第6話
ノースシディア保安官補佐ハリス・ダゲッドはとっくに胃の中の物をすべてぶちまけた後だった。それでも胃液がまだこみ上げようとしてくる。彼は泥酔しているわけではなく、いつものように仕事にやってきただけだった。町から遠く離れた丘の上にあるギルマンの雑貨店へと。
「ハリス、そんなんじゃ保安官の仕事は務まらねぇぞ。シディアの保安官になるのが夢だったんだろう?」
えづくハリスに保安官のジョエルが声をかける。
「ぐぅ・・っ・・でもシディアの町じゃきっとこんなことないでしょう・・!ほとんど人の通らないような田舎の小屋だからこその惨状じゃないですか!」
「いーや、人の数だけ事件は起こるもんだ。一度だけあったぜ。床下から白骨化した遺体がいくつもでてきたんだ。それも毎日駅馬車が通るような広い通り沿いの家だった。未だに鼻の奥であの臭いが残ってる気がするぜ」
「白骨化した遺体だったらどんなに良かったことか・・」
「まぁ、それはあるな。いいから中入るぞ。ろくに現場検証してねぇからな」
保安官一行は再び小高い丘の上にあるギルマンの雑貨店へと入る。出迎えるのはさっそく血まみれの遺体だった。邪魔にならないように遺体の体を足で除ける。
犯行からまだそれほど時間が経っていない雑貨店は呼べば奥から店主のギルマンがやってきそうな気がしていた。だが彼は今カウンターの裏で額に孔をあけて倒れている。
「さて・・被害者は全部で四人。一人はこの店の店主ギルマンで、一人は駅馬車の御者だ。身分証明もある。バナード・マシスン。まぁ聞いたことはなかったがな」
「保安官はギルマンとは知り合いだったんですよね」
「あぁ。この店にも何度か来た。一流のハンターだよ。悪い奴じゃねぇ。猟銃を使いはするが人殺しとは無縁の男だった」
「御者は胸部に一発・・ギルマンは頭部に一発・・銃創からして武器は拳銃だろうと」
「ああ。間違いねぇ」
「それで・・あとの二人は・・・・」
ハリスは男二人の遺体には目を向けようとはしない。並の人間なら誰だってそうするだろう。
「身分証明も無し・・顔の判別がつかないほどの損傷と来ちゃあ身元の判別は付かないだろうな。損傷というより、頭吹き飛んでるからな」
「明らかに使った銃は違いますよね・・それで・・散弾銃ですかこれは・・?」
「だろうな。撃った人間も違うだろう」
「そう考えるのが妥当ですよね」
「ああ。おそらくギルマンと御者を撃ったのはこの二人のどちらかだろう。そこに三十八口径が転がってるだろ?」
「じゃあ、この二人は強盗か何かだった?」
「それは言い切れないが・・ろくでなしに違いはないだろう」
「じゃあ・・散弾銃の男は言わば正義のヒーローですか?」
「そう思うか?」
「いや・・」
ハリスはかぶりを振る。正義の行いだと誰が言いきれるだろうか。人間の頭を吹き飛ばすその行いを。
「賞金稼ぎならまず頭はふっ飛ばさねぇ。殺した証拠も何も無くなっちまうからな」
「まず・・状況が分からないですよ。仮にこの二人がギルマンと店主を撃って・・それに対して散弾銃を構えていきなり撃とうとしたところで間に合うわけないじゃないですか。相手は拳銃を構えてるんですよ?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・保安官?」
ハリスはしばらく返答がないジョエルの方を向く。彼は口を半開きにして何か思い当たる節があったような顔をしていた。
「・・それについては後々考えることにしよう。とにもかくにも奴は撃った。おそらくこの位置から壁にシミを作ってるその男にな」
「近いですね」
ハリスがそう言うのも当然だった。ジョエルが立ったのは男からたった数十センチの位置だったからだ。ここから銃を構えるともはや男の顔までゼロ距離にも等しいと言えた。
「じゃなきゃこんな綺麗に頭はふっとばねぇ。・・・・ま、憶測だ憶測。そして目の前で仲間の頭が弾け飛んだのを見て思わずもう一人の男が逃げ出す。が、ドア付近で背後から撃たれる。これは致命傷じゃねぇ。壁にまで銃弾が散乱してるからな。それでも動きを止めるには十分だ。男が悶絶したかどうかはしらねぇがうずくまっているところへ散弾銃の男が再装填しながら近づいていく」
