った散弾銃をアレンのいる方へとむける。引き金を引き、車掌室の壁ごとアレンを撃ち抜く。そのはずだった。

 しかし男のこめかみのSAAは未だ固定されたままで散弾銃の特別大きい銃声の代わりによく耳にする拳銃の音が車内に響き渡る。

 散弾銃の男はよろよろと後ろに後退し、背中から線路の向こう側へと転がり落ちた。


「・・・・・てめえ」


「お前らの考えてることなんざお見通しだよ。二手三手先を読むのには慣れてる」


 アレンの右手の中のレミントンが散弾銃よりも先に壁に穴を開けた。銃口から出た硝煙が二人の体を撫でる。


「さて、今の銃声ですぐにでもお仲間がやってくるだろう。人質になる準備をしておけよ。両手は頭よりも上にあげて、さも助けてほしそうな顔をするのを忘れずにな」


「はン」男は鼻でアレンを笑う「俺を人質に?やめたほうがいい。時間の無駄だぜ。俺たちのボスを誰だと思ってる?あの砂塵のハモンドだ。ハモンド一味は徹底的にやるぞ。仲間の一人や二人簡単に蹴散らしていくだろう。ボスが通ったあとは塵しか残らない。今のうちに俺を殺しておくんだな」


 アレンは返事をするそぶりを見せずしばらく引き金に手を掛けたまま黙っていた。





 小さな汽笛を聞いたアーニャは小脇に本を抱えたまま静かに立ち上がる。同時に周辺の席に座っていた男たちはそんなアーニャとは対照的に勢いよく立ち上がり早足で前の車両へと向かっていった。アーニャは後ろ髪でそれを見送る。


「ビリー、あとはよろしくね。三分後にまた会いましょう」


 もう間もなく、この車両は阿鼻叫喚で溢れかえる。アーニャ自身はそれを求めているがアーニャの演ずる淑女はそれを求めていない。静かにまっすぐ歩き客車を出て貨物車両へと移動する。


 先ほどヒイロが貨物車両に侵入したせいか、入り口ではさっそく警備会社の男が待ち構えていた。他の車両とは違ってデッキに付けられた雨よけ用の屋根の下で、浅黒いスキンヘッドの男は非常に逞しい筋肉に血管を浮かべながら堂々とした顔つきで立っている。門番として彼を配置したのなら最良の選択と言わざるを得ないだろう。


「すまないがお嬢さん。ここは立ち入り禁止だ」


 顔つきから想像できた通りの野太い声だ。酒かたばこか或いはどちらともなのか、しゃがれた声とともに不快な臭いがアーニャの鼻を掠める。


「あら、そうなのね。・・どうして立ち入り禁止なのか聞いてもよろしくて?」


「いいやダメだ。ここはお嬢さんみたいな人が関わっちゃいけない人の所有物だ。その意味はよく分かるだろう?」


「・・ええ。もちろん。でもそうだとするとあなた、逞しい人なのね。危険な男から危険な雇い主の物を守るためにここにいるんですもの。私みたいな女はそういう危険なことに惹かれてしまものよ。・・今はここに一人でいるの?」


「ああそうだ。それが何か?」


「退屈してない?」


「・・・・何が言いたい?」


 男の堂々たる立ち姿が少しだけ崩れたのをアーニャは見逃さなかった。分厚い本を床に置いてから男に胸元を意識させるように立つ。


「もう少しだけ近くへ来て?」


 男はにやりと笑った。この女、見かけによらず・・。すでに頭の中に仕事の事はなくなって、ありとあらゆる下品な考えで埋め尽くされている。男は足音を立てずにゆっくりとアーニャの元へ歩み寄っていく。


「そんな慎重に来なくたって、この雨の中じゃ誰も気づきませんわ」


「そうだよな。なら激しくしたって問題ないだろ?」


 男はアーニャの手首をつかみ、その首筋をざらついた舌で舐めようとする。


「待って」


「どうした?今更やめるなんてできないからな」


「いいえ、そうじゃなくって。まず私からあなたの首筋にキスしたいの」


 男はアーニャに言われた通りに屈んでその首筋へのキスを待った。だが訪れたのは柔らかく潤いのある唇ではなく、硬質で鋭く研がれたナイフの刃だった。


「・・・っ」


 首へと突き刺さったナイフをアーニャはまるで動物を捌くかのように軽やかな手つきで動かしていく。そのたびに血がそこら中へと勢いよく飛び散っていく。男は叫び声をあげることもできずただ力強くアーニャの肩を掴むことしかできない。それでもアーニャはナイフを刺し続けるのをやめることはおろか緩めることもしなかった。

