世界で一番愛しい君に

@ichiuuu

第1話 お兄ちゃん、世界を破壊せしめんとす

ああ、今、この世界が滅亡せんとしている。

高木明は、脳内に流れ込んでくる映像に悶えながら、そんなことを思った。非常事態だ。この世界において一番のピンチだ。あるいは終末、あるいは世界の死だ。もう駄目だ。生きていく自信がない。

いっそ、隕石がこの街を今すぐ襲って欲しい。白いマンションの一室にて、そのような妄想にとらえられた明には、とにかくこの映像は耐えかねた。だって。

「俺の世界で一番可愛い妹が、男とケーキを作っているだとおおおお」

 彼の愛しい愛しい妹が、男の家で、それも二人きりで、キッチンを囲みながら、仲良くケーキを作っている。その映像がひたすらに、明の脳内をかき回す。あの若干十二歳に満たぬ、栗毛の髪の、黒目の大きな愛らしい妹、花梨が。謎のハンサム風の、優柔不断そうな少年とキッチンに立っている。明はまた絶叫しそうになった。悶えて苦しみながら、頭の中にひたすらに流れてくる、二人の睦まじい映像に、明は憎悪をいだいた。

「なんだあ!? これはあれか! もうじき結婚する二人が一緒のキッチンでお料理♪、みたいな奴か。ああ! 許すまじ!!」

 明にとって妹花梨は、自慢の妹だった。どの同世代の女子と並べてもずば抜けて可愛らしかったし、何より明るくて優しかった。若き日に父と母を揃ってなくして、八つ離れた自分が手塩にかけて育てた、大切な妹だ。

(それがあんなちゃらちゃらしてそうな男に、奪われるとはああ!!)

 二人の会話はテレパシーのように、明に逐一伝わる。 

「このケーキ、美味しく焼けたらいいわね」

「そうだね。花梨ちゃんと俺が作るんだもん、うまく作れるよ」

「何をおおおおおおおお」

 明は、妹のボーイフレンドのキッチンより、遠く離れたマンションでもだえていた。

(このままではこいつらは、結婚式のウェデイングケーキまで作ってしまうに違いないっ何とか、何とかしないと!! ああ、料理本なんて読んでやがる! 料理本なんて破れてキッチンごと爆発すればいい!)

 あまりのショックで意味の分からぬことを念ずる明。その時、ごとりと音がして、明の本棚から一冊の本が落ちた。そうして本は風もないのに自然にひらかれ、自動的に羽をまき散らすように、破れていった。

「――はは、そうだった」

 明はにやりと口の端を上げた。

「俺にはこの力があったのだ」

 そう、この一見黒髪の重い、オタクくさい明は超能力者だった。さえない彼は超能力者としては優秀らしく、先ほどのテレパシーから、透視から念力から何でも出来る。特に彼の念力は、思った現実を引き寄せる力を持っていた。

(だが、この力はなあ)

明はふいに苦笑する。

引き寄せの念力は、彼の周り五百メートルしか通じない。たとえば彼が、花梨たちのお料理本よ破けろと念じても、五百メートル離れていたらまるで届かないのだ。また、この引き寄せには時折タイムラグがある。

意地悪な悪女みたいに、素直にすぐさま言うことを聞く場合もあれば、違う場合もある。

職場で自分を振った女に軽度の肺炎になれと念じたら、翌日にインフルエンザになっていたし。

 と、まあ、ともかく現状は、妹があの顔だけはよい少年とウェデイングケーキを作っている、非常事態だ。なんとか、なんとかしないと。

(はっそうだ!!)