保安官がコツコツとブーツで床を叩きながら入り口のドアへと向かう。ハリスはその無機質な足音に不思議と恐怖しごくりと大きく唾を飲まずにはいられなかった。
「そして命乞いをする男の顔面めがけてバン!!だ」
ハリスはしばらくの間、口を横に開き、眉間にしわを寄せたまま何も言えずにいた。
「・・・・どっちが悪い人間なんだか」
「どっちもだよ。人の役に立つ人間を殺すのは悪だ。そして、悪人だろうがなんだろうが人様の顔をぶっ潰すのも悪だ。これは個人に対して出来得る限り最大の侮辱行為だ」
「散弾銃の男・・やっぱり探し出さなきゃですよね・・」
「さぁな・・これ以上俺のたちの管轄で被害が出なけりゃ放っておきたい人間だ。こんな殺しをする人間だ。世の中や人間を大層恨んでるに違いない。相手の顔をぐしゃぐしゃに潰す人間はきっとその顔も醜悪なんだろうよ」
切らしていたパンを買いにシディアの町までやってきたシンディは目を奪われていた。市場に並んだ果物を一つ一つ手に取って匂いを嗅ぐその男に。
ガンマンは危険で野蛮な存在だ。農夫はいつも泥だらけで・・それが悪いというわけではないが農家生まれのシンディは土の匂いがする男に飽き飽きしている。鉱山労働者も同じく泥だらけで酒飲みが多い。銀行家は小奇麗な男が多いが大抵の場合嘘つきだ。
だからこそ今まで出会ったことのないタイプの彼にシンディは心を奪われていた。一度だってその声を聞いたことすらないのに。
女のような顔つきをしているのに目はどこか鋭く悲哀に満ちている。詩人を目指すシンディは頭の中で言葉を並べて彼を形容する。踏まれればすぐに枯れてしまいそうな花が月明りに照らされて咲いているような・・彼はそんな男のように見えた。
「これを一つ」
彼は商品を吟味し終えたのか彼の髪色と同じ、真っ赤な果実を手に取る。
「五セントね。はい、ありがとう。これも持ってって」
女店主は隣に並んだ少しだけ淡い赤の果実を彼に手渡す。
「いいんですか?」
「いいのいいの。旦那の若いころによく似てるんだものあんた」
「あはは・・そうなんですね」
「今じゃろくに稼ぎもしないで飯食う豚に成り下がっちまったけどねぇ。あんたはしっかり働いて、いい嫁さんをもらって幸せにしてやりな。そのためにいっぱい飯食うんだよ。これはそういう意味でのおまけさ」
「ありがとうございます」
願わくはその嫁が自分にならないかとシンディは思ったが足早に去りゆく彼に声をかけられず、恋は芽吹くことなく終わりを迎えるのであった。
「ヒイロ君にしては珍しいじゃない。時間、三分も過ぎてるけど」
もうすぐ出発する汽車を後ろに若草色のドレスを着たアーニャが言う。
「ごめん、弾を買う時間があって・・おわびと言っちゃなんだけどこれあげるよ」
ヒイロは女店主からもらった淡い赤色の果実をアーニャに渡す。その匂いを嗅いでからアーニャは小さな口でしゃくしゃくと果実を齧る。
「弾を買う時間って・・もしかしてここに来る途中に使ったの?」
「ああ、ちょっといろいろあって」
「あー!分かった!悪いおじさんたちに絡まれちゃったんでしょ!!」
「まぁ・・そんなとこだね」
「ふふー」
アーニャは嬉しそうに頬を緩める。
「ヒイロ君のそういうとこ、私は好きだなぁ」
「・・・・・そんなこと言うのはアーニャくらいだと思うけど」
「あれー!?ドン引きみたいなー!?褒めてあげたつもりだったのにぃ!?」
「ごめん」
「別にーいいですけどー!目の付け所がアーニャですからー!」
「とりあえず汽車に乗ろう。もうすぐ出発するみたいだし。乗車券は?」
「もちろん手配済みよぉ!さっ、遅くなっちゃったしさっそく仕事開始と行きましょうか!」
「さっき・・」
帰り際、馬にまたがってハリスはジョエルに声をかける。
「ん?なんだハリス」
「保安官には犯人の正体が分かったんじゃないですか?さっき言い淀んでいたように見えたんですけど」
「・・・・ああ」
ジョエルはすぐにハリスの聞きたいことを理解する。
「一人思い浮かぶのがいた。だがそいつは犯人じゃねぇ。そいつは数年前に八十六歳で死んだ」
「・・どうしてその男が?」
ハリスはジョエルの目を見る。いつもは軽い調子のジョエルだったが、彼の鳶色の瞳がまっすぐ相手を見つめ静かに潤んでいるときは誰よりも真剣に話をしているという合図だった。