 男は必死で何かをしゃべろうと口を開閉させている。断末魔でも、殺してやるといった捨て台詞でもない。男はただ彼女に尋ねたかった。


『なんで笑ってやがる』


 引き抜いたナイフとともに男は音もなく崩れ落ちる。


「なんでって、楽しいからに決まってるじゃない」


 絹のハンカチでナイフを拭うと、アーニャは本を拾い上げて表紙をめくる。くりぬかれた分厚いページの中で三十一口径のリボルバーは静かに眠っていた。


「本の中には素敵なことが詰まっているもの」先ほどステファンが言ったセリフを呟いてからアーニャは貨物車両の扉を開く「ばっかみたい。現実の方がよっぽど刺激的よ」


 最初にアーニャと鉢合わせた男は彼女の顔を見て心を揺さぶられた。アーニャの美貌を前に手に持ったレミントンなど視界に入るわけもない。彼女が右手を挙げて銃を構えた時にそれに気づいたのではあまりにも遅すぎる。


「ばーん」


 まっすぐでクリーンな弾道とともにグロテスクな頭の中身が弾け飛ぶ。すぐに次の仲間がやってくるとアーニャは二発だけ弾を放ち、荷物の陰に隠れる。


「敵が現れた!!」


 残りの仲間たちが一斉にこちらにやってくる。アーニャは完全に身を隠し彼らからその姿は見えなかったが彼らは構わず撃ち続けた。


「もう二人やられた!!」


「それはお気の毒に。もう一人おバカさんが外で眠ってるけど」


 それにしても、客の荷物を預かっているというのにその荷物に構わず発砲するというのはどうなのだろうか。相も変わらずバカスカ無駄な銃弾を浪費しているアーニャは呆れかえる。

 だがこれでは埒があかない。顔を出せばすぐにでもこちらに向かって撃ってくるだろう。阿呆らしい行為とはいえ弾幕を張られ続けたのではこちらも手の出しようがない。弾切れということも考えてはみたが、どうやらここは武器庫らしい。しばらくは弾の雨が止むことは無い。それにそろそろ約束の時間だ。


 耳が割れそうなほどの音を響かせながら列車の窓が割られ、外から何者かが飛び込んでくる。男たちは突然の出来事にようやく引き金を引く手を止める。


「ナイスタイミング」


 窓の外から現れた人影は随分と小柄だった。どうしてこんなところに子供が?男たちは全員そう思いながら、今襲撃している敵の仲間であってほしいと願いながらライフルの銃口を褐色の少女へと向ける。少女が顔全体を覆うフードを外すと男たちから小さな悲鳴が上がった。


 キリングバイツ。『暁』の獣と恐れられる彼女の素顔は見るも無残なものだった。顔半分は酷い火傷の跡で覆われ、火傷のある方の片眼は彼女の髪と同じく真っ白ですでに目としての機能を失っていた。残された琥珀色の瞳がじろじろと彼女に向けられている銃口を見ている。


 ふいにアーニャが発砲する。銃弾がキリングバイツに視線を奪われていた愚かな男の頭にヒットすると同時にキリングバイツが素早い身のこなしで男たちの元へと疾走する。


「構わねぇ!!撃っちま・・」


 タスクと呼ばれる彼女のナイフが男の喉元を穿つ。素早くナイフを抜いて振り返り構えられたウィンチェスターを蹴り上げると、その後ろにいた男に飛びかかって喉元に牙を突き立て切り裂いた。ウィンチェスターを蹴り上げられた男は四つん這いになって明後日の方向へ飛んで行ったウィンチェスターを拾いに行く。


 彼はしっかりとライフルを掴んでいた。恐怖心からか必要のない力まで込めていた。蹴り上げられたときに感じた、少女らしからぬ、子供らしからぬ力強さ。

 まさに獣だった。人間にかなうはずのない獣の力を感じた。

 狩らなければ。それしか獣に反抗する手立てはない。彼がようやくウィンチェスターを掴むとその手を上からアーニャが踏みつける。


「残念でしたーまた来世」








 ヒイロの目の前には深い眠りについたウォレスが一人。アーニャは今さっきこの席を立ったばかりだ。今のところ車内には平穏で退屈な空気が漂っている。景色の見えない窓のカーテンは大半が閉められて乗客のほとんどが眠りについたのか近くから寝息が聞こえてきている。

