大人げない人

 

 部屋のドアをノックする音に、深鈴は、はーい、と返事をする。


「はい、どうぞ。

 あら、志貴」


「あら志貴じゃないよ」

と中に入ってきながら、志貴は言う。


「なんで、僕と晴比古先生が同じ部屋なんだよ」

と志貴は開口一番文句を言ってくる。


 深鈴は少し笑い、

「だって……なんだか照れるんだもの」

 座って、とソファを勧めたが、志貴は座らない。


「ねえ、大丈夫?

 君、晴比古先生を好きになってない?」

と腕をつかんでくるので、


「なんで?」

と振り返ると、だって……と志貴は言いにくそうに言う。


「だって、あの人、また格好良くなってない?」


 居るよね。

 年をとればとるほど、格好よくなる人とか、綺麗になる人、と言ってくる。


「ごめん。

 この間会ったばかりよね。


 それに、今、ちょっと不安になってきたわ。


 もしかして、志貴、晴比古先生が好きなんじゃないの? 私より」


「なんでだよ」


「いや、……異様に先生の評価が高いって言うか」


 私の中では然程さほどでもないんだが。

 いつもだらしないところしか見てないし、と深鈴は思う。


 まあ、顔自体は志貴より好みではあるのだが。


 そもそも顔で好きになったりはしないので関係ない。


「部屋は今のままでいいよ。

 でも、……夜は此処に来ていい?」


「そ、それだと意味なくない?」

と言ったのだが、志貴は強く腕をつかんだまま、口づけてくる。


「ねえ。

 亮灯は僕と離れてて平気なの?」


「外では、その名前で呼ばないでって言ったじゃない」


「今は二人だけだよ。

 もう一緒に暮らそうよ」


 深鈴は志貴の手をふりほどいて俯く。


「やっぱり、晴比古先生の方が好きなんだね?」


「いやあの……先生、全然関係ないから。

 今、頭にも浮かばなかったし。


 そうじゃないの。

 そうじゃないのよ」


 深鈴は自分の腕を抱くようにつかんで、志貴に背を向ける。


「だって、なんだか怖いのよ。

 私、このまま幸せになっていいの?


 自分の戸籍も捨てて、ずっと人を殺すために生きてきたような人間が、志貴と一緒に暮らせるだなんて、そんなこと、許されるんだろうかと思ったり」


「誰が許さないって言うんだよ。

 もし、神様がそんなこと言うのなら、僕が神様、殺してくるよ」


 怖いよ。

 この人、ほんとにやりそうだ……。


 とりあえず、手近な神社に行って、社殿を破壊してくるとか。


「愛してるよ、亮灯。

 僕と暮らしているうちに、それが日常になって、いけないことだなんて思わなくなるよ、きっと」


 深鈴は彼を振り向き言った。


「……嫌いにならない?」

「え」


「今まで、距離があったから、上手くいってたのかもとか、ときどき思うの。

 ずっと一緒に居て、私に飽きたりしない?」


「当たり前じゃないか」


 僕は飽きるほど側に居たいよ、と言って志貴が抱き締めてくる。


 先生が聞いていたら、真顔で、

『鬱陶しいから、そろそろ殴っていいか……?』

とか言ってきそうだな、と心の中の冷静な自分が思っていた。


「だから、夜は来てもいい?」


 ……うん、と深鈴―― 亮灯は頷いた。




「どうした、志貴。

 ご機嫌だな」

と晴比古が言うと、


「まだマッサージしてたんですか」

と外から―― 恐らく深鈴の部屋から戻ってきた志貴が言う。


「なんでもないですよ」

と言いながら、ベッドに腰掛けた志貴は、テレビをつけてニュースをチェックし始める。


 ……いや、なんでもあるだろうよ、と思いながら、晴比古はマッサージチェアに揺られていた。


 なんの話をしてきたのか、問いただしたくはあったが、それも無粋か、と思い、思い留まる。


「仏像、見つかりそうですか?」


 ニュースを見ながら、本当に訊く気があるのか、適当に言っているのか、よくわからない調子で志貴が訊いてくる。


「さあな」


「まさか見つかるまで帰らないとかないですよね」

とそんなに休んでもいられないのだろう志貴が振り返り言った。


「そんな金があるか、莫迦」


「でも、わざわざ泊まってまで見つけようとしてるじゃないですか」

と言われ、


「少し気になることがあるからだ」

と晴比古は目を閉じる。


「気になることってなんですか?」

「教えない」


 お前が今、深鈴となにしてきたのか教えてくれたら、こっちも教えてやるがなっ、

と心の中では思っていたが、それもまた大人げないなと思い、口には出さなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る