「いいか・・?これから話すのは西部の話じゃねぇ。ここ、フローディアの話だ」
彼がそう前置きを置く理由がハリスには分かっている。
「半世紀前、フローディア大陸の開拓全盛期に伝説になった男がいた。開拓者で、無法者だった」
「伝説ってことは・・早撃ちとか、そういうことですよね」
「いいや、そんな甘っちょろいもんじゃ伝説にはならない。俺も親父から話を聞いた時は信じられなかった。・・・・確かに奴は若いころ早撃ちで名を馳せていたらしいが伝説になったのは先住民に片腕をもがれた後の話だ」
「はぁ・・」
「すでに信じがたい話になるのは分かって来てんだろう?ガンマンにとって腕は命だ。だが奴は片腕を失った。それで奴はどうしたと思うよ?」
「どうするもなにも・・早撃ちどころかまともに銃を撃つことはできないですよね」
「そうだ。だから奴はまともじゃなくなった。拳銃を捨て、奴が使ったのは水平二連式のソウドオフ・ショットガンだ」
「えっ・・でも・・」
水平二連式のソウドオフ・ショットガン。その特徴は誰だって知っている。通常のショットガンよりも威力は高いが弾はあちらこちらに飛散しまともにあたることはなく、弾の飛距離も少ない。狙い撃つためのライフル、早撃ちが可能な拳銃に比べれば明らかにガンマン向けではないのだ。
「それに・・その男は隻腕なんですよね。弾はたったの二発しか込められないんですよ?戦闘中に片腕で弾を込める余裕なんてないでしょう」
「気持ちは分かるがまずは話を聞けよハリス。まず第一に、奴は一人のガンマンではなかった。必ず略奪団や、開拓者の群れを率いていた。一対一の決闘よりも戦争を望むような男だった。それに、そっちの方が奴には向いていた。奴のやり方はこうだ。両方ある足で敵地を駆けまわり、文字通り相手の頭を潰す。するとどうだ?敵の攻勢は一気に引き下がる」
「・・理由が分かりかねるんですけど」
「お前がそんな男を前にしたのを考えてみるといい。こっちはライフルや拳銃で物陰から撃つつもりだったんだ。相手もそうだと踏んでいる。だが奴はそうじゃない。弾が飛び交う中駆けまわりお前の所へやってくる。奴はとびかかり、お前の二つ隣の仲間の頭に向かって水平二連式の散弾銃の引き金ををほぼゼロ距離で引く。お前の仲間の頭は爆発四散だ。お前もそいつの脳みそをシャワーのように浴びるんだ」
「・・・・ちょっと、やめてくださいよ。吐き気が戻って来たじゃないですか」
「弾はもう一つ残っている。目の前で何が起こったかも分からないお前たちは立ち尽くすことしかできない。そうして散弾銃の暗く大きい銃口がもう一人の仲間に向けられ大きな音とともにそいつの頭が吹き飛ぶ。何人かはもうしょんべんを漏らしていることだろう。二人目の脳みそを浴びてお前たちはようやく何が起きたかを理解する」
「・・で、でも奴は弾を撃ち尽くした後ですよ」
「もう八発だ」
「・・・えっ」
「奴は十発まで撃つことができた。まだ散弾銃は残っている。腰に二本ずつ、背中に二本ずつ。弾を込める必要はなく、奴は弾が十発もあれば仕事をこなすことができた。そして、そのころにはお前たちに向かってライフルや拳銃の弾が飛んでくるだろう。恐怖におののいて逃げまどう奴の頭は狙いやすいだろうな」
「・・・・とても信じられそうにないです」
「当たり前だ。だがそういう男は確かにいたんだ」
「でもそいつが死んだってことは犯人はそいつの模倣ってことになりますよね」
「模倣ねぇ・・この世界で生きている人間の何人が奴の模倣を完ぺきにこなせると思う?」
「・・・あぁ・・」
「フローディアじゃあり得ない話じゃないのかもしれないが、たまたまそういう男が出てきただけなんだろうよ。これから嵐になるだろうな」
「確かに向こうの空が暗くなってきましたね」
「馬鹿野郎、そういうことじゃねぇよ」
ジョエルはハリスと同じ方向を向く。確かに東の空が暗く厚い雲に覆われ始めている。
「なんにせよ、早く家に帰っておとなしくしていたほうが良いかもしれないな」
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