 そこで明は、無駄な集中力をいかんなく発揮し、透視であのボーイフレンドの家を探り当てた。それから黒シャツと、チノパンをまとい、抜けるような青空のもと、外へ出ていく。

少しずつ、少しずつ奴の家に接近していく。ああ、透視の映像がはっきりしてきた。奴は花梨とお揃いのエプロンをつけ、仲良く談笑しながら、ケーキを型に流し込んでいく。見ればシフォンケーキのようである。

「あの野郎、俺の花梨と何を肩触れあってんだよ!!」

 接近をやめず、映像がいよいよはっきりしだしたところで、公園に入る。一人で、揺れる遊具で激しく遊んでいるのを、何奴だ、とママさんたちがいぶかしそうに見やる。しかし気にするものか。とにかく、この映像の鮮明さからいって、奴の家が五百メートル圏内に入ったことは間違いない。やるしかない。明は大きな声で我知らず叫んでいた。

「サー・ポンポンポン。サーポンポン!! リーサルウェポン、花梨たちのケーキよ、飛び跳ねろっ」

「もしもし、警察ですか」

 明が叫んだのち、すぐさまママさんに警察を呼ばれそうになったので、明は

「違います違います。僕はその、不審人物ではないですよ。いたって善良な魔法童貞ですよ」

必死に訳のわからぬ弁明をしながら逃げていく。

 逃げていく先で、彼はまた、あのうら若き二人の映像を頭で受信した。

ああ、白いキッチンで花梨が泣いている!!

その足元で、ケーキはぐっちゃんぐっちゃんになっていた。 

 ケーキが無事ひっくり返ったのだ! 

花梨には申し訳ないが、だからといって二人のウェデイングケーキをやすやすと作らせる訳はない。

これでよかったのだ。

明が一人悦に入っていると、次には彼はまた慟哭した。

なんと、花梨の肩を抱いて、あのちびカスイケメンが彼女を慰めているではないか。しかも、なんだか必死に慰めている。

「なんだかわけのわからない機敏な動きで、ケーキは落ちてしまったけれど、また二人で一からやり直そう。なっ」

「何、再婚する夫婦みたいなこと言ってんだこのカスちびめ!!」

 思わず明は声に発してしまっていて、道行くサラリーマンが、いぶかし気にこちらを見てきた。その視線を受け流して、明はまた憎悪を募らす。

(何がやり直そうだ。このちび!! うちの妹をそんな言葉で懐柔しようたって……!!)

 そうはいっても、二人はまた手をとりあって、ケーキ作りを始めた。材料をかき集め、スポンジからせっせと作っている。

(こ、こやつら~!!)

 明は映像が鮮明になる方向へと走り出し、ついに、奴の家を見つけた。最近駅前に出来た、豪華な住宅街の一軒。赤い屋根の美しい家だった。

(くそ、金持ちか……俺の妹を金で懐柔しようとするつもりだな!!)

その家の前で、明は念じた。必死に念じた。サーポンポン、サーポンポン言いながら。

(この家だけに地震が起きますように!!)

 するととたんに、地が揺れて木が踊った。小さな、けれど深いところで地震が起こったのだ。それも、この閑静な住宅街だけで。

「きゃあああ」

 明の頭の中で、花梨たちが悲鳴をあげて逃げまどう。

(すまぬ花梨!! だが、こうしなければ、可愛いお前の貞操が危ういのだ! 兄を許せ)

 そう心中詫びながら、彼はひたすらにサーポンポン、サーポンポン言い続ける。地震は次第にひどくなり、家の中は食器が落ち、床がはがれ、ひどい有様になった。

「いやああ」

 その時、赤い屋根の家から、花梨と、あのにっくき若造が飛び出してきた。なんと、作りかけのケーキをかかえながら。 

「花梨!!」

 慌てて明が走り寄る。花梨はケーキをかかえながら、あのク○ガキのそばで震えている。○ソ少年からひったくるように、花梨を奪いかきいだき、明は嘆息した。

「まったく、お兄ちゃんに内緒で出かけるからこんなことに……さぞや怖かっただろう。あの謎のイケメン少年に言い寄られて」

「それは怖くなかったわ。だけれど、ケーキが、ケーキが……」

 彼の腕の中で泣きじゃくる花梨のケーキを一瞥し、明は絶句した。ぐちゃぐちゃのケーキ。その上のチョコレートプレートに、

【お兄ちゃん、お誕生日おめでとう】

と書いてあった。

「な……まさか花梨、俺のために、ケーキを……!!」

 明が混乱しながら叫ぶと、花梨も少年も残念そうにつぶやいた。

「俺が誘ったんです。お兄ちゃんの誕生日が近いから、一緒にケーキを作ろうって」

「……だけど、お兄ちゃんごめんなさい。ケーキ、謎の地震が起こって、こんなになっちゃった」

そう言ってまた花梨が泣きじゃくる。その肩を少年が抱いても、明はいまだ茫然としていた。二人が揃ってケーキを作ってくれていた。ほかならぬ自分のために。なのに自分は、その思いを粉々に打ち砕いてしまったのだ。二人にどんな試練を与えようと、決してケーキ作りを諦めなかったのは、すべて、

