み、見えるんですか?

 

 フロントで勝手に手続きをした志貴は、

「二部屋取りましたので、僕とあき……深鈴で一部屋。

 晴比古先生が一部屋で」

とカードキーを渡してくる。


「なんでだっ」


「おや、先生。

 深鈴と一緒に泊まる気だったんですか?」


「そういうわけじゃないか……」

と言うと、


「あら、先生と志貴でいいじゃないですか」

と深鈴が言い出す。


「ええっ?

 なんでっ?」

とせっかく此処まで来た志貴が声を上げる。


「だって、志貴と二人だなんて照れるし」

と深鈴は赤くなる。


 勝手にやってろっ、と思ったとき、菜切がフロントの若い女性と話しているのに気がついた。


「おい、菜切。

 お前も此処に泊まるのか」

と訊くと、


「まさか。

 ちょっと知り合いが居たので、話してただけです」

とこちらを向いて苦笑いしていた。


 菜切と話していた女性が頭を下げてくる。


 なかなか可愛らしい女性だ。


「……まさか、お前、点数稼ぐために、俺たちを此処に?」

と側に来た菜切に、彼女の方を見ながら問うと、


「まさか。

 そんなんじゃありませんよー」

と笑っていたが、いや、どうだかな、と思っていた。


「もし、よろしかったら、明日も迎えに来ますよ。

 この辺りは、不便ですからね」

と菜切は、ちゃっかり仕事の依頼も取っていく。


 それでは、と自分たちとホテルの人間に向かい、頭を下げて、菜切は帰っていった。




「あの人が幽霊タクシーの人ですね」


 部屋へと移動する途中、菜切が去った玄関を振り返りながら、志貴が訊いてきた。


 ほんとうにこいつ、逐一、志貴に連絡してんな、と深鈴を横目に見る。


 案内してくれている小柄で可愛い仲居さんが、真っ赤になって、志貴に話しかけている。


「その話、有名なんですよ、この辺りでは。

 最近は見ないとも聞きますけどね」


 いつも思うのだが、こういうとき、女性に重い荷物を運ばせるのには、抵抗がある。


 まあ、今回は、泊まる予定ではなかったので、コンビニで買った着替えくらいしか持っておらず、荷物はなかったのだが。


「菜切さんのタクシー横転したって言ってましたけど、幽霊の祟りなんですかね?」

と深鈴がしょうもないことを言い出す。


「なんだ、祟りって」

と晴比古が鼻で笑うと、


「先生。

 先生はなんでいつも、そういうの小莫迦にしたように言うんですか。


 仏眼相をお持ちのくせに」

と深鈴が言ってくる。


「仏眼相、関係ないだろうが。

 霊が見えるわけじゃないんだし」


「見えないんですか?」

と仲居さんが訊いてくる。


「あれがあると、霊感が強いって言いませんか?」


 いや、確かに、見えなくてもいいものは見えるが、霊は見えないな、と思っていると、志貴が、

「そうですね。

 さっき、居ましたけど。


 晴比古先生は見えてないみたいですね」

と言い出す。


 ひっ、と深鈴と仲居さんが身構えた。


「み、見えるんですか?」

とリニューアルしたわりに古い赤い絨毯の敷かれた廊下を振り返っている志貴に仲居さんが訊いていた。


「ぼんやりとですよ。

 今どきの格好じゃない客が居るなあと思って」

と言うが、人間がぼんやりとしか見えていないようなら、それは既に生きた人ではないだろう。


「そうだ。

 怖い話でもしようかな。


 職業柄、いろいろ聞くんですよ。

 じゃあ、ホテルの怖い話でも」

と言う志貴に、仲居さんと深鈴が手を握り合う。


「なんで、此処でホテルの話っ?」

と深鈴が文句を言うと、


「そしたら、深鈴が僕と泊まりたくなるかと思って」

と志貴は大真面目な顔で言っていた。




「なんで僕と先生が同じ部屋なんですかね~」


 鞄を棚の上に置きながら、志貴が文句を言ってくる。


「知らねえよ。

 照れてんだろ。


 あとで部屋変わってやるよ」

と言って、晴比古は部屋の隅にあったマッサージチェアに腰を下ろした。


「……お疲れですね」


「ああ。

 ずっと草引いてたからな」


 目を閉じて、マッサージチェアにマッサージされていると、志貴が、


「仏像を探しに来たんですよね?

 なんで草引きで疲れてるんですか」

と言う。


「道端にある仏像なんて誰が持って逃げたんでしょうね?」


「さあな。

 最近はそういうの、盗んで売る奴らも居るようだが。


 見た感じ、高そうじゃ無かったけどな。

 まあ、俺はそういう目は利かないから」


 見てみるか、志貴、と言い、

「俺の鞄を開けてみろ。

 脇のポケットに写真がある」

と棚の上の小洒落てもいない、いつもはタブレット等が入っているだけの小さな鞄を指差すと、


「いいんですか?」

と訊いてくる。


 なにがだ、と目を開け、晴比古が問うと、

「いや、僕に鞄勝手に開けさせていいんですか?」

と言ってきた。


「たいしたもん入ってないからな。

 お前におかしな趣味でもない限り、買ったばっかりの俺の着替えを取って逃げたりしないだろ。


 鞄に爆弾仕掛けたり……とか……」


 それはやりそうだな、とちょっと不安になったとき、


「先生には、なにもしませんよ」

 そう志貴は言ってきた。


「深鈴に怒られますからね。

 こらーっ、て」


 こらーっ、か、と晴比古は笑う。

 怒りそうだな、こらーって。


 両の腰に手をやり、

『駄目じゃないの、志貴』

と子どもを叱るように、志貴を叱る深鈴を想像し、ちょっと和む。


 いや、俺が爆弾で死んで、こらーっで済まされても困るんだが……。


 志貴は深鈴に叱られたら、喜びそうだし。


 ……やっぱり開けさせるのやめようか、と思ったときには、もう、志貴は開けていた。


 写真を手に首を捻っている。


「この仏像ですか。

 写真が古いし、よくわかりませんね。


 でも……探偵雇ってまで探すものですかね?


 しかも、最初は、どれがなくなったかもわからなかったんでしょう?

 なにか違和感を覚えただけで」


 晴比古は再び、目を閉じ、呟いた。


「人には、いろいろ事情があるんだろ?

 まあ、俺は頼まれた通り、仏像を探すだけだよ」


 志貴がこちらを見ている気配を感じた。


 目を開け、

「いきなり、ブス、とかやるよなよ」

と言うと、


「……やりませんよ」

と言いながら、写真を返してきた。





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