 それほど遠くない席にいた男二人組がアーニャとは反対方向の車掌室に歩き出してから一分が立つ。ヒイロにとっては非常に長い一分だった。


『どうか何事もなく終わってくれ』心の中ではそういいつつも、自分たちは荒事を起こす側にいる。自分は心臓を震わす銃声を待っている。

 ヒイロが『暁』に加入してからまだ日は浅い。それまでは罪のない、ただの一般人だった。いや、それ以下の存在だった。

 自分は奴隷ではなかった。黒人でもなければ、淘汰されたインディアンでも、淘汰されるフローディアの先住民でも無かった。ただ自分が何者かを知らずにいた。


 小さな池のほとりで目を覚ました時の広く突き抜けたように青い空と、どうしようもないほどの空虚な感情、ほどなくして自分の顔を見下ろした一人の少女の顔を思い出す。

 ここに来るまでヒイロはたくさんのものを失った。短い期間ではあるが空っぽの自分がやっとの思いで手にしたものを失い続けて今この席に座っている。もう二度と何も失いたくはない。そう思う事すらできなくなってしまった。

 だからヒイロは銃を手に取った。「殺しだけでは何も変わらない」と言った彼女の意思に反して彼は人を殺し続けている。理由や目的はすべて『暁』の仲間に預けたままだ。



 近くの車両から銃声が一発鳴り響いた。多くの人間がそれを聞いて目を覚ます。

 眠りから覚めたばかりの男は辺りをキョロキョロと見回して何事かと不安そうに車内を見渡している。隣に座る女は今にも泣き出しそうな表情をしていた。


 フローディアの荒野は知る人にとっては地獄そのものだろう。先住民が岩陰に潜み、野盗やギャングの縄張りはいくつも点在している。速度の出ていない列車など狼の群れが蔓延る中でおっかなびっくり歩いている子ヤギのようなものだ。つまり一発の銃声は狼の遠吠えに等しい。