(俺のためだったのか――)

 明が慟哭しそうになった。その時である。激しい地割れのような音が響いてきた。地の底から、いや、空から。

三人が顔をもたげる。するとそこには、赤々と燃える隕石がこちらめがけて、空を駆けてきていた。

「え……うそっやばいじゃん!」

住民たちもこの凄まじい音に驚いて外に出て、またさらに驚く。隕石だ!!

「きゃああ、早く逃げなきゃっ」

「でも、今からじゃ間に合わないっ」

 また涙を目にいっぱいにためる花梨の肩を、少年が抱く。だけれど明は怒り心頭になるような、そんな場合じゃなかった。だって、この隕石は。

みなさんも冒頭をもう一度読んで欲しい。

【隕石が降ってきて、世界よ終われ】

ほかならぬ明がそう願っていたのだ。それで彼の望む現実が、はるかかなたから飛んできてくれた訳だ。

(俺が……全部俺のせいだ)

 明は怖いよ……と泣き出す花梨をじっと見つめ、その肩を抱く少年に、こう声をかけた。

「おいちび、俺の妹を泣かしてくれるなよ」

 そう言って、明は一っ跳びで赤い屋根にのぼった。既に隕石は電波塔を越え、この家に突き刺さろうとしている。怖い。だが、明はひけなかった。可愛い妹を、こんなに泣かせた兄への罰は、これで消してもらうしかない!!

 彼は集中した。目の前には迫りくる燃え上がる隕石。その灼熱がこちらの頬に伝わってくるようだ。まっすぐに隕石がこちらを刺し抜こうとする。けれど、兄はひけない。

「お兄ちゃん、逃げてっ」

 花梨が必死に喚くも、明は屋根裏で手をひろげている。そして、明は渾身の力をこめて叫んだ。

「リーサルポンポン、リーサルポン!! 隕石よ、消し飛べっ」

 しゅっと、その灼熱の炎の温度が冷えてきた。隕石はなんとその場で停止した。そしてその次には、隕石は見事粉々に破裂した。砂じんのようになった。

あまりのことに、街のみなみなが飛び出してきて、ぽかーんとしていた。ただ、明と花梨と少年だけは、にやりと笑って、ハイタッチした。

 それから。明は花梨と少年太一の交際を認めた。二人はいつも仲睦まじくしている。ついこの間も、花梨はにこにこしながら白いマンションに帰ってきた。

「今度の日曜、太一君とデートに行くの」

「そうか、そりゃあ、よかったな」

明は苦く笑いながら、慈愛の表情で妹を見やる。

リビングのソファでごろごろしながら。

と、そこで彼はまた未来透視の癖が出た。そして絶句した。

「花梨、そのデートには兄もついていきます」

「ええっせっかくのデートなのに!」

 不満げな花梨へ、明がひたすらに首を振る。

「絶対行ってやるからな」

彼の脳裏には、花梨が太一と手を繋ぎ、キッスするところまで未来が見通せた。

「絶対、お兄ちゃんなんて連れていかないもんっ」

「いや絶対行くね」

そう口論しながら、次第に二人は面白くなってきて、笑い出した。

もうひとつその時、明には透視が出来た。

白いウェデイングドレス姿で、美味しそうなケーキを切っている美しい、成長した妹の姿を。そのかたわらには、太一がおり、二人は微笑んでいる。背後で号泣しているおっさんは、自分だろう。

(その日が来ても、あんまり泣かないように、今は一緒にいたい、つうのは、はた迷惑な話か)

 明は花梨の頭を撫でて、また笑った。


             了

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