 カゴに詰められたヤギたちは姿の見えない狼に怯えるしかなかった。


「今のは銃声か・・!?」


 一人の男が立ち上がると同時にやはりあちこちの席から数人の男が立ち上がった。手にはそれぞれ拳銃が握られている。

 なるほど分かりやすい。ヒイロにしてみれば弾を撃ち込むべき的が起き上がってきたようなものだ。腰のガンベルトに手を当てながらゆっくりと立ち上がる。


「・・なんだガキ、お前は座ってろ!」


 一人の男がライフルをヒイロに向ける。ヒイロはそれに反応することなく大きな声で叫んだ。


「全員伏せろ!!!」


 四十五口径が破裂音とともに火を噴く。正面の男は引き金を引くことすら叶わなかった。何が起こったのかも、何が起こるのかもわからずに頭と喉に二発の銃弾を喰らう。


 ヒイロが振り返り背後の敵に向けて銃を放った時、女性客の悲鳴が車内の空気を引き裂いた。それに上書きするかのように銃声が大きくこだまする。


「敵だ!!敵が潜んでいやがった!!」


 前の車両から続けて三人が駆け足で走ってくる。だが三人はどの乗客が敵なのか判別できずにいた。それを知る仲間はすでに息絶えている。


「クソ!!誰だ!!誰が撃ちやがった!!」


 吠える男を余所にヒイロは咳に座りうつむいたままでピースメーカーに弾を装填していく。

 男はゆっくりと座席一つ一つを確認していく。席に座る涙目の婦人に銃口を見せながら早口で尋ねる。


「どいつが撃った。やつは強盗なんだ」


「ああ・・・・あ・・あのあたりの人が立った・・」


「・・おい」


 男は仲間に銃を向けておくよう指示する。


「赤い髪だったわ・・ええ・・とても赤い・・血みたいな色」


「どうもご婦人。分かりやすくていい」


 男は引き金に手を掛けたまま夫人の指し示したほうへ歩いていく。その目の端に赤い髪が映ろうものならすぐにでも引き金を引くつもりでいた。

 それが遅れたのはヒイロがとっさに被ったフードのせいだった。


 男は座席の横から出てきた腕にいきなり胸倉を掴まれ、客席へと吸い込まれる。

 ヒイロはすかさず男の胸に向けて三発の弾丸をほぼゼロ距離で放った。呼応するように仲間も銃を撃つがどれも椅子の背もたれに穴を開けただけだ。


「野郎!!」


 二人の男が駆け寄っていく。二人もいれば得体のしれない敵と言えど返り討ちにはならない。

 ヒイロは男の体を抱えたまま立ち上がる。男の仲間は立ち上がったヒイロと盾にされた仲間の死体に一瞬だけ躊躇したが構わず仲間の死体の向こうにいるヒイロに撃ち込んだ。


 死体を抱えている間は奴も攻撃はできまい。そう考える男たちを余所にヒイロは男に空いた孔をソウドオフショットガンの銃口でみちみちと開き男の体越しに引き金を引く。


 いくつもの弾丸が男たちへと被弾する。血は文字通りしぶきをあげて客席へと飛び散っていく。仕事に容赦は必要ない。動けなくなった男たちの頭に一発ずつピースメーカーの銃弾を見舞った。

 そしてヒイロは前の客席へと歩いていく。右手には四十五口径、左手には散弾銃。赤い悪魔は次なる銃口の元へと進んでいく。






「殺すだって?悪いがお前を殺すつもりはねぇよ」


「・・今更不殺主義なんて言うんじゃないだろうな」


 男は先ほど仲間を撃ったレミントンを見ながら怒りを込めて言う。


「ちげぇよ。個人的に殺しが好きじゃないってだけだ。ハモンドの一味が『容赦なし』を流儀にしているなら、俺は俺の流儀を通すだけの話だ」


「・・お前たちの流儀?それが『不殺』だと?」


「いいや違うね」


 客車から何発かの銃声と阿鼻叫喚が二人の耳に届く。中で巨大な魔物が暴れているかのように列車は大きく揺れ、轟音にも等しいとびきり大きな銃声がこだまする。男は目を見開いて客車のドアを凝視していた。銃をこめかみに当てられているから、そんな至極当然な理由以外の何かが彼の足を掴んで離さなかった。

 客車のドアに血飛沫が飛び散ると同時にドアは勢いよく開かれる。

 中から飛び出してきたのはハモンドの部下だった。逃げようとしたのか、声にもならない声で男を必死の形相で見つめながら口元を開閉させている。しかし男の声が届くことは無く、血のあぶくを噴き出したまま胸元に空いたいくつもの穴からドロドロと血を流して男はデッキに転がり落ちる。


 そしてアレンに銃を突き付けられた男は中にいる魔物の姿を目に焼き付けることになる。燃え盛るような赤い悪魔。それは構えたピースメーカーの照準を男の心臓へと合わせ、コツコツと床をブーツで鳴らしながら近づいてきた。


「『おれたち』に流儀なんてものはねぇ。あるとするなら『好き勝手やってろ』ってだけだ」


 赤い髪の青年はアレンとは違い、躊躇も容赦もなく引き金を引いた。肺を撃たれた男は後方へとよろめく。青年はすぐに撃鉄を起こし、もう一度彼の心臓へ狙いを定めて弾を放った。その二発目で男はそこら中に転がるハモンドの部下と同じように血を流しながら床に崩れ落ちた。


「・・待ってたぜヒイロ。出来れば合図を出す以外の仕事はしたくなかったからな」


「分かってるさアレン。こういうことは俺に任せてくれ」


 ピースメーカーに弾を再装填しながらヒイロは淡々と話す。彼の後ろの客車では散弾銃の犠牲になった男たちの肉塊が辺り一面に散らばっていた。


「もうすぐ三分だ。そろそろ列車が切り離されるだろう。俺たちもこの車両から退散しよう」


「ああ、早いとこそうしようぜ。・・ところでヒイロ。ボスやおっさんが言うにはここからが本番なんだろう?」


「どうやらそうらしいね」


「あー・・俺だけ退散ってわけにはいかないか?ドンパチはお前や女どもに任せたいんだが」


「アレン」ヒイロは視線でアレンの銃を指して言う「今日はツキの良い日なんだろう?」


「・・・・あー、はいはい。分かりました分かりましたよ」

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